子どもの頃に
あの森に入ってはいけない
そう言われて育ったツカサ姐さんは
今でもたまに思い出す事が
あるという。

母親の生家の
近くにある祇園神社は
母親と行った
最後の思い出になって
記憶に長く残っている。

甘味処によって
あんみつやところてんを
食べ、ゆっくりとした
時間を楽しむ母親の顔は
病でやつれてはいたが
幸せそうだった。

祇園神社で
母親に買って貰った
小さな土鈴のお守りは
今でも鏡台の引き出しに
大切にしまってある。

身体の弱かった母親は
娘時代から側に置いていた
家政婦に付き添われ
よく家の回りを散歩をしていたが
自分が、学校から帰って来る
時間にはオヤツを用意して
待っていてくれた。

学校から帰る途中の
小さな祠がある森には
寄らないように と、
きつく言われていたが
それは、道路から見え隠れする
小さな祠が見えるだけの
こじんまりした森だった。

あそこには行っては
いけない と言われているから
近所の子どもたちは
誰も近寄らず、決まった日に
大人たちが掃除をして
お供え物を上げに来るだけの
およそ、人がお参りに来ているのを
見たことが無い祠には
鈴がついている。

お参りする人がいないのに
鈴に付いた鈴緒は
鮮やかな色合いだから
子ども心にも
不自然に思えた。

自分が歩くたびに
ランドセルに付けた土鈴の音が
聞こえたが、ある日の放課後
歩道に立ち止まって
耳を澄ませた。

土鈴ではない
高い鈴の音がする。
目の前にあの小さな祠の
鈴が見えて、そのまま
鈴を眺めていた。

ふと、目を移すと
何かが見えた。
明らかに人の目だった。
左右を伺って何かを探すような目玉は
やがて、真っ直ぐに
自分を見つめてきた。

身動き出来ずに
立ち尽くす自分に
格子の扉がゆっくり開いて、
小さな手が見えたかと思ううちに
おいで おいで を
する。

自分を呼ぶように
ひらひらと、上下に
動く小さな手が見える。

どうやって帰って来たのか
分からないまま
その夜は、熱を出して
うなされた。

夢の中で
ずっと手のひらが
おいで おいで をして
自分を呼ぶ。

あれは何だろう
あの手は誰だろう
あの目はいったい
何ものだろう。
 
夜中じゅう
母親の冷たい手のひらが
自分の額に当てられていた。
わずかにまぶたを開いてみると
氷を掴んで冷やしたのか
気持ちいいくらいの冷たさに
いつのまにか眠っていた。


森の中の
鎮守さまは子どもを
誘う。

大人の話しは
子どもたちには
詳しくは分からない。

あの日は
薄暗い木陰の祠なのに
鈴を鳴らすための鈴緒の
赤や黄色や青色の色合いが
風も無いのに、
子どもの目を引くように
やけに揺れていた。

格子の扉から覗いた
二つの目玉はいったい何だったのか
そして、あの小さな手は
誰のものだったのか。
分からないままに、高い熱は
一週間も続き
家政婦を心配させた。

が、ツカサ姐さんは
おや? と思った。
熱が出た時には
もうすでに、母親は
亡くなっていた。

だけれど、母親の手とわかる
白くて細い指をした手が
ずっと額に乗っていた。
骨張った手は間違いなく
母親のものだと。

鏡台の奥の引き出しから
出してみると、包んでいた
花柄の袱紗から
白い土鈴があらわれる。

振ってみても、
音のしない土鈴を
よく見てみると、土鈴には
ぱっくりと
ヒビが入っていた。

身に覚えのない
土鈴のヒビはいつ付いたのか。
大切にしていたから
ヒビなど入るわけが
ないのに。

土鈴のヒビを
指でなぞりながら
ツカサ姐さんは
胸の中に、温かいものが
溢れてくるのを感じた。

あの日 
亡くなった後も
母親は、自分を守って
くれていたのか と
記憶になかった土鈴のヒビが
懐かしい母の気持ちを
物語っていた。