最近、TPP関係の報道を見ていて、あることに気付きます。まず、「誰が話したのかが一切不明の情報がメディアに氾濫している」ということと「その情報は一定の方向性を持っている」ということです。


 まず、前者ですが、普通マスコミと取材対象者の間には幾つかの引用の方法についての合意があって、大まかに「オン(名前付きで報道する)」、「オフ(報道する際には名前は引用しない(ただし、匿名で報道することは許容))」、「完オフ(報道もしない)」と分けられます。オフの場合には「○○筋」、「○○首脳」みたいな表現で引用することはOKです。例えば、「政府首脳が○○と語った」だとオフですが、「官房長官が○○と語った」というのはオンになります。事実上、バレバレのことはたくさんあるのですけども、一応匿名報道の原則になっています。逆に「匿名」という建前だけども、誰が話したのかは業界人にはバレバレであるということを逆利用する場合もあります。


 最近のTPPの報道には、内容は結構細かく報道されているのだけども、誰が話したのかが全く想像もつかないものが増えてきました。上記の仕分けで行くと、「匿名報道ですらないオフ。ただし、内容は報道してもらって構わない。」ということで、話者とマスコミとの間で取り決めをしながら取材が行われているのだと思います。「交渉筋」、「内閣官房筋」というのすらありません。一つにはTPPの保秘義務との関係があって、匿名報道すらさせないということなのでしょうが、そもそも「(匿名であろうがなかろうが、情報が)漏れている」段階で、保秘を求める諸外国との関係では信頼を損ねるわけです。それを「匿名報道ですらない」から問題ないと、話者が思っているのであれば、あまりに内向きの発想です。


 あと、こういう出所について一切推察もさせないというのは気持ちが悪いですね。しかも、漏れ出てきている情報は結構充実していることもあります。これこそ、最も情報操作がやりやすい環境です。情報は出すけど、出所は、それを推察させるきっかけすら一切与えないということであれば、誰でも世論操作が出来ます。この点、ちょっとマスコミの方々の矜持が足らないのではないかと思います。


 そして、出てくる情報が一定の方向性を持っているということですが、これは「日本、かなり押し込まれています」という内容ばかりなのです。「日本は全品目での関税撤廃を求められた」といった内容ばかりが目立ちます。それは多分、事実なのだと思いますが、「日本、かなり押し込んでいます」という報道が何故出てこないのかなと思うわけです。例えば、「日本はアメリカの政府調達市場の全50州及び大都市レベルでの開放を強く求め、この点が確保されない限りはコンセンサスに応じない、と語った。」といった報道を見たいと思いませんか(少なくとも私は見たいです)。


 押し込んでいる分野がないのであれば、それは日本の交渉官が無能なのだと思いますが、そういうことはないでしょう。押し込んでいる分野はたくさんあるんだけど、それは報道されないということであれば、それは情報を出す側(政府筋)が情報を出していないのか、それとも、出しているのだけどマスコミが食いつかないかのどちらかです。


 私は情報を出す側がその内容を一定方向に誘導していると思います。それは何のためかというと「期待感の操作」です。「関税分野で農業ではかなりの新規撤廃品目が出そうだから、今のうちから少しずつ期待感を下げていこう。」ということで、いわば「慣れ」を作っていこうとしているのかなと見えます。しかし、仮に私の言っている事が当たっているとすれば、それは少し「負け犬根性」混じりの交渉になっているのではないかとすら思います。そんな期待感の操作に意を用いることなく、ガンガン戦ってきてくれよ、というのが、国民の太宗の見解ではないかと思います。


 昔、私が外務省でWTO交渉を担当していた時、とある省庁はいつも、いつも「期待感の操作」に意を用いていました。交渉しながら、それをどう国内に持ち帰るかということを常に気にしていました。それ自体はある意味当たり前のことなのですけども、そのレベルがあまりに度を越していたので違和感を持ちました。私はその省庁のかなり上の方から「交渉途中で譲歩をする方が、長い目で見ると情勢を有利に展開することがあったとしても、国内に帰ると叱られて大変なので、そんな譲歩は絶対にしない。組織としては、叱られるのは1回(交渉妥結時)だけにしたい。」と言われたことがあります。これは持ち帰った先の国内の政治家、関係者側のマインドにも問題があるなと感じました。


 いずれにせよ、何となく色々な次元で交渉の実相が見えにくくなってきているなと感じます。本当はマスコミの方に頑張ってほしいのです。社会の木鐸の気概を持って、政権内スピンドクターに振り回されないで報道がなされることを希望するばかりです。