24日から日米貿易協定の国会審議が始まるようです。ところで、条約の作られ方について知っている方はそう多くは無いでしょう。今、書いている通商関係の本に一応原稿を書いたのですが、この部分は本には掲載しない事にしました。勿体ないような気もするので、ここに掲載しておきたいと思います。

 

 なお、内容は基本的に「手続論」です。長いですけども、そこそこ面白い部分もあると思います。

【条約の出来るまで】

 非常に簡単に条約の作り方から国会審議、そして発効についてまで説明しておきたい。WTO協定もTPPもすべて国際条約(国際約束)である。国際約束とは何かと言うと、「国と国とが合意するもの」である。必ずしも「条約」という名称が付いていなくても、国と国とが合意するのであれば国際約束である。そして、合意した以上は法的拘束力がある。

 

 まず、当たり前であるが、条約交渉をしなくてはならない。交渉をする最初の段階では、お互いが対等の立場である事が大前提である。最近、TPPや日EU経済連携協定の交渉では相手が「前払い」を求めてくる事が多かった。TPPは国民的関心が高かったので前払いについては比較的厳しい目が注がれていたが、実はEUとの交渉では、日本がかなりの前払いを出していた事には大きな注目は集まらなかった。原理原則の問題としてああいう事は避けるべきであったと思う。

 

 交渉が纏まると、「署名」のために条約文が開放される。これは「この条約はこの文言で確定します。」という同意を与える事である。二国間だと合意イコール署名になる事が多いが、多数国間条約だとそういうわけでもない。ただし、署名だけでは必ずしも条約に拘束される事を意味しない。また、署名しないと、その条約に加わる事が出来ないというわけでも必ずしもない。多種多様なバラエティが存在する。

 

 どんな条約でも、条約が確定するとまず「訳」を作る。たかが「訳」と思われるかもしれないが、これが結構大変である。どの用語にどういう訳語を充てるかというのは、中身にも関わる大事な部分であり、外務省にはこういう事についてのミソみたいなものがある。通商交渉関係でかなり揉めたものとして、WTO協定を訳する際の「知的所有権」と「知的財産権」の訳語問題があった。実はこれは深遠なテーマを孕んでいる。「Intellectual Property Rights」という権利について、特許庁は「この権利は性質上『所有権』というより『財産権』に近いので、『知的財産権』と呼ぶべき。」と主張し、外務省は「これまでずっと『知的所有権』という言葉を充ててきたので変えるべきではない。」と主張した。つまり、「知的所有権という名の財産権」という位置付けである。その時は前例主義が勝り、内閣法制局は外務省の訳を採用した。ただ、特許庁の方が理屈としては遥かに筋が通っているため、その後「知的財産権」という言葉が広く使われるようになっている。なので、近年は知的財産権という用語が法令でも多用されているが、古い条約になると知的所有権という言葉がそのまま使われており、現在でも混乱を生じさせる状況である。

 

 訳を作るのと同様に、条約で掛かる義務をどうやって国内で実施していくのかという事を綿密に検討する。既存の法律で対応出来るものばかりであれば、後述の行政取極に該当するため、行政部内ですべてが終わる。そうでなければ、その条約を実施するために国会で法律を作ったり、改正しなくてはならないという事になる。後者については、条約そのものが国会承認が必要になる。この2つのタイプの違いは、掛かる手間の多さから言うと段違いである。

 

 実はここからが大変であり、内閣法制局という部局の審査を経なくてはならない。法の番人とも言える存在で、条約の訳、条約で掛かる義務と国内法の対応等、それはそれは細かく見られる。そして、想定される質問とそれに対する答弁、いわゆる「想定問答集」も作って、その一部は内閣法制局で審査されるのが常であった。通常の通商協定では電話帳3冊分のような厚さになる譲許表は条約の一部であるため、訳をきちんと作って、内閣法制局審査では、その電話帳のような譲許表の用語を一つ一つ審査していくのであり、その作業たるや膨大なものになるというのはお分かりいただけるだろう。なお、より正確に言うと、例えばTPP11ではすべての加盟国の譲許表が条約の一部を構成しているため、真の意味でのTPP11の協定というのは、本体部分+11か国の譲許表という事になる。多分、積んでみれば1.5メートルくらいになるはずである(ただし、他国の譲許表の訳は作らない。)。内閣法制局は絶対に妥協しないので、審査が終わらなければ、重い荷物を持って何度も何度も日参する事になる。すべてのお役人が絶対に怖れる組織、それが内閣法制局である。

 

 前述の通り、国会で承認してもらう条約とそうでない条約とが日本では明確に分けられている。すべてが国会で承認してもらわなくてはならないわけではなく、既に政府が持っている権限、予算の範囲内で実施できるような軽い条約については、国会の承認は要らない事になっている。そういう軽い条約については、内閣法制局の審査が終わったら閣議決定で日本の意思を確定し、署名イコール発効という事になる。実は日本が締結する大半の条約はこの軽い条約に属しており、専門用語で行政取極と呼んでいる。例えば、日本が締結する国際約束の大多数は実は経済協力の交換公文である。これはすべて行政取極である。

 

 逆に締結する時に、法律改正が必要だったり、予算措置が必要だったり、非常に重要なので天皇陛下による批准を要件としている条約は、国会の承認が必要になる(このルールを決めた時の大平正芳外相の名を取って大平三原則と言う。)。近年は租税協定、投資協定、社会保障協定(年金や保険料の二重払い防止)がとても多いようである。日本企業や日本人の海外での活動が増える事によって、こういう国際条約の必要性が高まってきているのである。

 なお、「天皇陛下の批准を要件」としているにもかかわらず、国内法改正が全くない条約というのは珍しいが時折ある。気候変動枠組みパリ協定がそれに当たる。あれは国内法改正が一切無くとも国内実施が可能であるが、批准が要件になるため、国会承認条約であった。これは何を意味するかと言うと、国会審議で環境大臣が絡まないのである。すべて外務委員会だけで終わる。パリ協定の国会審議の際、当時の山本環境相が「出番が無いんだよ」とつまんなさそうにしていたのを覚えている。

 

 通商系の条約というのは、どんなものであっても、国会承認を要する条約になる。日本では「税を課すのは法律に依らなくてはならない」というルール(租税法律主義)があり、通商系の条約はどんなものであっても、国内法による関税の見直しが入る以上は、条約そのものは必ず国会に承認してもらわなくてはならない。

 

 訳も国内法もすべて整ったら、閣議決定をして、条約を国会に提出する。条約については、通常は「外務委員会(参議院では外交防衛委員会)」、国内法についてはそれぞれの委員会での審議となる。例えば、特許の関係の条約であれば、条約そのものは外務委員会、国内法については経済産業委員会という2つの審議が必要になる。この「どんな条約でも、条約である限りは外務省ががっちり握る」というのは、省庁間権限争いの火種になる事が多い。財務省は、税関係の条約はすべて自分達でやりたいと思っており、厚生労働省は、社会保障系の条約について同じ事を思っているが、長年に亘ってすべて外務省に拒まれている。そして、外務省贔屓になるかもしれないが、外務省が絡まない形で条約を作るのは絶対に止めた方がいい。

 

 ここで法律と条約の違いが出て来る。日本国憲法上、条約締結権は内閣(行政府)の専権事項であると書いてある。そして、国会においては、政府が署名してきた条約を承認するかどうかだけであって、法律案のように修正することは出来ない。つまり、国会に求められるのは「Yes or No」を言う事だけである。条約審議については、法律案であれば生じる修正協議に伴う苦労が一切ない。私は何度も法律案の修正協議をやった事があるのでその違いがとてもよく分かる。これが、国会において外務官僚は態度が不遜である、と言われる一因だろう。しかも、予算と同様に、衆議院で可決して30日後には自動承認である。外務省の中には、緩やかにではあるが「条約締結は内閣の専権事項だから、交渉中にあまり外からガチャガチャ言わないでほしい。最後に『はい』か『いいえ』かだけを言うのが国会の役割。」という感情は確実に存在している。

 

 ここまで準備しておいて残念であるが、大半の条約は、国会審議で大した質疑にならない。内閣法制局と詰めに詰めた想定問答集も大して使わない。テクニカルな租税条約、投資条約、社会保障条約を真面目に読んでいる国会議員を私は殆ど知らない。また、中身に入って質問している国会議員に至ってはほぼゼロである。大平三原則で国会承認条約になるものと、国会で関心を呼ぶものとの差はかなり大きいと思う。

 

 なお、私は外務省時代、国会議員から「明日条約審議なんだけど、何質問していいか分からないので考えてもらえないか。」という要望を受けた事がある。おまけに「できればどんな答弁になるのかも教えてほしい。」という要望すらあった。発注通り、質問と答弁を全部自分で作成して、その議員にきちんとブリーフに行った。当日の質疑時間は、脚本・監督すべて私のドラマのようであり、自分の課で中継を見ながら「はい、〇〇議員、次の問2、キュー」、「そこで政務次官答弁、キュー」とか言っていた。そういう事例は極端だとしても、1問だけ条約関連で質問したら、全く別のテーマに進んでいくというケースは稀ではなかった。大平三原則がある事から国会承認条約として提出されるが、殆ど誰の関心も呼ばず、単に与野党の国会対策上の日程闘争のコマに過ぎなくなってしまう条約は結構多い。電話帳3冊分くらいの交渉をやって、国会承認に上げた通商関係の自由貿易協定で殆ど質疑が出ないというのは、担当している側としては実はちょっぴり寂しいものである。

 

 それでも、国会承認は国会承認であり、衆議院、参議院の本会議で採決されると、当事者はとても嬉しい。承認されたことが嬉しいというよりも、自分の苦労の積み重ねが報われたような気持になる。その後は、日本国として条約に拘束されますという正式な通知をする事になる。批准、承認、受諾、加入と多様なやり方があるが、ここではその細部には入らない。条約の発効については条件が付いている事が多く、その条約が意味のある形で機能する条件が整わないと発効しないようにしているわけである(例えば、TPP12では、日本とアメリカが加わらないと発効しない事になっていた。)。