Rolfing® selfjourneyのブログ

ロルフィングというボディワークをしています。

身体の現実と、変化のリアリティ。

からだとこころは繋がっている。が、それだけでは終わらない。さらなるリアリティ。

『人とは、単にこころとからだの総和ではない、それ以上の存在である。』

**



あなたの知らないボディワークのリアルな世界、計測機器では観測できない、が、ないものとすることはできない、世界。フッフッフ。。を、書き記していこうとして、しょーもないひとり言満載のブログになっちゃいました。ま、いいか。 ※注、わたしの知り合いはこのブログみたらダメですよ、、。

  • 23May
    • リツヤベイの画像

      リツヤベイ

      星野道夫の「旅をする木」ボロ〜い本が一冊あります。三年間のバックパッカー時代に持っていった本。途中で、誰かにあげたような気がしていたのだけど、ウチにあるしー。とおもってたら、やっぱりあげていたみたい。ウチにあるのはどこから来たのだろう?うーん、おなじやつが、2冊?**p136たまたま開いたところ。今夜は本をよんであげましょう。 リツヤベイ 南アラスカの村、ヤクタットを飛び立ち、セスナは海岸沿いをまっすぐ東に向かっている。壮大なフェアウェザー山脈からは、氷河がそのまま太平洋に流れ込み、数百キロに及ぶ荒々しい海岸線をつくりあげている。いったい幾つの氷河を超えてきたのだろう。その度に高度を下げ、窓ガラスに顔を押し付けながら、すさまじい氷の世界に目を奪われていた。 氷河の末端は、鋭く森を剥ぎとり、大地を露出させ、無数の氷塊と倒木をあたり一面に散らばせている。それは決して美しい風景ではない。黒々とした地面から植物が生えているかと思えば、わずかに見える青白い断層から、そこもまた氷河の上であることを教えていた。そう、風景はただ混沌としている。そして、つい最近まで、地球は氷河期だったことをまざまざと見せつけてくるのである。 ぼくは、リツヤベイという、人里離れた入り江に向かっていた。そこをいつか訪れてみたいと、ずっと思っていた。かつて、その入り江に、一人の世捨て人が住んでいたのである。アラスカの歴史の中で、その男が何をしたわけでもない。たった一人で、二十二年間、リツヤベイに暮らしていただけである。それは、別の意味で、小さな歴史を残したのかもしれない。数百キロに及ぶこの海岸線で、彼以外に住み着いた白人は、他に誰もいなかったのだから。ぼくは、その男のことが、ずっと気にかかっていた。 この土地で暮らし始めてから、以前にも増してアラスカの歴史に興味を持つようになった。人々が何を求めてアラスカにやって来て、どんな一生を送ったのか、そんなことが気になって仕方がないのである。どれだけ時代が移ろうと、一人の人間の一生が抱え込む出来事は、それほど大きく変わるようには思えない。ぼくはその世捨て人にどこか親しみを感じていたのだろう。 その男の名前は、ジム・ハスクロフ。おそらく、1915年〜17年頃、彼はボートを漕いでリツヤベイに浮かぶ小島にたどり着いた。それから死ぬまでの二十二年間、たった一人でその島に暮らすことになるのである。 アラスカの古典、『グレイシャーベイ』にわずかに記されたこの男の話が、ぼくには印象的だった。この人間がいかに好人物であったか、当時フェアウェザー山初登に挑んだ著名な地理学者、ブラッドフォード・ウォッシュバーンの話がその中に残されている。 「ジム・ハスクロフは、私が出会った最も暖かい人間だった。1932年のことだから、ジムはすでに、十七年もその小島に暮らしていた。一年に一度、ギンギツネの毛皮お売りに、三〇〇キロ離れたジュノーの町までボートを漕いで出かけていた。あとはまったくの自給自足の生活だった……」 本の中に、たった一枚、ジムの写真が載っていた。畑で採れたジャガイモを手に、照れながら笑っている写真だった。ぼくは、この写真の笑顔に惹かれ続けたような気がする。 「ジュノーにやって来ると、ジムはまず塩づけのサバをひとたる買い、捨てないでもらった一年分の新聞を取りにゆくんだ。そして島に帰ってから、毎朝、ちょうど一年前の新聞を読んでいた。ただの一度も続けて読んでしまうことはしなかったらしい……」 ぼくは、この箇所がたまらなく好きだった。 「一年のうち、本当にまれに、リツヤベイを人が訪れることがあった。そんな時ジムは、時計を手に浜辺に出迎え、必ず今の正確な時間を確認するのだった……」 何と人間的な世捨て人だろう。 「ジムは、いつも他人のことを思いやり、この地を訪ねるものを誰彼となく助け、もてなした。ある時、食料に乏しいニューヨークの子供達がごみ箱をあさっているという記事を読んだジムは、どうにかしてリツヤベイの魚や山ヒツジの肉を送れないものかと、ひと冬中考えていたという……」 ジムにとっての1年のクライマックスは、クリスマスの夕食だった。何ヶ月も前から準備に入り、私たちに秋に蓄えたブルーベリーやストロベリーの実を見せてくれたものだった。そしてクリスマスの夜、鴨のローストと14種類のパイを前に、たった1人でテーブルにつくのだった……」 それにしても人間は、なんとそれぞれ多様さに満ちた一生を送る生き物なのだろう。ジムがアラスカにたどり着くまでの人生には、オハイオ州生まれであること、三度の大きな富を得、その後事業に失敗し全てを失ったこと、それ以外は何もわからない。そして、1939年3月23日ジム・ハスクロフはこの世を去る。翌年、ウォッシュバーンは、ジムの思い出を碑に刻み、リツヤベイの小島の岩に埋めた。つまり、ただそれだけの話なのだが、ジム・ハスクロフ、僕の記憶の中になぜか沈殿した。 が、リツヤベイの物語はまだ終わらない。話はそれから、かつてリツヤベイに住んでいたインディアン、クリンギット族の伝説につながってゆく。 それは、リツヤベイの入り口の海底に潜む怪物、カア・リツヤの伝説である。カア・リツヤは、この近海に近づくものを全て滅ぼし、その姿をクマに変え、奴隷として、フェアウェザー山脈の上からリツヤベイを見張らせているのだと言う。そしてこの入り江に入るものがあれば、山から岩を落とし、海からは大津波をたて、海中に沈めてしまうのだという。 伝説は語り伝えられながら、ジムがリツヤベイにたどり着く時代までには、クリンギット族はこの土地から姿を消していた。彼らは知っていたのだ。遥かなる昔、カア・リツヤが本当に姿を現したことを。そしていつか再び、その日が来ることを……。 1958年、7月9日。その日、天気は快晴、海は凪いでいた。フェアウェザー山を登り終えた八人のカナダの登山パーティが、リツヤベイの入り口でキャンプをしていた。PM9時、小型飛行機が砂浜に着陸し、彼らはジュノーに向けて飛び立ってゆく。予定では、迎えに来るのは次の日の朝だったという。それより1時間前、底引き漁船エドリーがリツヤベイに入り、錨を降ろした。PM9時過ぎ、さらに二艘の漁船、バジャーとサモアが入って来る。陽は沈み、潮は引いている、PM10時16分、フェアウェザー山が動いた。 激しい地震とともに、9000万トンの岩が落下し、氷河は崩れ、高さ40メートルの大津波が、時速160キロのスピードでリツヤベイを駆け抜けていった。サモアは一瞬のうちに海に引きずりこまれ、バジャーとエドリーは20メートルの木の上まで運ばれていった。翌朝、リツヤベイの上を飛んだ米国地学協会の学者は、この世の終わりのような光景だったと後に語っている。そして、ジム・ハスクロフの家も菜園も、全てこの波に消されていった。 だんだんと、リツヤベイが近づいてきた。氷に覆われたフェアウェザー山脈も、雲間から姿を現している。こんなことは珍しい。この海岸線は、アラスカで最も悪天候の地域なのだ。皮肉とは言え、フェアウェザー(好天)山脈とはよく名付けたものである。山を回り込むと、リツヤベイの全容が視界に入ってきた。セスナは高度を下げながら、入り江の小さな砂浜に着陸していった。 エンジンを切ると、聞こえるのは太平洋の波の音だけだった。砂浜に、かすかなクマの足跡が続いていた。その跡をたどると、見晴らしの良い岩場に出た。そこから、ジムが暮らした小島が見渡せた。目の前には、氷河を抱いたフェアウェザー山脈が5000メートルの高さでそびえている。ため息の出るような美しさだった。エデンと危険は、きっと隣り合わせに存在しているのかもしれない。 一人の男が二十二年間見続けた風景を、自分も見てみたい。違う時代に生まれ合わせたとはいえ、何かを求めて、同じアラスカにやってきた一人の人間の一生に触れてみたい。ただそれだけの旅だった。 ジムが、なぜリツヤベイに暮らそうと決めたのか、今はもうさぐるまい。人は誰もがそれぞれの物語を持ち、それぞれの一生を生きていくしかないのだから。が、これだけは確かだろう。小さなボートを漕ぎながら、地の果てのような入り江をくぐったその日、リツヤベイは晴れていたに違いない。今日のように、限りなく穏やかだったに違いない。 おやすみ。

    • 大事件が起こったんだ。

      ここ数日、、もう随分と月日が経ったような気がする。僕にとっては結構な事件が起きまして、これには本当に絶望した感じです。何も見えなくなるくらいの底の底、なにもわからなくなる、、、そこにやってきたのは随分と久しいこと。バイオダイナミクスの学びは九年かかります。ぼくは、その途上にいるわけでしたが、この学びはやめなければな、と思いました。それは、誰がどうのこうのということではなくって自分としての資質の問題でした。自分って、こういう感じ、と思っていたのが、根幹から覆って、『それ』では、そもそもの施術ができないことになるんですよ。**バイオダイナミクスの学びをやめる、と、決めました。(そのとき)で、すると、バイオダイナミクスなしで、施術はできないです。すると、施術をやめることになります。(やめて、どうする?この先、もうこの人生でやることないで?食べて行く手段もないし、、、。インドでも行くか?)これはほんと、底の底まで考えましたし、今後どうなるのかわかりませんが、いくつかの遠隔セッションを経て、今は、やっていこうと思っています。今の所はバイオダイナミクスの学びも続けるつもりです。しかし、自分の意思以外のところで何かが決まっているのなら、それはそれで、そういうことですが。

    • いのちはひとつ〜♪

      久しぶりに聴いたけどいいねー。https://youtu.be/UGpI56fzKsAこっちもー。https://youtu.be/BGWzATf8OYE

  • 20May
    • すやすや。。

      今日は二度寝してしまった。ひさーしぶりに、朝も騒音なくてよく眠れた。こっちからのー。https://youtu.be/oXCqC6FDOBcこっちのー。https://youtu.be/-jYyhGX86Qg最後の10分くらいが虫の声。自然のあるところに住めたらいいねー。

    • ありゃー。。

      ん!?医療逼迫かと思ってたんやけどー。どないなん???https://news.yahoo.co.jp/byline/yanaihitofumi/20200519-00179128/

  • 15May
    • 自立、について。

      ロルフィングの10シリーズ、そして、さらにバイオエナジェティックの施術、それらを通して、実感として、わたしは以前の私とくらべて、随分と”いいひと”になった。自然な感じで、とらわれることが少なくなった。以前の自分とは、同じ人だけど、ちがう。そういう、コメントいただくこともあります。その、以前の自分と比べて”いいひと”になった。ということ、わたしも「わかるわ〜」というのが、実感としてあります。わたしは、それは、ロルフィングを受けること、学ぶこと。バイオエナジェティックの施術を受けること、学ぶこと。それらを通して、ずーっとその道を辿り、それをあるがままに実践しています。そうなんですよ、どんどん手放していく、だが、それは一般のセラピーやセミナーのように、、。言われて手放したり、決意して手放すというような感じでは「全くない」のです。ただ、体から、余分な情報が消えていく、、付け加えられた、教育、知識、倫理、論理、、体に閉じ込められた、トラウマ、感情、思い、、想い、、。そういったものが、解消され、消えていき、体の中心から、光の透明な波が通り抜けていく、オーシャン、周りを透明な海に包まれている。透明な海の中、その波に与えられた、スペースに、呼吸をさせてもらっている。。そういう状態、に自然となっていくと、自然と、気がつけば、いろんなものを手放していることに、気がつく。**さて、自立、とはなんでしょうか?クライアントとして、セラピストに依存しない。クライアントとして、痛みや問題の解決を施術者に頼らない。もう、通わない。それが、自立でしょうか?はい、確かに、物理的な側面から見ると、それは、確かに自立といえそうです。しかし、本当に自立するとは、もう少し、私は違う観点を見ています。体から、歪みが解消され、透明な海に包まれる、そこで、呼吸をしている。そういう状態になってくると、、いつしか、自分のためではなく、自分の得のため、がんばる、やりとりする、というこの世の中の人々のやりかたとは、ちがうところに目が覚めてきます。これが、とくか、そんか。ではなく、欠けていたり、損していたり、するところに目がいって、それについて、対処しようと得をしようと、がんばるというところから、次の段階にシフトする。与えること、からそして、その「与える」とは、その前の段階の「与える」とは違うのです。その前の段階(太陽神経叢、自分のため)というところでは、与える=自分の持っているものが減って、あるいは奪われる。という意味を持ちますね、しかし、その次の段階(ハート、奉仕)にはいると、その「与える」という、質が変わっています。与える=すでに得ている。与える、ようで、=、すでにもらっている。与える、は、減るようで、実は減らない。さらに増えている。ということになってきます。その前の段階(太陽神経叢)では、これは、理解できません。聖書とか道徳とかに載ってそうな、、ひとを善人に矯正するための方便、のように、受け取られるでしょう。でも、実際にそのハートの段階にいると、与える=その瞬間に同時にもらっている。のです。**わたしは、施術をしていて、自立する、とは、そのハートの段階にシフトする時期のこと、かな、と思っています。他者へ、何かをする、それは、同時にもらっていることでもある。それは、別のもっと別の言い方をすると、自分の役割、、(誤解があるかもしれないですが、好きなこと、とも言えるかも。ただし、太陽神経叢ではなくハートの。)をこの世界に、この場所で、ここに展開する。差し出す、与える。奉仕、、生きること、自身が生きること、人の中にある、混沌の中の光にアクセスし、鎮めること。それを希望という。

  • 14May
    • バトンなし。その2。の画像

      バトンなし。その2。

      勝手に7日間チャレンジ、バトンなし。その2。1日に2つあげて何があかんことあるねーん。2冊目は、内容忘れたけど、『出アメリカ記』。なんとなく覚えているのは、たしか60年代か70年代くらいにバックパックで世界を旅したひとの旅行記的な体験記。だったと思う。今の時代はSNSやらなんやらで、世界は逃げ場がなくなり、新しい未知の世界は、一人孤独に旅する、みたいなことはできなくなってしまったようですね。それが、それこそが旅の醍醐味なのに。。僕が旅行に出た時は、まだSNSなんてない時代、でも、gmailなどはなくても、hotmailはあったので、場所によってはメールはチェックできたりしました。ネット回線が遅すぎてメールが開かない、ところや、ネット自体がないところがほとんどでしたが。未知の世界、なにもなく、日常から完全に切り離された異世界。ネットなんてない時代に旅した人たちはうらやましい。

    • 勝手に7日間チャレンジ。の画像

      勝手に7日間チャレンジ。

      勝手に7日間チャレンジ。ブックカバーチャレンジというやつが、あるようで、やってみる?て聞かれたけど、バトン渡さんとあかんのかー。7冊もええ本ないけどなあ、2、3冊はあるけど。なんかオモロイ本あったかなー。。全然本ないやん。ふむ、、これはちょっと懐かしい。昔チベットを旅してた時に、会ったネパールのお寺(先生のチベットからの亡命先)で勉強してた日本人二人組と一緒に、先生が若い頃修行していたと言う、洞窟に行くという。それに同行して、へんぴな山(?)に、(結構遠かった)行ったのを覚えています。ケツンサンポ・リンポチェという師だそうで、中沢新一さんの本をきっかけに弟子になったらしい。覚えているのは、、結構すごーい歩いてやっと辿り着いたのと、たしか尼さんのお寺であったこと。到着したら、バター茶だしてくれて、お経がとなえられていて、そのままこっくりこっくりとうたた寝しちゃったこと。よるはお堂で、眠ったこと。あとの二人は感動的な様子で瞑想してはったけど、当時はそういう世界にも通じてなかったので、僕は一人寝てたな。二人の師が昔修行していたという洞窟は、、ちょっとへっこんだ岩で、洞窟って感じではなくって、ここでどうやって修行したんや?って感じのとこでした。そうそう。お寺の裏の少し離れたところで、小さなテントみたいなのにこもって修行してるお坊さんがいて、なんか祝福みたいなのしてくれたなあ。なんか水みたいなのと、ポンってなんかされた気がする。本の内容は覚えてない。と、いうわけで、バトンとか全く関係なく勝手にやってます。バトン渡したりしません〜。2、3冊でやめるかも。ふっふっふ。

  • 10May
    • 地球の鍵の画像

      地球の鍵

      洞窟のその先に、、。月曜日の使者がいた。https://youtu.be/G63cTXdyGmk

    • 月よりの使者の画像

      月よりの使者

      今ひま。、、。あっ、月よりの使者がっ!!!♪〜〜♬〜🎶〜〜洞窟はどこへ?つづく。**遠隔セッション、やってますよー。(回数券とかもあるよ。)https://www.rolfing-selfjourney.com/%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC/

    • 破壊と創造

      自粛生活、、。ウィルスってヴァイルスっていうんですねえ。(前編)https://www.bitchute.com/video/aTSLR86irgBP/(後編)https://www.bitchute.com/video/iw1V6Q9Ldrtf/こういうの、本当なんですかね?このmovieが本当かどうか知りませんが、こういう類の話は、本当にあると思ってます。ちょくちょく聞きますし、ボディワークや自然療法の世界でも、治しちゃうような施術はかなりプレッシャーを与えられたりする、ときには、、殺されちゃったり、みたいな話すら聞いたり、、(それも本当か知りませんが、)そういう類のプレッシャーは、どこみてもありますよね。で、、、。スケールはちゃいますし、、だけど、本質は同じなのに、ついさいきん国会議員が地元の支援者である医療機関に、優先的にマスクを融通するように指示して、他の医療機関などへの供給がストップしてた、それは問題ないこと、と言い切ってましたねえ。そういうもんのようです。ワクチンの利権、ビルゲイツ、、みたいな話もよく入ってきますね。アメリカのコロナ重篤者の割合、家で自粛してた人が圧倒的に高かった、というデータ。一方で、亡くなっていたりする人はいますし、UFOなんて、というのが国レベルが認めると、ありになったり。主流だとされるところがなんといっているのか、が”リアル”とされるとなると、、。。利権で人は社会は”現実”は動く。それは事実、あるとして〜、、それは事実、この社会の根幹を成してるとして〜。その前提で、だまされてるのかもね?自粛やめる?。。家に閉じこもってるとなんか体もいい加減変になってきそうやし。太陽光に当たること、大切みたいだし。アルコールなどの殺菌で、いいやつも大切なやつも死ぬし、よりケミカルな環境にさらされることになるし、。。情報を得て、どっちにいくのかということでもないのかな?と思って。。。今朝からずーっと瞑想してました。。。遠隔セッションを始めて、結構な方が申し込んでくれました。ひと段落して、昨日今日はひま。。。そんなこんなで、これからどうしていくか、引っ越しもしたいんだけど〜。暇やし、しばらくずーっと瞑想してました。遠隔やりすぎたのか、自粛で家にいるからか、最近、右肩に痛みがあったんですが、瞑想してたら、消えて行きました。。。遠隔の施術、なぜ働くのでしょうね?全然遠く離れたところ、施術できるなんて、おかしなことですね。。。バイオエナジェティックの施術にはいくつか根本原理があると思います。病変、歪み、痛み、問題。それらを解放し、、。しかし、それを再び、取りに行ってしまうことがある。その歪み、、それは大人になり、自分の一部として認識している。本当は自分ではないのに。自分の一部が失われる。怖い、とりにいく、またくっつける。自分。そういうことあります。赤ちゃんは、取ってくれるの?取って取って〜、もう、いらない。ってなりますが、大人は、そうはいかない方が多い。それにアイデンティティを持っている場合は。わたしは何者か?。。瞑想。自分と思っているものが自分ではない。わたしと思っているものがない。特徴づけるもの、性格、個性、ない。。。WILL POWER.ロルフィング、バイオエナジェティック、施術。時には、破壊と創造。あなたと思っているもの、それまで、機能してきたもの、すべて、根こそぎ、破壊されることがあります。新しく、生成されるためには、一旦、破壊が必要なことがあります。破壊。すべては、壊れ消え去る。新しく、創造が始まる。。。自分と思っていたものが、綺麗に消えて、一旦、何もなくなる。。。それが起こるのは、自身のうちに、ある、そして、外側に広がる、スティルネス(静寂)につながっている時。エモーションや考えの中にぐるぐるしているとき、させられているとき、自己の内側で、壁の中で、活性化を上げて行き、破綻させるタイプの瞑想や手法は、エゴの壁をますます厚くさせ、世界と自分から切り離して、混沌と、痛みを蓄積して行きます。満足、フォーカス、集中、評価、それらは、混沌を加速させていく。。。破壊と創造、一旦なにもなくなる。なにもなくなったところ、そこからはじめてみよう。破壊。情報の隙間のなにもないところ。風が吹いている。陽が差している。そとには葉っぱが揺れている。**自粛中。遠隔セッションやってます。

  • 06May
    • ふたつ。

      demo 6https://youtu.be/iitUE9YQTdEWe Shall Remainhttps://youtu.be/Gs0iwY6YjSk

    • 遠隔の施術者の毎日

      遠隔って働くの?遠隔セッション、離れていても、触れなくても、変化が起こるって、信じられます?ぼくはまだ信じられない。。そう、なんでそうなるのか?わからないんですが、そうなるんです。遠隔が働くんです。すると、自分の意思で、こうなれ、というタイプの施術ではなく、バイオエナジェティックで施術してるので、直接触れて施術するときは、そこに変化が見て取れる、、。ですが、遠隔のバイオエナジェティックは肉体の変化をその場で物理的な目で見ることができないので、、、。まだ信じられない。で、施術をやる。遠隔で。そのときは、それまでは、、ちょっと怖いかったりします。できるかな?みたいな。自分で超能力や念力の類サイキックの類じゃないから、自分で変化を起こすことができないから、そういう気持ちはあるんです。でも、施術は依頼され、やり始める。そう、その場に行き、その場に立つ。門の前に行き、そこに立つ。そういう感じ。すると、、扉が開き、施術は道に導かれるように、その場に展開していく。そこでは、道しるべは、光、、健全。体に流れる、健全の光を辿っていくだけ。こちらに、どちらに進むのか、何をするのかの選択権はない。それは、ただ示される。そこに、それを辿っていく、、。やがて、出口に出る。施術は終わる。変容、その報告をクライアントさまから聞く。働いていたことを知る。役目を果たせた。、、。門を出て、日常に還る。、、。また自信はない、あれは、遠隔は働くのだろうか?次の依頼を受ける。。。そして、また門の前に立つ。

    • なにもしたくない

      なにもしないhttps://youtu.be/HCNRioytyAI遠隔のセッションを始め、4月末まででモニターのセッションは終わりました。幾人か継続的に、受けたい。という方がいらっしゃいました。今後、どのようにやっていくか考えていました。ちょくちょく変更していたのですが、メニューはほぼ確定しています。https://www.rolfing-selfjourney.com/%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC/#distance_seriesちょくちょく改定していたので、改定前との主な違いは、安く受けられる回数券があることと、その対象は誰でもOKにしたことです。(以前10シリーズ完結した方に限定していましたが、今は誰でもOKに。)あと、ベーシック10シリーズを遠隔でやる遠隔10シリーズを始めました。※遠隔10シリーズは、直接触れないため、ベーシック10シリーズとは別物としています。遠隔10シリーズとベーシック10シリーズの違いについて、・直接触れる/ふれない、の差。・ロルフィングのレシピに沿って施術されることは同じ。・直接では、物理的な肉体を扱う/遠隔では、直に肉体を扱わない。間接的。・遠隔には肉体の制限がないので、より繊細に、より健全の意図に従う、、精密な施術となる。**そもそも、遠隔は働くのか?信じられはしないのだけど、私自身も。遠隔は働く事実がありますので、遠隔は働く。遠隔セッションの体験記を現時点で11人の方からいただきました。https://www.rolfing-selfjourney.com/%E4%BD%93%E9%A8%93%E8%A8%98/%E9%81%A0%E9%9A%94%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%BD%93%E9%A8%93%E8%A8%98/遠隔をメニューに加え、本格的に始めました。**コロナの自粛を機会に遠隔を始めました。2週間で、三十人ほどの方に施術をしましたが、ほぼ全員の方が、遠隔は直接とほとんど同じ体験、あるいは、体験は違うが働いている、という体験をされたようです。わたしも、始めは半信半疑、しかし、100%の確率でワークが働いていく、、受け手の方も実感している、ということを体験しました。そして、今朝からはこんな体験を。。**この1ヶ月近く、自粛を始めて、、。自然食品や無農薬野菜、お買い物に頻繁に行けないので、お酒や肉は食べなくなりました。瞑想や、遠隔の施術を頻繁にやるようになり、自分の体の変容もどんどん進んできました。あまり外に出ないので、足が細くなってきた?しかし、散歩に出てみると、体のバランスや動きがめちゃいい。軽く走ってみるとスムーズ。。昨日、自然食品屋さんに、お買い物、、。久しぶりの。行ってみたら、、。お店がお休みー。しかたないので、スーパーへ。なんか、ジャンクなものばかり買っちゃいまして、ちょっと暴飲暴食。次の日の今朝、ちょーしんど。食べ物と体の関わり、めちゃありますな。。もちろん、精神にも。部屋がすごい散らかる、キッチンが、、えらいことになる。すこしずつ、すこしずつ、片付けたり、ちゃんとした食べ物食べたり、、、瞑想したり。。徐々に、浄化されていく。浄化、って感じする。やっと、まともに頭も気持ちも働き出す。。。なんかメールが入ってる。この痛みこの苦しみをなんとかしてくれ、的なやつ。(クライアントさんじゃなくて)その重荷を、背負ってちょうだい。アピール、、。ま、もちろん、なんとかしてあげたいけど。瞑想してみる、なにかそういうのは、もう違う。と、わかる。極端なこと言えば、苦しみを代わりに引き受ける?ことはできないし、させようとして、させられることは、たくさんあったけど、それは、解消じゃなくって、混沌に巻き込まれるだけ。なんとかしてあげたい、けどね。https://youtu.be/HCNRioytyAIもう誰も救わないし、誰も助けない。救いたくはないし助けたくはない。そうして、座っている。ただスティルネスに入っていく。すると、景色が映り入り口が見える。光が差してくる、癒しが始まる。。巡り、巡る。なにもしない、何かがおこる。。。意図はなく、願いがない。ここでやるのが、本当の癒しなのだろうか。感情や意図によりとりこまれる関係性では何もやりたくない、のだ。施術も生まれない。ただ何もないところにいて、何かが見えはじめる。。。遠隔の施術を始めた頃は、やはり結果を見たいし、信じられないだけに、やろうという意思があった、そこから、離れて、ここに現れてくる景色の中に、、。そういう段階に入ってきたようです。。。何か起こるときもあるし起こらないときもある。という、ところから始まるのが、バイオダイナミクスなのだろう。。。何もないところに行って、そこにある、リアルが、バイオダイナミクスの世界であって、イメージはない、作り出したり決まったものを見ようとするものではないからね。https://youtu.be/HCNRioytyAIもう誰も助けたくはないし誰も救おうとしたくはない。正しい食べ物、正しいマインド、正しい生活、自然に還れ、自然から学べ。正しい道にいる、何かをしようとしないところ。人はそういう風にできている。最近、ろうそくに火を灯す。 ”FATIGUE At the end of the day, light a candle in your office.Return after awhile and extinguish it. This clears the heart.” (疲労 1日の終わりに、オフィスののキャンドルに火を灯す。。しばらくして戻って来て火を消す。ハートをクリアにしてくれる。)

  • 03May
    • 遠隔セッションの感想文(M.S.さま)

      遠隔セッションの感想文をいただきました。ありがとうございました。直接も遠隔でも同じですが、癒しの源泉である「健全」は、そこ(体の内側)にすでにあります。しかし、過去の衝撃などで歪みや病変がその周辺に作られているとき、歪みにより健全への通り道は遮られています。では、どうやったら、健全への道は、、再び繋がるのか?その歪みを、バランスします。ちょうど針の穴を通すように、、。塞がっていた通り道のその先が見えるように、、。すると、その向こうから健全の光が射してきます。健全の光自体に癒しの力があります。それが、やってくる。その出口が源泉だとすると、そこから流れが始まり、、その先に届いていく。すると、その流れの先でいろんな反応と解放がおこっていく。わたしたち施術者がバランスしているのは、そのおおもとの、源泉の部分。(つまり、わかりやすく言うと、水道の蛇口の部分を施術者は保持している。その水の流れの先で、いろんな反応が結果として現れている。)なので、『体が勝手に動いていた。岡田さんに後ほど聞いたところ、施術箇所と一致しているわけではないとのことであった』のです。**M.S.さま(女性)遠隔セッション感想岡田さんから始まりの合図をもらうと、すぐに普段とは違う流れの中にいることを感じました。意識はちゃんと覚醒しているけども、深海にいるような感じ、低音域のリズムが流れている感じがした。施術中、いろいろなことを考えていた。一瞬眠った瞬間があったようだった。覚醒した後は考えていたことを忘れていた。身体が勝手に動いていた。岡田さんに後ほど聞いたところ、施術箇所とシンクロしているわけではないとのことであった。(※)施術時間は30分が目安(※30〜60分くらいと幅があります)ときいていたが、私の場合、やや長い時間が必要だったみたいだ。頭のなかで、フラッシュのように光がたかれた感覚があった。身体に流れていた低音のリズムもなくなった。しばらくすると、終了したと合図があった。その後は、ぼんやりとした癒しの中に自分がいるようであった。

  • 02May
    • 遠隔セッションの感想文(S.N.さま)

      遠隔セッションの感想文をいただきました。ありがとうございましたー。これまで二十九人くらいやりましたが、ほぼ全員変化を感じられているようでした。(1〜2人、どうかな?と曖昧な方はいらっしゃいましたが、その他の方は、確実にはっきり感じていらっしゃるようでした。)不思議だけど、、不思議じゃない感覚、なんですよねえ。。私もそんな感じです。**S.N.さま(男性)今朝 は セッションどうもありがとう御座いました。(笑)すごいですね。 遠隔で出来るんですね。@@吉祥寺でやってもらった時と全く同じ感覚でした。部屋で一人で横たわってるので半信半疑だったんですが 少しづつ体がジワジワして来て30分ぐらいで 体が波うつ感じになりました。そのご30分ぐらい余韻に浸って終了しましたまだ遠隔でやってもらったという実感がないんですが 確かに遠隔セッションで施術してもらいました。@@なんか不思議を通り越して普通にしてますが貴重な体験でした。 またよろしくお願いします。

    • 遠隔セッションの体験記(M.S.さま)

      遠隔セッションの体験記をいただきました。美しい情景ですね。。なんだかわからないんだけど、、幸せな感覚の中にいた、、。そんなコメントは遠隔でのセッションを始めたバイオダイナミクスの勉強仲間の間でも、いただいている方が多いようです。**M.S.さま(女性)施術中は、ただただ、気持ち良かったです。少し具体的に書きますと、「どこかの高原の地の、簡素で清潔な部屋の中で、ゆらゆらと木陰を映した美しい白いレースのカーテンが掛けられた窓から、ものすごく爽やかなそよ風が、静かに吹いて来て、そっと優しく身体を撫でてくれている感覚」でした。施術中ずっと、お腹が気持ち良くゴロゴロ鳴っていました。その後、二日が経ちましたが、目に見えて体調が良くなったなどの、劇的変化はありません。ただ、何だか異様に気持ち良い一時間だったなあ...と言う爽やかな記憶と、この記憶を大切にして行きたいなあ...と言う気持ちが、今の私の中に残されているものです。

    • 遠隔セッションの感想文(Y.T.さま)

      遠隔セッションの感想文をいただきました。直接触れる施術と似ていたようですね。ありがとうございました。ついでにニャンコにも施術したのですが、にゃんこは大暴れだったみたいですね。。**Y.T.さまセッションが始まり、身体がリラックスし呼吸が深まり落ち着いてくると、涙が自然と溢れだしました。強い感情が湧いたわけではなく、むしろ、懐かしさや安堵からの涙でした。セッション前半は涙ポロポロでしたが、すっぽりと安らぎに包まれたころにミッドラインが通るというのか、身体の中を風が流れていく感覚がしました。バイオ(※かつて何度か受けていただいた主に軽く触れる施術で、今回受けていただいた遠隔の施術と同じ手法)を受けるたびに感じる、大きな生命との繋がり?を自覚したところで、身体の内側から光がフワァと拡がり眩しさを感じました。その光が薄くなったあとに胸からピンク色の光が波のように湧き出してきました。その波の力強さに自分の生命の本来の靭やかさを見せてもらえたように感じました。セッションの後半は次第に身体が温かくなり、骨盤周りがかなり熱くなりました。その熱さは、外側からエネルギーを注入されたり、人の意図で自分の『気』の流れを誘導されたりするような施術を受けたときの感覚とは違いました。自分の内側の空間で自然現象が起こっているのをじっと眺めているようでした。言葉で上手く説明できないのですが、自然の摂理だけがそこにあるようでした。そのうち、身心が静かになっていき、セッションが終わったと岡田さんから連絡をもらいました。バイオを受けると自分の身心から新たな声が聴こえてくるのですが、今回は長年聴こえないふりをしていた身心の声が届けられ、『今のまま変わりたくないよー』と抵抗する間も与えられず、変容の流れにポンと押し出されました(笑)。バイオは『ただリラックスできて楽になりたい』というエゴに都合の良い癒しではないですね。だから尚更、バイオにご縁を頂き出逢えて本当に良かったと思います。地方に住んでる身としては遠隔でバイオを受けれるのが本当に有り難いです。ありがとうございました。

    • ウィルスと愛について

      ウィルスと愛、について。ちょっとねえ、、以前にナウシカの粘菌を引き合いに少し書いたので、ちょっと誤解というか、感覚の違いが、あるのかな、ということを思うことがちょいちょいあって、それを、ここで少し書いてみたいと。結構いろんなことに共通することだと思うので。。。ウィルスのことを、「コロナちゃん」という感じの対象にして、それを愛する、みたいな流れも一部であったりするじゃあ、ないですか?それには、ちょっと違うものが入っているような、感じがするので、その辺りについて。**渦中に、いくつか読んだシンプルな文章。こちら。(後で調べてここに載せます。2つありました。)イタリアの小説家パオロ・ジョルダーノによるエッセイ『コロナの時代の僕ら』https://www.hayakawabooks.com/n/nb705adaa4e43(※無料期間があったので、ちらっと読んだ。どの章か忘れた。)内田樹の研究室「コロナ後の世界」http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html**ひとつは、ホント簡単なエッセイで、ここで引き合いに出したのは、そのうちの1節。すぐ読めちゃいます。ここだけではなく、さまざまなところで、目にするやつの要約、みたいな感じかな。(忘れたけど。)それは、端的にいうと、ウィルスそのものに原因をみて、ワーワーいうてるのは、本末転倒。その出どころはなに?どこ?それは、地球。みなさんも感じているかもしれませんが、人間の暴挙、欲望、、経済、われが助かる、、われに利するために、他を利用する、他を消耗させ、、吸い続ける。弱者と強者、、支配者。経済。その図式、それが、壊れつつある。いずれ、地球は、、保たなかった。人類は、直面するであろう、破滅。経済、力、支配、、その行き着くところ。なぜ、ウィルスは出てきたのか、立ち入ってはならない、森の奥地、汚してはならない、神聖な空間。海は、山は、自然は、大平原は、、消耗され、消えていった。わけのわからない、汚れの、、蓄積。プラスチック、廃棄物、、汚れ汚れ、、消えない汚れ。循環は断ち切られた。自然。その矛盾の臨界点の一つ、ウィルスは、その条件を整えられ、現れる環境のもと、やってきた。それ(現れる状況)を、作り出したのは、人間。、、。ウィルスに愛(愛情)をもって、コロナちゃん、愛してるから、やめてね?は、傲慢。それは、愛では到底ありえない。まさに、暴挙、傲慢の極みのエゴ。さよなら。愛とは何だろうか?愛と/愛情は別の次元、(愛と、感情の”愛情”は違うものです。)感情と/透明な、、健全の生命の、、、光は別。次元が違い、対象がちがう。原因(=愛)とは何だろうか?ここでいうウィルス?ちがう。それは、結果、表層にあらわれた現象に過ぎない。その、、愛とは、、健全につながる、、原因とは?地球、、われわれを生かし、滋養を与え続け、サポートを与え続けている。そこに、愛が、光が、あるのなら、そこと、繋がり、ふたたび犯さないこと。尊厳、リスペクト。愛を向けるのは、そちらではないでしょうか?「コロナちゃん、」と、対象物をそこにもつのは、全然違う現象です。そこには、感情があり、、取引がある。愛とは、無償です。。。対象物を持つ、そのとき、起こっている、たくさんのことに共通すること。それは、感情として、扱ってしまっていること。感情として、対象化してしまうとき、本質は、かき消される、、雲のように覆われてしまっています。そこからは、取り引きと代償、吸い続け、吸われる、、我が我が、、生き延びる、、他者から吸って。限界のある世界。**支配と、無限。コロナ後の世界はどちらに、この先進むのでしょうか?

    • 遠隔セッションの感想文(Y.T.さま)

      遠隔セッションの感想文をいただきました。ありがとうございましたー。翌朝に体の違和感が消えていた、ようですね、最近そういうコメントよくいただきますー。遠隔も「あり」ですねえ。。**遠隔セッションの体験記(Y.T.さま(女性))ロルフィング10シリーズを終えて、約2ヶ月。以前は心身にバランスの悪さや不安感を抱えていたけれど、緊張が随分とれて自分の体が楽になってきたように思っていました。ところが4月に入って、新型コロナウィルスの影響が身近に感じられ、家族が感染する夢などを見るようになりました。体にも不調が出始めて困ったなあと思い、「岡田さん、遠隔でロルフィングやってくれないかな」と思っていたところに「遠隔施術します」というメールが届き、これは!と思って申し込みました。岡田さんなら遠隔でも体に響く施術をしてくれるんだろうと思いながら、自分がどこまで感じ取れるのかは疑心暗鬼なところはありました。夜の時間にお願いしたので、寝落ちしてもOKということで安心して横になり、いざ始まると、途端に右半身に温かな痺れが走り、重力が体にズンとかかる感覚がありました。「あ、これこれ。こういう感じだ」と実際に施術を受けていた時のことを思い出していました。隣で寝ていた娘が「うーんうーん」と体を動かして、その手が触れて、温かい気持ちになって、うとうとしていると、凝り固まった左首のあたりが熱いもので触れられるような感じに。他にも、子宮(丹田?)のあたりや、腕、ひじなどが重だるくなり、体が存在しているんだなあと感じられました。その日は胃の調子が悪く、喉のあたりも詰まったような気持ちが悪い感じだったのですが、施術中にとにかく胃腸がギュルギュル音を立てて動くので、詰まり感が流れていくような感覚がありました。その後、20分ぐらい、無意識と意識の間にいましたが、ふと意識の表面に出てきて、「あ、終わったかな?」と思うと岡田さんから「終わりました」のメッセージが。その後電話で話してもよかったのですが、体全体に重力がかかって布団に沈んでいるようだったので、その日はそのまま眠りますとラインを送って休みました。翌朝目覚めてみると、 本当にこれは期待してもいなかったし驚いたのですが、喉のつまりが取れていました。しばらく(ここ最近)朝目覚めると同時に「今日も頑張ろう。子供達のためにも明るくいよう」と思っていたけれど、自然と晴れやかで楽な気持ちで家族に接することができました。家族を心配する気持ちを自分の不調に重ねてしまっているところがあったけれど、まずは自分が軸に戻って、健やかにいることだな、と改めて思い出させてもらいました。ありがとうございました。