第2回 国道212号旧道 2世代にわたるバイパス道路
さて、この旧道について、かるく解説しましょう。

現在の奥耶馬トンネルが完成するまで、車両はあの大石隧道を行き来してきた…!
…なんてことは残念ながらありません。
大きな地図で見る
昭和50年以前の国道212号線の旧道は、地図の上側にある大分県道720号線でした。

では、今から辿る大石隧道への道は?
何の道だったのか、というと…

こちらも、今の国道212号「花月バイパス」と同じく、「バイパス」であったのです。
徒歩でしか行き来できなかった石畳の旧街道に、馬車や荷車を通すために
明治16年に完成したのが、大石隧道を含む「大石バイパス」と呼べる道路です。
・・・
ちなみに、この「大石バイパス」は、約30年後の大正5年に「旧道」となってしまいました。
あっという間に通り過ぎることが出来る乗り物は数少なく、交通渋滞とも無縁の時代ですから
街道を行き交う人が車が失われることは、地元にとってはデメリットばかりが目立つものでした。
「大石バイパス」に劣らぬように道を改良して、客を取り戻したそうです。

しかし急なヘアピンカーブもあり、大型車の通行には厳しい道路でした。
そんな旧国道を改良すべく、

昭和50年に完成したのが、奥耶馬トンネルを含む「花月バイパス」です。

大石峠を通る2本の道路、
明治と昭和、新旧バイパス道路が揃い踏み、というわけです。

では、明治時代の「大石バイパス」の先を確かめましょう。

現在の奥耶馬トンネルが完成するまで、車両はあの大石隧道を行き来してきた…!
…なんてことは残念ながらありません。
大きな地図で見る
昭和50年以前の国道212号線の旧道は、地図の上側にある大分県道720号線でした。

では、今から辿る大石隧道への道は?
何の道だったのか、というと…

こちらも、今の国道212号「花月バイパス」と同じく、「バイパス」であったのです。
徒歩でしか行き来できなかった石畳の旧街道に、馬車や荷車を通すために
明治16年に完成したのが、大石隧道を含む「大石バイパス」と呼べる道路です。
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ちなみに、この「大石バイパス」は、約30年後の大正5年に「旧道」となってしまいました。
あっという間に通り過ぎることが出来る乗り物は数少なく、交通渋滞とも無縁の時代ですから
街道を行き交う人が車が失われることは、地元にとってはデメリットばかりが目立つものでした。
「大石バイパス」に劣らぬように道を改良して、客を取り戻したそうです。

しかし急なヘアピンカーブもあり、大型車の通行には厳しい道路でした。
そんな旧国道を改良すべく、

昭和50年に完成したのが、奥耶馬トンネルを含む「花月バイパス」です。

大石峠を通る2本の道路、
明治と昭和、新旧バイパス道路が揃い踏み、というわけです。

では、明治時代の「大石バイパス」の先を確かめましょう。