先月のフィルムセンターのトークで最も強調したかったこと、それは《ICAICことキューバ映画芸術産業庁は社会主義リアリズムを否定していた》という事実です。
そもそもキューバ革命はソ連とは無縁に起きた革命。スペインからの独立と引き換えに、政治・経済的主権を米国に奪われたキューバが、主権を取り戻し、より公正な社会を築くための革命でした。
そんな革命が成就してすぐに創設されたICAICは理念として、非商業主義を掲げると同時に、アイデンティティの擁護や文化の開放および多様性を標榜していました。
今回フィルムセンターに展示されている「キューバの映画ポスター」とは「ICAICのポスター」と同義です。
そのICAICのポスターが多様性と個性に富んでいるのは、初期の革命精神の表出にほかなりません。
とはいえ、ICAICは常に危機にさらされていました。ソ連派とされる旧共産党員との間に絶えず諍いがあったからです。
レオ・ブロゥエル(作曲家・元ギタリスト)の証言
革命初期、ポスターの分野にも危機があった。ソ連のポスターを真似るよう求められたからだ。
拳を突き上げた男、鎌、大型のポスターといった「社会主義リアリズム」と呼ばれるものが、いったい何に基づくのか知りもせずに、キューバに押し付けられようとしていた。それは、一部の知識人に対して用いる脅迫的要素となった。知識人には、消極的タイプと積極的ですこぶる賢明なインテリがいて、それがアルフレド・ゲバラ(ICAIC初代総裁)だった。彼は常に文化の危機に通じていた。当時のポスターしかり、1968年から69年の歌や音楽しかりだ。
そう、ICAICの表現の自由は、アルフレド・ゲバラを始め、映画人たちが闘い守り抜いてきた成果。
また、ハバナ大学時代にさかのぼるアルフレド・ゲバラとフィデル・カストロとの信頼関係にも支えられていました。
もう一つ証言を紹介しましょう。
証言者は、アントニオ・フェルナンデス=レボイロ。今回7点の作品が展示されているグラフィックデザイナー(建築家出身)です。
次のメール(2012年)は、黒木和夫監督の『とべない沈黙』のポスター(1967年)について質問した私のメールへの回答です。
『とべない沈黙のポスター』は、私のお気に入りのひとつだ。
私がこのポスターをデザインした時、キューバでは「社会主義リアリズム」のスローガンが政府によって導入されていたが、ICAICには許容性(寛容性)があった。
私は映画をとても気に入った。
私はポスターを描くさい、内容を忠実に表現する必要はないと常に思って描いてきた。それよりも、人々が映画を見たくなるよう注意を引こうとした。
蝶の羽は、建築家という私の仕事柄、製図用コンパスを使って描いた。
文字は近くに寄って読めればよいくらい小さくした。
色彩は非常に適切で、キューバの色だ。映画はそこで上映されるのだ。
私は日本映画のポスターをたくさん描いて非常に好評を得た。日本の映画を素晴らしいと思っている。
なるほど。ICAICが社会主義リアリズムから距離を置いていたことが分かります。
だからこそ、デザイナーたちは自分の思い通りに、自由なチャレンジができ、ICAICの仕事を心から楽しんだのでしょう。そんなワクワク感は、ポスターからも伝わってきます。
あと、「文字は近くに寄って読めればよい」とか「色彩は非常に適切」というコメントも印象的。
実は、私の質問は「日本のポスターに比べて非常に色鮮やかで、『とべない沈黙』というより大きく羽ばたいていきそうだけれど、どういう解釈をしたのですか?」というものでした。
レボイロを《キューバの色》と称した画家がいましたが、まさに!
「映画はそこで上映されるのだ」!
…と、ポスターを眺めているだけで、キューバという国やその精神が熱く伝わってきませんか?