たまには弱音 | 一緒に歩いていこう、またそう言える日まで ~自死遺族の日記~

一緒に歩いていこう、またそう言える日まで ~自死遺族の日記~

反復性うつ病と診断されていただーさん。
闘病5年の末、2017年9月突然私を残し逝ってしまいました。

《一緒に歩いていこう》

これはだーさんと私の闘病ブログのタイトルでした。
今はだーさんの死と自分の生に向き合うブログです。


テーマ:
こんばんは。

梅雨らしい梅雨がないまま梅雨があけてしまいました。

世の中はサッカーのWカップで盛り上がっていますね。

日本は平和だなぁと少し斜に構え、冷ややかな目でその光景を見ているブラックな私がいます。
自分だけが不幸だとは思ってないけれど、ばか騒ぎをして浮かれている人を少し妬んでもバチは当たらないよね?

泣いたところで時が戻るわけじゃなく、月日は勝手に流れてゆく。

時折襲う圧倒的な孤独や淋しさを抱えながら社会に溶け込み笑って過ごす。

そんな分離した感情に翻弄され生きている現状は、時が過ぎるにつれ自分が自分でないような違和感を持つようになりました。

何を言いたいのかうまく説明出来ないのだけれど。

だーさんがひょっこり帰ってくるんじゃないだろうかと思った時期を過ぎ、今はなんて言うか、だーさんは始めからいなかったんじゃないかと思う自分がいます。

なんて言うか、だーさんと共に生きていたあの日々は夢だったんじゃないだろうか?みたいな感覚というか。

勿論存在していた証は沢山あるのだけど、人はあまりに辛いと脳が忘れさせようとするってやつみたいな。

忘れはしないけど、記憶を書き換えられそうな恐怖?を味わってるような感じです。

そんなだからか、私は事あるごとに昔の記憶を引っ張り出してきては深く悲しみ、心を痛め、自分を責めることでだーさんの存在を再確認する作業を繰り返しているかも知れません。

喪ってすぐの逢いたい、触れたい、という気持ちとは少し違う、五感で感じていた全てが時と共に薄れていくことが辛く悲しく、逢いたくて触れたくて、涙が止まらなくなるのです。

悲嘆は手を変え品を変え襲ってくるものですね。

「大丈夫だよ、心配しないで」
って言ってあげたいけど、大丈夫じゃないかな。
心配させたくはないけど。

本当は毎日辛いし苦しいのに、なかなか口に出せない損な性分だとつくづく思います。


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