朝から号泣...

テーマ:

稲垣、草なぎ、香取が示した〈芸能〉の振る舞い 『72時間ホンネテレビ』鮮烈さの背景を読む

今朝配信された上記記事......投稿された矢野利裕氏の言葉ひとつ一つを、まさに噛みしめながら読ませていただきました。

3人の事、そしてSMAPの事を理解し、これまでずっと見守り、見ていてくださっていたんだなという事がとても良く分かりました。

記事の中に何度も〈SMAP的身体〉というワードが出て来ますが、その意味も記事を読んでいただればわかるかと思います。



イラスト:KAKKO BOX

私、この記事を読み終えたあと、矢野利裕氏が書かれた他の記事を読んで見たいと思い検索したら、RealSoundに48件もの記事を投稿されていたのを見つけました。

 


この中から、自分でもわからないのですが、一番読むのが辛いであろう、下記記事を読んで見ようと思いました。

読み終えて、何とも言えない感動が。。。

既に読まれた方も多くいらっしゃるかとは思いますが、もしまだ読まれていない方は、特に中居君のファンの方には読んで欲しい記事だと思いました。

中居君の事を、このように思っていてくださっていたとは....えーん



中居正広がラストパフォーマンスで見せた涙 矢野利裕『SMAP×SMAP』最終回を観て思うこと



矢野氏は記事の中で、中居君について次のように語って下さっています。
(上記記事より一部抜粋し転載させていただきました。)
 

テレビのなかの中居正広さんの振る舞いを見ていると、ご自身の「自由」や「欲望」にはたいした価値を置いていないように見えます。テレビ画面を通してその優しさに触れて、僕は中居正広さんを好きになったし、そこに凄みを感じます。中居正広さんにおいて「自由」は、他人に喜びを与えることができないという「抑圧」を意味しています。反対に、中居正広さんにおいて「抑圧」は、他人に喜びを与えるという「自由」な意志とともにあります。中居正広さんは、「自由」とか「抑圧」といった対立構図をのみこんだ、さらにさきにいる存在です。

 ............................中略............................

中居正広さんの涙とは、SMAPとして他人を楽しませ、喜びを与えることができないことに対する痛みのあらわれなのではないか。


ここで既に号泣。。。えーん


更に、最初の72時間ホンネテレビの記事の中で矢野氏は、

重要なのはきっと「ネットに登場するからアイドルっぽくなくなる」とか「テレビの向こうにいるから芸能人なのだ」ということではない。真に困難な問いは、この進歩的で民主的な社会のなかで、いかに自由で解放的な〈芸能‐人〉でいられるか、ということなのだ。テレビであろうと、ネットであろうと、〈芸能‐人〉的に出現できる人もいれば、できない人もいる。遅咲きだったSMAPの功績は、誰もが〈芸能‐人〉として、アイドルとしていられる、ということを示したことだったはずだ。ファンのために自由でいること。これこそが、〈SMAP的身体〉が示した大きな可能性だ。その意味で新しい地図は、かつてのSMAPの試みの延長にある。

 ............................中略............................

〈芸能〉が終わらなければ、なんらかのかたちで中居正広や木村拓哉が加わる可能性もあるだろうか。『72時間ホンネテレビ』は、そういうことを感じさせる番組だった。

 

 

必ずその日が来ると信じています。プンプン

 

AD