1歳【成育歴】
※思い出した事がある場合追記します。
言語療法開始そして終了
持ち物はお弁当。
最初は離乳食を持って行っていました。
離乳食も終わり、大人と同じ食べ物を持って行くようになりましたが咀嚼が難しいようでミニトマトの皮は剥くように言われました。
そして、ストローで麦茶を飲む練習。
市販のストロー付きマグでは全く飲まなかったのですが、STの先生が介助すると飲むんです。
ショットグラスほどのコップに短い柔らかなストローをさして唇にトントンとさせて、あっという間に。
(ストローマグが苦手な子は吸う力が少ないので最初の練習は短いストローが良いみたいです。短いストローを入れる小さなコップも必要になります。)
先生曰く「母乳を飲めているのだから、飲む力はあるはず」と励まされて練習しました。
コップ飲みも同様でした。
1.市販のマグでは飲めない。
2.先生が飲みやすいコップを提案。
(ショットグラスのサイズのプラスチックのもの。小さくて持ちやすいので協調運動苦手でも頑張れるみたいです。)
3.先生の介助で飲む。
4.自宅で練習。
(こぼしてもいいように遊びながらお風呂でも練習しました。)
娘自身、STで成功体験をした事で私の介助がおぼつかなくても飲めるようになって行きました。
1番の山場、ストロー飲みとコップ飲みをクリアすると、食べている時の口の動かし方、飲む時の唇の使い方、喃語の様子、1歳7ヶ月で「とー」(取っての意)の発語があったことなどから療育センターでの言語療法は終了となりました。
はじめてのグループ(集団)療育
グループ療育での同じ年齢の子との差に驚きました。
え?立ってる!
この子は歩いていている!
“お母さんといっしょ”のエンディングを見てバイバイをするの!?
(テレビは脳に良くないんじゃないなの??)
その日のうちにEテレ解禁しました。
この後“いないいないばあ”の子供達を見てまたまた驚愕します。一緒に見るというのもよかったのかもしれませんが、Eテレ見るようになって言葉やコミュニケーション、いろいろ進んだ気がします。
運動面
首がすわる(3〜4ヶ月頃):7ヶ月
寝返り(6〜7ヶ月頃):8ヶ月
ズリばい:10ヶ月
ひとりすわり(6〜7ヶ月頃):1歳2ヶ月
つかまり立ち(9〜10ヶ月頃):1歳2ヶ月
つたい歩き(1歳頃):1歳2ヶ月
はいはい(9〜10ヶ月頃):1歳3ヶ月
高バイ: 1歳6ヶ月
一歩歩く: 1歳7ヶ月
ひとり歩き(1歳6ヶ月頃):1歳9ヶ月
※青字は母子手帳記載の目安の月齢です
つかまり立ちをしても歩く様子を見せない娘。
手を離す様子が全く見られません。
1歳7ヶ月でやっと歩く気配を見せますが、
1度も転ばないんです。
当時、amazonのCMで転倒防止リュックをやっていましたが、私のイメージしてする赤ちゃんってああいう感じなんです。
歩く行為が楽しいが先に来て、体が気持ちに追いついていなくて転んじゃったみたいな。
慎重派なのかな??
この様子は今も続きます。
お散歩に行っても伝い歩きをするもののすぐに座ってしまいます。
療育でのPTではしっかりした靴を履いて歩行器で歩かせようとするものの担当の先生の変更の影響もあるのか、思うように進みません。
そんな時知り合いからコンフォートシューズのお店を教えて貰いました。
そこで巡り合った靴が『super fit』。
試着購入後、そのまま帰ったのですが、
歩いて帰ったんです。
え?
歩いてる?
さっきまで歩けなかったよね?
たまたまだとPTの先生には言われましたが、
こんなにすぐ歩くなんて私には靴のせいとしか思えませんでした。
後で言われたのですが、あと3日歩くのが遅かったら装具着用の予定だったとのことでした。
しばらく平なところを歩く練習をし、階段の登り降りの練習がメインとなって行きました。
トランポリンはできないものの、2歳を目前に両足ジャンプができたところで療育センターでのPTは終了となりました。
1歳半健診
周りの子との差あり過ぎでした。
修正月齢で行ったけれどやっぱり違うなあと。
できないことが多く、「今療育通っているんですね。」と受診表を見ながら確認。
そして忘れもしない小児科医の検診。
「ちょっとこれ、歩くの遅いけどどうしたの?!」と。
「いえ、そこにも書いているんですけど、だから療育行っているんです。」
「あー。それなら言うことないや。」
だそう。
なんのために行ったんだろ。
フォローアップでも定期的に見てもらってるしここに来なきゃならない意味って??
周りとの差の確認のため?
療育センターから市が運営している療育園へ
PTの終了に伴い、集団療育等は住んでいる市の療育園へ行くことを勧められました。
その施設は医師や理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が在中ではなく巡回するタイプの施設で今もお世話になっています。
今後のことは2歳になって、新版K式を受けてから考えるということになりました。
療育受けていなかったら今、娘とコミュニケーション取れていなかったかもしれません。
ストロー飲みだって、コップ飲みだって絶対私だけじゃ出来ていなかった。
遅れれば発語に相当影響したはず。
運動面は、修正月齢で考えると最終的に辻褄?があっていますが歩けるようになるまでの過程で、必要な経験を積んでいませんでした。
ズリバイの期間が長く、ハイハイする期間がすごく短かった。
脳神経外科の先生曰く水頭症の子は頭が重い事から歩く発達が遅れるとのことなのですが、だからこそやっておかなければならない事があったと今なら思うんですけど、当時は全く気が付いていませんでした。(今ならこの時期にやっておきたいことたくさんあります。)
それでも当時は自分なりに色々考えていたつもりなんですけどね。
