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前回のブログタイトルが「冬うた」とはウケる。

ひどいもんだ。

 

本題の前に、

今日の話題といえばこれですね。

我らが母校鎌倉学園の名が、

全国的に取り上げられた。

そう高校野球神奈川南大会で決勝まで行きました。

kamagaku1

kamagaku2

 

まあでもねー。

あそこでもう何点か返したとしても、

向こうにはまだまだ凄いピッチャーの用意がある。

 

地方大会をリアルタイムで見ることなんてないので、

いくつかのお決まりの強豪校が毎年どうしてちゃんと勝って、

また甲子園に出て来れるのかを見せつけてくれた感じだった。

 

いくら監督さんが優秀だからって、

どんどん選手は代わっていくのに、

神奈川で言えば、だいだいいつも横浜か東海大相模だ。

「よし、横浜高校行って甲子園に行ってやる」っていう

スーパー中学生が全国から集まってきてるんだもんな。

 

いつかも書いたが、

僕が1年の時はベスト4まで行ったのだ。

その時は神奈川は南北になど分かれてなかったから、

今回と同じところまで行ったとも言える。

僕らブラバンはもちろん全試合応援行って、

甲子園行くぞー!って

自分らが戦ってるかのように勘違いしてバリバリ吹いてた。

その年は愛甲率いる横浜高校が

そのまま勝ち進んで全国制覇してしまったのだ。

 

でも昨日は、

なんといっても7-0で迎えた最終回盛り上がってよかった。

3点返した時、

スタンドから校歌を男の声ばかりで叫んでるのが聞こえた時は、

ちょっと泣けたな笑。

校歌聴いたのなんていつぶりかわからない。

鎌倉学園愛を再確認した日でした。

 

前置きがなげえ。

そして本題か。

 

最近はレコーディングしてました。

前回、4年前にやっていたディズニーものの第2弾です。

今回のアルバムは曲数が多く全13曲、

うち13曲をアレンジして、

打ち込んで、ピアノ弾いたりしました。

そして12人の超人気声優男子たちが、

ディズニーの名曲を歌いました。

9月19日に発売になります。

natalie

avex

 

前回同様、カッキー・プロデュースのもと、

7曲で福ちゃんにギター弾いてもらいました。140319

 

 

また発売近づいたら宣伝書きます。

 

冬うた

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「冬うた」

というタイトルで書くには、

花粉も飛んじゃってて遅いかもだが、

もう少し寒い日は続くし、

まあ冬季オリンピック開催中ということでいいかと。

 

いつかも書いたが、130223

冬に聴きたくなるのは、

チャイコフスキーやムソルグスキーにストラヴィンスキー、

ラフマニノフにグラズノフにプロコフィエフ、

リムスキー=コルサコフ、そしてショスタコーヴィッチ。

つまりなんとかスキーとか、なんとかノフという、

オリンピック・アスリート・フロム・ロシアの作曲家たちだ。

こいつ、これを言いたかっただけじゃん。

 

中でも一番人気はやはりチャイコフスキーだろう。

今日の「冬うた」は、

チャイコフスキーの交響曲第5番だ。

3つの後期交響曲4、5、6番「悲愴」は、

とてもよく演奏されるポピュラーな曲だが、

その中でも5番は標題が付いていないにも関わらず、

とてもポップで人気が高い。

わが父親も好きだった。

 

僕はチャイコフスキーを聴くと

ポップという言葉が思い浮かぶのだが、

ポップというのはなんだろうと考えると、

どれだけたくさんの人が1回聴いただけで

「いいね」と言うかどうか。

つまり心が動くか、感動するか、

そんなことを図る物差しではないかと勝手に考えている。

大きく言うとそんな感じじゃないかと。

 

我々のやってるポピュラー音楽、大衆音楽ってぇのは

なんといってもそこを目指すジャンルじゃないかと。

 

何回も聴いて好きになってるようでは、

ポップという言葉からは離れていくんではないだろうか。

 

でクラシック音楽の中でポップだなと思うチャイコフスキー。

その「白鳥の湖」第2幕より「情景」の冒頭、

オーボエのフレーズを

生まれて初めて聴いた時にキュンとしない人は

人類にはいないんじゃないか、みたいな。

 

弦楽セレナーデの冒頭を聴いて

悲しくならない人はいないんじゃないか、

みたいな。

これ20年も続いているのか。


そんなわけでチャイコフスキーの交響曲第5番は

冒頭から45分後のフィナーレまで

ずっとキャッチーな (つかみのいい) 状態が続き、

ポップな交響曲ではないかと思う。

 

前置きが長くなったが、

今日は大作曲家が書き残したスコアを変更してもいいのか

という問題について考えてみたい。

以前からここで書きたかったんだ。

でもそんな難しい話ではないんだ。

 

このチャイコ5番の第4楽章では、

第1楽章から短調で奏され続けたテーマが長調になって奏される。

その最後のクライマックス、

テーマが弦楽器群の大ユニゾンによって弾かれたのち、

もう一度ダメ押しでトランペット (with オーボエ) により高らかに吹奏される。

 

そして盛り上がってきたところで、

弦楽器群、木管群もメロディに加わり

この交響曲45分ほどの頂点を迎えるのだが、

だが、

チャイコフスキーが書き残したスコア通りだと、

その部分でなんと、

それまで誰よりも大音量で鳴り響いていた主役のトランペット (の1st) が

メロディラインを外れて、

上から2声目のラインにとどまってしまうんである。

チャイコフスキーが書いたスコアのトランペットパートは

in Aの譜面 (ドのところがラ) で分かりにくいので in C にしてみた。

 

EX-1

問題は501小節目。

 

その部分が一番わかりやすい演奏↓。

最初から全部聴いていくと大変なので

47:36からどうぞ。

 

僕が中高生の頃もここなんか変だな、と思っていた。

弦楽器群、木管群は上がっていくのに、

トランペットはとどまり、

最後の最後で盛り上がりきらないのだ。


主メロはこうだ。

 

EX-2

 

その後、いろいろな演奏をあさって聴いていくうち、

トランペットがこの部分までも主メロを吹く演奏に出会うことになる。

そうだよ、この方がいい。

かっこいいじゃん。10:20〜

 

これは勝手な想像だが、

チャイコフスキーの時代、

彼の近くにいるトランペット奏者に、

45分演奏してきて最後にメインテーマをfff (フォルテシシモ) で吹き、

バテバテになった状態で

ミの音から4分音符で順番に上がって行って

シを立派に鳴り響かせられる者がいなかったのだろうと思われる。

この曲のキーがあと半音、

もしくは全音低ければまあなんとか吹けただろう。

それくらい金管楽器は音域にシビアである。

 

少なくともこの曲を書いた時点での

チャイコフスキーにとっては、

あそこのシはトランペットという楽器の

音域外と思っていたに違いない。

 

しかし、

最初から書き直すにはあまりに重労働、

というかもちろん、

交響曲全体の響きが変わってしまうからあり得ない。

よし、しょうがないからここはこれで手を打とう、

オケ全員の fff のサウンドでなんとなく盛り上げて通り過ぎるしかないと、

大作曲家らしからぬ苦肉の索のアレンジ

となってしまったに違いないのだ。

 

長い交響曲の中の、

たかだか1小節程度の話をしているわけだが、

ポイントは502小節目のアタマのシの音が、

まさにこの一大交響曲の頂点であるということだ。

こののち終結部、つまりアウトロがあって曲は終わる。

 

そして、時代は20世紀となり、

録音技術によって

世界中の演奏を世界中の人々が聴けるようになる。

ロシアの指揮者ムラヴィンスキーや

ロジェストヴェンスキー、スヴェトラーノフらは

譜面通りEX-1で演奏している。

ロシア以外ではショルティ、先ブログの小澤征爾、バレンボイムらも。 

 

しかし、

カラヤン (2つ目の方↑)や、バーンスタインは、

「本当はチャイコフスキーだってこうしたかったに決まっている」

とばかりに、主メロEX-2に行かせてみた。

もちろん近代における奏法の確立と優秀な奏者の出現、

それと開発の進んだ楽器が揃うことによって実現したことだと言える。

 

が、しかし、

チャイコフスキーが書き残した譜面を

勝手に変えてしまっていいのかという問題が

これからも永遠に付きまとうのである。

 

次にあげるのはその問題と格闘している画像。

 

EX-1の例だが、

スヴェトラーノフは

トランペットがそのまま fff だと

501小節目でヘンになるをわかっているのだろう、

その2小節前からトランペットの音量を抑えて

違和感なく通り過ぎるようにしている。50:00〜

これはロシアの先輩ムラヴィンスキーがやってたやり方。

 

朝比奈隆もEX-1だが、

オケ全体で頂点を迎えるよう、

絶妙にうまいことやってのけた。46:30〜

 

しかし、

僕がたくさん聴いてきた中で一番好きなのは、

EX-2によるこれ。

バーンスタインが珍しくボストン響を振ったライヴ。47:45〜

名手アルマンド・ギターラ率いるトランペット・セクションが最高だ。

バーンスタインが大袈裟で暑苦しく、

テンポもちょー遅くしていって

吹いている方はたまったもんでないが、

見事に付いて行って期待に応えている。

 

それともうひとつのポイント。

お気づきの方もいるだろうが、

先のスヴェトラーノフの方はトランペットセクションは2人だが、

その他は4人いる。

 

これは通称「倍管」といって、

譜面通りだと1stと2ndを1人ずつの計2人で吹くところを、

豊かな音量と人数感ある音色にするために倍の人数でいこうという、

いかにデカい音を出すかを競い合った20世紀を象徴する戦法である。

よく見ると木管セクションも各2人のはずが倍の4人いる。

 

ソロやソリなど、

1人の方がいいところはお休みしておいて、

ここぞという盛り上げ箇所だけ吹く人のことをアシスタント、

通称アシと言う。

アシと交互に休んだりしつつスタミナを温存し、

最大のクライマックスを迎えるのである。

 

しかし21世紀に入り、音量を競う時代が終わると

倍管は誰もやらなくなった。

が、トランペット・セクションでよく見るのは、

1stにアシを付けてクライマックスだけ2人で吹き、

2ndは1人の計3人になってるやつ。

これだと倍管特有の下パートの暑苦しさがなくなり、

トップのラインが浮き上がる。

 

そして、

現代ではEX-1とEX-2とではどうかというと、

相変わらずの半々である。

 

僕が2年前に京都で京響を聴いたときは、

譜面通りの1stと2nd1人ずつの

2人で吹いているにも関わらず、

EX-2をキメていてブラボーだった。

この結論に辿り着きたくて

ブログの終盤わけわからない記述になっていた。

151126

 

古い演奏ばかりになってしまったから、

アシなしでEX-2を吹く現代の演奏。44:08〜

今世紀も素晴らしい。

ってもういいか。

 

もし僕が指揮者だったらもちろんEX-2で行く。

チャイコフスキーが第6番悲愴交響曲を書いたのち、

死期を悟り、人生を振り返り

「あーー5番のあそこのトランペットがなぁ」

と悔いていたに違いないから。

 

と、こんないちポップスアレンジャーの

薄っぺらで浅い意見なんて置いといて、

もし現代の偉大な指揮者さんたちに会えるなら、

どうお考えなのか聞いてみたい。

とても深い頑ななご意見をお持ちなのか、

意外と「そんなことどうでもええわ」

と一蹴されるのか、予想がつかない。

 

今回はこの部分だけに的を絞った記述になってしまったが、

って、

だいたいここだけを次々に聴くなんて、

作曲家、演奏家に対して失礼きわまりない

けしからんブログだ。

 

この曲は第1楽章冒頭のクラリネットから

その世界へ一気に引きずり込まれ、

第2楽章には有名なホルンのソロもあるし、

第3楽章は明るいワルツだし、

最後まで実にドラマティックである。

みなさんもこの冬に是非ともお見知り置きを。

 

最初に聴くのにいいCDは

結局やっぱカラヤンになってしまうか。

クセがなくベルリンフィル全員が抜群にうまい。

karajan warner

カラヤンの幾多に及ぶ録音から1971年の演奏。

 

ついでに4番も6番もという方には

僕が持っている2枚組もいいが、

こいつの弱点は、

この5番が1枚目と2枚目に分かれてしまうことだ。

karajan warner2

 

テーマ:

1月3日、湘南モノレール!

 

その車窓から。

 

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 

今日4日早朝に毎年のパターン、
みなさんワーッと訪れる前に鶴岡八幡宮行って来ました。

 

 

今年も変わらず精進していこうと思います。

 

 

本年のみなさんのご健康とご多幸を
心よりお祈りいたします。

 

 

 

最近よく聴いている音楽の話をしたい。

 

「小澤征爾&シカゴ交響楽団/RCA録音全集」

 

小澤征爾が1965年から68年にかけて

シカゴ交響楽団を振ってレコーディングしたアルバムを集め、

リマスタリングされて6枚組となって最近出たやつ。

当時30歳から34歳の若さで

シカゴを振ってレコーディングとは

とてつもない天才、スケールの大きい話だ。

 

Amazon

HMV

そして、このジャケットはインパクトある。

モノクロとか画質の悪い若い頃の写真ならよく見るが、

こんなに若いのに近年の写真みたいに鮮明だからだ。

 

「運命」「未完成」「春の祭典」

「展覧会の絵」「チャイコフスキーの5番」

バルトークとシェーンベルクのピアノコンチェルトなど。

 

今まさに全米ナンバーワンの座を確固たるものにしようとする楽団と、

日本から乗り込んだひとりの若武者との、

バチバチのバトルなのか共同作業なのか、

その瀬戸際のせめぎ合いに胸が高鳴る貴重な録音である。

 

ちなみにこれは藤井理央デルモ時代の1枚。

'75と書いてあるが撮影されたのはその10年ほど前、

まさにその小澤征爾と同時代。

デルモ時代というのではなく、

父親がパンフ制作仕事に使ったカット。

 

これも画像が鮮明だからインパクトある。

 

話を戻そう。

 

 

「テイラー・スウィフト/reputation」

 

 

テイラー・スウィフトはいい曲多くて、

これまでのアルバムもよく聴いてきた。

カントリーというジャンルで出てきたのに、

その後ロックになりポップになり、

今回なんかとうとうギターの音は全く聞こえず、

シンセだらけ。

しかもウニョウニョ。

ベースもドラムもすべて打ち込みだから、

声以外は人間はいない。

 

「前の方がよかった」なんて批評は想定済み、

よくここまで思い切ったことをやるな、偉いなという1枚。

そしてめちゃかっこいい。

 

レディー・ガガなんかも

それまでとは全く違うサウンドを打ち出したり、

外人さんは思い切りがいいのか。

 

 

「ゲスの極み乙女/両成敗」

 

これはひとつ前のアルバムだけど、

4人ともみんなカッコよくて、

つくづく “いいバンドだなぁ、いいなぁ”

と唸らせる傑作。

 

 

「欅坂46/真っ白なものは汚したくなる」

 

同窓会とかに行って音楽の話かなんかになると、

ここ10年ほどは決まって

「最近の音楽シーンはアイドルばっかでつまんないねー」

なんてことになる。

 

その度に僕は

「いやいやそんなことないよ。

いい音楽が売れてるだけだよ、

今までとなにも変わらない」

なんてことを言ってきた。

ちょっとは変わるけど。

 

アーティストがグイっとその地位を上げる時というのは、

必ずそこに名曲、傑作がある。

それはアイドルという枠の

AKB、ももクロ、乃木坂、もみんなそうだった。

そして “欅坂” も例に漏れずなのだ。

 

 

グループ・アイドルも

いい加減飽きられて来そうなこの時期に、

「いやいやまだまだ、こんなのはどうだ!」

と力一杯ぶつけて来るこのプロジェクトの気概に圧倒される。

 

ちなみに僕は、

歌番組でのパフォーマンスがどうのとかにはほとんど興味なく、

あくまで関心があるのは

レコーディングされた製品を

入っている音隅々までフルコーラス聴くこと。

いい音楽は何回でも聴きたくなるし、

聴く度に発見もある。

譜面を書いて分析的なこともする。

 

欅坂に限らず、

“グループ・アイドルなんて、

テレビでサビだけ踊っている所を

チラッと見てきたくらいだ” という方は、

一度ちゃんと4分半のフルコーラスを

よい環境でじっくり聴いてみてほしいものだ。

必ず心動かされる音楽に出会えるはず。

 

アルバム「真っ白なものは汚したくなる」は

通常盤、Type-A、Type-Bとあって

全体を把握するのが大変で、

僕は全然わかってないのだけれど。

 

僕が好きなのは、

サイマジョ、せかあい、セゾン、手つな、

かたみら、ひらがな、月スカ、少女、

ちんこい、チューニング、夕陽、太陽、

あぶけい、他たーくさん。

 

いいと言っておきながら、

やはりアイドルものに共通しているのは

アルバムなんかには

なんだこれ?という捨て曲も結構ある笑。

どれとか言えないが。

 

ちなみに詞は全部秋元康氏。

長いキャリアの上、

特にAKBが出てきた頃から

もう何年もとてつもない数書いてて、

いまだにこのペースとは信じられない。

 

曲はコンペで選ばれる。

例えばシングルだと、

ネットを通して1000に近い曲が集まり選考される。

そりゃあいい曲が多いに決まってる。

捨て曲もあるが笑。

 

音数の相当多いオケ作って、

たくさんの娘達にメロディ覚えさせて、

スタジオでひとりひとり歌わせて、

でも人数多いからニュアンス合わせるの大変で、

その上ハモリもいーっぱいだから、

1曲1曲途方もない時間と手間をかけて

作られていることが想像できる。

 

 

ではみなさんも

今年もよい音楽のある暮らしを。

 

 

 

♩〜♪♫♫

テーマ:

「男はつらいよ」

「北の国から」

「モテキ」

などの国民的ヒット作品(笑)がいつの間にか再放送始まってて、

なんだしまった!いつからやってたんだ!

最初っから観たかったな、、、

なんてことはよくある。

 

そんなわけで、、

“逃げ恥” が大晦日、元旦に一挙再放送である。

DVD&Blu-rayを売りたいためか、

ドラマの再放送がさみしい昨今にとって、

スマホのニュースでバーンと入って来るほどの宣伝、過熱ぶりには驚きだ。

 

「観たことない」なんて方はもちろんのこと、

「最初の方観てなかったー」なんて方は

たーーーくさんおいでになろう。

 

何を隠そう僕はこれもう大好きである。

好きな音楽を何回でも聴くのと同じように、

何回も観てしまう。

この歳だとこれ観てキュンキュンとかは全くないのだが(笑)、

チームのちょっとしたアイデアの連続と

役者陣のパフォーマンスには感心させられる。

 

そんなわけで、

大晦日の朝8:55から!

音楽も映像作品もオープニングは重要だ。

この機会に是非。

 

 

今年もあと1日半。

いかん「第九」聴かなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

♩♩♩♩

テーマ:

11月11日には、

たーくさんのメッセージありがとうございました。

最近のブログの更新ペースからして、

あんなにいただけるとは思っていませんでした笑。

うれしかったです。

みなさんの言葉ひとつひとつを励みに

精進していこうと思っております。

 

このところは、

なかなかこのブログで宣伝、告知など出来る活動が行えていませんが、

未だ全容が掴めない「音楽」という名の

巨大なモンスターと格闘する日々を送っています。

 

日曜に放送された「シン・ゴジラ」。

改めてよくよく観ると、

鎌倉への上陸シーンで、ちいちゃく藤井家が映ってました。

 

ゴジラの立った尾っぽの上の↓山腹の住宅のひとつ。

そんなことはまあいいか。

 

しかしこの作品。

世間の評判通り、

僕も映画館で観て盛り上がりましたが、

日常生活のある家庭の空間だと、

「さっきから何をややこしい漢字の羅列を早口で言ってんだ?」と、

なかなかその世界へ入り込めないモノではなかったかと危惧しています。

僕も夜中にひとりで観たにも関わらず全くそうでした。

こんなにも映画館とテレビのギャップを感じたのは初めて。

 

やっぱ「映画は映画館で」ではないかと。

 

先日「ミックス!」観て来ました。

ヒット中みたいですが、

結構オススメです。

物作りを生業としている者としては、

「よし出来た」の後の、

最後のもうひと押しがやはり重要なんだなということを、

改めて指し示してくれた作品だと思います。

「まあこんなもんだろう」で完成としてはいけない。

 

しかし、何十年かに渡ってどんどん新しい映画が作られて来て、

なおもまだ「これは面白い」と言わせるモノを作るということは、

これまたどんどん困難になってきたな、

これからもっと大変だよな、

なんてことを考えさせられる1本でした。

 

ここまで頑張んなきゃいかんかな、みたいな。

あまり感想をここで書くと、

観る前のイメージに影響を与えるのでこの辺で。

 

いずれにせよ、

この作品においてもやっぱ「映画は映画館で」と思いました。

 

このところすっかり陽も短くなり、

冷え込んできました。

暖かくして、加湿して、

風邪など引かぬようご自愛下さい。

みなさんも良い音楽のある日々を。