憲法改正について、今起こっている事の幾つかがおかしいような気がします。 

 

 まず、憲法改正を議論するのは、憲法が国民に与えた権利です。なので、改正を提起する事自体を批判するのは適当ではありません。批判の対象は、あくまでも改正案の中身であるべきです。そして、憲法第99条に「憲法尊重擁護の義務」という規定がありますが、憲法改正との関係で言うと「クーデターのような手法で改正してはいけない」という事です。憲法第96条の改正手続きに則った改正を提起する事は、尊重擁護義務に反するものではありません。

 

 しかし、改正すべきでないという主張も当然、憲法が国民に与えた権利です。その主張に基づいて、何らの改正案も出さない事自体は批判の対象とすべきではありません。批判として提起してもいいのは、改正しない事による問題点です。

 

 日本国憲法が予定する議論のあり方としては、「改正案を出す」事も「出さない」事も対等の立場のはずです。この基本的視座が今の日本では失われがちです。改正を目指す事自体を「けしからん」と批判するのも、主張に基づき何の改正案も出さない事を「対案が無い」と嘲笑ったりするのも、いずれも健全ではありません。

 

 そして、「案」についても対等であるべきだと思います。

 非常に誤解されがちですが、一切の改正不要とする立場の方は案を持っています。「今の憲法のまま」という案です。条文としてすべて存在しているので、最も具体的な案と言えるでしょう。この「今の憲法のまま」という案に対して、対等の位置に立つためには、改正を目指す方は具体的な案を出すべきです。そこでようやく立ち位置が対等になります。

 

 残念ながら、憲法改正を目指す政党からは「考え方」は何度も聞いた事がありますが、まだ、正式な組織決定を経た案は出て来ていません。例えば、自由民主党の憲法改正推進本部のサイトを見てみると、一番最近、具体性を持った考え方を示そうとしたのは平成30年3月のこのペーパーです。平成30年3月に議論の状況を取り纏めた後、1年半経っているのですが、具体的な改正案に結実していません。

 

 日本の憲法改正に関する論壇においては、改正派の方々が護憲派に対して「対案を出すべき」と主張する事が多いようですが、現状を注視してみると「今の憲法のまま」という具体案に対して、改正派の先頭に立つ自由民主党の方々がきちんと具体案を出さないと、議論のスタートに立てないと思うわけです。漏れ聞こえる所では、前記の取り纏めペーパー以降、党内で具体案のコンセンサスが得られないので、考え方の段階で止めているとの事のようです。しかし、党内すら取り纏められない状態で、憲法改正を進めようと言っても誰も相手にしないと思います。

 

 例えば、「今の年金制度は改正すべき」と主張する勢力が、具体案を持つ事なく、漠然と「より負担が公平な年金制度にすべき。」という考え方だけ述べて押してきても、政府・与党は相手にしないでしょう。それと同じです。「考え方」だけで改憲を訴えても、「今の憲法のまま」という案を持っている方からすれば相手にする道理はありません。

 

 そして、具体案が出てくれば対等の立ち位置に立つわけですから、他党は議論にしっかりと応じるべきでしょう。

 

 今日のエントリーは、中身に立ち入る事なく、あくまでも「議論の作法」に関するものだけです。私の憲法改正に対する考え+具体案は徐々に書いていきます。自由民主党の「考え方」の中には、賛同するモノ(89条改正)、ゴールは共有するけど論理は全く共有しないモノ(合区解消)、全く気乗りがしないモノ(緊急事態条項)、何がしたいのかよく分からないモノ(9条加憲)とそれぞれありますので。

 TPP11、日EU・EPA、日米貿易協定を通じて、国会議員、報道関係者、業界関係者のすべて、そして恐らくは官僚の大多数の方が悉く勘違いをしている分野があります。それは「豚肉」に関する交渉結果です。多分、因果関係が正確に理解できているのは内閣官房や農林水産省で交渉を担当した人だけではないかと思います。非常に難解なのですが、出来るだけ分かり易く書きますのでご容赦ください。

 

 豚肉の輸入制度は差額関税制度と言われます。説明すると長いのですが、グラフにするとこんな感じです。低価格の豚肉(524円/kg以下)は、546.53円/kgとの差額をすべて関税で持っていかれ、高価格の豚肉(524円/kg以上)は4.3%の関税を取られるという仕組みです。

 

 ただ、この仕組みには裏のカラクリがあります。例えば、300円/kgで輸入して246.53円/kgの関税を払う人は居ません。高価格の豚肉と低価格の豚肉を組合わせて、必ず輸入価格を524円/kgになるようにして輸入しています。524円/kgで関税を払うのが一番安いからです(4.3%)。この仕組みをコンビネーション輸入といいます。なお、こうやって低価格と高価格の商品を組合わせて輸入する事を広く認めると脱税の温床になるので、このようなやり方が認められているのは豚肉だけです。ちなみにTPPが妥結するまでは、この仕組みを外に対して説明する事は殆どなかったのですが、今は積極的にカミングアウトしています。

 

 そして、累次の交渉における結果はこんな感じです。今は差額関税部分が非常に分厚いのですが、協定発効後に125円/kgまで下がり、5年後には70円/kgとなり、10年後には50円/kgとなります。非常に差額関税部分が薄くなるので、日本の豚肉が保護されなくなるのではないかという懸念が表明されています。それに対して農林水産省は「コンビネーション輸入は続く。何故なら、差額関税部分が薄くなっても、コンビネーション輸入で524円/kgで輸入すると関税が最も安くなるからだ(関税ゼロ)。バラして輸入すると、高価格帯は関税ゼロになるが、低価格帯は50円/kgを払わなくてはならない。であれば、コンビネーション輸入を続ける方が有利。」と説明しています。尤もらしく聞こえますね。しかし、違います。

 

 論を進めます。輸入豚肉の中で、国内で非常に需要が高いのは低価格の豚肉です。ハム、ソーセージ等に使う部分が該当します。そして、トンカツ等に使う高価格の輸入豚肉は国産と競合しており、そこまで引きが強くはありません。ただ、差額関税制度の下では低価格と高価格の豚肉の組み合わせで輸入するのが関税が安くなるので、そこまで引きの強くない高価格の豚肉がセットで輸入されてきます。日本の養豚関係者は「差額関税制度で自分達は守られている」という信仰を持っていますが、むしろ、本来引きが強くない高価格の豚肉までもが輸入されてきて、自分達の生産する豚肉と競合しているというふうに考えた方が良いものです。つまり、あまり国産豚肉を守っていないという事です。

 

 そして、現在、カナダ、メキシコ(TPP11)、スペイン、デンマーク等(日EU)から輸入されてきている豚肉の関税は、差額関税がかなり薄くなった125円/kgが適用になっていますが、現時点ではまだコンビネーション輸入が続いています。つまり、高価格と低価格の豚肉をセットにして524円/kgの価格帯で輸入しています。課税額は4.3%から半分程度に下がっています。そして、現在、アメリカから輸入されている豚肉はまだ自由貿易協定の恩恵を受けておらず、通常の仕組みの中でコンビネーション輸入で入って来ており、課税額は4.3%です。

 

 この程度の差だと、実はTPP11や日EU・EPAが発効している国とアメリカとの間に大した競争条件の差がありません。報道では「TPP11や日EU・EPAが発効したせいで関税の差が産まれ、アメリカン・ポークが劣位に置かれている。」という前提で書かれているものばかりですが、コンビネーション輸入を前提とする限りは間違っています。

 

 ただ、たしかに今、アメリカン・ポークは日本市場でシェアを減らしてきている事は事実です。それは別の事情があるのです。

 

 それは「アメリカン・ポークが安過ぎる」せいなのです。コンビネーション輸入するためには、524円/kgに輸入価格を設定しなくてはなりません。しかし、アメリカン・ポークは圧倒的な競争力があるため、ハム、ソーセージ用の低価格帯は250円/kgくらいになります。それとセットで524円/kgの輸入価格を作ろうとすると、800円/kgもする豚肉を探してこなくてはなりません。そんな豚肉をアメリカ市場で大量に探す事は無理でして、限りなくグレーな価格設定でもやらない限りは無理です。しかし、それがバレたら高額の追徴課税が待っています。であれば、524円/kgの価格を組みやすい、アメリカよりは競争力が低い(豚肉価格が高い)国からの輸入の方が安心してやれるのです。「安過ぎて輸入するのを躊躇ってしまう」という異常な状態が豚肉輸入にはあります。日米貿易交渉におけるアメリカ側の交渉官はこの現状を分かっていたのかな、と若干首を傾げます。

 

 では、農林水産省の言うように「(発効後10年で)50円/kgになってもコンビネーション輸入は続く」のかと言われると、これも続きません。まず、消費税の事を勘案すると、コンビネーション輸入で輸入する低価格の豚肉と単体で輸入する低価格の豚肉との差はかなり縮まります。機械的に計算してみた所、差は32円/kgくらいまで縮まります。それに加え、コンビネーション輸入をする煩雑さに伴うコスト、それ程引きの強くない高価格の豚肉を在庫で抱えるコスト、追徴課税を受けるリスク等を考えると、50円/kg払ってでも低価格の豚肉を単独で輸入するというふうになるでしょう。

 

 多分、この「コンビネーション輸入をする方が有利な状況」から「低価格の豚肉を単独で輸入する方が有利な状況」に転換するポイントは、70円/kg(5年後)⇒50円/kg(10年後)の間の何処かだろうと私は見ています。つまり、アメリカン・ポークの視点から見ると、日米貿易協定が発効してもすぐにはシェアの回復は出来ない(安過ぎてコンビネーションが組みにくいので)、ただ、5-10年のタームで見ていると、ある日突然、コンビネーション輸入の仕組みが壊れてしまって、堰を切った様に低価格のアメリカン・ポークの圧倒的な優位性が確保されるようになる、こんな感じになるはずです。ただ、その時はコンビネーション輸入が崩れているので、高価格のアメリカン・ポークについては今よりも売れなくなります。

 

 報道されている話とは相当に違いがある事にお気付きいただけるでしょう。差額関税制度(+コンビネーション輸入)なんてのは、誰の幸せにもなっていません。本当であれば制度自体は廃止すべきものです。本件はもっともっと奥が深いのですが、紙幅の観点からこの辺りで止めておきます。報道関係者の方、与野党国会議員の方、農業関係者の方、個人的にコンタクトしていただければ何時でも説明します。

 日米貿易協定が合意されました。多くの論点があり、それらは今、書いている通商に関する近著にすべて纏めています。まだ、脱稿していないのでエラそうな事は言えませんが、結構力の入った本になると思います。予め言っておくと、「TPPや自由貿易に賛成の立場を取る人が読んでも、反対の立場を取る人が読んでも、それなりに納得、それなりに不満な内容」となっています。

 

 さて、日米貿易協定に関するテーマで一番大きな「この協定は結局、どう見たらいいのか。」という事について順序を追って書いていきます。

 

 まず、日米が元々合意していたのはTPP12でした。安倍総理はTPP12について次のように評価しています。

 

【平成28年12月08日参議院TPP特別委員会】
○内閣総理大臣(安倍晋三君) (略)日本がかなり主導的な役割、ルールメーキングにおいては初めてと言ってもいいと思うんですが、日本が主導的な役割を担いつつ、バランスの取れたこの新しい自由貿易のルールを作り上げることができたと、このように思っております。
 

 その時点でTPP12は「バランスの取れた」協定だとしています。私も概ねこの安倍総理の評価を共有します。TPP12は内容的には結構、頑張っています。説明や影響試算に小手先の嘘が多かった事は極めて残念でしたが、中身そのものは評価し得るものだと思います。まず、ここからスタートです。

 

 しかし、トランプ大統領はTPP12の枠組みに加わらない事を宣言します。そして、日本との間での二国間交渉に乗り出します。交渉開始時の共同声明は以下のようになっています。

 

【平成30年9月26日日米共同声明】

5 上記協定は,双方の利益となることを目指すものであり、交渉を行うに当たっては,日米両国は以下の他方の政府の立場を尊重する。

- 日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限であること。
- 米国としては自動車について、市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること。
 

 まず、ここで安倍総理の言う「バランス」が崩れます。よく読めば分かりますが、日本はTPP12での譲歩まではやれると言っています。逆にアメリカは、そういうコミットメントがないだけでなく、そもそも何を企図しているかすら分かりません。トランプ大統領は、TPP12に拘束されないと言っているわけですから、TPP12を前提としたコミットメントをしないのは当然ですが、日本はTPP12での譲歩まではやる用意がある事をここで既に約束します。

 

 つまり、交渉の土俵作りの段階で既にTPP12で得られたバランスは崩れており、しかも、相手が何を企図しているのか分からない状態で交渉に突入したというのが、この日米貿易交渉でした。過去、日本は半導体協議で「20%」という数字を出したら数値目標化して苦しんだとか、保険協議で「激変緩和措置」という言葉を使ったら、それを「日本の生損保子会社のがん保険への参入不可」と読み替えられたとかいった経験があります。アメリカとの関係ではこういう曖昧模糊とした表現が危険な事が、日本の交渉担当官のDNAに刻まれていないのではないかと不安になります。

 

 そして、今年9月の国連総会時に合意します。日米貿易交渉の結果は、今出ている情報だけであれば、たしかに昨年9月の共同声明の範疇に収まっています。しかし、問題はそこではないのです。

 

 日本は「TPP12の譲歩からちょっと下がっただけ」ですが、アメリカは違います。アメリカの「市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すもの」という言葉は「自動車及び部品で一切の譲歩をしない事」を指していたのです。TPP12との関係で言うと「何も無し」という事です。言い換えると、アメリカは日本の立場をちょっとだけ尊重したけど、日本はアメリカの立場を過度に尊重した、そんな感じです。

 

 繰り返しますが、今回の結果は昨年9月の共同声明の範疇に収まっています。ただし、共同声明自体がTPP12で得られたバランスが崩れた状態です。かつ、そのバランスが崩れた土俵で戦った結果、更にバランスが崩れた、という事で、二重にバランスが崩れているのが今回の交渉結果だと見る事が出来るでしょう。

 

 多分、こういうふうに言うと、「制裁関税回避」という新しいファクターがあって、それを逃れた事が良かったという反論があるでしょう。仮にそれが事実だとしても、政権としてTPP12で確保したバランスが二重に崩れている事には変わりはありません。

 

 そして、制裁関税は全然回避されていません。今年9月の合意時の共同声明では以下のように書いてあります。

 

【令和元年9月25日日米共同声明】

4 日米両国は、信頼関係に基づき、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定を誠実に履行する。日米両国は、これらの協定が誠実に履行されている間、両協定及び本共同声明の精神に反する行動を取らない。

 

 何処にも制裁関税を打たないとは書いてありません。「制裁関税を打たないという趣旨だ」、「ライトハイザー通商代表はやらないと言っている」、色々な反論があるでしょう。単にそれは、ライトハイザー通商代表が言った通り、「At this point(現時点で)」やらないだけです。明日、一か月後、半年後にやらないとは誰も言っていません。そもそも、安倍総理はTPP合意時に「交渉は色々あったが、合意文書に書いてあることがすべて。」と言い続けました(情報公開を拒むための方便でしたけど)。そうなのです、紙に書いてあることがすべてなのです。それ以上でも、それ以下でもありません。

 

 また、ここには「誠実に(faithfully)」という言葉が出て来ます。ここで言う「誠実に」は何を意味しているかは分かりにくいですが、恐らく、貿易赤字が減らなければ誠実に履行していない、だから制裁関税だ、と吹っ掛けてくるためのヘッジでしょう。そして、日米貿易協定ではアメリカの対日貿易赤字は絶対に減りません。つまり、日本は制裁関税のリスクを常に抱え続ける状態です。

 

 結局、日米貿易協定はとても日本にとって不利なものだったという事です。大体、よく考えても見てください。トランプ大統領が交渉したNAFTA見直しは、現在、連邦議会で侃々諤々議論されており、(ウクライナ・ゲート問題等も相俟って)議会を通過する見通しがありません。結構、カナダ、メキシコからそれなりの成果を得ているのですが、それでも連邦議会では様々な問題指摘があっています。一方、日米貿易協定はあまりにアメリカの譲歩が無いので、連邦議会は関心すら持っていません。議会審議すらしないで発効させそうです。その事実を以てしても、如何にこの協定が日本にとってバランスの悪いものとなっているかを裏付けているでしょう。

 こうやって整理してみると、この日米貿易交渉の日本側対処方針として「TPP12の結果から見た得喪でバランスを取る」という事は無かったんだろうな、という結論に到達しました。とすると、どういう対処方針で臨んだのか、何が指針だったのか、何との関係でバランスを測ろうとしたのか、という事にとても関心があります。多分、政権は「昨年9月の共同声明が交渉の指針。そして、その範囲に収めた。」と言うでしょう。ただ、その昨年9月の共同声明自体がバランスが崩れている物である以上、説得的ではないのです。

 

 残念ですけどね。

【今、通商問題に関する本を書いています。たくさんの文章を書いたのですが、その内、本に盛り込まないものがかなりあります。このエントリーは「使われなかった原稿」を少し加筆したものです。】

 第7回アフリカ開発会議(TICAD)が終わりました。私は第2回の時、ある大統領のリエゾン(連絡要員)をやりました。詳細は言いませんが、チェース・マンハッタン銀行の帯の付いた100ドル札100枚を目の前にしながら、「さて、どうしますかね?」と大手百貨店外商担当の方と悩んだのを思い出します。

 

 さて、最近のTICADと言えば、隠れたテーマとして「西サハラ出席問題」というのがあります。多分、分かる人は殆ど居ないでしょう。「西サハラ」とは、モロッコの南西部にある地域で大半はモロッコが実効支配しているのですが、長年の独立運動がありサハラウィ・アラブ民主共和国(なお、以下では「西サハラ」と記述。)という国として独立宣言をしています。モロッコはこれを一切承認していません。

 しかし、実は西サハラはアフリカ連合(AU)の正式メンバー国です。何の留保もなく、他のアフリカ諸国と対等にAUの会合に出席する権利を有しています。何故、そうなったのかを説明するのは長くなるのですが、御関心のある方は私が12年前(!)に書いたブログを参照ください。

 日本は長らくあまり西サハラ問題には関心を有していませんでした。モロッコの「おまけ」くらいの感覚で、後述の事件までは、そもそもまともな担当者すら居なかったのではないかと思います。一方、私は20年前のセネガル在勤時から関心を持ち始め、それ以来、ずっと西サハラ・ウォッチャーです。


 平成29年、日本が南部アフリカのモザンビークで主催したTICAD(アフリカ開発会議)の閣僚会合で事件が起きました。西サハラ「政府」代表団が会議場に押し掛けて来て、「アフリカの将来を語る会議に、AU正式メンバー国である西サハラを参加させるべきだ。」と主張したのです。当然、実効支配しているモロッコは大反対。結局、モザンビーク閣僚会合はこの混乱で終始してしまいました。その後、昨年の東京での閣僚会合では、AU代表団の一員という位置付けで西サハラ「政府」代表団は出席していました。そして、今回の横浜TICADでは、日本が招待したという形にせずに、TICAD共催者のAUによる招待という事でブラヒミ・ガーリー西サハラ「大統領」は出席していました。河野外相は、自身が議長を務めたモザンビーク閣僚会合が大荒れになったので、相当に慎重に本件に対応した事を窺わせます。

 

 河野外相は「日本は西サハラを国家承認していないので招待しない。」というのが理屈のようでしたが、実はこれはあまり理屈が通っていないのです。国家承認していない「国」を、日本主催の国際会議に招待した事は過去にあるのですね(例:太平洋島サミットに未承認国家のニウエを招待。)。ただ、未承認国家の扱いは線引きが極めて難しいです(「台湾」問題がありますから)。

 ここまで読んで、「なんだ、アフリカの果ての独立問題か?」と思ったでしょう。しかし、事はそう簡単ではありません。本件の扱いは本当に気を付けた方がいいと思います。我々の食卓に繋がる漁業の問題があるのです。

 

 長年、日モロッコ漁業協定によって、入漁料を払いながら、日本のまぐろはえ縄漁船がモロッコの排他的経済水域でマグロ漁を行っています。リンクのプレス・リリースを読む限り、(2000ドル+49500ディルハム(約57万円))×15隻で、年間1000万円前後の入漁料を払っていると思われます。しかし、EUにおいてはモロッコとの漁業協定はかねてから大問題になっています。主権問題を絡めて、西サハラの排他的経済水域で獲れる魚介類はモロッコ産ではないという論争があるのです。西サハラ側から言わせれば「入漁料を払え、西サハラの了解なく勝手に魚介類を取って行くな。」という事です。EUモロッコ漁業協定について、西サハラ問題への手当てが不十分である事から、欧州議会では協定の破棄を含めた議論が長らくあります。そして、平成30年、欧州司法裁判所は西サハラ沖で獲れた魚をモロッコ産とする事に疑義を呈する衝撃的な判決を出しました。本件は欧州委員会、欧州議会では決してマイナーな話ではありません。

 日モロッコ漁業協定に基づき、日本の漁船がどの辺りの漁場でマグロ漁をしているのか知りませんが、私の経験則からして、良い漁場があるのは、モロッコ本体側よりも西サハラ側の排他的経済水域でしょう。西サハラ側でマグロ漁をやっているんじゃないかなと思います。西サハラ問題でハンドリングを間違えると、西サハラ「政府」関係者から「日本は、自分達の『国』の沖で許可なく漁業をしている。入漁料払え。」と日本国内で裁判を起こされかねません。実際に欧州ではそれが起きているわけですから、絵空事だとは思わない方が良いです。


 西サハラ問題とマグロ、意外な論点だと思う方は多いと思いますが、我々の食卓に直結する話なのです。

【以下はFBに書いたものに加筆・修正を加えたものです】

 

 日米貿易交渉が大筋合意したそうです。9月の国連総会時には署名までする方向だそうですので、相当に突貫工事になるでしょう。合意自体が唐突感がありました。

 

 ところで、私は今回、トランプ大統領はコメで冷徹な判断をしていると見ています。報道されている限りでは、現時点でも明らかに「TPP以下」の部分が幾つかあるのですが、その内の一つがコメの無税輸入枠の削減(廃止?)でした。

 TPPでは、コメについて2つの(アメリカにとっての)成果がありました。
 

① 5万トン⇒7万トンの新規無税輸入枠を作る(SBS輸入)。
② 既存のミニマムアクセス米輸入枠の内、6万トンを加工用・中粒種の輸入とする(SBS輸入)。

 そして、①を今回、削減(廃止?)するといった交渉結果が報じられています。②はもう少し説明が必要で、日米間でこの6万トンの80%をアメリカ産とするという密約があります。その件については、既に書きました(ココ)。比較的、分かり易い密約です。


 そして、ここで重要なのは、①はカリフォルニア州産米、②はアーカンソー州産米が想定されているという事です。新規無税枠は品種制限が無く、市場の需要を反映しやすいSBS輸入で行われますから、間違いなくカリフォルニア・ローズになります。逆に②は非常に特殊な品種制限があります。TPP合意時、オバマ政権はここにアーカンソー州産米を充てるという事を考えていたとされます。アーカンソー州産米の中粒種は、食味が日本の主食用には無理です。こういうブログを見ていると、日本酒用なのかなと思います。

 

 現時点で出てきている情報からは、トランプ大統領は、①をある程度諦めて、②を取りに行っているように見えます。理由は割と単純で、「選挙」です。アメリカのコメどころは、カリフォルニア州サクラメント周辺か、アーカンソー州(+ミシシッピー州)です。カリフォルニアは民主党の金城湯池で、下院議員53名の内46名が民主党、上院議員は民主党2名です。逆にアーカンソーは、下院議員4名はすべて共和党、上院議員2名も共和党です。当然、前回大統領選挙でトランプ大統領はカリフォルニアでは大負け、アーカンソーでは楽勝でした。

 

 まず、大統領選挙という観点からはコメは大事な産品ではないという事です。そういう中、カリフォルニアに成果をあげても大統領選挙でのプラスはなく、共和党支持層の強いアーカンソーの票固めはしっかりやる、そういう発想ではないかなと見ています。

 報道されている限りでは、①の削減にトランプ政権は応じています。多分、①の削減をタマにして何か別のモノを取りに行ったのです。それは「とうもろこし」かもしれませんし、別のモノかもしれません。全体像が見えて来ると、この辺りのピースが繋がって来るでしょう。

 日米通商交渉が大詰めですね。昔からずっと言っているように、「肉」が大きな焦点になっています。ただ、見ていると豚肉はそこまで盛り上がていないように見えます。TPP並みで落ち着いているかもしれません。

 最大の焦点である牛肉ですが、先日、ちょっと不思議な記事が日本農業新聞に出ました。自民党の森山国対委員長が「牛肉セーフガードをどうするかが難しい問題」と言っているそうです。正直、「え、そこ?」と首を傾げました。牛肉の関税率とか輸入量とかではなく、輸入量が増えた時の緊急措置であるセーフガードが最大の課題なの?と思いました。

 

 ここからは私の推理です。

 

 多分、最初にアメリカが主張したのは「16年後の関税撤廃」だと思います。TPPでは「16年後に9%まで下げる」ですから、それを「撤廃」にまで持っていくという事を主張したでしょう。ただ、それだと日本側は国内的に持ちません。また、TPP参加国からの再交渉要求は必至です。なので、精一杯撥ね返しているはずです。

 

 そこで、私が思ったのは「16年後に9%まで下げるというTPP合意を更に延長して25年で関税撤廃」というものでした。16年後まではTPPと同じスピードで下げ、その後、アメリカだけ削減を継続して25年で撤廃、というイメージです。勿論、この場合であっても、TPP参加国から「うちも同じようにやってくれ」と要望が来ます。ただ、16年間はアメリカもTPP参加国も条件は同じなので、TPP参加国からの再交渉要望を一時的にはかわしやすいです。例えば、「元々、TPP合意で予定されている7年後の再交渉で牛肉の関税はやろう。」くらいの説明は可能でしょう。

 

 ただ、この選択肢も国内的には怒号が飛びます。

 となると、もう一つ考えられるのは、「無税で輸入するアメリカ特別枠を作る(それ以外はTPP並み)」というものです。一定の数量だけ無税輸入するというものです。こちらだと無税輸入枠に数量のたがが嵌まりますので、影響が制限なしに拡大する事はありません。そして、この場合、国内的には「輸入牛肉への需要は一定。一部を無税で輸入しても、輸入牛肉全体の枠は増えない。なので、TPP以上の譲歩ではない。」みたいな(事実ではない)言い訳を用意するような気がします。荒唐無稽なのですが、この類の説明はTPPの時に何度も聞かされています。

 

 そうやって考えると、自民党の森山国対委員長が「牛肉セーフガードをどうするかが難しい」と発言した事が合点がいくようになります。私の推理通り、政府が今、「無税特別枠」を議論しているとすると、「その無税枠輸入をセーフガードの発動基準に入れるかどうか。」でせめぎ合っているという事で森山発言との辻褄が合います。アメリカは「無税枠はアメリカのための特別枠なんだから、それはセーフガードの発動基準からは外すべき。」と言い、日本は「無税枠であろうとも輸入は輸入。輸入が増えた時のセーフガードからアメリカ特別枠を外す事は出来ない。」と言っている、という事です。

 

 ここで重要なのは、トランプ大統領にとって重要なのは「オバマ以上」という事です。NAFTA再交渉を見ていても、これがキーワードである事がよく分かります。国内的に「自分はオバマ以上のものを取ってきた。」と誇示するためのネタが欲しいのです。TPP並みで合意するくらいなら、最初から脱退などしません。そう考えると、牛肉に関する合意の何処かに「無税」という言葉が入って来る事を至上命題にしていると思います。

 

 さて、この「無税輸入枠」の推理、当たっていたら誉めてください。

 日本による対韓国輸出強化は、WTOの紛争解決了解におけるパネル手続きに行きそうですね。韓国がその方向で準備しているようです。WTOの紛争解決了解における第一審だと思っておけばいいでしょう。

 

 いわゆる徴用工案件では、韓国が日韓財産請求権協定による仲裁手続きをすべてボイコットし、恐らく今後あると思われる国際司法裁判所手続きにも乗って来ないでしょう。一方、WTOのパネル手続きにおいては、設置、パネリストの選任等を拒否し続ける事で手続きの進行をブロックする事が出来ません。どんなに日本が動かなくても、パネルは設置され、そして審理が始まります。正確に言うと、一度は日本(被申立国)が拒否の意思を示す事は出来ますが、二回目にはほぼ強制的にパネルが設置されます。しかも、パネルの報告書(判決のようなもの。法的拘束力あり。)を拒否する事も事実上、出来ません。

 

 いわゆる徴用工の件は韓国がピクリとも動かない事ですべての仲裁や裁判手続きが止まり、日本の輸出管理手続強化については、日本が動かなくてもほぼ自動的にWTOの紛争解決手続きが進んでいくのは不公平だと思う方は多いでしょう。「何故だ」と問われると答えるのが難しくて、「それぞれの組織や協定の作りがそうなっている。」としか言いようがありません。

 

 紛争解決手続の全体としてはこんな感じです。パネリスト(裁判官のようなもの)は個人の資格で選ばれるとなっています。どういう国籍のどういう人が来るかを事前に想定する事はかなり困難です。特定のパネリストを拒否する事は出来ますが、長々と拒否し続けることは出来ないことになっています(最終的にはWTO事務局長が指名する事になる。)。そして、パネリストの任命から報告書まで「原則」6ヶ月となっています。ただ、近年長引く傾向にあります。

 

 これまで書いてきましたが、私はパネル判断をそう楽観視していません()。何度も言っていますが、安全保障の枠内で取られた措置だと言えば、すべてが正当化できるようにはWTOルールは出来ていません。輸出管理制度は「(正当化される)非関税障壁」なので、それがすべての国に公平、公正な形で運用されているかどうかが問われるわけです。

 

 その観点から私が気になっているのが、措置を講じた初動の時点で日本政府関係者のコメントがブレていたように聞こえた事です。今は「いわゆる徴用工への対抗措置ではない」、「偏に安全保障上の措置」という言い方で統一されていますが、当初はいわゆる徴用工問題との絡みがよく整理の付かないまま発言されていたように思います。「徴用工問題への事実上の対抗措置」っぽく聞こえる言い方をしていた閣僚も居ました。政府部内で緻密にすべて調整しないまま打ち出された事を窺わせます。その部分は「言質」として取られており、パネルの時の証拠に韓国側は挙げてくるでしょう。もう少し政府部内で詰めてからやればよかったのに、と思います。

 

 勿論、韓国側にも脛傷はたくさんあります。日本との協議に応じていないとか、違反事例があるのではないか、とか怪しげな部分は散見されます。一方、彼等も論点整理がかなり付いてきたようで、対外的には「一方的かつ恣意的」という表現で統一して来ています。私が当初から書いているように「制度の運用が公平、公正でない(と言われる可能性がある)」という所に完全にフォーカスを当てています。通商を専門にしている人間なら必ずそこに行き着くのです。つまり、韓国はその論点でパネルに話を持ち込むという事です。日本の輸出管理制度そのものに一切チャレンジせずに、その制度の運用の恣意性にチャレンジしてくるはずです。この時、「恣意的」であるという主張をしてくるのに対して、「恣意的ではない」という反論を日本はするわけですが、構図として挙証責任は日本側に重く乗るでしょう。一般論として、「・・・である」を説明するのは一つ事例を示せばいいですが、「・・・でない」を説明するためにはありとあらゆる観点から違う事を言わなくてはいけません。

 

 最近、マスコミでは「日本が優位」というような論調ばかりが強調されます。NHKが「アメリカも日本の立場に理解」といった報道をしていました。この「理解」は「単に日本がそういう主張をしている事は知っている」とポンペイオ長官が言っただけなのに、それをあたかも日本の主張に好意を払ったかのように報じるNHKのレベルはかなり下がったもんだと思います。諸外国の動向や報道を見ていても、日本に圧倒的に好意的だという事実はありません。国内の世論形成のあり方がちょっと奇妙だと強く感じます。

 

 「ムン・ジェイン大統領は幼稚だ。」、「いつまでも韓国のダダこねに付き合う必要は無い。」、「ガツンと言う時は言うべき。」、すべて同感です。私もそう思います。ただし、この輸出管理の強化のWTOでの戦いについては、そう楽観視しない方が良いと思います。

追記:パネルで判断が出た後、第二審の上級委員会に上訴するという可能性があります。パネル判断で負けた国はそうするでしょう。ただ、近々上級委員会は機能不全になります。その時は「パネル判断は出たけど、最終審の判断は出ない。」という状態が継続する可能性が高いです。パネルで勝った国は「うちの正当性が示された」と言い、負けて上訴した国は「最終判断は出ていない」と主張するでしょう。結局、このゲームは「解決しない」というシナリオに向かって走っているのかもしれません。

 ある方からの依頼+個人的な関心から、最新の住民基本台帳をベースに今後、選挙定数配分に使われるアダムズ方式で衆議院の選挙区定数を見直してみました。定数削減無しで289選挙区が前提です。2020年の国勢調査による選挙区割りはこの方式で行われますので、2022年くらいからこの方式になります。なので、「次の次(の総選挙)」からでしょう。

 

 エクセルを叩けばすぐに出て来ます。以下のような結果になりました。

【選挙区】

宮城 1減(6⇒5)

埼玉 1増(15⇒16)

千葉 1増(13⇒14)

東京 3増(25⇒28)

神奈川 2増(18⇒20)

新潟 1減(6⇒5)

愛知 1増(15⇒16)

滋賀 1減(4⇒3)

岡山 1減(5⇒4)

広島 1減(7⇒6)

山口 1減(4⇒3)

愛媛 1減(4⇒3)

長崎 1減(4⇒3)

 

【比例区】

東北ブロック 1減(13⇒12)

北関東ブロック 1増(19⇒20)

東京ブロック 2増(17⇒19)

北信越ブロック 1減(11⇒10)

中国ブロック 1減(11⇒10)

 

 実際、来年の国勢調査で結果を出してもこれと大差ないでしょう。首都圏の増加と地方の減少のコントラストが際立ちます。

 

 選挙区の方では、定数減をギリギリの所で逃れているのが福島県(現在の5議席を維持)です。逆に岡山県(定数1減になる所が現状の5議席維持となる可能性)か東京都(定数3増が4増になる可能性)は、少し人口が増えれば、福島県の議席を持っていくでしょう。この「福島県 vs. 岡山県 or 東京都」の議席争いは小数点2桁以下の所での競争になっており、相当に熾烈です。

 

 その他、今後の人口動態によっては、茨城県、群馬県、和歌山県、香川県、沖縄県は定数減の可能性があります。同様に千葉県については1増が現状維持、神奈川県については2増が1増に留まる可能性もあります。逆に滋賀県、広島県、山口県、愛媛県は1減が現状維持になる可能性があります。

 

 比例区では、ちょっとした人口動態の変化によって、東北の現状維持(減無し)、北関東の現状維持(増無し)、東京が2増→1増に留まる事、北信越の現状維持(減無し)、中国の現状維持(減無し)、これらについてはすべて可能性ありです。

 

 「だから、何なんだ。」と言われるとそれまでなのですが、折角の調査結果なので公表しておきます。なお、我が福岡県と九州沖縄比例ブロックは次回の定数見直しでは増減は無さそうです(区割り見直しはあり得ますが)。

 いわゆる徴用工問題について、韓国は一切の「白洲」での議論を拒否しています。仲裁手続の委員選出に関するすべての手続きを拒否してきました。

 

 ベースとなる日韓財産請求権協定はとても精緻に出来ています。

 

 協定の解釈に問題がある時はまず「外交上の経路」で解決しなさいとなっています。しかし、それで解決できない時に仲裁の仕組みを設けています。仲裁とは、仲裁委員会を作ってそこに解決を委ねるという事です。そして、その仲裁委員会の判断には両国とも服する事になっています。なので、仲裁委員会の作り方が大事な攻防戦になります。

 

 仲裁委員会の作り方の仕組みは、ちょっと難しいですが論理的にできています。順を追って説明しますのでお付き合いください。

 

 まず、仲裁要請を韓国が受け取ってから30日以内に、日韓両国はそれぞれ1名の仲裁委員を任命します。そして、そこから更に30日以内に日韓の仲裁委員間で、3人目の仲裁委員を決めるか、それが決められないのであれば、3人目の仲裁委員を選んでくれる国について合意する事になっています。まあ、普通に考えたら、対立する日韓の仲裁委員間で特定の個人である3人目の仲裁委員に合意する事は無いでしょうから、3人目の仲裁委員を選んでくれる国としてアメリカを選ぶんだろうなと思います。そして、アメリカが3人目の仲裁委員を選びます。これがスタンダードな仲裁委員会の作り方です。ただ、これは韓国が自国の仲裁委員を任命してきませんでしたので動きませんでした。

 ただ、ここも蓋がされていまして、そういう時は日韓それぞれが30日以内に仲裁委員を選んでくれる国を選びます。A国(日本が選んだ国)、B国(韓国が選んだ国)がそれぞれ仲裁委員を出してきます。そして、A国政府とB国政府との間で協議をして、第三の国C国を選びます。C国が3人目の仲裁委員を選びます。これで仲裁委員会が出来上がります。ここには日本人も韓国人も入っていない可能性が高いです(絶対に入っていないとまでは言えませんが)。

(具体的に仮定の国名を入れてみると、日本がアメリカ政府を選び、韓国がイギリス政府を選ぶとします。アメリカ政府とイギリス政府はそれぞれ仲裁委員を出します。そして、アメリカ政府とイギリス政府とでオーストラリア政府を選び、オーストラリア政府が仲裁委員を出す。そして、アメリカ、イギリス、オーストラリアの3ヶ国政府がそれぞれ選んだ仲裁委員で仲裁委員会が出来る、そんな感じです。)

 今回、韓国が拒否してきたのはこのB国選びです。

 

 ここまでで分かる通り、協定自体はかなり精緻に出来ていますが、韓国が上記で言うB国を選ぶ行為すら拒否すれば、このプロセスは動きません。どんなに仕組みを精緻化しても、韓国が何もしない時というのはどうしようもありません。ここだけは「どうしても塞げない穴」になっています。

 しかし、この韓国の立ち振る舞いは日韓財産請求権協定の精神を没却するものです。この協定のベースとなる精神が述べられている協定前文は以下のようなものです。「解決することを希望」したのではないのか、ということなんです。

【日韓財産請求権協定前文】
日本国及び大韓民国は、
両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決することを希望し、
両国間の経済協力を増進することを希望して、
次のとおり協定した。

 多分、韓国は仲裁手続で勝てる自信が無いのだと思います。日韓財産請求権協定を交渉する過程では、今回の韓国大法院判決や韓国政府の主張のような事はすべて「想定の範囲内」でした。大法院は「日本の支配は違法であったが、その違法であった事が日韓財産請求権協定における請求権では取り込まれていない。」という主張をしています(時折誤解がありますが、韓国大法院の判決は個人請求権の文脈ではありません。)。つまり、簡単に言うと「日韓財産請求権協定で放棄した請求権には『穴』が開いている」と述べています。

 しかし、韓国が放棄した請求権とは、日韓財産請求権協定の合意議事録で「『法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利』とされている『財産、権利及び利益』に当たらないあらゆる権利又は請求を含む概念である」と解されています。「穴が開いている」と主張する(今の韓国大法院や韓国政府)のような存在を念頭に置いて、そういう逃げ道を塞いでいます。そして、その請求権については「いかなる主張もすることができない」となっています。

 仮に韓国に10000歩譲って、日本の支配が違法なものであったとしましょう。それでも結論は変わらないのです。そういうものを含めて、すべて「いかなる主張もすることができない」と合意しているわけです。

 自国の論理に自信があるなら、仲裁手続きであろうが、今後やってくるであろう国際司法裁判所であろうと堂々と受ければ良いだけです。勝てる自信が無いので逃げている、と見ていいでしょう。日本政府としてはそこまでは言いにくいでしょうから、周囲が「あれは自信が無いから逃げているだけだ」と国際的なキャンペーンを打ってみるのは一案だと思います。

 対韓国への輸出管理強化について、「純粋にWTOの通商法で争ったらそう簡単には勝てない。むしろ、勝率は50%を切ると思う。」と厳し目のトーンで2本のブログを書きました()。

 本件に関するブログ等を見ていると、官僚出身のコメンテーターや学者が政府バージョンの「大丈夫」といった説明を得意気に流しているものが多いです。ただ、それを読んでみると、在職中に貿易管理や通商政策をやった事がないんだろうと思われるものが大多数です。今回の件は、技術的には軍縮管理、外為法、通商政策の3つを理解している必要があります。その内、どの分野にも深い素養が無いのに「コメンテーター」をやれるってスゴいよなと思います。

 

 かく言う私も、軍縮管理関係は配属された事がないため、そこまで強くありません(正直に言っておきます)。なので、上記のブログでも現行の軍縮管理の制度について一切疑義を唱えたりはしていません。そこを所与の物としたうえで論を進めています。「合法的に成立している輸出規制の枠内の話」、「優遇しているものを元に戻しただけ」、「韓国が信頼を失墜させる行為をした」、よく読んでいただければ分かりますが、そのどれにも一切チャレンジしていません。

 

 そして、今回の輸出管理強化の合法性を競い合う場として唯一存在しているのがWTOの紛争解決処理なので、そこにフォーカスを当てて書いています。もう一度、非常ににざっくりと書くと「GATT21条の安全保障例外の規定に引っ掛けにくい(『勝てるか?(その1)』)」、「輸出管理制度が正当に成立しているとしても、その運用の恣意性は通商法上問われる(『勝てるか?(その2)』)」という事です。

 

 安心材料として、政府バージョンの説明に飛び付きたくなる気持ちは分かります。しかし、そんな説明を聞いていて留飲を下げる事は意味が無いのです。それは自慰行為の域を超えません。つい最近、自慰行為をやり過ぎて、韓国による水産物規制の紛争解決に負けた事を忘れてはいけません。

 

 正にここが危機管理の要諦でして、韓国はそういう点では非常に冷徹な判断をします。政府の公式説明を聞いても、それに納得せず追求すべきを追求する文化が日本よりも進んでいます。最近、日本社会に「都合の悪いものは見ない」という意味での自慰行為が蔓延しているように思います。危機管理としては最悪の状態です。「都合の悪いもの」こそ積極的に見る文化を醸成する事が国家としての危機管理能力を高める事に繋がるはずです。

 

 では、今後についてですが、私は半導体材料の輸出を個別許可にする件と、汎用品輸出のホワイト国除外は分けて考えた方がいいと思います。後者は、現在、パブコメが行われていますが政令改正事項です。今回のような経緯で改正すると、次、また、ホワイト国に戻そうとする時には再度同様の政令改正手続きを要するわけで、実際にはもう戻せないでしょう。逆に前者の個別許可の件は行政裁量の幅が大きいです。日本の経済界の利益を考えた時、後者のホワイト国除外の実際の発動についてはもう一度立ち止まる必要があります。

 

 では、今回の輸出管理強化によって、日本は何を得ようとしているのかというと、恐らくは「いわゆる徴用工問題に関して、日韓財産請求権協定の仲裁手続きに入れさせる事」だと思います。それ以上に「徴用工問題で『私が間違っていました』と自発的に認めさせる事」までは、政権として現時点では念頭に置いていないでしょう。それは無理だと分かっているはずです。

 

 私自身、このいわゆる徴用工問題については仲裁手続きに入って白州の場で白黒つけるべきだと思っています。かつ、この条約については元外務省条約課課長補佐として直接の担当だったので、仲裁手続きではきちんとやれば(輸出管理強化をWTO紛争解決で争うよりも)勝てる可能性が遥かに高いと確信しています。なので、韓国をこの仲裁手続きに引きずり出す事を一番の政策目的とすべきでしょうし、多分、そうなっているんじゃないかなと思います。

 

 となると、韓国政府とその話を付けなくてはなりません。私が一番心配しているのは、その「裏ルート」が存在しているのかどうかという事です。「ホワイト国除外については、いわゆる徴用工問題に関する日韓財産・請求権協定の仲裁手続きを受けるのであれば発動しない事を検討する。」というメッセージを持って、韓国側と裏協議をするルートがあるかなと思います。本来であれば、こういう時に活きるのが議員外交のはずであり、率直に言うと公明党ルートがいいんじゃないかなと思います(同党の中韓へのルートは時折、かなり驚かされます。)。ただ、参議院選挙で忙殺される中、政権内でそういう可能性が追求出来ていないのではないかと懸念します。

 

 大体、私の目から見て上記のような感じに見えているわけですが、最後に一言。

 

 今回の日本の採った措置は、アメリカのスーパー301条と(細かくは違うものの)その本質において似ているという事は指摘しておきたいと思います(スーパー301条についての私のエントリー)。簡単に言うと、スーパー301条というのは(WTO協定上違法な制裁発動の)脅しを入れて相手の態度を改めさせる手法です。発動前に相手が態度を改めると、結果としては制裁は発動されていないので、何らの違法性も無いという事になります。かつて、日本はスーパー301条のアプローチに激しく反発してきましたが、近年はトランプ政権に配慮して若干宥和的でした。今回のケースを見て、「もう、日本はスーパー301条的アプローチに文句は言えなくなったかもな。」と思いましたね。