2014年1月14日の「呪文療法」、

2014年4月21日の「呪文療法の効果」、

2014年10月16日のブログ「呪文療法 融通念仏から融通念呪」等で

述べましたが、呪文療法の効果はやはり本物で、

これまでに多くの方々に喜んで頂いています。


診療時はもちろん講演会でもですが、

初めは何のことやらさっぱり分からない方が

ほぼ全員ですが(無理もありません)、

唱えてみると直ぐにプラス効果が体感できるので

驚かれるとともに大変喜ばれます。


何せ、呪文を唱えるや否や

先ず自分の身体が反応するだけでも驚かれますが、

距離の離れた他者を思い浮かべて唱えると

思い浮かべた他者の身体も同様に反応するのですから

ダブルで驚かれるのです。

そして、家族がみんなで唱えあったら

どんなに素晴らしいだろう、となるのです。


また、呪文を唱え続けてその中に入り込んで行くと

他のことを考えられなくなり、

禪定(ぜんじょう)の状態にもなれるので、

雑念がなくなり自我が希薄になって

無我に近づける分だけ真我

(禪では主人公と言います)が表に出てきます。


これは実は呪文に限らず、

何かに没頭(分別知を司[つかさど]る人間頭が没する状態)

している時にも起きるし、滝行や護摩行、

坐禪で木の棒(警策)で肩を打ってもらう時などにも

起きるものです(一応、経験しています)。

思考停止が起こって一時的にせよ

所謂「無」の状態になれるのです。


無の状態の経験を積むにつれて

真我が表出してくる分だけ天の采配が起きるようになり、そ

の天の采配にお任せすると一石二鳥や三鳥

さらに一石十鳥のようなことも起きてきます。

すると、前回2015年3月9日のブログのような

「不思議な人生」が展開するようにもなるのです。


融通念仏の場合は、

これが唱える人同士の間で共鳴し合うので

更に相乗効果が期待できるのです。


と言うことなのですが、

一方でこれを妨げる要素も

実は把握しておく必要があります。

それは潜在意識レベルでのこだわりです。

カルマと言っても良いと思います。

それが無の状態になることを妨げるのです。


このような場合、ではどうすれば良いのでしょう。

こだわり、執着を外すにはどうすれば良いのでしょうか。


たとえ怒りや不安や後悔や怨念

等々のこだわりの心が湧いてきても、

只ひたすら念仏を唱えて念仏三昧を実践する。

これが四六時中(四×六=二十四時間)の念仏、

専修念仏ですが、こだわりの少ない素直な方は

それで十分だと思います。


そもそも素直な方は、こだわりが少ない、

こだわりがないから素直なのです。

何事においても念に持たないのです。

素は天地人を貫くと言う意味の王に

中心を意味するヽ(点)のついたもので、

素直と言うのは天地人の中心に

真っ直ぐに糸でつながっている状態です。

神仏につながっているとも言えるでしょう。

なので、素直であることはとても素晴らしいことなのです。


ところが多くの人にとって、

人間知・分別知に溢れた日常生活の中では、

なかなか素直にこだわりなく自然体で生きていくのは

容易でないのも事実です。

そこで、呪文の一方で、

日頃からこだわりを外す努力が必要です。

いくつかのポイントを挙げてみたいと思います。


先ずは、2012年10月23日のブログ

「観自在について3」で述べましたが、

白隠さんの正念工夫相続です。

ピンチはチャンス、苦難は幸福の門、と言うことです。

最も嫌な人・苦手な人が観音さん(罵倒観音=馬頭観音)、

恐い閻魔さんは優しいお地蔵の化身、

恐いお不動さんは穏やかで慈悲深い大日如来の化身、

と言う真理を知ることです。


正反対に見えるものは

みんな表裏一体の一つのものだと

只今只今に観じる心、

これを「一に止(とど)まる今の心」つまり正念と言うのですが、

正念を持てるように工夫することを続けましょう相続しましょう、

と言うのが正念工夫相続です。


目前の小さな尺度で物事を見ると、

非合理・不条理・不公平に見えることも少なくありませんが、

何代もの前世をも含めた大きな角度から

物事を観た場合にどうなんだろうかと、

分別知では分からないままでも

一度考えてみることも大切ではないかと思います。


表面の顕在意識は分からなくても

潜在意識あるいは遺伝子にはすべての情報・記憶があって、

それに基づいて物事は表れているのですが、

基本は陰陽(火と水、カとミ、神)の法則であり、

因縁果の法則の中にあるはずだからです。

神の本質は親であり大愛なのですが、

子供が分別知で判断しても

その親心がなかなか分からない、ということです。



さて、長くなりそうなので続きは次回に。