【今日の1枚】Quill/Sursum Corda(クイル/サーサム・コルダ) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Quill/Sursum Corda
クイル/サーサム・コルダ
1993年リリース(1977年録音)

多彩なキーボードによって紡がれる
ドリーミーで壮大な幻想交響曲

 1977年に録音されるもお蔵入りし、1993年に発掘されたアメリカの幻のキーボードトリオグループ、クイルの唯一作。そのアルバムは大曲2曲という2部構成によるスケールの高い楽曲となっており、メロトロンやアナログシンセサイザーをはじめ、ピアノ、オルガン、ハープシコードなどを駆使した抒情性あふれるシンフォニックロックとなっている。剣と魔法の世界といったファンタジックなサウンドに自己肯定の歌詞を組み合わせたコンセプトアルバムだが、これまでのシンフォニックプログレを継承しつつ、細部にまでこだわったメロディックなアプローチに重点を置いた素晴らしい作品である。

 クイルは1975年にアメリカのカリフォルニア州南部にあるサンタ・バーバラで、ケン・デロリア(キーボード)を中心に結成されたグループである。ケン・デロリアは12歳でギターを習っていたが、すぐにキーボードに切り替え、父が購入したドリックのコンボオルガンやデュオマニュアルのファルファサン・オルガンを弾いていたという。その後、ハモンドオルガンやローランドのSH-1000シンセサイザー、5フィート5インチのベビーグランドピアノという3つのキーボードを入手している。彼は英国のアニマルズやローリング・ストーンズといったロックを聴き、中でもザ・フーの『トミー』に大きな影響を受け、15歳の頃にギターでロックオペラを書いたという。そのロックオペラは表には出ていないが、その後の彼が書き上げる壮大な音楽性にもつながっていくことになる。彼は大学に進学した後も、ギター兼キーボード奏者として地元のクラブで演奏している。この頃にはエマーソン・レイク&パーマーやイエス、ジェネシスといったシンフォニックロックに影響を受け、アマチュアから脱却したキーボード主体のプロのグループを作ろうと考えていたという。ある日、地元のコーヒーショップでソロでスライドギターを弾いて歌っているキース・クリスチャンと出会う。彼と何度か会ううちにケンはキースがとても好きになり、キースを迎えて自分のグループを結成しようと決意したという。ケンはすぐにキースにベースを習うように説得し、ヴォーカル兼ベーシストとして仕立て上げたという。最初は不慣れな楽器に難航していたキースだったが、リッケンバッカー4001のベースを手に入れてから見る見るうちに上達したという。そんな2人のやり取りを見ていた地元のクラブバンドのジム・サイドス(ドラムス、パーカッション)がメンバーとなり、1975年にクイルという名のトリオグループを結成する。名前はメンバーの1人が読んでいた漫画(マーベルコミックス『スターロード』)のキャラクターであるピーター・クイルが由来となっている。

 彼らは地元のサンタ・バーバラのクラブで演奏し、すでに本アルバムのいくつかの楽曲を披露していたという。最初はブルースバンドとペアを組むことがあったため楽曲の内容が理解されなかったが、次第に好評を得るようになる。その後もカヴァー曲を演奏することなく、オリジナルの楽曲をコンセプトのあるものに変えて、さらに発展させたという。彼らは溜まったお金を元にスタジオとのレコーディング契約を結んだ際、ケン・デロリアはバンドリーダー兼ビジネスマネージャーになっている。1976年後半から1977年前半にかけてリゾート・スタジオで私費でレコーディングされ、最終的には50枚のプロモーション用テストプレスがビニールの形式で1977年3月2日に完成している。そのプレスした白いジャケットのレコードを多くのレコード会社に送りつけたが、結局レコード契約に結びつかず、そのままお蔵入りになってしまったという。本アルバムは1993年にシンフォニック社が発掘し、コンドルリッジのスタジオでマスタリングされたものである。エグゼクティブプロデューサーにはグレッグ・ウォーカー、エンジニアにはラルフ・ウルソレオ、ジャケットデザインにリック・シャープという腕利きの人たちによって15年の歳月を経て陽の目を見た作品であり、アメリカ産のイメージを大きく覆す孤高のシンフォニックロックとなっている。

★曲目★
I. First Movement(第一楽章)
 a.Floating(フローティング)
 b.Interlude(インタールード)
 c.The March Of Dreams(夢の行進)
 d.The March Of Kings(マーチ・オブ・キングス)
 e.Storming The Mountain(山を襲撃)
 f.Princess Of The Mountain(山の王女)
 g.Storming The Mountain ~Part II~(山を襲撃~パートⅡ~)
II. Second Movement(第二楽章)
 a.The Call(呼びかけ)
 b.Timedrift(タイムドリフト)
 c.Earthsplit(アーススプリット)
 d.The Black Wizard(黒魔術師)
 e.Counterspell(カウンタースペル)
 f.The White Wizard(白い魔法使い)
 g.The Hunt(狩り)
 h.Rising(上昇)
 i.The Spell(呪文)
 j.Sumnation(総括)
 k.Finale(フィナーレ)
 
 アルバムはレコードでいうA面20分、B面15分を使った大曲構成になっている。『第一楽章』は7つの楽章になっており、物語のオープニングから山を襲撃するまでのストーリーになっている。鳥のさえずりから始まり、流麗なピアノとベルの音色をバックにしたヴォーカルとなる。そして力強いモーグのリフとメロトロンからなるテーマの演奏となり、ハモンドオルガンとフルートに似たキーボード音へと展開していく。目もくらむようなストップとスタートのインターバルと突然の方向転換、テンポの変化が曲を形作っており、記憶に残るシンフォニックのテーマを紡いでいる。後半の狂乱的なキーボードプレイは、クラシックなエマーソン・レイク&パーマーのアルバムへの力強いオマージュが感じられる。『第二楽章』は11の楽章に分かれており、黒魔術師と白い魔法使いが登場し、呪文を駆使して戦うという流れとなっている。荘厳なオルガンの華やかさと力強いモーグによって始まり、ピアノと共に穏やかなヴォーカルが物語世界に導く。煌めくピアノや穏やかなチャイム、そして静かで囁くようなベースから、モーグとドラムスのパワフルなプレイに変化する。全体的にヴォーカルが多いが、シームレスに多彩なキーボードによってテーマが紡がれ、夢の世界を行き来する人間の旅に関する叙事詩のコンセプトの幽玄な雰囲気をうまく表現している。こうしてアルバムを通して聴いてみると、よく見かけるキーボードトリオによる演奏だが、グループがアメリカ人だったことを考慮すると、当時のアメリカのプログレの大物グループに似ているところがまったく無いのが驚かされる。どちらかというとレ・オルメのようなイタリアのシンフォニックグループのロマンティズムに近いと感じる。豊かなキーボードの色彩と想像力に富んだ多様性、そして熟練した音楽性を備えた彼らの作り出すミュージカル風ファンタジーは、1970年代の煌びやかな英国のクラシカルなシンフォニックロックを上手く取り入れ、彼らなりに親しみのあるメロディに置き換えた作品ともいえる。

 50枚のテストプレスをレコード会社に送りつけた彼らは、当初はキャピトル・レコードと契約の話もあったが、レコード会社がヒット曲を望んでいたため断念。次にカナダのクエスト・レコードなど、多くの小さなレーベルが興味を示してくれたが、当時はディスコが人気を集めており、プログレッシヴな音楽はどこも取り扱ってくれなかったという。また、ドイツのハンザ・レコードとの契約も「検討中」だったが、ジムのアルコール依存の問題のために破談となっている。この頃、ジムはアルコールと薬物の使用で最悪の状態に陥っており、命を落とす寸前だったという。このジムのアルコールと薬物の依存で活動はできなくなりグループは解散することになる。後にキーボード奏者のケン・デロリアは電子楽器を売り、そのお金で新品のグランドピアノを購入。その後、音響の仕事に就き、フロント・オブ・ハウスのミキサーやシステム技術者として多くの主要なツアーに参加している。オークランドスタジアムでのフェスティバルで音響担当をした際、キーボードのテストのためにステージに上がり、9フィートのヤマハのピアノの前に座り、クイルの曲を演奏したという。さらにオープニングアクトが表れなかったため、エマーソン・レイク&パーマーの『Take a Pebble』のアレンジを演奏すると観客は大盛り上がりだったというエピソードがある。後にケンはプロオーディオスピーカー会社であるApogee Sound, Inc.の創設者として著名な人物となる。ギター兼ベーシストのキース・クリスチャンは、地元のサンタ・バーバラのクラブで様々なグループで演奏を続け、ジムもいくつかのグループで演奏していたという。しかし、ジムはアルコールの摂取が原因で一時昏睡状態に陥り、復帰した時にケンが立ち上げて所有していたビジネスで彼を雇用させている。現在はケンと共にスピーカー製造会社の共同オーナーとなっているという。1993年に本アルバムがシンフォニック社からリリースされることが決まった時、クイルはグレッグ・ウォーカーが主催する「プログ・フェスタ’93」に参加。その後、UCLA(カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校)で、英国のIQやスウェーデンのÄnglagård、そして地元ロサンゼルスのグループと共演し、これが最後のコンサートとなっている。ケン・デロリアは1977年のアルバムが完成した直後に2枚目のアルバムの構想を練っており、自分たちの音楽をもっと広く知ってもらおうと奮闘しながら、『The Demise of the Third King's Empire』というタイトルの壮大なコンセプトアルバムを1978年頃に録音して完成している。しかし、このセカンドアルバムの構想もグループの解散と共にお蔵入りとなってしまうが、後に倉庫にテープが残っているのを発見。そのうち3曲がプロの手で録音され、地元のラジオ局で披露されている。その後、ケン・デロリアはヴィンテージ楽器にこだわりプログレッシヴロック黄金期の再現を銘打った2016年リリースのサムライ・オブ・プログ『ロスト・アンド・ファウンド』のコンポーザーとして活躍。このアルバムがリリースされた一年後、ケン・デロリアは長年患っていたガンによって2017年1月17日に63歳で永眠している。その後、お蔵入りとなっていたセカンドアルバム『The Demise of the Third King's Empire』が、2020年にサムライ・オブ・プログからリリースされ、多くのミュージシャンの手で演奏されている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は50枚のプロモーション用のテストプレスでお蔵入りとなったアルバムが、15年の時を経て陽の目を見たアメリカのプログレッシヴロックグループ、クイルの唯一作を紹介しました。1970年代後半はパンク/ニューウェーヴ、ディスコが台頭していて、プログレッシヴなサウンドをリリースしてくれるレコード会社など皆無だったという話はよく聞きますが、比較的自由なアメリカですら不可能だったことに彼らの音楽の特殊性とメンバー同士の結束の固さがあります。何せ1曲が15分と20分という曲の長さが大きなハードルだったのだろうと考えられますが、もう一つ、自分たちのプログレッシヴなサウンドに揺るぎない自信と価値を持っていたため、コマーシャル的な要素を求めるレコード会社と全く折り合わなかったといいます。一番興味を示してくれたドイツのハンザ・レコードとは契約寸前までいったにも関わらず、ドラマーのジム・サイドスのアルコール&薬物依存の問題で破談となります。いっそドラマーを交代させれば良かったのかも知れませんが、ケン・デロリアいわく、この3人ではないといけないほど結束の固いユニットだったそうです。結局、活動を続けることが出来ず、解散してしまいますが、その後もケンが所有する会社にジムを雇用させたり、キースの音楽活動にケンが手助けしたりしています。解散後もメンバー同士で交流を続けていることを見ると本当に仲が良かったのかも知れません。ほとんどグループは音楽の方向性の違いやメンバー間の険悪によって解散することが多い中、非常に珍しいパターンだと思います。

 さて、アルバムの方ですが、1993年にシンフォニック社で発掘され、プロデューサーにグレッグ・ウォーカーを迎えてリマスター化されたものです。真っ白だったというアルバムジャケットはリック・シャープというデザイナーが手掛けており、非常にファンタジックで想像を掻き立てられる内容になっています。また、裏にはミュシャ風のイラストも描かれています。ちなみにタイトルの『Sursum Corda』はラテン語で「心を高揚させろ」という意味で、まさにクイルの音楽は夢やファンタジー、ドラマ、情熱を呼び起こすようなサウンドになっています。エドワード・エルガーを彷彿とさせる行進曲からバロックの室内楽に至るまで、クラシックなスタイルのエッセンスを捉えつつ、ボールドウィン・ハープシコード・コンボという電気チェンバロやフルートに似た音色のモーグの組み合わせがとても美しいです。また、ジムのチューブラーベルとも呼ばれるオーケストラチャイムが、曲の中の美しい瞬間と穏やかなパッセージを与えてくれます。キーボードとヴォーカルを引き立てるキースのリッケンバッカーのベースも豊かなハーモニーを持っています。よくキーボード奏者のキース・エマーソンと比較されがちですが、テクニカルでダイナミックなアプローチが強いキースとはかけ離れており、どちらかというとジェネシスのトニー・バンクスに近く、明瞭で力強さがあり、より親しみやすいメロディラインを持っているところにあります。とにかく大御所のパクリに似たサウンドは無いに等しく、1970年代らしいキーボードサウンドで表現しているのがとても好感が持てます。良く言えばアメリカのグループとは思えないほど、かつての英国に数多く誕生したクラシカルなキーボードサウンドを総括している感じがします。

 本アルバムは剣と魔法のお伽噺をコンセプトにした壮大で独創的なキーボードロックになっています。そんなクイルの優れた楽曲はシンフォニックプログレファンだけではなく、英国のプログレファンにもオススメの1枚です。

それではまたっ!