おなじ月をみている | a tiniest hope

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ちっぽけな希望の話


久しぶりだね

来てくれてありがとう

貴女とも
ずっと約束してたよね

〝いつか一緒にコーヒー飲みたいね〟

まだ色彩のなかにいるのかな

そうであっても
そうでなくとも

貴女が貴女の今を大切にしていたらいいなぁとおもう

わたしは貴女から教えてもらったワンオクの曲たちを今でもよく聴きます



少しだけ
あの夏の話をしようと思います

離婚してすぐの話です

散々泣いて
散々悩んで
結局離婚という選択肢をとったわたしは
別れたはいいけれど
行くあてがなく途方に暮れていました

両親が支え合って暮らしている実家には
わたしの戻れるスペースがもはやなかったし
なにより親不孝をしてしまったと思うわたしは
気持ち的に実家にはいられなかった
かと言って1人で暮らす経済力もほとんどなく
頼れる友人も行政もなく

そんなとき
いつも相談に乗ってくれていたパート先の上司が
シェアハウスを紹介してくれました
家具や生活に必要なものは揃っている
家賃は格安
少し悩んだけれど
条件もわたしに合っているし
ありがたいお話だった
なにより離婚したばかりのわたしに
その上司のやさしさは魅力的だった

シェアハウスといっても
そのとき住人は私だけで
しばらく防犯のために上司も住むことになりました
わたしは素直に安心したし
住み始めてしばらくは同棲みたいで楽しかった
元旦那さんがしてくれなかったようなことを、
つまり普通の恋人同士がするような
昼間からのお出かけやお買い物
一緒に料理をしたり短い旅行に出かけたり
(元旦那さんは仕事が忙しくて、こうゆうことはあまりなかった)
そんな暮らしをしているうちに
自然と上司との距離が近くなって
身体を重ねるようになった

離婚への道のりが苦しかったから
その時の目先のしあわせに目が眩んでいました




なにかがおかしいと感じたのに
そのなにかがわからず
そのまま猛スピードで坂を転がり落ちる感覚がわかりますか?


この時のわたしがまさにそうだった
もしわたしにもっと人生経験があったら
もしわたしがもっと様々なひとと交流し
色々な人間がいるのだと知っていたなら
もしわたしがもっと賢かったなら
もしわたしがもっと自分を大切にしていたなら

あんな地獄みたいな夏は訪れなかったのかもしれません




それが性暴力というものだったとわかったのは
シェアハウスを出てからでした



屈辱的な行為が続き
抵抗すればもっとひどくされて
身体がぼろぼろになって
婦人科で、縫う寸前の傷を診てもらいながらも
わたしはなぜか
そこを出られなかった

わたしを必要としてくれてる人は
その時、世界中で上司だけだと思っていました

たとえばそこを出たとして
ひとりで生きてゆける自信もなかった
実際シェアハウスに来る前と自分の状況は変わっていなかった
実家に帰る勇気もなく
経済力もないまま
頼れるのは
やさしくて酷く荒々しい上司だけだった
割に長く働けていたパート先を失うのも怖かった

なんかもう
しにたいな

そう思い始めたとき
離婚後の事務連絡で元旦那さんから電話がかかってきました
離婚の直接的な原因は元旦那さんではないので
わたし達はふつうに電話をします
それで
心が弱くなっていたわたしは
話の最後にポロッと

たすけて

と呟いてしまいました

しばらく黙っていた元旦那さんはこう言いました

「なにがあったかはわからないけど
 自分でなんとかしなきゃダメだよ
 俺が助けるのは簡単だよ
 だけど、わこが自分の力で助かろうとしない限り
 苦しいままだよ」

もうその力が残ってないんだよ
どうやって助かればいいかもわからないんだよ

その夜も泣きながら上司に抱かれました



ねぇ
この世界で
心が壊れる現実の
なんと多いことか






9月になってからでした
そのときが訪れたのは

わたしは両側に田んぼが広がる広い道を歩いていました

不意にわたしをうしろから追い抜いた軽トラが
少し走った先でゆっくりスピードを落としました
その窓から手が伸びて
わたしにゆっくりと手を振りました
顔は見えないけどすぐに誰だかわかりました

そして軽トラはまた
スピードをあげて走り去ってゆきました

ただそれだけ

だけど
ただそれだけのことが






次の日
わたしは荷物をまとめて
シェアハウスを出ました

色んなものを捨てる必要があったけど
拾わなくてもいいものを
拾い続けるよりはマシだった

上司は泣いていたけれど
わたしを引き留めませんでした
最後のやさしさだったのだと思います

わたしは両親に頭を下げて
実家に置いてもらえるようお願いし
上司がいるパート先も辞めました



元旦那さんは
あの時からずっと
わたしのそばにいます




あぁ、また長くなっちゃいましたね

わたしはあの夏
ひとを救うということが
必ずしも物理的、経済的に、直接手を差し伸べることだけではなく
そのひとが助かろうとする力を強めることでもあると知ったのです


今、わたしはしあわせとおもいます

愛がなんであるかとか
暴力の意味とか
そうゆうのはめんどくさいからもういいです

ただ
わたしがまた生き延びて
ここで笑っていることが
なによりいとおしい現実であることに
安らぎと祝福を感じています




読んでくれてありがとう

さて
夜明けまであと2時間
少しだけ
眠ることにします




わこ