アルバイトに復帰して一週間が経った。
8時間労働週5てこんなキツかったか。普通のはず、むしろ世の中の人はもっと残業とか長時間労働してるから私なぞ楽な方やのに。

帰り道スーパーに寄るのも疲れる、疲労を溜めないようにヨガして寝る、毎日お弁当含め3食作る。

電車が空いててこれまでよりは快適。
家にいる間にお掃除が癖になったので比較的綺麗。
料理を前よりは丁寧に作るようになった。

お金が稼げるシンプルな安心感はある。別に人恋しくはない。一番会いたい人にはいつ会えるのか。

体には疲労感。うむうむこんな感じ。
ピアノ弾いたり絵を描いたり文字を書いたり走ったり踊ったり筋トレするのにはエネルギーがいる。この5日間まともに出来なかった。テレビやケータイはエネルギー使わないから見れる。
何かを自ら表現したり行動するのにはエネルギーがいる。
そのエネルギーをお金を稼ぐためだけの労働に費やして良いのだろうか。

本気になればできないことはない。
私の本気は漂っている。
甘えではあり、甘えではない。
確かに有って、浮遊している。
掴みに行くのが面倒なのかも。
それも本気。
面倒くさい事を面倒くさがらずにやればいいということには気付いた。
行動に移す原動力を生み出さなければ。


5月24日 日曜日 晴れ

もはやメシ写真もあまり撮らなくなった。
やはり2か月はあっという間であった。

これは先週買ったクロッキー。

ちょっとシックな花



おやつ。


唐突に自粛生活も終わりを迎えそう。
明日で緊急事態宣言も解除されるぽいので
お金も欲しいので
働きに出ます。

今に始まったことじゃないけれど、何のために働くのか考え続けている。
私にはいくつか生きがいがあって、それは表現すること自体でもあり、承認欲求であったりもする。
それを続けるために、ご飯を食べて家賃を払って欲しいものを買うために、働く。お金を稼ぐという意味での労働。
労働そのものを、意味のある労働に出来ていないというのが主な悩みの一つではあるが、別にいいじゃんとある意味諦めて良いんだと思う。(働ける場所があるだけ本当に有難いことだし)贅沢な悩みだ。
風に吹かれて流れるような人生は不安?ほかの選択肢がもしあったとしても選んでなかっただろ、結局。


図書館で借りたい本を借りる。
映画に行く。
お気に入りのカフェに行く。
美術館に行く。
友達とお茶する。
当分会えそうにないっつーか会えるのか分からないけど会いたい人がいる。
仕事めんどくさいけど化粧して外出るのはちょっと楽しみだ。

今日もよく寝ること。

5月14日 木曜日 晴れ

まだ緊急事態なので自主的自粛。

最近のご飯




ホットケーキにヨーグルト入れたらとても美味しくできた。小さな成長!

自粛して良かったことはお絵かきたくさんできたこと。
一ミリくらいは成長したかな。
上手い人なんていくらでもいるから自己満足だけど。

やっと読み始めた
めちゃくちゃ面白い。
あっという間に読み終えそう。
これは上下巻を一昨年と去年、高松で購入して手をつけていなかった。
本自体かなり古くて私が生まれる前の発行ものでボロボロだから読み難いかと思いきや読み始めたら止まらない。小松左京すげえ。
今の日本と照らし合わせて、SFとは思えない臨場感で迫ってくる。実際大震災はこれが書かれたのち何度も起こっているし、いまも新たな脅威と直面している。
これほどのスケールで、時折宇宙規模で俯瞰して人類、日本人、を眺めるとほんと自分の存在などチリのようなものだ。だから生きているほんのひと時、どう過ごすか。どう過ごしても良いのだ。わたしはいざこの世からいなくなる時どう感じるだろうか。何も残せないかもしれないけど、一度でも愛し愛された経験があるから、面白いと感じたものに情熱を傾けたことがあるから、満足して終われる気がする、きっと。

自粛の毎日。誰の役にも立たない、お金稼いで無い、毎日サボってばかりで申し訳ない、罪悪感が拭えない、けど。
なんなんだほんとこの罪悪感というヤツ。