5月病とは無縁だと思っていたが…
自分が、スイッチOFFの崖っぷちに立っていることに気付いたのは、休憩時間に涙が勝手に溢れた5月頭。
体も思うように動かず、呼吸ばりに出てくるため息の勢いだけで仕事を進めた。
『ジョンさん、この気持ちのモヤモヤ…聞いてくれないかな…?』
何かあるごとに、ジョンさんに聞いてもらいたかった気持ちが、今日は抑え込められないでいた。
『どうした?』
ジョンさんが、私の負のオーラを感じて問いかけてきた。
その問いに、自分がどう答えたかは記憶にない。
ただ…ジョンさんがしばらくして…
『じゃあ、今度飲みにでも行くか!…俺、飲めないけど。』と明るく言ってきた。
その提案に、珍しく私は躊躇なく遠慮なく『ハイ!』と答えていた。
その日の仕事が終わる頃、先に仕事を終えたジョンさんからメールがきた。
『いつ暇なの?行ける日を…言えっ!(笑)』
お互いメールは遠回りして切り出さないものの、考えていることはきっと同じで『今日、2人で話をする』ということだっただろう。
メールでは翌日に先輩も含めてという結果になったが、会社を出る時、私は気持ちのままにジョンさんにダイヤルしていた。
『やっぱり…今から会えますか?』
『…うん、その方がいいんだろうなとは思ってたんだけど。…あのさ、でも少し時間くれる?…女の子と2人で会うから…一応彼女に了承得たくて…。』
予想していた返事だった。ジョンさんらしい…。ジョンさんの気持ちがわかる…だからお互いメールも遠回りしたんだってことも。
しばらくして、ジョンさんから改めて連絡がきた。
結局、帰り道にあるジョンさんと彼女さんの家におじゃますることに。
彼女さんは、仕事仲間と飲みに行って帰りが遅くなるらしく、ジョンさんを少しだけ独り占めできる様だった。
私は、自分のストレスの原因になっているだろう話を隠すことなく話続けた。
友達には躊躇して相談できなかった気持ちも、ジョンさんなら偏見なく聞いてくれるという信頼があって…言葉は止めどなく溢れた。
もうずっと…ずっと前からジョンさんしかいなかった。
心の奥底にある屁泥みたいなストレスを浄化してくれる存在は…。
先輩や、男性の枠を越えた、大事な存在。
そして私達は実感する。
『やっぱ、似てるわ』…と。
『俺、すごくわかるよ。似てる…。』
そしてジョンさんは続ける。
『でも、りんごさんって繊細なのね。なんか…りんごさんの新たな面も見れたから…より、りんごさんのこと知れた気がする。』
ジョンさんの前に開かれた私の心の扉を、ジョンさんはしっかり受け止めてくれていた。
『ホントは…何度もジョンさんに話を聞いてもらいたかったんです。何かあるとジョンさんに聞いてもらいたくて…。だけど、ジョンさんには彼女もいるから、そんな私の勝手でジョンさん振り回せないし…。』
1番話を聞いてもらいたいのはジョンさんだった。
雪の日も、雨の日も…気持ちのいい夕焼け空の日も…。
だけどいつも蓋をした。ジョンさんのアドレスを開きたい気持ちも…ジョンさんにダイヤルしたい気持ちも…抑え込み、1人で立ち上がってきた。
ジョンさんに70%ではなく、100%の心を受け止めて欲しかった。
だから、私は素直に…我慢するしかなかった日々の話を出した。
『ジョンさんにしか、話を聞いてもらいたいと思えない。』
短くなった煙草を見つめ、ジョンさんが優しい声で私を包んだ。
『…なんていうかさ、我慢しなくていいよ?俺には遠慮とかしなくて。話したいことできたら、いつでも言いな?』
私はバカではない。
彼女は彼女。後輩は後輩。そうしっかり割り切れるジョンさんだから、言える優しい言葉だったことくらい、わかっている。
…特別な感情が私にあって、ジョンさんには頼られたい感情があって…向かっている方向は違うけど、私は1番甘えたい人に甘えようと…ジョンさんに甘えようと心を解放した。
小さな部屋に2人きり。
すぐ近くにジョンさんがいる。
だけど肩は触れることはない。
その肩に寄りかかって甘えたい気持ちが有るようで無いのは、きっと心をしっかり抱き締めてもらっていたからだろう。
4時間もノンストップで話したところで、彼女が帰ってきた。
もともと顔見知りだし、彼女は明るく接してくれたけど、やっぱりどことなく不安げな表情が見え隠れしていることに、気付かないほど私はバカではない。
彼女とジョンさんにお礼を言い、私は温かい気持ちを手土産に…帰宅した。
ジョンさんの優しさが、どの様なものか、彼女がどんな気持ちか…分からないほど、私はバカではない。
だけど…
届かない人に手を伸ばし、差し出された肩に寄りかかり、時を重ねるごとに甘えられる相手はジョンさんしかいないと確信してしまう自分は…
やっぱり物凄くバカなのかもしれない。
突然ジョンさんが数日仕事を休んだのは、通勤途中の桜並木の花が散り始めた頃だった。
『ジョンから連絡入ったって。明日も無理そうだわ。』
上司の会話が耳に入る。
ユウ君は最近、他の部署での仕事が増えて、なかなか顔を合わせなかった。
『ジョンさん、どうしたんだろう…』
そんな胸騒ぎを話せるユウ君はいない。
そしてもちろんジョンさんも。
2人が近くにいないだけで、こんなにも物足りなさを感じる様に…いつのまにかそんな風に私はなっていた。
そして私も、他の部署での仕事が増えて、益々2人とは顔を合わせなくなっていった。
すっかり葉桜を見ながら出勤する様になった頃、久々に職場でジョンさんの姿を目にした。
『ジョンさん!』
自分でも驚く勢いでジョンさんに駆け寄ると、ジョンさんは苦笑いしながら少しのけ反り、軽く頷いた。
『どーも(笑)』
ジョンさんの声が、一気に心を温かくしていく。
『ジョンさん…体調良くなったんですか?』
『ん~、まぁ、ぼちぼちかな…。』
無理やり笑顔を作ったジョンさんを見て、前に体調が悪かった時のことを思い出した私は…
『いつでも3回、背中叩きますからねっっ!』
と、からかうように笑ってみせる。
ジョンさんは、ふざけて『うぇ~』という表情を返してきた。
仕事をしていると、いつもの様にストレッチをするかと思いきや、ジョンさんはおもむろにコルセットを取り出し腰に巻き始めた。
話を聞くと、どうやらヘルニアで腰に負担がかかり、体調がかなり悪化してしまったということだった。
体が資本の仕事なだけに、今後が心配だけれど、話す度に表情が明るくなるジョンさんの心は、どうやら元気な様だった。
昼休み、ジョンさんは休憩室の自分の席でシャツを持ち上げて何かをしていた。
普通なら目を背けておくべきところだが、私はお構い無しでジョンさんを見つめた。
ジョンさんの手には、湿布が見える。
『湿布、貼ってあげましょうか~?(笑)』
意地悪な表情で、ジョンさんにわざとらしく言うと、またジョンさんは『うぇ~』という顔をした。
私は、はははと軽く笑いお弁当を食べ始めるが、視界の端にジョンさんが入る。
貼りづらい場所に貼ろうとしているらしく、いつまでたっても、湿布を持ったままシャツを上げ下げ…。
何やってんだか…と思い、改めてジョンさんを見つめた。
『だから…貼りましょうか?』
ふざけて、変な手つきで貼るジェスチャーをしてみせる。
その瞬間、苦笑いするジョンさんの頬と耳が、赤くなっていることに気付き、なんだか愛しくなってしまう。
相変わらず渋るジョンさんに、近くにいたお姉さん的存在の先輩が…
『ジョン君、男の子が女の子の貼ればセクハラっぽいけど、逆なんだから~(笑)幸せでしょ~?りんごに貼ってもらいなよ~♪』
そんな姉さんの一言に、一瞬でジョンさんは『じゃあ…はい。』と、私に湿布を渡してきた。
『やっぱ誰かに貼ってもらいたかったんじゃん。』と思うと同時に、急に緊張が走った。
『えっと…貼る貼る言ったものの…いざとなるとうまく貼れるか…(笑)』
『あれだけ言っといて!?』
呆れるジョンさんが、背中のシャツを持ち上げる。
『この辺に、縦に適当に。』
ジョンさんが指差す腰の辺りを見る。
細い腰に付く背中の筋肉は、しっかりと体を形作り、ドキドキするくらい綺麗な筋肉のラインを生み出していた。
そういえば前にタンさんが、『ジョンは筋肉の形がわかりやすいから、マッサージしやすい。』と、言っていたっけ…。
緊張を抑えながら、ゆっくりと左腰に湿布を当てる。
指先でそっと触れる様にしか触れない自分がいた。
『あ…ちょっとパンツにかかりますね。パンツ、パンッてしましょーか!?パンツ、パンッてっっ(笑)』
緊張で潰れそうな自分を抑えるために、いつもの様に思いっきり冗談をジョンさんの背中に投げ掛ける。
『いやいや…そこは自分で適当にやるから~。』
ジョンさんが笑いながら返してくる。
『ありがと。』
ジョンさんの優しい声が、余計に私の胸を高鳴らせているとは、ジョンさんは気付かないだろう。
『どーいたしまして。』
私はそそくさと席に戻り、お弁当の続きを食べ始めた。
ずっとシャツごしに眺めるだけの背中…触れてもふざけてたまに軽く叩くくらいの背中。
届く事の無いその背中に、彼女気分で優しく触れた私の手。
その光景を思い出すだけで、こんなことでもないと近付けない切なさと、こんなにも近くに感じられた幸せが、同時に胸をキュッと締め付けた。
その日から数日間は、この日の温もりとジョンさんとの距離が頭から離れなかった。
もうきっと、触れることなんてないんだろう。
こんなことでジョンさんへの気持ちを再確認するくらい、こんなにも特別な感情で胸が膨らむのに…。
桜の花びらを散らして行った春風は、私の気持ちまでは吹き飛ばしてくれていない様だった。
『ジョンから連絡入ったって。明日も無理そうだわ。』
上司の会話が耳に入る。
ユウ君は最近、他の部署での仕事が増えて、なかなか顔を合わせなかった。
『ジョンさん、どうしたんだろう…』
そんな胸騒ぎを話せるユウ君はいない。
そしてもちろんジョンさんも。
2人が近くにいないだけで、こんなにも物足りなさを感じる様に…いつのまにかそんな風に私はなっていた。
そして私も、他の部署での仕事が増えて、益々2人とは顔を合わせなくなっていった。
すっかり葉桜を見ながら出勤する様になった頃、久々に職場でジョンさんの姿を目にした。
『ジョンさん!』
自分でも驚く勢いでジョンさんに駆け寄ると、ジョンさんは苦笑いしながら少しのけ反り、軽く頷いた。
『どーも(笑)』
ジョンさんの声が、一気に心を温かくしていく。
『ジョンさん…体調良くなったんですか?』
『ん~、まぁ、ぼちぼちかな…。』
無理やり笑顔を作ったジョンさんを見て、前に体調が悪かった時のことを思い出した私は…
『いつでも3回、背中叩きますからねっっ!』
と、からかうように笑ってみせる。
ジョンさんは、ふざけて『うぇ~』という表情を返してきた。
仕事をしていると、いつもの様にストレッチをするかと思いきや、ジョンさんはおもむろにコルセットを取り出し腰に巻き始めた。
話を聞くと、どうやらヘルニアで腰に負担がかかり、体調がかなり悪化してしまったということだった。
体が資本の仕事なだけに、今後が心配だけれど、話す度に表情が明るくなるジョンさんの心は、どうやら元気な様だった。
昼休み、ジョンさんは休憩室の自分の席でシャツを持ち上げて何かをしていた。
普通なら目を背けておくべきところだが、私はお構い無しでジョンさんを見つめた。
ジョンさんの手には、湿布が見える。
『湿布、貼ってあげましょうか~?(笑)』
意地悪な表情で、ジョンさんにわざとらしく言うと、またジョンさんは『うぇ~』という顔をした。
私は、はははと軽く笑いお弁当を食べ始めるが、視界の端にジョンさんが入る。
貼りづらい場所に貼ろうとしているらしく、いつまでたっても、湿布を持ったままシャツを上げ下げ…。
何やってんだか…と思い、改めてジョンさんを見つめた。
『だから…貼りましょうか?』
ふざけて、変な手つきで貼るジェスチャーをしてみせる。
その瞬間、苦笑いするジョンさんの頬と耳が、赤くなっていることに気付き、なんだか愛しくなってしまう。
相変わらず渋るジョンさんに、近くにいたお姉さん的存在の先輩が…
『ジョン君、男の子が女の子の貼ればセクハラっぽいけど、逆なんだから~(笑)幸せでしょ~?りんごに貼ってもらいなよ~♪』
そんな姉さんの一言に、一瞬でジョンさんは『じゃあ…はい。』と、私に湿布を渡してきた。
『やっぱ誰かに貼ってもらいたかったんじゃん。』と思うと同時に、急に緊張が走った。
『えっと…貼る貼る言ったものの…いざとなるとうまく貼れるか…(笑)』
『あれだけ言っといて!?』
呆れるジョンさんが、背中のシャツを持ち上げる。
『この辺に、縦に適当に。』
ジョンさんが指差す腰の辺りを見る。
細い腰に付く背中の筋肉は、しっかりと体を形作り、ドキドキするくらい綺麗な筋肉のラインを生み出していた。
そういえば前にタンさんが、『ジョンは筋肉の形がわかりやすいから、マッサージしやすい。』と、言っていたっけ…。
緊張を抑えながら、ゆっくりと左腰に湿布を当てる。
指先でそっと触れる様にしか触れない自分がいた。
『あ…ちょっとパンツにかかりますね。パンツ、パンッてしましょーか!?パンツ、パンッてっっ(笑)』
緊張で潰れそうな自分を抑えるために、いつもの様に思いっきり冗談をジョンさんの背中に投げ掛ける。
『いやいや…そこは自分で適当にやるから~。』
ジョンさんが笑いながら返してくる。
『ありがと。』
ジョンさんの優しい声が、余計に私の胸を高鳴らせているとは、ジョンさんは気付かないだろう。
『どーいたしまして。』
私はそそくさと席に戻り、お弁当の続きを食べ始めた。
ずっとシャツごしに眺めるだけの背中…触れてもふざけてたまに軽く叩くくらいの背中。
届く事の無いその背中に、彼女気分で優しく触れた私の手。
その光景を思い出すだけで、こんなことでもないと近付けない切なさと、こんなにも近くに感じられた幸せが、同時に胸をキュッと締め付けた。
その日から数日間は、この日の温もりとジョンさんとの距離が頭から離れなかった。
もうきっと、触れることなんてないんだろう。
こんなことでジョンさんへの気持ちを再確認するくらい、こんなにも特別な感情で胸が膨らむのに…。
桜の花びらを散らして行った春風は、私の気持ちまでは吹き飛ばしてくれていない様だった。
体力勝負の仕事なため、仕事前のストレッチは欠かせない。
休憩室の片隅でストレッチをしていると、いつもの様にジョンさんがやって来た。
柔軟性のあるジョンさんの横で、いくらやっても固いままの自分の体を、どっこらせと動かす。
『婆ちゃん…ってか、おっさん(笑)』
ジョンさんはストレッチ、筋トレを軽々こなしながら、いつもの様に笑ってくる。
そこへ、魂が抜けかけたユウ君がやって来る。
これがいつものパターンだ。
ユウ君は、背中を丸めてあぐらをかく。
ストレッチも筋トレもやる気はなくて、ただただ作業開始までの時間を私達と過ごすためにやって来る。
だからといって、自分からたくさん喋るわけでもなく、私とジョンさんの適当無意味な会話を聞いて、腹を抱えて笑うのがユウ君の役目だった。
だけどこの日は、小顔の半分以上を占めるマスクにユウ君は包まれていた。
『風邪?』
すかさず私が問いかける。
『ん…微熱。』
『もう…ちゃんと休んでる?無理は禁物だよ。』
なんだろう…最近、ユウ君に対して、母親みたいな説教が増えてしまった…。
私の説教を聞くと、ジョンさんがユウ君の上にデレッとのしかかる。
『うへ~』とじゃれ合う2人の姿。
その光景を呆れながらも見守るのが楽しかったりする。
そして、説教する私と相反し、スキンシップがジョンからのユウ君への愛だというのも、ユウ君・私、共にわかっていた。
作業が始まり、仕事場ですれ違う時、労いの意味を込めてユウ君は大抵ハイタッチを軽くする。
だけど今日は力無く手を構えるユウ君がいた。
そんなユウ君に『頑張れよ』と、声に出さず手のひらをグリグリとグーでいじる。
と…去り際、ユウ君はいきなり軽く、そして優しく私の頭をポン…とたたいた。
すっかり油断していた心の隙間にいきなり滑り込まれた様で…恥ずかしくなった私は耳の奥がトクトクと鳴るのを感じていた。
仕事も終わりに差し掛かる頃、ジョンさん・ユウ君・私の3人だけで作業をすることになった。
しばらく淡々とこなしていると、ジョンさんからいきなりすぎる質問が投げ掛けられた。
『りんごさんは、どういう男がいいの?…ゴリマッチョ??』
ジョンさんは、最近筋肉がついてきた私を『ゴリマッチョ』とからかう。
突然の質問も、最後のゴリマッチョでごまかされた様だ。
『え…ゴリマッチョとか嫌です。私がゴリマッチョだから相手は違う方が~(笑)』
冗談を交えて答える。
『えー、じゃあ、芸能人の○○リュウタみたいのがいいの?』
私が好きな芸能人を出してくる。
そして続けてジョンさんが言った。
『あ、ほら、○○リュウタはいないけど、○○ユウタならどうよ~!』
ジョンさんがユウ君を指差した。
『いやいやいや…』
からかうのはよしてくれよと、少しうつむきながらユウ君が軽く笑う。
『ユウく~ん!』
と、ふざけて近寄ることで、私はその場をいつもの笑いで締めくくった。
3人でいる時は、ジョンさんとユウ君に差をつけたくないくらい、どちらも仲間として大切だ。
だから、それをわかってほしくて、ジョンさんばかりに偏る姿勢はなるべく控えていた。
だけど、ユウ君は私がジョンさん寄りに接している瞬間を見逃さない。
『あ…またジョンさんとばっかり…』…自分で気付いた時には、すでにユウ君は私達の側から静かに立ち去っていたりする。
帰りの支度をしていると、ユウ君がやって来た。
朝よりもダルそうな雰囲気に、『熱は?』と問いかける。
『さっき計ったら38度あった。』
『は?上がってるじゃん…平気なの?』
まだ帰れる感じではないユウ君を見上げる。
『触ってみ。』
ユウ君が、首を指差す。
そっと首に触れると、手に吸い付く滑らかな肌が、トクトクと熱く熱を帯びていた。
『熱いよ…大丈夫?』
と、私。
『ん…やっぱ熱い…?』
と、ユウ君。
自分の冷たい手が役に立てばと、気付いたら私はもう1度ユウ君の首に触れていた。
ユウ君の、赤くなる耳と、少し落ち着いてやわらかくなってきた目を見て、私は急に恥ずかしくなって手を離した。
そこへ、ジョンさんが帰り支度をしてやってきた。
私は何故か平常心が保てず『お大事に!』とユウ君の肩を乱暴に叩きその場を後にした。
面白半分に、私の真似をしてユウ君を叩くジョンさんの姿が、立ち去る私の視界にわずかに入ってきた。
ジョンさんは、私には触れない。
だけどユウ君は、私と触れ合うことが多い。
ジョンさんは、彼女がいるから、女である私には触れない。
ユウ君は、私を女ではなく仲間として見ているから気軽な触れ合いがある。
私も…
ジョンさんを男性として見ているから…彼女がいるジョンさんには遠慮が生じる。
ユウ君には、男性としての意識ではなく、仲間としての意識が強いから…遠慮なくスキンシップをはかる。
だけど…
ジョンさんに触れられない欲求を、どこかでユウ君にぶつけているのかもしれないと…この日私は心の片隅で考えてしまった。
そんな思いが、急に恥ずかしさを運ぶ。
微熱ほど、厄介なものはないだろう。
綺麗事ばかり並べる自分の心は、結局呆れるくらい女で…だけどグレーゾーンで生きたがる。
苛つくくらいまとまらない気持ちを抱え…
結局はため息でリセットした気になるしかなかった。
翌日私は、ユウ君からのもらい風邪と共に、もうしばらくボンヤリ生きようと…どうしようもない答えを出したのだった。
休憩室の片隅でストレッチをしていると、いつもの様にジョンさんがやって来た。
柔軟性のあるジョンさんの横で、いくらやっても固いままの自分の体を、どっこらせと動かす。
『婆ちゃん…ってか、おっさん(笑)』
ジョンさんはストレッチ、筋トレを軽々こなしながら、いつもの様に笑ってくる。
そこへ、魂が抜けかけたユウ君がやって来る。
これがいつものパターンだ。
ユウ君は、背中を丸めてあぐらをかく。
ストレッチも筋トレもやる気はなくて、ただただ作業開始までの時間を私達と過ごすためにやって来る。
だからといって、自分からたくさん喋るわけでもなく、私とジョンさんの適当無意味な会話を聞いて、腹を抱えて笑うのがユウ君の役目だった。
だけどこの日は、小顔の半分以上を占めるマスクにユウ君は包まれていた。
『風邪?』
すかさず私が問いかける。
『ん…微熱。』
『もう…ちゃんと休んでる?無理は禁物だよ。』
なんだろう…最近、ユウ君に対して、母親みたいな説教が増えてしまった…。
私の説教を聞くと、ジョンさんがユウ君の上にデレッとのしかかる。
『うへ~』とじゃれ合う2人の姿。
その光景を呆れながらも見守るのが楽しかったりする。
そして、説教する私と相反し、スキンシップがジョンからのユウ君への愛だというのも、ユウ君・私、共にわかっていた。
作業が始まり、仕事場ですれ違う時、労いの意味を込めてユウ君は大抵ハイタッチを軽くする。
だけど今日は力無く手を構えるユウ君がいた。
そんなユウ君に『頑張れよ』と、声に出さず手のひらをグリグリとグーでいじる。
と…去り際、ユウ君はいきなり軽く、そして優しく私の頭をポン…とたたいた。
すっかり油断していた心の隙間にいきなり滑り込まれた様で…恥ずかしくなった私は耳の奥がトクトクと鳴るのを感じていた。
仕事も終わりに差し掛かる頃、ジョンさん・ユウ君・私の3人だけで作業をすることになった。
しばらく淡々とこなしていると、ジョンさんからいきなりすぎる質問が投げ掛けられた。
『りんごさんは、どういう男がいいの?…ゴリマッチョ??』
ジョンさんは、最近筋肉がついてきた私を『ゴリマッチョ』とからかう。
突然の質問も、最後のゴリマッチョでごまかされた様だ。
『え…ゴリマッチョとか嫌です。私がゴリマッチョだから相手は違う方が~(笑)』
冗談を交えて答える。
『えー、じゃあ、芸能人の○○リュウタみたいのがいいの?』
私が好きな芸能人を出してくる。
そして続けてジョンさんが言った。
『あ、ほら、○○リュウタはいないけど、○○ユウタならどうよ~!』
ジョンさんがユウ君を指差した。
『いやいやいや…』
からかうのはよしてくれよと、少しうつむきながらユウ君が軽く笑う。
『ユウく~ん!』
と、ふざけて近寄ることで、私はその場をいつもの笑いで締めくくった。
3人でいる時は、ジョンさんとユウ君に差をつけたくないくらい、どちらも仲間として大切だ。
だから、それをわかってほしくて、ジョンさんばかりに偏る姿勢はなるべく控えていた。
だけど、ユウ君は私がジョンさん寄りに接している瞬間を見逃さない。
『あ…またジョンさんとばっかり…』…自分で気付いた時には、すでにユウ君は私達の側から静かに立ち去っていたりする。
帰りの支度をしていると、ユウ君がやって来た。
朝よりもダルそうな雰囲気に、『熱は?』と問いかける。
『さっき計ったら38度あった。』
『は?上がってるじゃん…平気なの?』
まだ帰れる感じではないユウ君を見上げる。
『触ってみ。』
ユウ君が、首を指差す。
そっと首に触れると、手に吸い付く滑らかな肌が、トクトクと熱く熱を帯びていた。
『熱いよ…大丈夫?』
と、私。
『ん…やっぱ熱い…?』
と、ユウ君。
自分の冷たい手が役に立てばと、気付いたら私はもう1度ユウ君の首に触れていた。
ユウ君の、赤くなる耳と、少し落ち着いてやわらかくなってきた目を見て、私は急に恥ずかしくなって手を離した。
そこへ、ジョンさんが帰り支度をしてやってきた。
私は何故か平常心が保てず『お大事に!』とユウ君の肩を乱暴に叩きその場を後にした。
面白半分に、私の真似をしてユウ君を叩くジョンさんの姿が、立ち去る私の視界にわずかに入ってきた。
ジョンさんは、私には触れない。
だけどユウ君は、私と触れ合うことが多い。
ジョンさんは、彼女がいるから、女である私には触れない。
ユウ君は、私を女ではなく仲間として見ているから気軽な触れ合いがある。
私も…
ジョンさんを男性として見ているから…彼女がいるジョンさんには遠慮が生じる。
ユウ君には、男性としての意識ではなく、仲間としての意識が強いから…遠慮なくスキンシップをはかる。
だけど…
ジョンさんに触れられない欲求を、どこかでユウ君にぶつけているのかもしれないと…この日私は心の片隅で考えてしまった。
そんな思いが、急に恥ずかしさを運ぶ。
微熱ほど、厄介なものはないだろう。
綺麗事ばかり並べる自分の心は、結局呆れるくらい女で…だけどグレーゾーンで生きたがる。
苛つくくらいまとまらない気持ちを抱え…
結局はため息でリセットした気になるしかなかった。
翌日私は、ユウ君からのもらい風邪と共に、もうしばらくボンヤリ生きようと…どうしようもない答えを出したのだった。