転職する親友へ | ベーシスト 西本圭介 オフィシャルブログ...

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ベーシストの活動と平行して名古屋スクールオブミュージック&ダンス専門学校の教務部長も務める

こんにちは。

一昨日に高校の同窓会がありました。

 

僕の高校時代の親友であるA君は現職で僕と仕事していたのだ。

 

 

広島にいたA君が仕事で困っていたので15年前に僕が新幹線チケットを買ってやって名古屋の仕事の面接にこぎつけた。

 

今の僕ならできないようなゴリ押しで上司に頼み込んでこの仕事の経験のない彼が働くようになったんだ。

 

彼が働きだしてから数年の2008年に僕は退職した。

経緯は色々だがハーレー業界で働きたかったというのが根っこだ。

 

僕はハーレーダビッドソン・バルコムに入社した。

それからバルコムの本部で働き退職し、ライブハウスオクトパスを立ち上げ。

その期間に顧問として同社に週2日の契約で通うようになった。

そして現在はライブハウスも手放して同社一本にして名古屋で単身赴任している。

 

前置きが長くなったが、親友が15年の務めを終えて転職することになった。

 

部下が辞めるということは僕の責任ではあるが、今回は僕の立場ではどうにもできない事情。

僕が社長ならなんとかなっていただろうが、今回はそうはならなかった。

 

A君はエンタメ系で転職。

アップグレードする転職なので素直に喜んであげたい。

 

僕の中の上司としての立場は非常に困ったな...という気分。

親友としてはとても良かったじゃん!という気分。

 

なかなか辛いものだ。

 

そんな転職をする彼がここを読むとは思えないが、まあっ困ったときに見つけてくれればよいかと思っている。

 

A君は15年この仕事をしてきて転職。

 

僕もバルコムでバイク業界に転職したのは38歳のときやったと思う。

プロミュージシャン業界で15年はやっていたと思う。

 

38歳で転職したときの気分はすべてがカルチャーショックやった。

今までの社風とか文化とかコミュニティがすべて変わったと感じた。

 

今でもバルコムとは一部の幹部を除いて(笑)仲が良いので一切悪くいうつもりはないが、

入社当時は地獄だった。

 

当たり前のことなんだが、下っ端からスタートしたので、それまでの立場とか地位をズタズタにされたようで辛かった。

 

ライブハウスを立ち上げたときもそうだ。

休み一切なしでお金はマイナスしていくばかりで、毎日死にたいと思った。

あの嫌だったバルコム(笑)の上司がパンダちゃんみたいに可愛く思えるほど大変だった。

あの人のいうことをハイっ!っていうだけで給料もらえていたんなら楽やったの〜...と何度も後悔した(半分ジョークやで)

そういう意味でバルコムには社長をはじめ同僚たちにも感謝しかない。

あそこで甘えきった僕の性根というのは叩き上げられたと思うからだ。

 

転職、起業するということはそういうことだと思う。

 

彼にもそれを忠告したい。

それなりの立場で入ってもベンチャーな組織を動かす時ってのは、下っ端からスタートだ。

休みなんてないし、24時間 頭はフル出勤体制でないとベンチャーは立ち上がらん。

 

50歳の彼にとって、うちでやった仕事も辛かったろうが、僕の経験ではベンチャーや自営業からしたら超楽な部類の仕事だ(これは少しいい過ぎ ^^; )。

 

なぜならサラリーマンは給料は定額で振り込まれる。

なんなら有給をもっと取れとまで言っていただける。

 

今の仕事が楽だというのは少し誇張している部分はあるが、

50歳の彼が全くの新規で立ち上がる組織にそれなりの役職で遂行するというのは、

半端ないプレッシャーやと思うから、それを覚悟して頑張れよといいたい。

 

転職時は逆にいうと下っ端でゴミ捨てからスタートしていたほうが気分は楽なものだ。

 

すぐに結果を求められる50歳の転職組になったA君。

とにかくメンタルをしっかりして死ぬ気でやってほしい。

 

死ぬ気は言いすぎかもだけど、僕は転職したときも起業したときも後悔で何回も死にたいと思ったので、それは忠告しておく。

 

という僕も部下を失ったので、盆明けて仕事を再会したら立ち直しが待っている。

 

この程度は朝飯前だけど..(笑)

僕はいつもピンチがチャンスだと思っているからだ。

 

安定というのは色々なものを見えにくくする意味でアカンこと。

 

不安定なときは真実が浮き彫りになり、あらゆる無駄が見えてくる。

 

今が改革の良いチャンスやと思うので、頭フル回転しようと思う。

 

最後にもう一度、親友のA君の検討を祈りたい。