立命館大学体育会男子サッカー部

立命館大学体育会男子サッカー部

いつも応援してもらっている我々を少しでも知ってもらえるように。

2022年度、立命館大学体育会サッカー部(男子)へ学生スタッフとしての入部を希望し、4年間続ける覚悟と意志のある方へ、以下の通りご案内致します。

 

 

〈募集職種〉

①    学生トレーナー(性別不問)

対象:新一回生 / 新二回生以上の方については要相談

仕事内容:選手のケガの手当て、体調管理、テーピング等

 

②    マネージャー(性別不問)

対象:新一回生のみ

仕事内容:選手登録、遠征手続き、会計などの事務作業

     グラウンドでの試合、練習のサポート等

 

 

〈活動内容〉

活動時間:朝練7時~9時、夜練17時~21時(平日)

終日試合(土日)

※毎週月曜がオフとなります。毎日活動参加できることが条件です。

活動場所:立命館大学原谷グラウンド(京都市営バスM1系統終点「原谷」すぐ)

 

 

〈入部までの流れ〉

学生スタッフとしての入部を希望される方は、下記の内容を4月15日(金)までにph0151hk@ed.ritsumei.ac.jp (新入生担当マネージャー:高瀬)へ送信してください。

・氏名

・入学予定の学部

・出身高等学校

・携帯電話番号

・メールアドレス

・ご希望の役職

 

ご連絡いただいた方から、グラウンドでの練習見学と一週間の体験入部へご案内致します。一週間の体験入部は、活動参加にあたり必須となっております。質問等ありましたら、お気軽にご連絡ください。

2022年度、立命館大学体育会サッカー部(男子)への入部を希望し、4年間続ける覚悟と意志のある新入生の方へ、以下の通りご案内致します。

 

入部を希望される方は入部説明会に出席の上、フィジカル測定をクリアしていただく必要があります。

 

■入部説明会
例年4月の第1週に行っておりましたが、新型コロナウイルス感染状況など社会情勢に影響を受けるため、連絡を頂いた方に個別にご案内致します。


■フィジカル測定

内容は以下の通りです。
・3200m/12分以内
・100m走/16秒以内×10本
説明会当日に実施致しますので、測定ができる用意をお持ちください。フィジカル測定は説明会当日を含め2回のみ実施致します。充分な準備をして臨んでください。

 

入部説明会への参加を希望する新入生は、下記の内容を原則3月27日(日)までにph0151hk@ed.ritsumei.ac.jp(新入生担当:高瀬)へ送信してください。

・氏名
・入学予定の学部
・出身高等学校
・出身チーム
・携帯電話番号
・メールアドレス

 

※原谷グラウンドへのアクセスは、京都市営バスM1系統(原谷行き)の時刻表をご参照ください。また、駐車スペースはございません。

本年度主将を務めさせていただきました明比友宏です。まず初めに、4年間立命館大学サッカー部で全力でサッカーをさせていただき本当にありがとうございました。自分に関わって下さった全ての人に感謝を伝えたいです。

4年間たくさんの経験を得ましたが、今年1年間についてこのブログで綴らさせてもらいます。

楽しい、強い、勝てる。
そう思えるようになったのは、今年ラスト2試合となった関西大学戦からでした。

サイドハーフの野濱がセンターバックのカバーをして、ピンチを防ぎ、
ボランチのタイガがクロスに対してスライディングではじきだして大ピンチを防ぎ、
江口とハヤトが相手のボールに対して幾度となく体を投げ出して防ぐ。

あげればキリがないけど、
練習で見てたいつものプレーが、
集中してお互いをカバーしあっているいつものプレーが、
勝つために必死に戦い続ける全員の姿が、
何度も試合中にでていて、
どんなピンチがきても負ける気がしなかったし、どんなにチャンスで外しても、必ず最後にはチーム全員で得点して勝てるという感覚でした。

また、スタンドで応援しに駆けつけてくれた同期1人1人の顔が見える度に絶対に勝つんだ。と90分間自分を奮い立たせて戦い続けることができました。

結果的にその関西大学戦、最終節の大阪体育大学戦で2連勝をあげ、なんとか自力で、降格争いの中、一部残留を自分達の力で決めることができました。
もちろん、この結果に自分自身全く満足できていませんが、まずは後輩達に来年も一部で戦ってもらえることができて素直にほっとしています。

思い返せば、この1年間

あと少しのところで勝ち切れず
前半で1人の選手に4点とられ
リードしてるのに負けそうな気がし

個人としてもチームが負けるのをピッチの外から見ることしかできない時間が続き

ただただ結果がでず
本当に難しくて情けなくなるような1年間でした。

だけど、それでも、
毎試合後にはコロナ禍でミーティングができない中、同期達と協力して試合の動画を分析し、常に反省点をだし続けながら、練習で細かく改善して、少しずつチームが良くなっていく日々を実感できていたし、

練習中には、
ゴールの中まで体を投げ出して守る選手が何人もいて、
クロスに対して突っ込む選手や、こぼれ球に反応をし続ける選手ばかりで、
ズレがあるたびに、先輩後輩関係なく要求しあってお互いを助け合っているシーンを何度も見てきました。
そして、練習後に邪魔なくらい自主練をする選手が本当にたくさんいました。

あたりまえのことなのかもしれないけど、
この繰り返しをどんな時でも、
いつかは勝って笑える日がくると信じて、継続できてたから、
本当に全員で熱い練習を、毎日取り組めている自信があったから、
必ず最後は結果がついてくると思い、必死に毎日をおくることができました。

だからあの最後の2試合で感じた強さは、
少し時間はかかり過ぎたかもしれないけど、
これまで全員が1年間継続してきたものが最後にちょっとだけ結果としてでてきてくれた、今年1年間の積み重ねの証だったと思います。

また、今年は3回生にキャプテンマークを巻かさせてしまったり、1.2回生に重い責任を抱えさせてプレーさせてしまっていたりと、後輩達に自由に楽しく、試合に挑んでもらう環境を作り出せなかった中、最後まで後輩達は全力でついてきてくれました。

そしてなによりも、
同期の4回生みんながこれまでのブログで何人も綴っていたように、
本当は悔しいはずなのに、本当はもっと自分を出して表現したいはずなのに、
それぞれの気持ちを内に秘め燃やすことで、チームの為に動いてくれていました。

Cチームでは、キャプテンのヒロムが時に涙を見せるくらい、練習中から大声で後輩達を叱咤して全力で毎日を取り組んでいる姿を見てたし、
Bチームでもサツキと八雲が色んな感情を持つ中で、リーダーとして結果を出し続け、輝いている姿に何度も勇気をもらいました。

また常に、悩んでることないか?と声をかけ続けてくれてた優しい副キャプテン達や、ニコニコ走り回ってチームを支えてくれていたマネージャー、試合に出てないのに出た選手よりバスで爆睡するほどチームの為に動いてくれてた主務の金森君など、素敵な同期がいつも僕の周りにはいました。

こうして改めて1年間を振り返り綴ってみると、チームやチームメイトのことばかりになってしまいましたが、それだけ僕は、同期や後輩に支えられてこのチームのリーダーを1年間全力で走り抜けてこれたのだと思います。

7勝12敗5分 13チーム中9位
これが今年1年間立命館大学体育会サッカー部が学生リーグを戦った結果です。

おそらく4年間で1番悪い成績かもしれませんが、それ以上に1年間かけてチームみんなで築き上げた、あのラスト2試合にはとてつもない力があると思っています。
しかし、やはりそれは結果として証明する事以外に、今年の価値を示す方法はないと思うので、来年の後輩達にその役割を任せたいと思います。

『今年があったから』

僕がこのチームを始動させるときにキャプテンとして掲げたテーマです。
どれくらいこのテーマに近づきチームを変えられることができたか、まだ分かりませんが、必ず来年がその結果に繋がる年になると思います。めちゃくちゃ上手くて、負けず嫌いでサッカー大好きな後輩たちが何人もいるので自信をもって言えます。
来年の立命館大学サッカー部も更に注目してください!!

最後に

このブログでは伝えられませんでしたが、3回生になるまでの3年間、たくさんの尊敬する先輩方に出会い、今年1年間も本当に色んな形で先輩方にお世話になりました。
また、のぞみさんにも4年間たくさん素敵な写真を撮っていただき、今年1年間何度も勇気づけてもらいました。
こういった素敵な出会いが会ったことが、僕が立命館大学サッカー部を選んで良かったと思える大きな理由の1つです。
そして、この場を借りて僕を高校時代から常に応援し続けてくれた津田さんや、サンフレファミリーのみなさんにも感謝を伝えたいです。

4年間立命館大学サッカー部の一員として活動させてもらえて本当に幸せでした。

みなさん、本当にありがとうございました!!!

明比友宏





みなさんこんばんは。

副主将の奥井大貴です。

みんなのブログを読んで、心が熱くなると同時に自分の番が近づくことにさみしさを感じます。

18年間のサッカー人生を振りかえって素直な気持ちを書いてみました。

拙い文章で読みにくいと思いますが、最後まで読んで頂けたら幸いです。

 

早速ですが、、、

 



最終戦の体大との試合グラウンドで自分は泣いていた。何を考えていたのかはよく覚えていない。

 

ただ悔しい。ただ情けない。という思いの涙だと思っていた。

 

一ミリでも、チームが勝って残留できてよかった。」という涙はあったのだろうか。

 

高校のJユースカップの決勝で負けても泣いてなかったし、泣く場面は多いサッカー人生だったと思うけど、涙がこぼれる程度でしかなかった。

 

だが、今回は違った。全く止まらない。これまでと何が違うのか。

 

自分のサッカー人生を振り返りたい。

 

ガンバ大阪には年長の時に抽選で当たり、入団する事が出来た。

小学校は運動神経の高さもあり、何とかそこからジュニアユースにあがる事が出来た

しかし、周りのレベルの高さに全くついていけず、試合に全く出なかった。

それは、技術も戦術もずる賢さも何一つ勝っている部分が無かったからだ。

 

自分が試合に出るためにはどうしたらいいか。

 

そこで見つけた糸口が“誰もができる事は誰よりも”という思いで

「貢献性、運動量、ひたむきな姿勢」で勝負していた。

 

ガンバにいるのは小学校時代に関西トレセンなどの選抜に選ばれている人ばかり、本当に同い年なのかと思うぐらいに上手かった。

 

正直、サッカーをやめたいぐらいしんどかったけど、「絶対に見返してやる」という思いで、

ひたすら、全力で、練習も自主練もしていた気がする。そのせいで足が太くなったのかもしれない。

 

上の学年で試合に出る事なんて片手で数える程度しかなかったが、自分の学年ではスタメンをつかみ、リーグ戦、全国大会をチームメイトと闘い抜いた。

が、自分が中心にチームが回ることなんてなく、いつも必死で何とかしがみつく事しかできない。

 

そのままユースにあがる事ができ、また一段と厳しい環境でのサッカー生活が始まった。高校に来ても自分が評価されるのは献身性や運動量の部分

センスなどをほめられた覚えはない。

 

また、自分だけじゃなくて、チームの事もできる自分になりたいと思った。そのうえで活躍したいという意思で高校時代を過ごした。チームの仕事などできるだけ率先して行い、話し合いにも積極的に参加した。その真面目さ、チームに向き合う姿勢などが評価されたのか分からないが、高校三年生で主将を任された。

 

何度挫折しても腐らずに真面目に頑張り、つかみ取ったスタメンと最終学年で主将を務め、全国大会準優勝にまでなった。

 

こう聞けば、悪くないし、ある程度頑張ったのではないかと思う。

 

だが、何か入り込めていない。何かが違う。

自分自身はどうなのか。好きなプレー、やりたいプレーができているのか。

 

たぶん違う。

 

もちろん試合に出れて嬉しいし、当事者でいれ事は嬉しい。

試合に出るために自分の気持ちを押し殺して、サッカーをしてきた気する。

 

このようなサッカー生活を高校まで過ごしてい

 

そのつけが回ってきたのだろうか。

 

自分のサッカー人生を大きく左右するだろう大学四年。

気付けば、自分は試合に出ていない。

その時の思考は

 

どうやったら評価されるのか。

チームに足りていない部分を自分とどうマッチさせるか。

自分はチームに貢献できているのか。

必要な存在なのか。

 

自分の事もチームの事も使命感のように

「もっとやらなきゃ」と考えていた。

 

焦る気持ちの量と反比例するかのように自分の調子は崩れていく。

 

そうじゃないと気づけたのは、ある意味、開き直った時である。

自分の小さい心の声に向き合い、どうせ出れないなら

自分が一番評価されているプレーでもなく、

一番求められているプレーでもなく、

自分の好きな事自分が得意だと思う事、自分がしたい事を追求した

サッカーの調子は戻ってきた。

 

そして、したい事、なりたい自分を考えた時にやっぱりチームのためにも動ける人間でありたいと思ったからこそ、

 

明比(主将)金森(主務)三宅(マネージャー)をはじめとしたチームを支えてくれているみんなに負けじとチームに向き合った。

その時には「チームのためにしなければいけない」ではなく、「チームのためにしたい」になっていた。

用具の手入れ、清掃、練習内容など、自分が出来る事を探して続けた。

 

れでも結果、メンバーはおろか、応援席でもなく、担架。

今年は何回しただろうか。両手では足りないかな。

はたから見たら自分に拘り切れていない「お人好し」なのかもしれない。

 

それでも、自分のサッカー人生最後になるはずの試合後、ユニフォームではなく、白ジャージを着て、応援席挨拶した後

 

これまでのサッカー人生で一番泣いたのは

 

 

自分小さな心の声に向き合い、

本気で、本音で

チームにも、自分にも

向き合えたからだと思う。

 

試合出れなくても最後の試合いい思い出になった。そんなことは思えない。

 

死ぬほど悔しい。

 

でもあふれたあの感情は、涙は

 

自分の選択が間違ってなかったことを示してくれたのかなと思います。

 

 

 

 

 

四回生のみんな

試合にも出ない、チームにも全然貢献できていない自分を最後まで副主将として支えてくれてありがとう。

今までのサッカー人生通じて、大学のサッカー部に入って初めて自分の事を好きになれた気がします。そう思わせてくれたのは「仲間想いのみんな」に出会えたからだと思っています。

四年間通して、何回いったか分からないけど、本当にこの回生で良かった。と心の底から思います。

 



最後に、両親

歳から始めたサッカー。どんな遠い試合でも応援に駆けつけてくれて、支えてくれた。

自分が納得いくまで、どんな結果であってもサッカーを続けさせてくれてありがとう。

最高の恩返しはできなかったけど、これから小さな恩返しをいっぱい出来たらと思います。

 

 

最後のブログは、俺らの回生のヒーローです。



こんばんは。

今シーズン副将を務めさせて頂きました、立命館大学法学部4回生の青木大和です。

 

まず始めに、新型コロナウイルス感染症に対して最前線で向き合ってくださっている医療従事者の皆様、そしてコロナ禍の中リーグ戦やカップ戦開催や運営にご尽力頂いた全ての関係者の皆様に感謝申し上げます。

また、日頃より立命館大学体育会サッカー部をご支援頂いている大学関係者の皆様、そして、サッカーをする環境を整えてくださった監督、主務、マネージャーにこの場をお借りしてお礼申し上げます。

 

 

今まで「見る側」だった卒業ブログが、もう「書く側」になると思うと本当に4年間は一瞬だったなと感じさせられます。

みんなの素晴らしいブログをまだ見ていない方はぜひ全員のブログに目を通してみてください。

 

このブログで何を書こうか迷いましたが、自分が感じたことをありのままに、そして、自分が4年間大切にしてきたことを書こうと思います。拙文章ではあると思いますが、最後まで読んで頂けると幸いです。

 

 

 

立命館大学体育会サッカー部での活動を終えた、これまでのサッカー人生を簡単に振り返ると、

 

小学校

群馬県でただ1人だけ関東選抜に入れた、6年生でキャプテンを務めた

中学校

県の選抜に入ることができ、試合にもずっと使って頂いた

3年生ではキャプテンを務めた

高校

国体に入ることができ、2年生の頃から試合に出させて頂い

3年生ではキャプテンとしてチームをプリンスリーグ昇格に導くことができた

大学

2回生の時にIリーグで日本一になることができ

3回生で学生リーグデビューすることができ、4回生では副キャプテンを務めた

 

だいたいこんな感じである。

 

端から見ればのサッカー人生は華やかなものに見えたかもしれないが、自分では全くそうは思わなかった。特に大学での4年間は自分が思い描いていたものとは全く違ったし、嬉しいことよりも苦しいことの方が多かった。

 

 

俺は大学に入るときにある目標を自分の中で立てた。

それは、いかなる状況でも「やり続ける」ということ。どんなときも逃げずに自分と向き合い乗り越えていく。そんな気持ちを持ち続けると決めた

 

これは前回の部員ブログでも書いたが、人間誰しも自分の調子のいい時は頑張ることができるが、上手くいかないときになかなか同じ気持ちで頑張ることが難しいそういった弱い生き物であると思う。

 

だからこそ俺は「やり続ける」という目標を立て、弱い自分から脱却したかった。

今までの自分になかった強さを手に入れたかった。

 

大学に入ってから、何度も壁にぶつかり何度も挫折した。

これまで経験したことのないような苦しさを味わった。

 

ただその度に成長できるチャンスだと自分に言い聞かせて頑張ってきた。

 

中でも一番辛かった2回生の時の前期リーグ全試合ベンチ外。

同期がトップチームで活躍している中、自分はB1でずっとベンチ外。

人と比べる必要は全くなかったが、当時の自分は他人と比較してしまっていた。

 

完全に弱い人間だった。

 

ただ、そんな自分でもこのままではいけないと思った。

この状況を変えるためには何をすればいいのか、必死に考えた。

出てきた答えは3つあった。

 

それは、

まず、現状を受け入れるということ。

そして、客観的に自分を捉えるということ。

最後に、正しい努力をし続けるということ。

 

自分の中でこの3つが明確になったことで、心の整理ができた。

 

まずは、試合に出られていない自分を受け入れた。試合のビデオを何回も繰り返し見て、自分の足りないところ、修正しなければいけないところを明確にした。そして、明確になった課題に対して、それを改善するための努力をし続けた。

 

その結果、後期リーグでは開幕からスタメンで全試合に出場することができ、最終的に日本一になることができた。

 

日本一になれたことも素直に嬉しかった

ただ、それよりも自分がやってきたこと間違ってかったということを結果で証明できたことがなによりも嬉しかった

 

とてつもなく高かった壁を乗り越え、大きく成長できた。そんな瞬間だった。

 

 

ここからは4回生の話。

4回生の1年間は、ピッチに立っている時間よりも、補助員としてピッチの外から試合を見ている時間の方が長かった。

 

副将としてなにかチームに残せているのか。10番としての役割を果たせているのか。4回生として後輩になにか示せているのか。

 

いろいろ思い、悩むことはあったけど、なにを言ってても変わらない。

やるしかない。そう思っていた。

 

自分にできることは「今」を全力で頑張ること。

「今」を頑張ることで後から結果がついてくる。

 

頑張るときはいつもしかない

 

そう言い聞かせ頑張り続けた。

 

自分にできることは全力でやってきた。

それでも現実は厳しく、最後の試合もピッチの外から試合を見る形で終わってしまった。

 

悔しこの一言に尽きる。

 

ただ、気持ちの整理ができた今4年間を振り返ると、入学するときに立てた「やり続ける」という目標は達成できたんじゃないかなと思う

 

思い描いていたような結果は残すことができなかったけど、調子のいいときも悪いときも、試合に出ているときも出ていないときも、同じモチベーションで取り組み続けることができた。その過程は、間違いなく大きな追い風となってこれからの俺を後押ししてくれると信じている。

 

乗り越えられない壁はない。

4年間で培ったものを存分に活かし、これからも自分らしく突き進んでいく。

 

 

 

後輩たちへ

試合に出る出ない、メンバーに入る入らない、そういったことに左右されない人間であってほしい。選手としてプレーしている以上、そういった状況に身を置かれたときに悔しいと思うのは当たり前。逆に悔しいと思えない方がおかしい。ただ、そういった試合に出ることができない選手がチームのために動くことができたとき、チームは見えない力を発揮する。もちろん試合に出ている選手が頑張ることは当たり前の話試合に出ることはできないかもしれないけど、試合に関わることはできる。諦めないで努力し続けるその姿勢は、必ず誰かが見てくれている。大丈夫だ。心配するな。頑張れ。

 

同期のみんなへ

めちゃくちゃいいやつばっかのこの学年でサッカーができたことが本当に嬉しかった。

最上回生になったラスト1年みんなが苦しんだ1年間だったと思う。ただ、そんなときでもやることを変えない自分たちが進むべき方向にぶれずに進んでいく。チームのために献身的に働く。そういった姿勢を間近で見ていたからこそ俺も頑張らないとって思えたし、みんなのその姿勢が背中を押してくれた。本当にありがとう。

これからは別々の道をむことになるけど、またどこかで会える日を信じて頑張ろう。

 

家族へ

正直大学での4年間は何度も心が折れそうになった。

それでも、家族がどんなときも味方でいてくれて、支えてくれて、応援し続けてくれたから、折れずに頑張り続けることができた。俺がサッカーを始めた小学校1年生の頃から、青木家の最優先事項は「大和のサッカー」だったと思う。俺を中心に家族が回っているといっても過言ではないくらい、家族みんなが俺に尽くしてくれた。俺は自分のために頑張るよりも誰かのために頑張る方が性に合っていた。だら、いつも応援してくれる家族のためにどんなときも頑張り続けた。それでも、ラスト1年はなかなか試合に出られず、ピッチで戦っている姿をあまり見せられなかった。本当に悔しかった。それと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。もっとピッチで戦っている姿を見せたかった。もっと結果で恩返ししたかった。後悔はないけど心残りはある。ただ、下を向いている俺の姿は家族の誰も見たくないだろう。前を向いてひたむきにやり続ける。そんな姿勢を家族に見せながら、少しずつ恩返しをしていきたい。

 

口数も少なく、興味が無いのかなって思うくらいだけど、実はめちゃくちゃ応援してくれていて、たまにくれるアドバイスや言葉にパワーがある父。そんな父とは対照的に毎日LINEしてくるくらいお節介で世話焼きだけど、一番そばで支え続けてくれた母。俺とは性格が真逆でたまにむかつくこともあるけど、いつもポジティブな気持ちにさせてくれる兄。小さい頃から興味のないサッカーに付き合わされても文句何一つ言わず、今では客観的な視点からアドバイスをくれる妹。そんな家族に支えられてサッカーをできた俺は幸せ者だ。

家族みんなに最大限の感謝を。本当にありがとう。

 

 

 

最後に

自分が選んだ道が正解かどうかなんて誰にもわからない。だから、自分が選んだ道を正解にしていく。「今」を頑張ることが未来につながる。自分に誇れる自分であるように。感謝の気持ちと謙虚さを忘れず、これからも努力し続けていきます

 

 

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

青木大和





 

 

 

明日は、試合前のエンジンと試合中の指示は8割なに言ってるか聞き取れいけど副将としてめちゃくちゃ頼りになったあの男のブログです!



4回生マネージャーの三宅優香です。

長いので、お時間あるときに読んでいただけると嬉しいです。

 

サッカー部で過ごした4年間は、びっくりするくらいにあっという間でした。

でも、一瞬で過ぎ去っていった日々の中で、大好きな人たちに出会って、いろんな出来事や感情を経験して、新しい自分に出会って、かけがえのない時間を過ごすことができました。楽しいことばかりではなかったし、このままマネージャーを続けることが自分にとって正しい選択なのか、真剣に考えて迷ったこともあります。でも、あの時やめるという選択をしなくてよかったと心の底から思っています。4年間を振り返ってみて、今、すごく幸せです。

 

でも最後の一年間は、正直、想像していた何倍もしんどくて辛かったです。

これまでずっと数少ないチャンスの中で頑張ってきたんだ、4回生になればきっと活躍してる同期の姿がたくさん見れる。それが3回生まで夢で、頑張る動機でした。でも、この一年、大好きな同期たちの悔しそうな顔を何度も見ました。試合で勝って嬉しいはずなのに、補助員をしてる同期や上のカテゴリーにいきたいって努力してる同期の顔が浮かんで切なくなって、活躍してる後輩たちの姿がまぶしくて羨ましくて。誰かが喜んでいる時に見えないところで誰かが泣いてい。この一年は、泣いている側の人をたくさん見ました。同期たちが頑張っていることを、これまでもずっと頑張ってきたことを一番近くで見てきたからこそ、それがすごく悔しくて辛かった。後輩たちが頑張っている。それを頑張れって本気で応援しながら、やっぱり同期のことが気になって楽しかったはずの試合も純粋な気持ちで見れなくて、ぐちゃぐちゃな感情を抱えて。現実って厳しいんだなって思い知りました

 

でも。

だからこそ、この一年は、同期たちが活躍する瞬間が、ほんとにほんとに嬉しかったですハイタッチして整列しに行く背中に、ボール持って駆け上がっていく姿に、身体張って守ってる姿に、ゴールに向かって走っていく姿に、ベンチからずっと声出し続けてる姿に、頑張れ頑張れ、大丈夫、みんならできるって、これでもかってくらいに祈ってましたこのプレーこの試合で、この瞬間、みんなのこれまでの努力が少しでも報われてくれたらって。悲しい顔をたくさん見ていたから、みんなが笑っていると嬉しかった。強がりでも、誰かの優しさでも、無理やりでもなく、みんなが心の底から笑っている瞬間がすごく嬉しかった。ピッチにいる選手たち、ベンチの選手もスタッフも応援に来てくださった人たちもみんなが喜んでる、その笑顔の中心に大好きなみんながいることが、本当に嬉しくて、幸せでした。

 

最後の一年間、見ている側の私以上に、選手たちはもっともっと大変で、しんどい思いをしたんじゃないかなって思います。でも、みんなのブログを読んでいたら、すごく前向きな言葉溢れていなんだか安心しました前向きな決断できるまでに、たくさんの葛藤があったのかなと思うと泣きそうになるけど、その勇気決断を応援したいなと思います。4年間報われなか、たくさんの努力や思いがこれから先の人生でたくさん報われてほしいなって、心の底からたくさん笑っていてほしいなって思います

 

みんなと過ごした4年間で、自分以外の誰かのことで、こんなにも本気になって喜んで怒って泣いて笑って、自分がこんなにも熱くなれるんだってびっくりしました。私は自分の夢や目標のためにマネージャーになりました。でもそれだけじゃきっと、4年間も活動を続けられなかったと思います。みんなに出会って、たくさんの優しさと愛情をもらって、たくさんの夢を見させてくれたから、この4年間を振り返って、辛いことや悲しいことも含めてすごく幸せだったと思えます

 

同期だけではありません。

今年一年なかなか思うような結果が出ない中で、改めて自分やこのチームがたくさんの人に支えられていることに気がつきました。結果によらず、変わらない熱量と愛情で応援してくださる方がたくさんいました。福家ちゃんや納富をはじめとする学連の方、のぞみさんや立スポの方、バスの運転手さん、バス会社の社長さん、KAMOの方、大学関係者の遠征でお世話になる方も。たくさんの人がチームを愛してくださって、支えてくださいました。部内でも、見えないところでチームを支えてくれてる人がたくさんいます。サッカーに全力で向き合える環境があるのは、こうして支えてくださるたくさんの人の努力や優しさがあってこそです。

私自身もたくさんの方に支えられました。いつも優しく見守ってくださって、相談には親身になって応えてくださる監督。屈託のない明るさで場を和ませてくださる田口さん気さくで、いつも笑わせてくださる阪田さん。いつも前向きな言葉と優しい笑顔で包んでくださるのぞみさん。誰にも相談できなかったことを親身になって聞いてくださって、優しく背中を押してくださっためるさん、茜さん。変わらない優しさと面白さで元気をくれる先輩愚痴も弱音も聞いてくれて、ミスしたら笑ってフォローしてくる主務の金森。可愛い後輩たちもいます。悔しさのあまり思わず一人で泣いてしまった時、気づいて後からメッセージをくれた人も、近くを通るたびに話しかけてくれてたくさん笑わせてくれた人も、信頼してたってわざわざ伝えてくれた人も。それから、頼りない先輩をいつも近くで支えてくれたゆいちゃん、健太、きらりちゃん、まなかちゃん、奈々ちゃんも。

 

この4年間で、ここに書ききれないくらいたくさん出会えてよかった思える人たちに出会えました。その人たちのことを考えると、立命館大学に来て、サッカー部のマネージャーになる選択をしてよかったと思えます。この選択をするきっかけをくれた全ての人に感謝の気持ちでいっぱいです。いろんな人に出会って、たくさんの優しさと愛情をもらって、人のあたたかさを知りました。人見知りで、限られた人の中で生きていこうとしていた自分が、もっといろんな人に出会いたい、変わりたいと前向きになれました。私が4年間を振り返って幸せだったと思えるのは、きっと、この4年間を通して出会えた人たちのおかげです。

 

 

最後に、いつもチームを応援してくださる皆さん、本当にありがとうございます。来年以降も、変わらず立命館大学をあたたかく見守っていただければと思います。今年悔しい思いをした分、来年以降、後輩たちがみんなで喜びあえる瞬間をたくさん作り出してくれると思います。チームにはまだまだ改善できる部分があって、これから先、もっともっといいチームになれる可能性があります。期待して、楽しんで、応援してください。

私も応援しています。

 

 

明日から、この一年チームの先頭に立って引っ張てくれたお三方のブログが始まります。

明日は、「イケメン」「先生」「話が長め」の人です。












「お世話になっております。立命館大学体育会サッカー部(男子)主務の金森雄希です。」
この一文から始まるメールを送りに送った1年間でした。
 どうも!!スポーツ健康科学部4回生の金森です!サッカー部では、主務をしていました!1月7日、卒部ブログを務めさせて頂きます!よろしくお願いします!


はじめに、
主務の仕事をしていく中で、僕は多くの方々にお世話になりました。ただサッカーをしているだけでは気付けない感謝の気持ちを何度も感じることが出来ました。自分達が思う以上にサッカー部という組織は本当に多くの人に支えられていることを知り、感謝してもしきれない思いです。そこで、主務の僕から代表して感謝の気持ちを伝えさせて頂ければと思います。

 今年1年間、サッカー部を支えて頂いた大学関係者の方々やOBの方々、関西学生連盟の方々など、多くのご支援とご協力、誠に有難う御座いました。今シーズンは全てのカテゴリーが思うような結果を出せず、苦しいシーズンとなりました。そんな中、どんなに苦しい状況でも、変わらず声援を送り続けて下さった保護者の方々や学生の皆様、応援本当に有難う御座いました。それ以外にも、このチームに関わって頂いた全ての関係者の皆様、今年1年間、本当に有り難う御座いました。
 また、今度ともサッカー部へのご支援、ご協力の方、よろしくお願い致します。







この挨拶にて主務としての金森雄希、終了!!!ミスはあったけどよく頑張った自分!お疲れ様自分!
自分には常に甘く!褒め支えて!溺愛する!#自己溺愛


ここからは、主務としての金森ではなく、1人の選手としての金森が文章を書きますので、お固い話は無しです!ゆるく読んで下さい!(いや、主務としての話が聞きたいやろ!1人の人間としての金森に興味ないわ!って人、我慢して読んでください)


特に後輩であったり、何かを全力で頑張る人に読んで欲しいなと思います。



本題に入ります!


みんなは「悔しい」って感情、持ってますか?

僕の大学サッカー4年間を振り返ってみると、
死ぬほど悔しいって感じることの連続でした。
高校までの自分なら。


入部してすぐC2に落ちた時、

どんなに頑張ってもC1から抜け出せへんかった1年間、

広夢にスタメン取られた時、

アイリーグ全国あと一歩のところで関学に負けた時、

2年連続、あと一歩のところで関学に負けた時、





今までの自分なら泣いて悔しがって、死ぬほど練習して、貪欲に貪欲に上を目指してたと思います。

でも、なんでかこの4年間はこれまでみたいに悔しさを表に出せず、ヘラヘラして笑って誤魔化してました。


みんなとするサッカーが楽しくて、負けても楽しいって言って、

最後の試合もちょっと悔しいフリしてみんなと抱き合って、

なんかどっかで自分を客観的に見てる自分がいて、悔しいって気持ちを思いっきり出さずにいました。



なんでやろ、いつから心から悔しいって思わへんようにしてたんやろ

今年1年、B1って言うめちゃくちゃレベルの高い環境に居させてもらって、悔しいって感じるべきタイミングがいっぱいある中で、ずっとずーっと考えてました。


夏を超えたくらいからかな、自分の中で答えが出てたと思います。

"努力してないから"

簡単なことでした。


努力してない奴が負けて悔しがるなよって
誰でもわかる話です。

努力してないんやから負けて当然
練習してへんのやから下手で当たり前

そー言って自分の中で負けることを当たり前にしてしまってました。


努力してないんやから

カテゴリー上がれへんくても仕方ないかって、
広夢にポジション取られても仕方ないかって、
強いチームに負けても仕方ないかって、
後輩に怒られても仕方ないかって、

言い訳して

また負けた時のために言い訳したいからどんどん努力もせんくなって

気付いたら自主練なんかせずに、みんなと話してダラダラ帰って、なんの努力もせんしょうもない奴になってました

あー、今思えばほんまにダサい



でも自分の中でなんでそんなにダサくなったかってのも分かってます。



高校生最後の選手権、PK戦、蹴り直し含めて僕が2回外して負けました。

選手権のためにサッカーしてたから、死ぬほど悔しかったです。
自分なりに死ぬほど努力もしてたつもりでした。
昼ごはん早く食べて1人でボール蹴ったりもしたし、授業中足の指でタオル引っ張ってたこともあったし、
何より毎日の走りと練習、足遅いけど、下手くそやけど、手抜かずに全力で一生懸命にやってました。
全国でるんや!って、本気でサッカーしてました。

でも結果、自分が外して負ける。
もっとヘラヘラしてるサッカーしてる奴いるやろって
本気じゃないやつもっといるやろって
本気で悔しかったし、なんで俺やねんって思いました。
そん時、結局努力は無駄やったんかなって思いました。

そこからなんかな、努力せんくなったんは

もうあんな悔しい思いしたくないって思ってるからかな


PK外したことは笑って話してるけど、ほんまは今でも夢に見るし、PKはできるだけ見ないようにしてるし、ほんまもんのトラウマです笑

このトラウマがあったから、大学4年間、本気で努力することから逃げて、悔しいって感情から逃げて、楽な方楽な方で自分を守るダサいやつになりました。


でも正直に今思い返せば、

C2にいた時も、
広夢に負けた時も、
関学に負けた時も、

死ぬほど悔しかった!!

もっと上手くなりたかった!
もっと試合出たかった!
アイリーグ、全国行きたかった!
なによりもほんまはAチームでサッカーしたかった!
4回生が出てるの見て、俺も出たいって思ってた!
悔しかった!ずっと悔しかった!

でも、この4年間、努力してこなかった僕に悔しがる権利はないです。
Aチームの人はもっと練習してるし、ずっとサッカーのこと考えてて、本気でプロ目指してるし。
強いチームもおんなじ。自分とは比べもんにならへんくらい悔しい思いして努力して、何回も挫折して強くなってるんやと思います。

4年間、楽な方選んできた分、楽しい思い出ばっかりです。
でもそれなら遊びでサッカーしろよって話で、体育会に入った以上、本気になるべきやったから、楽しい思い出以上に後悔が大きいです。


「練習してないから負けるんや」
「練習してないから下手やねん」
「悔しいんやったら努力しろよ」

小学校の時から親にずっと言ってた言葉です。自分より下手なやつ見つけてはこんなこと愚痴ってました。

この言葉、入学当初の自分にぶつけてやりたいです。

もしやり直せるなら、本気でサッカーします。本気で努力して本気で負けて本気で悔しがって本気で勝ちを目指します。

でももう無理な話なので、
これからの人生、少しでも後悔がない様に自分の気持ちに正直に向き合って、頑張って生きれたらなと思います。



後輩のみんな、

4年間、本気でサッカーして下さい。もっと自分の悔しいって気持ちに正直になって下さい。正直に向き合って、死ぬほど努力して下さい。
悔しいって思えるなら、努力できるなら、卒部する時、ちょっとは頑張れたかなって思えると思います。後悔だけはしないようにして下さい。

本気で頑張るのが怖い人、なんとかして乗り越えて下さい。トラウマを引きずって楽な方に逃げても後悔が残るだけです。体育会に入ったなら、びびって楽な方にいくな!人間関係、私生活含めて全部!サッカーの為に本気になれ!チャンスがあるうちに頑張って下さい。

僕が、みんなが、大好きな立命館体育会サッカー部(男子)には、本気で頑張るみんなを笑う様なやつはいないはずです。
下手でも、能力がなくても、負けても、負けても、何回負けても、悔しいって気持ちと向き合って、努力して下さい。努力するみんなにはまだ悔しいって思う権利があります。

心から悔しいと思える人に、それを乗り越えて嬉しいをつかみ取れる人に、なって下さい。





ここまで、4年間後悔ばっかりの人みたいな書き方してきましたが、めちゃくちゃ死ぬほどに楽しかったのも事実です!

本気で心を許せる同期に出会えたことも、こんな先輩になりたい!着いて行きたいって思える先輩に出会えたことも、生意気でかわいいかわいい後輩と出会えたことも、全部全部最高でした!

みんなありがとうございました!!最高の4年間でした!悔しかったけど楽しかった!!



親への感謝は、これからも実家暮らしを貫き、まだまだお世話になるため、随時感謝を伝えて行ければなと思います。

おわり

明日は、
選手への愛が強すぎてもはや子供として見てしまっている、スタッフ界のドンです。

 どうもみなさんおはこんばんにちは、昨シーズンB1チーム主将の鈴木八雲です。


 まずはじめに、新型コロナウイルスが蔓延している中、関西学生サッカーリーグをはじめとする大会を開催するにあたり、尽力して下さった関係者の皆様、本当にありがとうございました。

 部内の活動においても監督やマネージャー、主務のユウキを中心に、選手が全力でサッカーに打ち込める環境を用意してくれました。チームのために影で必死になって動いてくださる皆様がいるからこその立命館大学サッカー部だと思います。本当にありがとうございました。

 そして、何と言っても小さい頃から見守って応援し続けてくれた両親に最大級のありがとうを伝えます。

   "クソお世話になりました。"

最高の青春時代を過ごせて、数えきれない仲間や経験を得たサッカー人生を何不自由なくここまで続けさせてくれた両親はとても偉大な存在です。これからも人として成長して、いつか2人みたいな親になってやろうと思います。



題名にある"ナイスパニック"ですが、この文章とは全く関係ありません!


雰囲気として僕が好きな言葉なだけです。(笑)

もう少し詳しく意味が知りたい方がいればこちらのリンクから飛んで見ていってください。


この言葉の語源や意味について晋平太とPONEYが喋ってます。

https://youtu.be/ILcX5E10IRg


Instagramの一言にもこの言葉を使っているのですが、熊坂が僕へのメッセージにこの言葉を書いていました。



インスタを軽く覗いてたんですかね。(笑)

フォローしてや!熊坂!!!(笑)

 

21時にこのブログがツイートされて何分後、または何時間後にフォローが来るか僕は数えてみようと思います。


答え合わせはインスタストーリーにて。




肝心の本題は、仲間と夢中になって上を目指し、がむしゃらになって練習する。そして試合に勝って喜んで、負けて悔しい思いをしてまた練習する。

このような生活を終えて1ヶ月が経った今、自分の大学サッカー人生について思ったことを書いていきます。



「八雲はゴール前までめっちゃ上手いのに、最後だけあかんよなぁ!(笑)」


 ずーーっと周りにこの言葉を言われ続けてきた。


それに対しておれは「そうなんすよねぇ」って返してた。


すげぇ恥ずかしいけど、言ってしまえば満足してた。


だって、それ以外は良いって言われてるもんやと思ってたから。


1年半前の自分のブログで、智也くんを越えたい。って書いてた。


https://note.com/rusc1953/n/n64f17542766b

(当時のブログです。書き終わっていざ見てみると少し話が繋がっていたので載せます。)


今やから思うけど、そんなんおもてるやつがあの人を出し抜けるはずないよな。笑(当時は違う特徴活かしてなんとかチャンスはあるやろっておもてた)


 サッカー以外の所でもある人には「八雲は要領良いけど、詰めが甘い」って言われてた。


そんなあと"一歩"が足りない自分が、インカレの懸かった最後の"一試合"の前日に遅刻。


詰めが甘いとはこの事か!と思い知った瞬間やった。


結果、チームは負けてインカレ出場を逃した。


多分遅刻しててもしてなくても自分はベンチ外やったけど、今思えば全部繋がってるんちゃうかなってすごい思う。


 

 新シーズンが始まってなんとキャプテン就任。


3年間やらかしにやらかしを重ねたのに?先輩たちやずっと前から俺のこと知ってる友達からしたら、


え、八雲が?って思ったはず笑笑


今までそんなチームの先頭に立ったこともないし、立ち振る舞いもみんなの見本になるような行動ではなかった気がする(笑)


普段の生活でも、先輩たちと仲良く喋ることが好きであまり後輩と関わって来なかったのに、急に1人も先輩がいない。


後輩たちを引っ張っていかないといけない。そんな環境が不安、


って訳でも正直なかった。(笑)


その理由は、今まで散々カッコいい先輩たちを見てきたから。


カッコいい人の真似してみたい。っていう中二病思考のおれはそれしか考えてなかった(笑)


中でも、みんなの太陽的存在であり続けた大輔くんであったり、凛とした雰囲気でみんなを惹きつける陽くん。圧倒的な努力と結果を出す智也くんetc.


挙げればキリはないけど、自分も先輩たちみたいなかっこいい人になりたくてキャプテンとして、1人の人間としてみんなに背中を見て欲しかった。


 キャプテンをする事が決まった時に、誰よりも練習でハッスルして、誰もがこの人に着いて行きたいって思える人間になろうっていう事だけ自分の中で覚悟を決めた。


 はじめはこの中二病思考ではじめたキャプテンも、こなしていくうちに今まで自分が篭ってた殻を破る、自分なりの答えを見つけた気がした。


なんで自分は、あと"一歩"が惜しかったか。


それは"おれがやってやる"っていう責任感が足りてなかった。


もちろん常に全力で行動してた。でも足りてなかった。


組織の中で自分がどんな言動・行動を取るべきなのかを考えることから逃げてた。


でもなにもかも全部おれがやるっていう事ではない。


頼れる4回生の仲間の力を借りながら、選手1人1人の特徴を最大限活かすために自分が先頭に立ってみんなを引っ張るっていう責任感かな。


あんまり上手く言葉では表せへんけど、先輩・後輩関係なく頼り合う組織を自分が先頭に立って作りたいって思った。


はじめの方は、1番ハッスルしないといけない4回生がぬるい雰囲気を作り出し、それがチームに浸透して米さんに怒られることもあった。


変に試合には勝ててしまう事で、現状に満足して仲良し集団になってしまいそうな時期もあったけど、


試合中に歩夢がサボってる金森に激怒したり、

(金森は「サボってないわ!サボってる時もあるけど!」ていう意味わからん言い訳してた)


給水タイムの時には志苑や曽根が客観的な視点から声かけをしてくれたりと、(こっちも挙げればキリがない)


みんなそれぞれチームが上手くいくように働きかけてくれてるなと、感じる瞬間が徐々に増えていくのを見て、とても嬉しかったし楽しさとやりがいを感じた。


自分自身に目を向けるとするなら、


"責任"


この言葉を大事にして行動するようになった事で、

今までの自分にはなかったプレーができたり、

"ラストワンプレー"で仕事をする瞬間が訪れたんだと、今だからこそ思う事ができる。


 自分にとってこの1年間は長いサッカー人生の中でも一際濃い1年やったし、色々な気付きを与えてくれた。


チームの先頭に立つことで新しく感じる事や、みんなを引っ張る難しさなど今までとは違う視座でサッカーに関わることができた。


その中でも自分にとって1番大きな成果は、今までの自分に"あと少し"足りてなかった物は何か、少し分かったこと。


これからの人生に繋がる大きな気づきだったんじゃないかと感じてる。


でも結局は、全国の懸かった最後の試合は負けてしもたし、チームを勝たせる男にはなりきれへんかった。


あの試合はおれにとってサッカー人生最後の試合で、もう1回試合でリベンジするチャンスは残ってない。


でも逆に前向きにとらえれば、この経験をこれからの人生に活かすことはできる。


まだまだ甘いぞって神様に言われてるんやなぁと、心に置いてまた新しい気づきを重ねて人としての器を大きな物にしていこうと思う。



そして特にこの1年間一緒に戦ったB1のみんなにはほんまに感謝しかない。何かを言わずともそれぞれがそれぞれの色んなやり方で支えてくれてた4回のみんなと、最後までついてきてくれた後輩たち。みんなのおかげでかけがえのない経験が出来たし、頼ってくれるみんながいるおかげでおれは一回り強くなれた気がした。


小宮に個別で厳しく言うたり、響太のこと小林って呼んだり、時にはこいつ何言うてんねん。って思う事があったかもしれへん。


でも特にこの1年間を通して、みんなの目に映る鈴木八雲が、少しでもカッコいい男になってたらおれはうれしい。




さいごに、おれのサッカー人生はここで終わるけど、サッカーを通して得た経験や仲間は、これからの人生の糧に、宝になるって確信してる。


 ここから先の人生はまた自分にとって新しい人生が始まっていくし、サッカーでミスして監督にボロクソ怒られる事より苦しくて理不尽なことなんていくらでもあると思う。


でもどんな時でもいつだって前向いて目輝かせて頑張ってる人間をおれはカッコいいと思うし、どんな状況でも自分にベクトル向けて乗り越える、そんな大人になっていきたい。


そして、サッカーをここまで続けてやってきたからこそできた成功や失敗、経験や培ってきた価値観をこれからの人生に最大限活かして生きていきたいと思う。




 先輩方へ


 最近になってめちゃくちゃカッコいい先輩たちに囲まれてたんやなってすごく実感してます!

何かの縁があれば、また呑み連れてってください!

チャンスあればすぐ連絡します!

そしてここまで読んでくれた先輩方。

先輩方からのいいねはどのいいねよりも嬉しいので是非押してください。


 後輩たちへ


 かわいい、かわいい後輩たちよ。後輩が誘わないと先輩に飯は連れてってもらえません!勇気を出してDMまたはLINEを送るように!みんなの土産話を居酒屋でたくさん聞きたいので!あと、アメフト部の平選手の言葉を借りると「大学スポーツの原動力は間違いなく4回生です。」チームを良くするも悪くするも4回生次第だと僕は思います!いつでもどこでも応援しているのでまた連絡ください!


 最後に愛する同期へ


貴様らのせいでクソ楽しい青春を過ごせた。

自主練するより乳酸溜まらへんためのジョギングとかいうイチャモンつけて喋ったり、ろくにストレッチもせず芝生に寝転んで喋ったりとかいう時間が最高に好きやった。ふぉ前たちと大学生になってまで本気でサッカーした日々はかけがえのない思い出になりました!ふぁりがとう!

まぁなんといってもこっからが人生やし、10年、20年後でも今みたいにいつまでもキラキラした目で再会しような!今クソ仲良い奴らは当然やけど、別に大学時代いつも遊ぶような関係ではなかったとしても関係ない!会った時は酒呑んで思い出話に花咲かせましょう!


  ほなまた会う日まで、ナイスパニック。






Who's next?↓↓↓











 


 




大森颯樹です。

b2のキャプテンやらせて貰ってました。

役職にそぐわない文章になっているかもしれませんが、一選手として持てる文章力を最大限に活用して自分の想いを綴りました。


想像以上に長いです。覚悟して読み進めてください。



負けることが大嫌い

相手にも、同期にも、後輩にも。なんなら先輩にも。言うたら、誰にでも。


試合に負けたらイラついて、

点獲れんくてもイラついて、

試合に出られなくてもイラついて、

上のカテゴリーに上がれなくてもイラついてた


誰かが怪我したら試合出れるし、上のカテゴリー上がれる。って常に思ってたし、上のカテゴリーの試合や、スタメン組の試合を見てるときは負けろって思ってた。


そうしたら、おれにチャンスがくる!!って

他人を蹴落としてでも上に行きたい!って強く思ってた。


言い方悪いけど、FWのやつ全員に対して、

調子悪くなれ、風邪ひけ、怪我しろ、監督と喧嘩しろって思うこともあった。





大学の1〜3回生の時に、活躍している明比、志摩、裕、八雲とかを見てても、悔しいって気持ちしかなかった。日常生活で仲良かったからこそ、余計悔しかったし、その気持ちを隠すことで精一杯だった。Aで活躍しているみんなが羨ましくて羨ましくて、Aのみんなとサッカーがしたかった。


だから、上のカテゴリーとの紅白戦では気合い入りまくりだった。勝ったら上がれる、点獲ったら上がれる、相手を手玉に取るようなプレーが出来たら上がれる。


そう思い続けていたのに、、、


4年間で一度もAチームに上がることはなかった。

練習試合で人が足りないから呼ばれることも、お試し期間すらも無かった。


先輩、同期が、早く上がってって来いよ!って言うてくれるのが嬉しかった。

後輩が、なんでさつくんA行かんの?って言うてくれるのも嬉しかった。



でも、それがまた悔しくて、悔しすぎて、、、




何回も何回もサッカー部を辞めようと思った。

立命じゃ試合に出られないと思って、

もっと自分が輝ける場所があるんじゃないかと思って、

何回も何回も他のチームを探した。


だって、本気でプロになりたかったし、

関東で活躍している元チームメイトとか、

プロ行くやつとか、

みんなに負けたくなかったから。


プロサッカー選手にならないと負けやと思ってたから。


なんなら、両親にも辞めていいよ、他のチーム探すのは?って言われたこともあった。





だけど、辞めれなかった。





サッカー部を辞めれなかった理由は、ありきたりやけど、

サッカー部のみんながいたから。









今まで小、中、高といろんな仲間との別れがあったけど、立命で出会ったみんなとの別れが1番悲しくて、1番嫌だった。

別れで初めて泣いた。そんくらい悲しかった。


言葉では、上手く言い表せれないけど、良い仲間に巡り会えた。

みんなとの関係性を断ち切ってまでも、他のチームに行くって選択が出来なかった。

ここで辞めたら逃げだと思った。

納得のいかない評価を覆して、みんなとサッカーがしたいと思った。

みんなとなら頑張れると思えた。

だから辞めれなかった。


広夢、高3の時にサッカー部の入部方法教えてくれてくれてありがとう!その連絡なかったら入れてなかったかも!!







同期のみんなにめっちゃ影響されたけど、今考えると生意気しまくった偉大な先輩たちと、かわいいかわいい後輩たちの影響もバカでかい。



まずは先輩について、2つ、昔話をする。


1つ目、

自分が1回生の時、c2が存在していた。

めちゃめちゃ言い方悪くて誤解を生むような言葉使いになっていしまうけど、

公式戦もないし上にも行ける可能性も限られている先輩たちは、わざわざ山奥にサッカーしにきて、部署活動して、週末にはAチームに始まり、b1、b2、c1の応援までしていた。悔しいはずなのに、自分たちは応援されることがほぼないのに、多くの試合で声出して、試合に出ている人たちと一緒に、自分のことかのように悔しがったり、喜んだりしていた


なんで?


俺がその立場だったらサッカー辞めてるのに。そう思ってた。





2つ目、

いつかのIリーグのベンチでの出来事。

一緒にベンチにいた先輩が眩しく見えた。めっちゃ上手いし、その人が出た方が絶対いいのに、その人はベンチにいてしかも同じポジションのライバルを応援していた。

スタメンの人がシュート外しまくってるからこのまま外し続ければ早いタイミングで出番が回ってくる状況。俺だったら「外し続けろ」って思うのに、ライバルがシュートを外すことをその先輩は自分のことのように悔しがってた。


なんで?


ほんとに分らんかったから、やんわりと聞いてみたら、「悔しくないんよ!チームで勝ちたいんよ!だから、○○に点獲ってほしいねん」って返答。


ますます訳が分からない。

でも、なんだか格好良く見えた。






昔は分らなかった2つの疑問、今なら分かる気がする。


仲間と一緒に闘うこと、応援すること、どんな立場であろうとチームとして一体感を持つこと、、、


やっと本当の意味で、チームスポーツの1番の醍醐味に気づけた気がしている。


眩しくて格好良かった先輩に少しは近づけたかな。








次、後輩について、



大学になって初めて後輩に負けるってことを味わった。


Aチームで活躍する後輩? そんな奴は仲良くしたくない。

後輩にポジション奪われた? 自分殺したくなるし、悔しすぎるやろ。



とか思いつつも、サッカー外ではそういう感情を隠して接してた。

1、2回生マジックがあるし、しゃーない。そう思うようにしていた。そう自分に言い聞かしていた。

そう思い込んでないと、後輩達と仲良くできていなかったと思う。



でも、いつからやろう。悔しいって気持ちが薄れてきたのは、


4回生になってからかな。b2のキャプテンやり始めて少し経ってからかな。

その時に、このチームじゃ俺は上に行けない。って確信したから、そうやわ。その時かな!(上にあがれないって気づくの遅かった、もっと早く気づけよな)


他人からの評価に何も感じなくなってしまった。

そこから、悔しいって気持ちが少しずつなくなってしまった。



でも、その時はまだ全然気づいてなくて、ちゃんと気づいたのは、本当に最近かな。

ウタのブログにも書いてあったけど、Aチームとb1の応援に行ってからかな。自分の気持ちが整理できた。




終わり見えてきてるよ!飽きないで!

個人名出てくるよ!誰が出てくるかな〜





人生で初めて、自分に関係のない試合を応援しに行くっていう選択をしたし、

人生で初めて、他人のゴールをスタンドから喜べた。


ベンチから味方のゴールを喜べたことは一度も無かったのに、負けろって思っていたのに、

なのに、スタンドから喜べている自分がいた。




自分が立ちたいはずの場所で活躍している同期を、後輩を、自分はなんで応援できているん?

めっちゃめちゃびっくりした。

今までは、自分が出ていない試合を心の底から応援できたことがなかったのに。負けろって思ってたのに。


なのに、、


明比がゴラッソ決めた時、立ち上がって喜んでだり、

野濱のプレーバカ上手いし、そんでもって必死に走ってるから、もっと頑張れ!っていつの間にか心の中で応援してたり、

レイジがめっちゃ調子良かったのにモモカンくらって痛そうやけど、もっとプレー見たかったから交代して欲しくないなーって思ってたり、

でも、代わりに交代で入ってくるのがアイキで嬉しかったり、

んで、試合終わって、ケイトが泣いているから、理由聞いたらめっちゃ共感できるし、その気持ち痛いほど分かったり、、、



その日に味わった感情が、今までの自分と違いすぎて、訳分からんことなってた。


悔しいのに、嬉しいし、応援してるし、、、、

でもやっぱり悔しい。





サッカー面での成長は自分的には納得できていない。もっと成長できたんじゃないかと思っている。

でも、サッカー以外の部分、主に感情とか気持ち、考え方の面では、成長とは違うかもやけど、発見っていうか、知れたっていうか、変われたのかなって、感じている。


サッカー以外の面では、様々な方にたくさん指導していただきました。おかげさまで少しは成長できました(^▽^)



だって、ポジション奪われた後輩と、一緒にゴルフ行って麻雀教えてもらうこととか、後輩3人と俺の4人でゴルフ行くとか、後輩とボーリングとか、他にも色々、昔の俺やったら出来ひんよ。


でも、できてしまった。めちゃめちゃ楽しかった。ほんとにありがとう!また行こうな


そんで、みんなの活躍を心の底から応援しています。


頑張れ、負けるな。特にb2とかcで燻っている上手い奴ら。

文句言うなよ。不貞腐れるなよ。「隙」見せるなよ。

潰されるなよ。このままサッカー人生を終えたらあかん奴らが多いんよ。

期待してるよ



そんでもって、憎めない奴が多いんよ、

めちゃめちゃええ奴らでおもろくて、

そんなん嫌いになれないし、そりゃ応援したくなっちゃうよね。





ってな感じで気持ちの変化がありました。

訳分からなかった先輩たちの行動、考え方が分かってしまった。

人の心を持てるようになった。(アイキと一緒)

人として大きく成長できたと思っています。





もう終わり目前!

ラストスパート!!!





人として成長できた。


でも、その代償として、サッカーを辞めます。




サッカー選手にとって、上に行くやつにとって、強い気持ち。ハングリー精神。自我。ってものが必要だと思う。


だから、

昔の俺やったら悔しくて悔しくてたまらない、そんな状況だったら誰にでも噛みつくし、なんでも言う。文句も言う。年齢も関係ない。私生活仲良いとか関係ない。


俺が獲る、負けない、勝つ。闘志剥き出しで、「おれが。おれが」って上に行くことだけを考える。

負けず嫌いって強みがあったから、自分さえ信じ続ければ上にいける、そう思ってた。



でも、それが薄れてしまった。


悔しさ<嬉しさ


って言う方程式が成り立ってしまった。


みんなの活躍が嬉しくなった。

同期の得点が嬉しかった。同期の内定が嬉しかった。

後輩の活躍を応援したくなった。




サッカーの辞め時だと思います。





この決断はめっちゃ悔しいよ。

俺はまだまだできるんじゃね?って思うよ。



でも、腹八分目がちょうどいいはず。

中途半端な気持ちのまま、続けても中途半端に終わってしまう。



そう自分に言い聞かして、サッカー人生の幕を閉じます。


サッカーを辞めれる理由ができました。





サッカーのない人生大いに楽しみます。

みんなに羨ましがられる人生歩みます。

やりたいことします。

たくさん遊びます。

たくさん仕事します。


サッカー忘れれないかもしれないけど、サッカーなくても幸せになります。


そして、同期、後輩、みんなの活躍を応援しています。お互い頑張ろう!


また集まって、酒飲みながら思い出話しよな!





大好きでした、サッカー



大森颯樹




明日は、プレスバック鬼速くて、身体もドリブルもキレッキレな左サイドで無双する、ちっちゃい筋肉おじさんです!!


あけましておめでとうございます。



最近ようやく人間の心を手に入れた俣野亜以己から紹介いただきました鬼頭広夢です。



11月の末に引退して約1ヶ月経ちますが、米田監督の車のナンバーだけは鮮明に覚えています。




いきなりですが、みなさんは


「自分って必要なくね」


って思ったことないですか?



僕は大学2回時に、プロを諦め就活を始めた時期に感じた。


正直1年の頃には心のどこかでプロになれないって思ってたかもしれないけど、就活を始め、


「プロになるためにサッカーをしていた自分」から


「組織の一員としてサッカーをする自分」に変わった瞬間にこの感情を強く抱いた。




この感情を持った最初は、


「俺が辞めても戦力が落ちるわけでもないし、明日から組織が回らなくなるわけでもないし、辞めても何も変わらないな」


このままサッカー部を続けても意味ないし辞めようかなとも思った。




でも、大学サッカーを続ける意味について考える機会をきっかけに


組織のために全力で働きかける先輩の姿を思い出し


組織のために行動する同期の姿を目の当たりにし


「このまま必要とされないまま終わっていいん。せっかく大学までサッカーしてきたのになにしてんねん。」


って強く思った。



自分の存在価値を見出すためになにができるのか。組織で必要とされるためにはどうしたらいいのか考えた。



そこから、部署で新しい案を提案し行動した。


悩んでそうな後輩に積極的に声をかけた。


カテゴリーの雰囲気が悪いときは和むような発言をした。



特に4回になってCのキャプテンをしてからは、個人としてどのような存在価値を見出せるのか。Cチームが組織全体で存在価値を見出すためにはどうするべきなのか考えた。


結果的に、組織全体に大きな影響を与えることはできなかった。


でも、この経験を通して存在価値を見出すためになにか行動すれば、少しでも組織を活性化させることができるんじゃないかと感じた。


そして、周りからも信頼され必要とされるような存在になれるんじゃないかなとも感じた。


当然チームの第一線に立ってプレーで貢献することが第一だけど、120人以上いる組織で活動していればそれが叶わない選手が多い。


だからこそ、そういった選手はプレーはもちろん、プレー以外の面で何かできることを見つけて行動することが大事だと思う。


何かできることを見つけて行動すれば、同時に自分らしさを見つけることもできると思う。


そうやって自分らしさを発揮しながら行動することが、結果的にその人の存在価値に繋がるとも思う。



大規模な組織の中で自ら行動を起こしたり発言したりすることは容易なことではない。


特に下のカテゴリーの選手達は劣等感を感じたり、勝手にアウェイ感を感じて行動するのに勇気がいると思う。


自分もそうだった。


でも絶対にどんな行動でも受け入れてくれる人がいる。


実際に自分には受け入れてくれる同期がいた。





同期だけでなく受け入れてくれる先輩や後輩がいた。



本当に大好きな同期がいたから充実した4年間になった。



こんな経験は当たり前のように試合に出れた中学や高校ではできなかった。


サッカースキル、人間力共に高い集団にいたからこそ経験できた。


心の底からサッカーを続けてよかった。


サッカーを通じていろんな経験をさせてくれた両親ありがとう



夢を叶えることが出来なかった悔しさと


サッカー人生で得た経験を活かして社会で活躍して恩返しします!



サッカーを通じて出会えた全ての人に感謝します。




明日は相手の意表を突く切り返しとオービスを光らせることが得意なあの男の激アツブログです!!