どうもこんにちは、りんですm(_ _)m


茨城県笠間市大渕175-1
大渕天神社(おおぶちてんじんしゃ)
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一の鳥居

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社号標

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二の鳥居

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参道階段

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手水舎

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狛犬

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拝殿

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扁額

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本殿

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ツクバネガシ(市天然記念物)

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稲荷神社

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横から


創建は承久年間(1219-1221)、宇都宮(笠間)時朝による笠間城築城の際、鬼門鎮護の神として京都北野天満宮より勧請したのが始まりとされる


その後荒廃し神職も途絶える


正保2年(1645)、笠間住人・滝野伊兵衛一永により再興し、神官・二平氏を迎える


寛文2年(1662)、笠間藩主・牧野越中守の嫡孫・幸之助(8才)の扁額を奉納


江戸時代は笠間藩主・牧野氏代々の祈願所であり住の内北野天神と尊称されていた。


明治6年(1873)4月、村内・大井神社(太郎明神)に合祀される


明治7年(1874)12月、氏子の請願により旧地に復する


明治24年(1891)、本殿再建


明治27年(1894)10月、村社列格


昭和61年(1986)、ツクバネガシが市指定天然記念物となる。
ちなみにこのツクバネガシ、創建時に笠間時朝により植えられたと伝えられています。


平成4年(1992)、本殿が市指定文化財となる


御祭神は菅原道真公・少毘古那命


こちら、笠間市を東西に横断する国道50号線近くの神社でして、近頃は旗が付近に立てられているからわかりやすくなってると思います。


私は前々から知ってましたが、旗が立ち始めてからそこにあるって認識した人も多いらしいですσ(^_^;)


さて、こちらの天神さんは笠間城の鬼門除けとして創建されたのですが、永い歴史の中で荒廃し再興…明治期の合祀により無くなりましたが、再び再興となかなか波瀾万丈な歴史を辿っている神社でもあります。


ここで気になるのは、御祭神の一柱・少毘古那命です。


茨城県神社誌には記載されていますが、どこでこちらの神が祀られたのかがわからない…


これに関しては要調査かなとσ(^_^;)


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宮司さん宅にていただけました。


私がいただいた時、授与を始めてからあまり期間が空いてなかったらしく…


まだ、片手で足りるぐらいしか授与はしてなかったそうです。


今は結構来るみたいだそうです( ^ω^ )


まぁ、あちこちに出すようになった看板に書いてあるしね…授与しますってね( *ˊᵕˋ)ノ