運命と宿命と天命 その6

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このシリーズの最後に補足しておくことがあります。

それは、拙著『究極の医療は円通毉療』に書きました、

袁了凡と『陰隲録〔いんしつろく〕』についてです。

 

昔、中国の明の時代に官僚であった袁黄という人が

いました。

 

若い頃、孔という易の名人に出会い、将来を占って

もらいました。

 

県の試験には14番目、府試験には72番目、道の試験

には9番目に合格するが、科挙には合格しない、某年

には役人になって禄米91石5斗をもらい、子供は授か

らない、・・.そして53才の8月14日丑の刻に一生を終える

等々と言われ、その後、細かいところまで、占いどおりの

人生を歩んだのでした。

 

ところがある時、地方の長官になった時、雲谷禪師に

出会いました。

 

禪師は『易経』の「積善の家には必ず余慶あり、積不善

の家には必ず余殃あり」を引き合いに、「何事も徳の

如何による。これからは自分の人生を転換し切り開いて

いくことができるのだよ」と説きます。

 

そして、「功過格」という善徳・悪徳の基準を記した冊子

を渡すのです。

 

1人の人を救うと百功、1人を死に至らしめれば百過、

・・等々を目安に徳を積む、それも人に言わずに徳を積む

陰徳を勧めたのです。

 

さらにもう一つ、これが実はとても大切なことなのですが

、准胝観音の真言オンシャレイソレイジュンテイソワカを

授けて、何時も唱えるよう勧めたのです。

 

こうして、積善積徳の新たな人生が始まったのですが、

その翌年には見事に科挙の試験に1番で合格したのを

始め、やがて子宝にも恵まれ、74才まで生きたのでした。

 

こうして、袁黄は凡人を終了したということで、袁了凡と

なったのです。

 

この場合、一つは積徳とくに陰徳が大切です。

陰陽〔火水、かみ〕の法則であり、蒔いた種は刈り取る

の法則であり、聖書的には「与えよ、さらば与えられん」

であり、天は神仏であり親でもあるのですが、「皆んなの

ために何とか役に立ちたい」という心は親心に叶うので

、親はそのような心を持つ子供を何とかしてやりたいと

思うわけで、その結果を子供である我々衆生が得ること

になるのです。

 

もう一つは、仏母准胝観音の真言です。この真言を唱え

ると仏の波動と共鳴して仏との一体化が生まれるのです。

すると仏の采配が自ずと現れてくるということです。

 

仏母とは仏を産み出す母、というのが私なりの解釈です

が、ご興味のある方は、拙著『究極の医療は円通毉療』

の第2章 観音考 をご覧いただければと思います。

 

また、呪文の効果が誰でも何時でも即体感でき、日常

生活て活用できることを知りたい方も、同書や『円通毉療

の日常臨床』をご覧ください。

 

融通念仏や専修念仏、百万遍の念仏等の活用、虚空蔵菩

薩求聞持法の理解にも必ず役立つはずです。