飯田橋の割烹「八車」にて | 八ヶ岳ゆるふわ日記
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八ヶ岳南麓大泉と東京を行ったり来たりの毎日。日々のよしなしごとを綴ります。

 

 会社時代の後輩(「訳ありメロン」氏)から酒の誘いがあり、懐かしの地飯田橋で飲むことになった。

いつからか元同僚にはこちらから声をかけないことにしたこともあり、飯田橋を訪れるのも、訳あり氏と飲むのもほぼ1年ぶりである。

 

 訳あり氏もその後順調に出世を遂げいまや立派な部長となっているので、いくら名店とはいえモツ焼きの店「でん」というわけにもいくまい。そこでこの界隈ではちょっとハイカラな割烹「八車(やぐるま)」へ行くことにした。

 

 今から15年ほど前のことだが、私はとある会社に総務部門の責任者として出向したことがあったのだが、その際この道の先達から「総務は警察と消防とのつきあいが重要」と聞いていたこともあって、着任と同時に所轄の警察署に挨拶に伺うことにした。

 するとどこかで聞きつけたのだろう、警察OBのA顧問が満面の笑みとともにやってきた。

 「いや~うれしい。最初に所轄に挨拶に行くというその心意気がうれしいじゃありませんか。ついては当日は私が露払いでお供させていただきます」

 「いや、ちょっと地域課かなんかの方に挨拶するだけだから、一人で行きますよ」

 「とんでもない、署長に挨拶させましょう(←話が逆になっている)。野郎〇〇署時代の後輩だからね、私が段取りしときますわ」

 

 人間の評価は第一印象でその90%は決まってしまうという。

 A顧問も初期遭遇の段階で「今度の親分は若造ながら立派な人」とすりこまれてしまったのだろう(バカだね~)、その後過剰なほどに面倒を見てくださるようになった。その後私の自宅の状況をひそかに検分し、所轄の警察署長に警備強化を依頼した、と聞かされた時は心底オッたまげた。おそらく依頼された署長はもっとオッたまげたはずだ。

 

 淀橋署(現新宿署)に配属されて以来マル暴一筋40年、眼光鋭くパンチパーマのその風貌はそっちの人としか思えないAさんが警察時代に一番うれしかったことは最晩年に思いがけず某暑の警察署長を拝命したことだという。その時は歌舞伎町時代に贔屓にしていた店のおやじさんがわざわざ署まで巨大な尾頭付きの鯛を届けてくれたそうだ。

 

 「その息子さんがね、飯田橋で「八車」って店を始めたんですよ。何かの時には使ってやって下さいな」

前置きが長くなったが、それが「八車」との出会いであった。

 

 今日は「八車コース」(3300円)というのを頼んでみた。それとは別に好物のイイダコと新そら豆も注文する。

 

(つきだしの煮こごり)

 

 

(イイダコ煮 旨いんだな、これが)

 

 まずは「かに豆腐鶯仕立て」。カニと出汁の風味が食欲をそそる。

 聞けば訳あり一家も、かつての同僚たちも皆達者で暮らしているという。よかった、よかった。

 

  

(グリーンピースの摺り汁を「鶯仕立て」というらしい)

 

 お造りは本マグロ、鯛、クエ、アオリイカ。

 会社ではまだコロナウィルスの感染者は出ていないそうだ。今朝はビル1階のドラッグストアにマスクの入荷があるということで、朝早くから長蛇の列ができたという。その中にかつての社長(現会長)もチンマリと並んでいたというので大笑い。

 

 

 焼物は「鰈の洋風焼き」。和テイストの中の珠玉の一品である。

 

 

 続いて「海老、新筍、胡麻麩炊合せ」。洋の後の和が五感をやさしく刺激する。

 上のお子さんはもう大学生?と尋ねるとまだ高校生だという。一番下の子供はまだ5歳(!)だというから、彼の肩から重石がとれるのはまだまだ先のことだ。 

 

 

 最後は「フグ唐揚げ」。

 

 

 訳あり氏は小食故唐揚げはパス。しかたないので私が彼の分も食ってあげた。それだけでは飽き足らず、つくねと手羽先を追加した。

 

(神田「中むら」のジャンボつくねよりホンのちょっと小さいサイズ)

 

 Aさんもお元気なら80歳を超えたはず。何年か前に年賀状をやめてから音信不通である。

 この60年いろいろな方に助けられてきたが、やがて全てが遠い彼方へと消えていく。ちょっとおセンチな気分になって、つくねにガブリと食らいついた。