想像で遊び創造で遊ぶ -65ページ目

土の人

みなさんはどんな手をしておられるのでしょうか?




sky



手は使えば使うほどにその人独自の色あいがでてくる。





祖母の手は日に焼けひび割れて、硬く、深い皺がきざまれていた。

指先の爪や、ひびわれた所には黒い土がつまり、

いくら手を洗ってもそれがとれることはなかった。



祖母は毎日のように畑をし、野菜を育てていた。





戦争をたくましく生き抜き、女手一つで子供を大きくした

人間の誇りの高さがあらわれていた。





大地の土が染み込んだ手。

それはまるで、死にいくものが大地と同化していく第一歩のように思える。





 
ブルース チャトウィン, Bruce Chatwin, 芹沢 真理子
パタゴニア  

歩く神様に魅入られたブルース・チャトウィンの本。

パタゴニア地方の大地に生きる人々がいた。

体から、だ

年末ぐらいに腰を痛めてしまい、

自分の体に興味を持った。


treee

腰痛治療で、電気をあてたり、マッサージしてもらったり、鍼治療をしたけど、

効果は弱かった。

多分、他力本願的な「負」の意識があったからだと思う。

それなら内側から変えてやろうと思い、

腹筋をはじめたら効果てきめん、すぐに痛みがひいた。

体は自身のメンタリティにかなり作用を受けるというのがわかった。

体を意識して使いはじめると、逆にメンタル部分にも作用してきて

実生活が色彩豊かになってきた。

行動的になるし、やりたいことがいっぱい出てくる。

体と精神はまさに一体。

腰痛のおかげでおもしろい世界が開けてきた。

この本はおもしろいです。

 
アンドルー ワイル, Andrew Weil, 上野 圭一
癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか  

僕の右手

犬がいた。

小さい柴犬。



ホームセンターの駐車場で、

僕の車の、横に止まっている小さな車に乗っていた。



その車は窓が全開だったが、人はいなくてその柴犬だけが乗っていた。

とても涼しい顔をして、遠くをみつめていた。





かわいかったので触ろうと思い手を右手をのばすと、

いきなり豹変、



「ガブーッ!!」

「いてー!!!」



まさに電光石火、本気噛み。

痛みにもだえつつ飛びのき柴犬を見ると

何事もなかったかのように涼しい顔をして遠くを見つめている。

僕のことは視界に入ってないかのように。



そして僕は車に乗り足早に去っていった。





あいつは愛玩動物の犬じゃなくて、

本気の犬だった。







今度会ったら、目の前でおいしそうにお菓子をたべてやろう。

 
石丸 元章
平壌ハイ  
 
アラン・ワッツ, 竹渕 智子
タブーの書  
 
Mojave 3
Puzzles Like You  

DA 坊さん MUSIC

葬式に行ってきた。

田舎なので、本人の家であった。



周りの人達が姿勢を正した、と同時に5人のお坊さんが入ってきた。



部屋の横には10人ほどの、紫の服を着たおばあさん連中がいる。







お坊さんがうやうやしくお辞儀をし、

お経がはじまった。



まずは坊主5人の低音ハーモニーで、脳を振るわされる。

そこに加わる、甲高い鐘の「チーン」て音と、ポクポク響く木魚。



「うわっ、お経って音楽やったんや」って今さらながら思う。

そして若い3人の坊さんが、

シンバル・太鼓・鐘を手に順番に打ち鳴らす。

それは、規則的に早くなったり遅くなったりで、

緊張感が高まる。



2番目に年配の坊さんは甲高い声で、ごにょごにょ言ったあと、「カーツ(喝)!!!」

ビクンってなる。

1番年配の棺桶に片足突っ込んだようなお坊さんは、

これまた棺桶に片足突っ込んだような声でごにょごにょ。




bouzu



そしてお婆さん連中のご詠歌がはじまる。

震える声でやさしく歌い、

震える手で鐘を「チリーン」とならす。



ご詠歌はとてもやさしい。

心からやさしい歌だ。

死にゆくものも安心できるぐらい。

教会のゴスペルより、聖歌より、やさしい。



ご詠歌聴けるなら死ぬのも悪くないな、って思わせるぐらいのもんだ。





土着の歌はCDみたいに音源として残らない。

きっと呪術的要素があるから、そういった祭礼でしか歌われないのだろう。

なぜならリスナーは死者だからだ。

死者に向かって歌われる歌。



それは生者の心までも振るわせる。





今日の一言:

音楽は平等にあった死と生

春の初めに訪れる死

今日、親戚のおじいさんが死んだ。



ほとんどしゃべったことのない人だったが、

そこのおばさんには良くお世話になってるので、お参りにいった。





屍を目にして、

僕はそれが抜け殻にしか思えなかった。

生命活動を終えた、殻のようなものに見えた。



それはおじいさんじゃなかった。

おじいさんの殻だった。







かえりに、森からキジがでてきて、

僕の前を横切り、田んぼを堂々と闊歩していた。



そのキジの緑色と、澄んだ青空と、白黄色い抜け殻を見て、

「もう春だなあ」、

と思った。

monkeymonkey  



だから帰ってから、



去年に植えて、

冬に枯れてしまったリンドウの花と、レモンバームをみたら

二つとも新しく小さな芽が出てきてたので、

新しく鉢に植えかえた。







 
13 & God
13 & God