昨今では遺骨の収蔵の様式に
沢山の選択肢があり、
恐らく今後もその多様化は
進んでいくと考えられる。![]()
しかもそのスピード感は早く、
最も古い様式であるお墓は、
一歩間違えるともはや
「負の遺産」のように
取り沙汰されている。![]()
普通に考えて
お墓が負の遺産なわけはないが、
あるプロセスを経て、
今の沢山の選択肢の中から
メリットデメリットで比較検討すると
そういう状況に陥ってしまう。![]()
私が考えるに、これは、
マーケットが作り出した
新しい価値観に
人が流されていく
典型的な事例だと思う。![]()
現にお墓というものに対して、
「先祖に心を手向ける場所」
というよりも、
「子供に迷惑をかけるもの」
といった負の遺産的な印象の方が
強くなってしまっている気もする。![]()
そう見えてしまうのが、
私だけではないとすれば、
明らかにメディアによる
墓じまいを必要以上に煽る傾向が
原因でもあると言える。![]()
結論を先に言えば、
遺骨の収蔵の様式に、
これが正しい!とかこれが一番
という絶対的な正義はない!
そしてその序列もない!![]()
その家の家族構成や住環境、
就業形態、親族関係、その他
色々なものが作用して、
個々の家庭または個人など
それぞれで違うものだと思う。![]()
僧侶と立場としても、
多様化した最新の納骨様式が
全て悪だとは言いがたい。![]()
問題は、その様式をもって
あなた自身が大切な人の遺骨を
敬意をもって弔うことができるか…
ということだと思う。![]()
埋葬と処分の差は、
「敬意」のほかならない。![]()
例えば昨今話題の海への散骨や
風船に遺骨を入れて飛ばす宇宙葬
などを一概に否定すべきではい。![]()
その様式にあなた自身が
敬意をもって弔うことが出来るなら
私はよいと思う!!![]()
ただし、人によっては、
粉末にした遺骨を
風船に入れて飛ばす際に、
「ありがたい」とは思えず、
「これでいいのかな?」と
首をかしげる人もいるのは事実。
そういう人は、そういう人なりの
選択をすべきだと思う。![]()
今一度原点に返って考えると、
従来の構図は下記のもの。
まずはお墓というのがベースにあり、
そうでなければ納骨堂という選択がある。
それがなんらかの理由で困難な場合、
やむおえず、、、
「合葬」ということになる。
この「やむおえず」がポイントとなる。
しかし納骨の様式が多様化すると、
いつのまにか
従来の直列式の構図から、
並列式の構図へと変わっていった。↓
(↑住職の終活講座資料より引用)
実際今の世の中では、
納骨の様式を横並びのように捉え、
その中で選択されているように思える。
そして新しい様式は、
費用面の画期的なメリットが
大きくうたわれている。![]()
実はここで置き去りにされてしまった
本来持つべき基本的な視点がある。
それは、「弔いの価値」。![]()
納骨した後に実際にそこで、
手を合わせ心を手向けた時、
亡き人に向き合えるかどうか…
という視点である。![]()
納骨の様式が横並びになった際、
どうすれば良い弔いになるか…
という視点はゼロではないにしろ
忘れられてきているのは事実。![]()
もちろん費用面は大事です、
否定はしません。![]()
しかしながら、
同じ合葬墓に入れるにしても、
もうどうすることできない…
仏さんに申し訳ないが
やむおえず合葬墓に入れる
というのと、
ど〜れにしようかな
方式で
選択したものとでは、
プロセスと心構えが全然違う
ということは理解できるかと思う。
あくまでも私個人的な意見ですが、
やはり従来の直列型の構図は、
人としては自然体のような気もする。![]()
なので、お寺の立場としては、
現在有している納骨堂を
現代社会においても最大限に価値を高め、
魅力的なものにしていきたい。![]()
経営の観点から見る
コストパフォーマンスも
より高めていきたいが、
あくまでもそれは最新様式に
対抗・競争するためてめでなく、
弔う側によりよいスペックを
提供するためと考えます。![]()
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そして、最新様式について
無意味な批判や悪口を言うこと、
特に僧侶がそれをするところも
しばしば見受けられるが、
それを選択してしまった人を
不安にさせる以外何もいいことはなく、
僧侶の立場としては、
そうならないよう心掛けたい。![]()


