2014年7月14日のブログ

『「太初に言あり」と「念ずれば花開く」』で、

お墓参りの際に四角石の上に

球形の石を載せた墓石にご家族が水をかけられたところ、

故人が大好きだったスイカの形が現れた、

と言うお話を書かせていただきました。


その後、ご家族から故人・多津白年さんの

追悼画文集『球の心』(京都松柏社制作)をいただきました。


小生の「円の毉療」や

「生命とは中心帰一の回転コマ運動をする円・球である」

と言った考え方と通じるものがあって

親しみを感じていただいたようですが、

ありがたく拝読・拝見し、

大切に本棚に並べさせていただいています。了

解を得て、少しご紹介させていただきます。


拝読・拝見後の第一印象は、

「白隠禪師によく似ていらっしゃるなあ!

白隠さんを在家で実践された人生を送られたのだなあ」

と言うものでした。


先ず、お名前が白年(あきとし)さんで、

白隠さんの白が入っています。

兵庫県神崎郡にある臨済宗のお寺の次男として

生を受けられたので、

その白は白隠さんの白から

もらわれたのかも知れないと想像されます。


白年さん(以下このように呼ばせていただきます)の人生は

「真実とは何かを知りたい」と言うことが

根幹におありだったようですが、

それを出家ではなく在家で、

立派なご家庭を持ち

立派なお仕事を成し遂げられた中で実践されたわけで、

画文集への寄稿などから察するに、

それが白年さんを知る人に

多くの感動を与えたのだと思います。

白隠さんが大好きな小生も、

白年さんの素晴らしい生き様に感動し、

同じ在家としてお手本にさせていただきたいと思った次第です。


追悼画文集の表題の「球の心」は

お墓の正面にも書かれていますが[写真1]、

球は二次元的には円であり、

禪で「円相」と言う言葉があるように、

それは悟りの象徴でもあります。


白年さんの人生は、求道の人生であり、

球の心を生活の中で自覚され

実践された人生だったのだと思います。


そんな中で、実に白隠さんによく似た画風や

筆のタッチで画文を創作されており、

この辺りはなかなかわれわれが

真似できるものではありません[写真2,3,4]。


寄稿された元部下で、

今は大寺院に僧籍を置かれてご活躍中の方が、

白年さんのことを「昭和のレオナルド・ダ・ヴィンチ」

と仰るのも成るほどと思います。


さて、小生が白年さんを素晴らしいと感じたのは、

白隠さんを在家で実践されたことなのですが、

これは陽明学では「事上磨練(じじょうまれん)」

と言われています。

本当の修行は「日常生活の中でこそ行うものだ」と言うことです。

「煩悩即菩提」と言う言葉もあるように、

実社会での日常生活の方がどうしても煩悩が起きるので、

その分それが修行となって菩提つまり悟りに近づけるのです。


ただ、在家の身ではあっても、

坐禪や瞑想、滝行、護摩行等のお行は、

日常の事上磨練の合間に少しは体験しておくのも、

人によっては有意義だとは思います。


小生も若い頃は一時期、

師についてさまざまなお行を体験させていただきましたが、

例えば滝行等は行に入ると否応なしに

思考停止・思考ゼロの無念無想状態の体験ができ、

一旦体験すると日常生活の中でも

必要に応じてスッとそれが再現できてリフレッシュできるからです。


このよう事上磨練の経過の中で心が磨かれ、

玉し霊(たましい)あるいは陽明学で言う「良知」が前面に出てきて、

聖人に近づいていけるのだと思います。

聖人と言うと堅苦しいですが、

明るく楽しい Let it be な人生が送れるようになると思います。


陽明学に先んじた朱子学のように

学問することもとても大切ですが、

家庭や職場その他の社会生活の中での

事上磨練の修行の方がもっと大切だと思います。

朱子学と陽明学は陰陽の関係にあると言えるでしょう。


ちなみに、前回ブログで取り上げた吉田松陰をはじめ、

松下村塾の若者達、西郷隆盛や勝海舟等も

陽明学の影響を強く受けており、

陽明学は明治維新の原動力の一つとされています。


今、NHKで大河ドラマ「花燃ゆ」が放映されていますが、

その思想的背景を知っておくと、

より面白く鑑賞できるのではと思います。


以上、『球の心』―多津白年追悼画文集―

をご紹介させていただきました。




写真1


1




写真2





写真3





写真4