0歳【成育歴】

※思い出した事がある場合追記します。


入院中のこと

産まれた翌日には脳室内出血を起こします。

グレードは3。


ドライラング症候群はどうにか持ち堪え。


かと思えば髄膜炎になったり。


一進一退を繰り返して、NICUには3ヶ月お世話になりました。


必要があれば当時のノートも見なきゃなあとも思ったりしますが、未だにバイタルの音が聞こえたり記憶も飛んでいるところもあったりで、当時のことを思い出そうとすると苦しくなります。



退院後フォローアップでの先生の話

身長体重は成長曲線に入らなくても沿っていれば問題ないとのこと。


原始反射の消失の確認をして

「赤ちゃんの反応なくなったねー」と

にこにこしていました。


脳の発達の確認をされていたんだと思います。


フォローアップの担当はNICUでお世話になった先生。

とにかく優しい。

本当にほっとしました。



脳神経外科の先生の話 

生後7ヶ月、MRIの結果から左側室がやっぱり気になるとの事で再手術を行うことに。

右側の動きで気になる事があればすぐ連絡するように言われます。


生後9ヶ月、再VPシャント術、、、


のはずが、直前に撮ったCTの結果から手術をせずに様子見に。


脳室に異常があることは間違いないので、慎重に様子を見ていくことになりました。


助産院へ行く

NICUへは母乳を持っていくのですが、それがかなり辛かったです。(とはいえ、今振り返るとオキシトシンや吸啜反射統合のことを考えるとお母さんのストレスにならない限り、親子ともに意味のある事だったんだなと思います。)


妊娠中は母乳育児のことは考えていなかったのですが、入院中のNICUでは必ず母乳をあげる時間があり、その延長で退院後も同じような生活をするため助産院を探していました。


運良く、近くに完全母乳を勧めているところではなく、『お母さんと赤ちゃんが楽しく』を掲げている助産院があったのでそちらに通うことにしました。


長期入院ということも影響してどうやって触れ合っていいのか、そもそも『お母さん』と呼ばれる資格がないと思っていたので、心理的にもサポートもしてもらいとても助かりました。


また、親子でのベビーマッサージを定期的に開催したり等、とても通いやすかったです。


ただ、そのベビーマッサージ、親子で見つめ合ってマッサージをするのですが、他の赤ちゃんがお母さんの顔を見てにこにこしている中、娘はその見つめ合っている中に突進していこうとして、、、。


先生の説明を聴きながら引き戻すことが精一杯で殆ど出来ませんでした。


習ったことうろ覚えです。


一方で、家では見つめ合ってできるのにこの子はいったいなんだろ??と思っていました。


このベビーマッサージ、背中を触られることを嫌がる時期(詳しくはまた書きます。)に眠っている間ちょくちょくやっていたのですが、ある日、起きている時に触ってみたら「気持ちいい。もっとやって」と言い驚きました。



初めての療育センター

退院直後に予約を入れ診察は3ヶ月後。

その際はっきり言われたのは、『就学前までに障害がでます。』です。


脳室内出血はグレード3だし、髄膜炎起こした際の手術の後はかなりな期間、血の塊が次から次へと出てたし。

ショックでしたがそれはそうかもしれないなとも思いました。

ですが、脳が未発達の今ならまだ間に合うんじゃないか、まずは3歳を目標に出来ることを頑張ろうと思いました。


次回の診察までに受けておく検査は


・股関節の状態

・視力

・聴力


の三つでした。


結果は

股関節:レントゲンで確認。問題なし。


視力:未熟児網膜症の心配はなし。年齢相当の視力。軽度ですが外斜視あり

私は全く気付いておらず病院では「お母さん(苦笑)」みたいな感じでしだ。


聴力:鎮静用のシロップを服用して眠りながら検査。かなりの深度の音が聞こえている


この結果当時は

「こういう特徴があるのね。気を付けて様子を見よう。」

くらいでした。


外斜視が発達に影響するだなんて全く思っていませんでした。

ビジョントレーニングとまで行かなくてもそれ的なトレーニングをすれば良かった。

この時期が1番追視してくれるのに。

うちの娘の場合、音がよく聞こえる事も持っている特性のためにマイナスに働いてしまっています。



理学療法開始

診察の翌月から開始になりました。

まずは追視やズリバイをすることが目標です。


0歳の時の担当の先生はすごく優しくて娘の様子を見ながらやる気を引き出してくれました。


本来なら日常の生活で獲得していくのでしょうがPTを受けていなかったら難しいかっただろうなと思います。



ベビーサイン

ミュニケーションとるのにいいなあと思って、簡単なサインを教えました。


・おいしい

・もっと

・おしまい


おいしいが1番使いました。

共有しやすかったからかな?


フォローアップの診察の時に『おいしいね』のやりとりの話しをしたら先生がほっとした様子だったのを覚えています。

もしかしたら自閉傾向の確認をされていたのかもしれません。



自宅での生活

脳にテレビはよくないと言われているのを知って全く見せていませんでした。(次回書きますが、慌ててEテレを見せるようになります。)


外出先で月齢を聞かれ、答えると「小さい」と言われてから不特定多数な人がいる場所に行くことが怖くなり、そうこうしているうちにRSウィルス流行の時期になりお出かけは必要最低限になりました。


脳の状態のこともあり、とにかく不安な毎日。

私に状態の変化を見る力があるのか、なかったらどうなってしまうんだろうと思うと怖かった。



保健センターからの電話

生後8ヶ月(修正5ヶ月)に保健センターから、


・ハイハイの有無

・つかまり立ちの有無

・療育センターから指摘されていること


の確認の電話がありました。


当時、ハイハイもつかまり立ちも療育センターから指摘されている事はなかったのでそのまま答えると、「理学療法は月1回ですか?」と聞かれました。「月3回です」と答えると「そうですか」と返答され電話が終わりました。


当時SNSでの夫とのやりとりを確認すると、

『フォローアップでも療育でも現時点で問題があるようなこと言われていないのに、なんでだろう。やっぱり問題あるのかな?なんのための確認で、それをもとに何をするのか分からなくて不安』と言った事が書いてありました。


未だに何だったのか分からないのですが、保健センターに相談が必要な時に必要だったってことなんですかね?




   


 0歳は再手術がどうなるかが1番の心配ごとでした。  

大きな発達の遅れを指摘されたことはありませんでしたが、 あえて指摘しなかっただけで、同じ月齢の子の平均より遥かに遅かったのだと思います。