2019年11月にサウジアラビアを訪ねたときの旅を綴っています。
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ダンマームのカフェからホテルへ戻り、移動の支度をしてチェックアウト。レセプションに空港までのタクシーを頼みました。
タクシーの到着に10分ほどかかるというので、建物の外にあるベンチでのんびり待つことにしました。
ペルシャ湾を眺めながらボーッとしていると、流暢な英語のサウジ人男性(オジサン)が話しかけてきました。
隣のベンチに座り、
「どこから来たの?」
「仕事?」
「アラムコの関係者?」
と聞かれ、
「日本です。」
「完全プライベートの旅行です。」
と返事すると、
「ダンマームは日本人が結構多いんだよ。」
「オイルプラントとかほとんど日本製だからね。」
と。
ほほう。そうなんだ?
KUBOTAとかEBARAとかの名前が出ていたような覚え。
そして、それら前段の他愛ない話の後、多分に漏れず宗教の話に。
いつもの「アラーは偉大だ。アラーはこの世のすべてをお造りなさった。」
に続き、
「アラーはこの世のすべての物を作る(造る)ことができる」
「例えば、この机や椅子、あなたが今飲んでいるコーヒーもそう、私たち人間もアラーが造った。」
「この世にあるもの全てはアラーによって作り出されたのです。」
ほぅ、そうですか。
「あのジムも。あそこに並んでるマシンも全てだ。全てアラーがお作りなさった。」
そうなのですねー。
「この車もアラーが作った」
と、トヨタのランクル(彼の車)を指さしたとき、私はすかさず、
「ちょっと待て」
「この車は、日本のトヨタという会社が作りました。トヨタや関連会社の従業員が作っています。」
と日本を代表して伝えると、
「それは、見た目はそうかもしれないが、広義では違う。これもアラーがお造りなさったのだ。」
・・・
めんどくさっっ
面白いのでその先を聞いても良かったのですが、これらの精神性と私の論理はどこまで話しても平行線。お互いの理解は果てしなく困難。というより、こちらが折れないと話は終わらない。
サウジはやはりイスラム教の聖地(メッカ、メディナ)を有しているだけあり、他国のイスラム教徒にはないアラー推しが多いように思いましたよ。
サウジ以外のイスラム教の国の人と話しをしていて、宗教の話でここまでウザいと思うことはなかった。
因みに、いつも私のブログを読んでくださっている方はご存知ですが、私はイスラム教の国が大好きです。イスラム教徒はとても親切で思慮深いし、イスラム教の国へ来ると心底ホッとします。イスラム建築にもとても興味があり、他のどんな宗教建造物より美しいと惚れ惚れするほどです。
しかし、聖地ド真ん中のサウジは、そういう面から観察するとちょっと違うんだなー。今、振り返ればサウジへの興味は北部の文明遺跡くらいのもの。

