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このブログは小さな家に暮らすアラカン主婦の日常を綴ったブログです。

 

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こんにちは、Rinです。

 

先日、職場の同僚が、朝日新聞「みんなで語ろう」コラムの切り抜きを持ってきてくれました。

 

「この記事を読んで、Rinさんと同じだなと思ったから」

 

そう言って手渡されたのは、

離婚して三十年が過ぎた元夫を、ケアマネジャーとして最期まで支えた女性の話でした。

 

結婚生活の中で、元夫は酒癖が悪く、暴力もあったそうです。
離婚後、彼女は息子を育てながら自分の人生を歩いてきました。


けれど縁が完全に切れたわけではなく、息子を通して細く関係は続いていました。

 

やがて元夫は認知症を発症し、生活の中で支援が必要になっていきます。
そこで彼女は、ケアマネジャーとして関わることになりました。


憎しみや怒りだけでは語れない時間が積み重なり、亡くなるまでの四年間、彼女は関わり続けました。

 

仕事として淡々と、でも一人の人としても向き合い続けた――そんな内容でした。

コラムの中で、彼女はこう綴っていました。
「許すことはできない。でも、関わる中で、私の心は少しずつ和んでいった」

そして、最後に書かれていたのは、


「人生に無駄なことはなかった」


この一文が、なぜか強く心に残りました。

というのも、私にも似た経験があるからです。


もう関わらなくていいと思っていた父と、人生の終盤で向き合う時間がありました。

私の両親は、私たち姉妹が幼い頃に蒸発しました。

 


原因は父の借金です。


保証人になったことをきっかけに生活が崩れ、家族はバラバラになりました。

長い年月、父は行方知れずでしたが、再会したのは父が認知症になってから。


物忘れ外来での認知症検査の際、父がひらがなで一生懸命書いた
 

「あさ草とりをした」
 

という一文を見た瞬間、胸の奥で何かがほどけました。

 

許せたわけではありません。
でも、もう責め続けなくていい。
そう思えたのです。

 

それから父を看取るまでの一年間、姉と交代で介護に通いました。
この時間があったからこそ、長い親子関係に静かな区切りをつけることができました。

 

人生は、あとになって意味がわかることがあります。
あの一年も、私にとって必要な時間だったのだと思います。

 

父とのことをもう少し詳しく書いた記事は、ブログにまとめています。
よろしければ、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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