伽月りえのブログ
  • 18Aug
    • 写真と私 ③

      さて、②で、携帯のカメラの機能のせいで写真を撮ること=メモまたは記録、と化していると、書きました。これ、一眼レフのカメラを覗いて、ピントを合わせてみるとよくわかるんです。といっても手元に一眼レフがある人は少ないと思うのでわかりやすく書くと携帯のカメラは、写ルンですの進化形みたいなもの。なので、遠くのものも、近くのものもちゃんと焦点が合っているように写るわけなんです。両方ともしっかり映るよう焦点があってるということです。つまりボケない。集合写真や、イベントでの記念撮影とかは、背景と手前の人全員の顔にピントが合わないといけないからこれでいいんですが(これが記録的な写真ですね)人間の目って、近くを見るとき一点集中じゃないですか。『わぁ!これ美味しそう!』って思って見てるときって自分の目にはこんな感じで、注目してる部分に焦点があってて後ろのものはぼんやり見えてる感じのはず。上のケーキの写真は後ろにある花瓶も綺麗に写ってますよね。上のケーキの写真みても普通だって感じるのはカメラって、そんなもん!って、長年の経験から、皆さんの脳が学習してしまってるのです。2枚目の写真の方はスマホで撮ったもの。最近のスマホはマクロ撮影(チュウリップマーク)での撮影が出来るので、一眼レフに近い撮り味の写真になります。こっちの方が素敵な写真に見えませんか? 『綺麗!』『素敵!』って、感じたのは、『あなたのセンス』なんです。つまり、撮り方さえわかれば自分が『綺麗!』『素敵!』って思うように撮れるようになります。自分が『綺麗!』『素敵!』って思ってることは他人も同じくそう思ってるように考えているかもしれませんがそれは、あなただけの感覚なのです。ひょっとしたら、他の人には見えてない世界。日本人は、映画、ドラマ、漫画やアニメと親しむ時間が長い分、絵を描くのが上手い人が、昔に比べて多くなっています。素敵な雑誌や、アートに溢れてる街に住んでますし。自分の好みも、ハッキリしてる方、沢山いると思います。機会があれば、是非、一眼レフで撮影してみてください。自分が、こんな素敵な写真を撮ることが出来るんだ!って、感動しますよカメラがデジタルになり、フィルムからデータに変わりコストが小さくなった分、高級カメラを扱う垣根が低くなりました。また、カメラのボディも軽量化され、女性でも、扱いやすいものも出ています。私もその軽量化されたミラーレス一眼を使うようになってカメラの魅力にハマりました。切っ掛けは、私のヲタク趣味だったんですけどね(笑)つづく(笑)自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 17Aug
    • 写真と私 ②

      写真と私 ① の記事に携帯に写真機能なんか要らないって思ってたと書いたのですがそう思っていた理由として当時の職業が大きく関係してます。携帯の新機種が、カメラ付きのものだけになっていたころ、私が職場としていたのが、大手自動車製造の設計部。新製品開発の部署にいる方は、わかると思うのですが発売前の、製品情報の流出はご法度。開発部署内をカメラを持ってウロウロなど、もっての他な訳です。16年くらい前のことなので、確か、スマホもまだ登場していなかったと思います。今は、どうしてるんでしょうね 聞いた話では、カメラのレンズ部分に有料のシールを入館する前に貼るとか。たぶん剥がすと貼れなくなるやつかな。毎日、購入しなくちゃいけないらしく大変そうです。話を戻してそのお仕事を辞めてからは、普通に、カメラ付き携帯を使用していたのでいつもカメラを持ってる生活になったわけです。最初は、メモ替わりに写真撮ったりということしかしていなかったのですが、友人と外食するとき、食事を撮るようになりました。↓その頃撮った食事の写真mixiを始めていたので、記事に写真を載せるためだった氣がします。でも、今みたいに、アングルを氣にしたりしてませんでした。すべての料理が写るように、って感じですね。これには、原因があります。たぶん、皆さん、同じだと思います。それは、携帯のカメラの機能のせいなんです え?! って、思いますよね(笑)本当ですよ.つづく(笑)自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 16Aug
    • 写真と私 ①

      今でこそ、「写真撮るの上手いですね!」と、言ってもらえる私ですが、携帯に写真機能なんか要らないって、本氣で思ってたし、←30代の頃こんなに、自分を表現するツールとして使うようになるとは、思ってませんでした。.カメラとの付き合いは、父が持ってたものに撮られるのから始まり自分で扱うものではなく記録を残すもの、という認識は1970年代の一般家庭のそれとなんら変わりません。そのうち、バカ○ョンと呼ばれるカメラが登場し、誰でも撮れるようになり写るんです、登場あたりから、学生でもカメラを持って頻繁に撮った記憶があります。高校の遠足とかで撮ったりとか。でもまだ意識は、『記録に残す』デジカメが登場してもまだ、私の頭の中はカメラ=記録を残す (笑)この頃は、設計をやってたから、思い出、という記録だけでなく製品開発の記録、という一面も持ってました。あと、不具合の現場の記録。やっぱり、記録(笑)車ぶつけたりしたとき現場記録するようなもんですね。証拠的な。写真に写るときも、何処に行ったのか、わかるような建物や看板などの前で集合写真wあと、飲み会とかで、はっちゃけてるのを、後で笑いのネタにするための写真とか↑この変から、写真を撮る目的として、うけ狙い、というのが入ってきた氣がします(笑)でも、私は、相変わらず撮られる方で、撮る方ではなかったです。.それは、私がアトピーだったことが起因しています。↓アトピーで顔が腫れてる私。当時23歳。写真を見るのは、好きでした。過去の思い出にかえれるし、自分を客観視出来たし私、というより、私の周りの人の懐かしい姿を見るためのものとして、捉えていました。社会人になってから、顔にも出るようになったアトピー。写真に撮られるのが、嫌で嫌でたまりませんでした。でも、記念に!と言われると、断れなくて会社の行事とかで撮られた写真が手元に数枚あります。比較的、調子がいいときでも、化粧すると、すぐにかぶれ始めるので、成人式や友人の結婚式などに絞ってメイクしてました。20歳までは、どちらかというと、自分の肉体を飾るということに関してアトピーという障壁があるため化粧できない=地味アクセサリーで飾っても醜いという自己評価でした。お洒落は好きだったんですけどね。アトピーが全てを台無しにしてると思ってました。現実に重きを置くと辛いので漫画を描くことの方に注力してたり。現実を見たくないことが多かった時代でもありました。↓右がアトピーが治まってるとき。左は地元コミケに参加時。仕事スキルを磨いて人前に出る仕事(インストラクター)になったときは皮膚科医推薦の化粧品とかで流石にメイクするようになりましたが。普段は眉と口紅だけでファンデーションは付けませんでしたね。.長くなってきたので、つづきます(笑)自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 09Aug
    • ラ・チャナ 観てきました♪

      FBでシェアされてた記事から観たくなった映画『ラ・チャナ』連日の35℃越えの猛暑の中、渋谷を歩いて上映館に行くのに躊躇してたのだけど台風の影響で昨日は涼しいと知って11時からの回を観て来ました台風来るから早めに、というのもあったけどこの回だけ、ラ・チャナのレッスン映像が映画本編の後、観られるから、という選択。初めて行く小さな映画館。シートは木で出来たリラックスチェアで上映してるのも私の好きな小劇場向けのものが多い印象。上の予告動画を観て スペイン、アンダルシア地方において男性の力が強く、女性は人生を男性にコントロールされていた。自分の生き方を自分で決められず何度も踊る道を絶たれた。そんな中でも踊ることを諦めず自分の魂を燃やすラ・チャナは新進氣鋭のフラメンコダンサー。 という印象でした。それの何処に惹かれて、観たいと動いてるのだろう?それを知るために劇場に行ったように今は感じます。本編を観てる最中、自分を語るラ・チャナ踊りに真摯に接するラ・チャナ家族や友人と交流中のラ・チャナ語る『言葉』を捉えてではなく彼女の醸し出す雰囲氣や想いに反応して氣が付けば何故か涙が零れていました。ラ・チャナの生きることに対しての姿勢や愛するものを愛する強さ自分を信じる強さそんなものを映像から感じていました。飾らない等身大の自分をさらけ出す彼女の素晴らしさに私の魂が震えました。 劇中の彼女の言葉「踊りは私の魂。私のコンパスは私の魂」「スピリットは永遠なの」「足が動く限り踊り続けるわ」 どれも心の底から想っているからこそ溢れた言葉。それを感じて私の魂も震えたんだと思います。 とってもキュートでチャーミングなラ・チャナ。キティちゃん柄のガウンを着てたり孫とアイスを取り合ったりクスっとする場面もあって、一瞬でファンになってしまいました。とても魅力的な彼女とそのコンパス(ステップ)を知ることが出来て私の世界が広がりましたあの笑顔は暫く私の脳内で再生し続けるでしょう(笑)8/17まで上映してるので興味ある方は是非✨レッスン映像も1日に1回は観れる回があるので、狙って行くのがオススメ。 その若手天才ダンサーとのレッスン映像ではそれまで誰にも教えてこなかった秘密を打ち明けてたりそれを引き出したカリメ・アマヤも凄い個人的には二人の真剣なやり取りの光景を見れたのが宝物です 上映詳細はこちら♪アップリンク渋谷http://www.uplink.co.jp/movie/2018/51333自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 07Aug
    • ヒーラー的?な日常の小話を1つ

      探し物が見付からないとき、皆さんどうしてますか?自分の記憶の中では、確かにここに在る筈のものが無い...。ということって、よくありませんか。私もよくあります(笑)まさについ最近、そういうことがありまして。えと、銀行印が何処かに行っちゃいましたwwwそれも必要になったときに探して無かったものでもう、頭の中は、なんで?なんで?なんで?なんで? が渦巻いてて、焦ってるものだから注意力も落ちてる状態。まず、印鑑のことは忘れて、その用事は後日ということで他の用事を済ませるべく出掛けました。氣が高ぶってるときって問題解決に向かないので一度、その場を離れたり、他事をするのがいいんです帰ってから、氣持ちを落ち着けて遊び心も使おうと思い立ち、ペンジュラムでのダウジングを試みることにしました。ダウジングって? よく、TVとかで見たことある方もいると思うのですがくの字に曲がった細い棒を両手に持って水脈を探したりするアレですあの棒を持って、ウロウロすると探してるものがある場所に近付くと棒が ぐぃーーーん! と、曲がるんです(笑) ←いや本当昔見たTVとかでは、超能力者とかが行方不明の人や死体を探すとき使ってましたけど、探し物に打って付けのツールなんですね。でも、うちにそんな棒は無いのでペンジュラムを使った訳なのですがペンジュラムとは、鎖や紐の先に天然石や金属、木などの重しが付いてて振り子のようにぶら下げて、こちらが質問したことに YES or NO で答えてもらうツールのことです。(コックリさんのように靈に教えてもらうとかではないです)この仕組みは、筋反射だとかいろいろ説があるのですが私は結構、ペンジュラムを日常的に使ってるので得意だったりするのです。子供のときから愛用してるので。ただ、いつも探し物で使ってたペンジュラム事態がここ数年、行方不明になってて ←おい今回は5円玉と木綿糸で即席ペンジュラムを作成。部屋の見取図を描き、部屋のどの位置に在るかをペンジュラムをかざして探りました。ペンジュラムが動いたのは、やっぱり自分の記憶してる付近らしく...。今度は落ち着いて丁寧にその周辺を探しました。けど、見付ることは出来ませんでした..。 こういうときって、自分の心がざわついててフラットになれないので見えてる筈のものが見えなかったりします。なので、印鑑のことは忘れて他のことばかりやって、氣持ちが落ち着くのを待ちました。 といっても、実は銀行印、以前も行方不明になったことがあるので今度は行方不明にならないように(>人<)と、しっかり記憶して仕舞ったはずでした。それが、さっぱりわからなくなったわけですw うつ病と診断されて以降、失くし物を頻繁にするようになり本当に自分への信頼がダダ下がりになっていてそれでも最近は回復を実感することが多かったので自分に対するガッカリ感は半端なかったのです。 やー、まだまだだわ いや、老化?老化なの???一人暮らしってこういうとき困るなどなど、いろんな感情が渦巻いてしまいましたwこういうときって、マイナス思考になりますよね。長女として完璧を求められ育ってきてそれが完璧に出来てる フフンと、バリキャリしてたとき自分を評価していた分、キツいっすw でも、私の本質はぼーーっとしてる、ちょっと抜けてる子。自分と向き合ってて幼少期の自分を思い出してて氣が付いたのですけど余りにスローーーテンポで周りから浮いてる私を心配して両親が厳しく躾けた結果、キビキビ動く、無駄が嫌いな子を演じるようになってしまったのでした。それって、社会生活ではとてもいいことのように見えますが本来の自分からはかけ離れている分、無理をしてきたということなのです。病氣になって、出来なくなったことが増え出来ることさえ不完全さを感じるようになり自分への自己嫌悪が増してましたが、ヒーリングを受け、形而上学を学んでいて本来の自分に戻っていってるんだと氣付き今はこれが私なんだ、と、捉えられるようになりました。まあ、この先、困ることが出て来てもそのとき出来ることで何とかするでしょ私なら(笑) って、大分、落ち着きを取り戻してきたのを感じその騒動から4日後の朝、ふっと あ、今なら見付かりそう という氣配を感じて先日のダウジングで探り当てた場所を再調査。 ありましたーーーー!(笑) ←すぐ見付けたw えええええええええええ?なんで?ここ探したよね????が、いっぱいでしたが、そういう時ありますねw神隠しみたいなwお陰様で自分と更に向き合えました(笑)自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 29May
    • ご注文ありがとうございます♪

      昨日のレッスンのついでに、フォトブックの申込み用紙を回収して来ました♪ お申し込みいただけただけでちょーーーーーーっ 嬉しいもう、本当に有難くてサイズ違いで作って、本当に良かったですさて、氣になるとこ修正かけて、発注作業に移りますヾ(*゚ω゚)ノ 自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 11May
    • 来た来た来たっっっ♪

      桜まつりの写真をフォトブックにしました♪( *´艸`)見本を印刷に回したのだけど今、届きました+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚ 教室で販売予定ですうふふふふ 前回の日記のインスピレーションとはフォトブックを作成することを思い付いたんです私の頭の中を見せる訳にいかないのでまず見本品のデータを作成して、先生にお見せし、OKを貰ってから各1部、印刷に回しました形になるのっていいなあ (*´ω`*)私、自分の作品大好きなのよね(笑)漫画とかイラストとか仕上げたものは何回も見ちゃうし、でへでへしちゃう ←変態w もちろん、自分の力量に対してため息も出るし、更に進化したいと思うのだけど形になったのって、もう私の子供なのですよ。   ラインナップはお手軽なお値段の小さいサイズとあの日の感動をダイレクトに!の大きいサイズ。 中身は同じです♪ちょっと修正しなきゃなとこあるけどこの見本は私用 販売用はデータ修正かけてから印刷回します♪その前に購入希望者募る予定です。 何人欲しいと思ってくれるかなあ💖0人でも今の喜びでダメージゼロ(笑) 先生のブログでこのフォトブックにも入ってる写真がアップされました興味あれば見てくださいませ♪桜まつり写真http://ogataeri.blog23.fc2.com/blog-entry-1210.html桜まつり写真 その2http://ogataeri.blog23.fc2.com/blog-entry-1211.html自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 23Apr
    • 夜中のハイテンションとインスピレーション

      昨日、夕方から張り切って153枚の写真の現像を音楽(アニソンですまんw)かけてノリノリで仕上げたら久々の午前様。例のお祭りの写真です♪705枚から153枚をピックアップしての現像です そしたらいろんなインスピレーションが降ってきて面白いことになりそうむふ 写真は関係ありません(笑)昨日食べたご褒美です自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 08Apr
    • 地域のお祭りに行って来ました♪

      通ってるフラメンコ教室がある地域のお祭りがありフラメンコ教室が参加してて生徒さん&先生が舞台で踊るので観に行きましたこういうイベントのときじゃないと写真は撮れないから一眼レフでガッツリ!(笑) メモリーカード、満タンにしちゃって最後の集合写真撮れませんでした(笑)60分くらいのステージを700枚強(笑)連写してるから 現像、まだ済んでないので雰囲氣写真1枚だけ。撮影は楽しめたけど肝心のフラメンコをちゃんと観れず...トホホ撮影してるときは、どう切り取るかに集中しちゃうんですよね(笑)1つのことしか出来ない不器用さんです。いいの。満足したのまた来年、撮りたいなあ自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 26Feb
    • 特訓?(笑)

      今日のフラメンコ教室参加で、先月と今月、皆勤賞私にとっては大きいことなのです。体調が安定するようになったとはいえまだまだ自分の体力や体調に不安があるので。自分を褒めてあげたい 先週のレッスン終わった後、先生が秋に続いてスペインへ修行に行ってしまったので、 1月から始めたルンバはお休みでセビジャーナスの特訓になります。 セビジャーナス、一つ一つの動作を確認しながらのレッスンを受けれるタイミングで体調崩して、11月、12月とお休みが続いてしまったのもあり、今日からしっかりやっていくのが楽しみ 歌でいうところの、1番が終わるとこまで踊れるようになると楽しいです♪2番は1番をベースにアレンジを加えていく感じなので、1番がキッチリ踊れないとグダグダです(笑) 先生は3週間居ないので、先週、習ったとこまでの振付で、ルンバの踊り納めを繰り返したから、筋肉痛になっちゃいました(笑) けど、めちゃくちゃ楽しかった 先生自身がフラメンコへの情熱と喜びで溢れてるので本当にいい教室と出会えたな、と思います。 クラスメイトも、とても素敵な女性たち仲良くさせていただいて、レッスン後のお茶がとても楽しいのです♪お二人とお茶するために行ってるといってもいい ←おいw 特に仲良しのお二人は元業界の方(別の分野)ということもありお二人とも還暦過ぎてるのですがチャーミングでお若い見た目も還暦過ぎてるとは全然見えません。 ご自身の人生に対しての考え方や選択してきた経緯とか本当に参考になります。私の人生にはない華やかさ 私も負けずに波瀾万丈ではあるので話が合う感じがしてます。(氣のせいかもだけどw)同等に接してくださり、また、褒めてくださったり。。。 年下扱いを素敵なお二人から同時に受けると甘えん坊の子供の私が顔を出します(笑) とても居心地のいい、最近の私のオアシスです♪ ※ 写真はお茶してるイメージw自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 25Oct
    • ”自宅練習用コンパネ”

      家でフラメンコの練習が出来るようにコンパネが欲しいと前回の記事に書いたのだけどそれは、この記事を見付けたから。フラメンコのダンスシューズは、音が出るように、ヒール部分とつま先の部分に裏から釘が打ってあるのです。自宅にフローリング部分はあるのですが賃貸物件なので床が傷付くし、練習用の板が必要だなあと、漠然と思っていました。週1では、身体にステップを覚えさせるのは年齢的にも無理があるし(と、言い訳してみる(笑))ただでさえ、昔から鈍くさくて人より練習しないとついていけないタイプだというのは過去の習い事で経験していたので、自主トレは欠かせないと思っていました。リブログの記事を読んでもわかるように同じ考えを持っているフラメンコを習ってる方は多いようで作り方が載ってるのは、とても有り難いです記事では、仕上げに水性オイルステンを使っていますが私は水性ウレタンニスを使いました。練習のみに使うので、着色しなくてもいいと思っての選択です。水性ウレタンニスの仕上げに関してはこちらの記事を参考にしました。初心者でも失敗しない水性ウレタンニスの正しい塗り方https://otonmedia.jp/post-6535/最近、雨の日が多かったので二度塗りで仕上げるまでに、かなり日数が必要でしたが無事完成明日から自宅でも練習します自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 25Sep
    • 今日はフラメンコの練習会に参加してきました♪

      来月から、ちゃんとレッスン受けるのだけど体験レッスンでご一緒した方々の練習会にお邪魔してきました。 今、先生がスペインに行ってて、帰ってきたとき丁度、新しい曲に入るのでキリがいいスタートなのですが体験レッスンで、過去の僅かな記憶が蘇って少しでも知ってるステップくらいはついていけるようにしたいな、と  フラメンコって、独特の音楽というかリズムなので楽器演奏とかで馴染みのある4拍子や8拍子、16拍子とかは忘れないとあぁぁあぁあぁぁぁぁぁっ (゚ロ゚; 三 ;゚ロ゚)ヒイイイィィ(゚ロ゚; 三 ;゚ロ゚)ヒイイイィィって、なっちゃう(笑)でも、身体に染みついちゃってるんですよね  くすん 2拍子や3拍子もあるんですが、主要な拍子としては12拍子が多いのです。 んでもって、馴染みの薄い、スペイン語でのカウント ←体験レッスンで先生がカウントしてたwこれは持ってたスペイン旅行用のガイドブックに載ってたので、1~12まで暇があればブツブツいってます(笑) 持っててよかったガイドブック!(笑) ←行ったことないけどw私のホロスコープが9室に片寄ってるので海外行くといいよ!と助言をいただいたことがあって、行くならスペイン!と思って、その日に買った物だったりします  フラメンコは踊り、というより人間パーカッションのよう ステップもそうだし、フィンガースナップ、カスタネット、拍手そして、声も使います。体験レッスンでは、太股を叩いてリズムとる振り付けがありました  以前、習ってたとき、全く頭に入らなかったので、今回はレッスンまでに用語的なことはついていけるように頭に入れとこうと思ってます。 そんなことを考えていたら、FBで、渋谷の映画館で『パッション・フラメンコ』という映画をやってるという情報が。ビビッっときて、観に行きました。すると、購買にパンフレットの他、フラメンコの入門書があってフラメンコ用語解説があったので即購入望めば、ちゃんと用意してくれる あとは、家でも練習出来るようにコンパネが欲しいところ。週一じゃ、体は覚えてくれないから(笑) よく、私は要領がいいので天才型だと思われがちなのですがいえいえ、超鈍臭いので、めちゃ努力の人です。隠れて?回数こなしてるというだけなの。だから、今から回数こなします キリっ とりあえず、裸足でステップ(パソ)をやってみてるのだけどやっぱり、踵の位置が違うから変な癖つきそうなので、爪先と踵のタイミングだけ練習してる感じです。 来週はレッスン無いからレッスン始まるまでに用意したいなあ自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 20Sep
    • パッション・フラメンコ

      渋谷 Bunkamura にて、世界的有名なフラメンコダンサー、サラ・バラスのドキュメンタリー映画『パッション・フラメンコ』を観てきました。サラは、私のひとつ下。彼女のステップは本当に超絶技巧。足元だけを動かして繰り出される高速のステップは、彼女の声となって、紡がれていく。 舞を極めた彼女は、踊りだけでなくその生き方も、とても素敵。  映画より抜粋※記憶によるので間違ってたらごめんなさい。 私がウェイトレスならカウンターはとても清潔。誰かを喜ばせるための表現なの。アーティストだけが特別じゃない。誰もが特別なの。本人が乗り氣でなくても、誰でも世界を良くする責任を負ってる。表現法はどうであれ、誰でも成し遂げる力を持っているわ。あとは挑戦するかどうかよ。  *-*-*-*-*  最近、自分の靈(たましい)の声に正直になってるからかフラメンコとの接触が多くなりました。シンクロニシティしまくりです(笑) 先週は、この映画と同じタイトル『パッション・フラメンコ』のフラメンコ教室の発表会を拝見させていただきました。生のフラメンコ観るのは、2度目。20年くらい前に神戸のタブラオ(食事しながらフラメンコを観る店)で観て以来。 で、拍車がかかって、流れて来た情報から映画を観て来たわけだけどサラの言葉に沢山の勇氣と、後押しをもらいました。 サラの言葉をもう1つ。『人生の岐路で私たちは多くを学ぶわ。見極めなければ。自分がどの声に従うべきか。』  彼女のダンスアートは、シックで大人。フラメンコで女性が黒一色の衣装を着るなど、伝統を重んじる方々からは渋い顔をされたそう。でも、自分の『美』を貫き通し、自分を信じる強さは、とても美しいと私は思います。 映画『パッション・フラメンコ』は、9/29まで上映中。興味がある方は、是非自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 12Sep
    • 自分の望みを叶えるために

      人って、『やりたいこと、やろう!』と、思ったとき、自分の置かれている環境(収入、時間、場所など)で出来ることの中から選びがちだと思うの。その環境の状態を外して思い付くことはやることが出来ないから、最初から、選択肢の中から外してしまうんですよね。でもそれは、現実化させたい氣持ちから、ちょっと思い切って飛び込めば出来ることという確信があるから、とも言えます。けれど、自分の魂を生きるというのを根本に持って 『やりたいことを、やろう!』という場合その選択は間違ってることが多いのは事実。『やりたいこと』 を選ぶとき、条件とか環境とか関係なく、自分が心から望んでいることを選ぶというのは、その 『罠』 にハマらず選べるかの見極めがとても大切になってきます。うつ病という、いつも身体中に重りを着けてるような感覚で昨年まで生きていた私は、行動する体力もなく、自分の意志だけでは、自分の肉体をコントロールしきれないというジレンマがつきまとっていたのだけど昨年、寛解にいたることで、やっと継続して何かをやれるというキップを手に入れることが出来ました。こう、やり続ける、というか修練することが出来る身体になったというか。13年も、ほぼ寝たきりの状況がちゃんと毎日、布団から離脱出来るという状況が嬉しいです。けれど、今の体力では、労働を毎日定時間行うことがまだ難しくて、なら、それをクリア出来る自分(身体)にしたいと、思い至ったのです。やりたいことをやれる環境にするということです。毎日ではないけれど、今年に入ってから散歩するようになり2駅先までのところへ行くときは、なるべく徒歩で行くようにしています。けれど、用事がないと、家から出ない私(笑)そこで、身体を動かす教室に通うことを考えました。始めは、ヒーリングもやってる身であるので、ヨガとかいいかなー、と思ってたのですが習いに行くより、本買って、まず家でやろうとしてしまって(笑)そうすると、氣が向いたときにしかやらなくて。あと、せっかくやるなら、何か、ワクワクする楽しいことがやりたいな、と思うようになり何がいいかなー、と思っているときアニメの 『ユーリ!!!on Ice』 を見たのです。男子フィギュアスケートの話なんですね。音楽やダンスが好きなので、もちろんフィギュアスケートを見るのが好きなのですが主人公が音楽に合わせて滑るのを見てて自然と身体が動いて踊っている自分に氣付きました。で、大人のバレエとかあるよねー、とググり始めたのだけど過去、ダンスで唯一少し習ってたフラメンコに ビビっ!と来てしまって(笑)過去に習ったときというのは、うつ病にダンスがいいというので、やってみたかったフラメンコ教室に通ってみたのです。けど、うつ病発症直後で、記憶力が落ちているためレッスンについていくのが難しく転居という理由も重なり、辞めたのでした。けれど、寛解した今なら、やれるかもしれない!という氣持ちが沸々と湧いてきて、氣付けば体験レッスンの申込みをしてました(笑)ダンスシューズと練習用スカートを持ってたのも大きいかな 2か所、体験レッスンしてみて、通いたい!と思える教室を見付け、本格レッスンは来月からです。でも、これは、あくまで体力をつけるための習い事。習い事に定期的に通える身体を手に入れ踊れるようになれば、自分への自信もプラスになってくという作戦ヨガと比べるとハードル高いけど自分が本当にやりたいと思ってることだからこそ通い続けることが出来ると思うのです。 ←ここ大事それが実証出来るよう、楽しみながらがんばりますねあ、タイトルの 『自分の望み』 はフラメンコではなくて、やっと形が見えて来た、というかやることが固まって来た、というか。そちらのお話しは、また今度 自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 02May
    • 人生初という衝撃と

      4月30日。自己メンテナンスを予定した日。ヒーラー友達のKちゃんとヒーリングの交換セッションを行なうために、彼女のサロンに向かっていました。 朝から少し体調は芳しくなかったけれどヒーリングを受ける予定の日とはよく、こういうことが起こるのでちゃんと、受ける方が回復するという今までの経験から、電車で向かっていました。 少しタイトな短パンを履いていたのが引き金かもしれなかったけれど、腹痛がおき、痛みは酷くなる一方。 目的の駅に着いたけど、駅から徒歩20分という場所なので改札から出て、道端で座り込んで少し休むことにしました。 Kちゃんに少し休んでから向かうとLINEしたものの容体は悪くなるばかりで『どうしよう?』が頭の中を渦巻いていました。 『帰る』と連絡しようかと悩んだけどとりあえず、Kちゃんに助けを求め(かなり勇氣が必要でした)こちらに来ると返事をもらって来てくれたときには、救急車を呼んでくれるようお願いする事態になっていました。 人生初めての救急車。 日曜ということもありなかなか搬送先が決まらないのが聞こえてくる会話でわかるけど痛みで朦朧としてどれだけの時間が過ぎたのか把握できませんでした。 その間も、体温はどんどん下がり顔は蒼白(だったらしい)手足がどんどん冷たくなっていくのを感じていました。 何度も血圧と体温を測られていて血圧は上が77まで落ちた会話を覚えてます。体温を上げるため、足の高さを上げたりして様子をみてくれていました。 腹痛は波があって痛みはどんどん酷くなっていくばかり。意識が遠のきそうになる瞬間もありました。 ただ、一緒に救急車で来てくれたKちゃんがずっとお腹に靈氣を送ってくれて病院に着いたときには手は温もりを取り戻し腹痛の波の間隔は開いていきました。   卵巣嚢腫茎捻転(らんそうのうしゅけいねんてん)を疑われていて、内診とCTで、右卵巣に少し腫れがみられるとのこと。 緊急性があれば、卵巣摘出の手術になる感じだったのだけれど決め手に欠けたようで、更に詳しい検査を必要としていました。 日曜のため、出来る検査が限られ翌日にMRIで検査が必要とのことで入院となりました。  CTで被ばくしたからか髪が沢山抜け、熱も上がったけれど翌日の検査のため飲食禁止で、口の渇きをうがいで防いでました。必要な水分は点滴で摂取。22時以降は、完全に水も断ちました。 この夜、沢山のヒーラー仲間が私のために、祈ったり、靈氣を送ってくれました。 一人暮らしで、関東に身内がいない私にとって、凄く有難く、心強かったです。   過去に横須賀で一人暮らししてたときとは雲泥の差。仕事と人間関係、転職による見知らぬ土地での生活はうつ病を発症させ、外に出れない日々だったけれど私を見舞う人すらいない状況でした。そんなことを思い出しながら生き方を変えてきて、本当によかったと、がんばったよねと自分を褒めてやりたくなりました。 今も、緊急連絡先に困るような状況で生活しているけどうつ病になったことで自分の生活や生き方を見直してここまで進んで来たから沢山の助けを得ることが出来たんだと思います。    それに、この日でよかった。誰かに会う予定の日で。一人で家でそうなってたら、と思うと、背筋が寒くなります。 自分で救急車呼べただろうか?わからない...。   今、沢山の方の力を借りて私は生かされた。生かされている。 ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。 感謝の言葉しか浮かばない。 病院まで付き添ってくれたKちゃん。着替えなどを準備してくれたシンガーのmiluhaちゃん。連絡をとるために必要で、スマホの充電器を貸してくれた病室が同室の女性。救急隊員の方。当直の先生や看護師さん。ヒーリングのお願いに快く答えてくれた仲間たち。 本当にありがとうございます。沢山の方からの愛を受け取りました。   翌日(昨日)のMRI検査では、卵巣の腫れも消え、子宮も綺麗ということで夕方、退院となりました。 同室の女性にはお礼に退院前痛むといってた場所に靈氣を当てさせてもらいました。 私が出来ることでいただいたお氣持ちを返したかったから。  ヒーリングの素晴らしさそして、私は一人ではないということ今、噛みしめてます。 けど、まだ、この衝撃に頭がついてきてない。今、家で安静にしてます。 でも、時間は流れてくしお腹はすくし日々の生活を一人でどうにかしなくてはいけない。 私には、家族が必要なんだってずっと実感してることを改めて考えています。 今年に入ってからずっとこのテーマが私の中にあるのです。 そういうベース、安心出来る場所私の安全地帯が必要だということ。改めて実感し、今すぐ向き合う覚悟を決めました。自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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  • 19Oct
    • 私が私らしくあるために その③

      子供の頃から身体は弱い方で小児喘息とアトピーに悩まされて来ました。小児喘息は、両親の努力もあって田舎に引っ越したり水泳やマラソンに興じてるうちに良くなりました。小学校の指導が厳しく、私と同年代の同じ小学校の人は泳げない人居ないんじゃないでしょうか。アトピーも高校生ぐらいから良くなりました。が、18歳で職に就いた私は、ストレスで顔にアトピーが出るようになりました。今でもストレス過多になると皮膚に出やすい敏感肌です。常に何らかの症状や病氣と向き合うことが、私の人生の大半を占めているので、うつ病になったときも、大変なことになったとは思ったものの、どんな病氣なのか、どうやって治していくのか、と、前向きに調べたり、うつ病にいいということを片っ端から試していました。うつ病はストレスが許容量から溢れてしまったからなる、という文献が多く、また、自分でも思い当たることが多かったので、まず、そのストレスをどうにかしようと考えいろいろやりました。まず、仕事中心で犠牲にしてきていた自分の趣味ややりたかったことを始めてみました。 やったこと 内容 フラメンコ 引っ越しにより3ヶ月で辞める。 アロマスクール 体力と記憶力の低下でついて行けず断念。 二胡 1年で人間関係により断念。 サークル活動 3年間乙女ゲームの二次創作を。 TTP等の流れで著作権問題が厳しくなり元ネタのゲームが 二次NGとなったため活動停止。 コスプレイヤー サークル活動から波及。サークル活動の停止と共に徐々に停止。 カメラ レイヤー同士で撮影するうちに一眼レフでの撮影にハマリ 現在はコスだけでなくなんでも撮影するように。 ヴァイオリン 半年。一人暮らしを始めたため辞める。 サークル活動が一番、身体が辛くても自分から動いて力を入れてやっていました。コミケに参加していたのですが、参加した後は1ヶ月何も出来なくなる程、疲労していました。活動停止する頃には燃え尽きていて、どちらにしろ続けることは難しかったと思います。病氣はある程度までは回復したものの、薬の量はMAXで、常に疲労感があって1日の大半横になってることが多く、10年経ったころ、もう一生この病氣と付き合うことになるんだと、寛解を諦めていました。一度は社会で活躍した経験が、何も出来ない今の自分を責めていました。治らないなら病氣のまま働こうと決心し、努力し始めます。就活のために勉強したり、就労移行支援センターへ通ったり、パートに就いたりしてみましたが、体力はつくどころか、疲労感も全く無くならず通勤電車のストレスからパニック障害も併発し、電車に乗ることが出来なくなってしまいました。また、予期不安から家から出られなくなっていきました。些細なことや氣候の変化を切っ掛けに病状が悪化するため、一般的な働き方は自分にはもう出来ないと、奈落の底に落とされたように感じていました。転職で過去、苦労したことがなかった私は、うつ病を抱えて生きていくことに絶望していました。丁度その頃、恋愛でもズタボロで、私としては最後の恋、くらいの勢いで挑んでたので本当に生きる希望を失ってしまい、私はOD(※1)してしまったのです。消えてしまいたかった。残念なことに、お相手の方にその行為の意味は届きませんでした。私はそれまで、恋愛すると相手のことを大切にするあまり、相手主体の生活や行動をとっていました。だから、相手からの氣持ちが返って来ないと不安になったり、相手を試すようなことをしたり。このODを切っ掛けに、私はやっと私だけのために生きようと決意することが出来たのです。※1 OD(オーバードース) Wikipedia参照その①の頃は、両親のためにその②からここまでは、パートナーのために自分を合わせて生きていました。日本では、自分よりも相手を大切にすることが良いことのように常識として間接的に教育されているように思います。また、それが人格者の行いとして伝えられています。でも、そうすることで自分自身を蔑ろにしてきたんだという事実にヒーリングに出会い、形而上学を学ぶことで私は氣付きました。ODをしたことで、吹っ切れて試していなかったヒーリングを受けることで、病氣と向き合ったのが切っ掛けです。それまで、ヒーリングとか占いとか、そういうオカルトやスピリチュアル的なものに興味はあったけど、実際に受けるとなると胡散臭いと思ってたので選択肢にありませんでした(笑)東京に居るから本物に出会えたようにも思ってます。私の中にずっとあった何のために生きているのか?何故、自分は、ここにいるのか?形而上学は、その答えに行き着くための学びでした。人はそれぞれ幸せだと感じることが違います。じゃあ、どう違うのか、という問いに対して答えられる人は少ないと思います。それには、まず、自分自身を知る必要があって。私が何を幸せと感じるのか、を知れば、私の幸せが何かがわかる、ということなのです。よく考えてみたら、そうですよね。それは、私以外の誰にもわからないこと。私が何を見たとき、感じたとき、触れたとき、匂ったとき、聞いたとき心がどう動くのかを知ることが出来るのは、私だけだから。自分の中の羅針盤を明確にしていくのですから。形而上学を知った今、私は自分と向き合い、何が嫌いで、何が好きなのかどういう場所にいるのが安心できて、どういう生活が心地良いのかという風に、私自身を知って、それを受け入れ、解放してきました。ありのままでいいよと、いわれたかったのに、ありのままの自分を知らなかった私。誰かに認めて欲しくて、こっちを見て欲しかった私どうしてそうしたいのか、を辿っていくと自分自身が私を見ていなかった相手から貰おうと必死で自分を無視してばかりだったことに氣付けました。何を貰えば自分が満たされるのかも自分を無視してるから、本当の意味で理解出来ていなかったのに、相手から貰うことばかり工夫しようとしていました。どんな時に私が喜びどんな時に私が楽しいのか知っていくことで、その時間を増やしていき私はどんどん生きるのが楽になっていきました。過去を振り返っても今が一番、楽しく喜びで満ちています。嫌なことや辛いこともやって来ますし、ダメな自分も、まだまだ出てきますがそれが私なんだと自然に受け入れることが出来るようになってきてます。これからも形而上学をベースに自分の幸せを追求し、それを活かして幸せの輪を広げていくことが私のやりたいことだと見えてきました。そんな私の、自分を楽しませる様子をこのブログから知って貰い、読んでくださってるあなたにとっての幸せが何なのか知ってみようと考える切っ掛けになればと思っています。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。私の通った道が、何かの切っ掛けに繋がれば嬉しいです。自分を信じて未来を創る伽月りえ  

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    • 私が私らしくあるために その②

      人生を自分の意志で生きることに、目覚めたのは、1度目の離婚のときでした。離婚により、両親にとってのいい子の私は崩れ去り、私は恥ずかしい子になっていました。(母の主観です)古い考えですが、キズモノということです。(母の主観です。田舎ですしね)当時、まだ、23歳でしたが、母には『もう結婚しないでほしい』と言われました。世間体第一の母にとって、私の結婚と離婚によるストレスが大きかったようです。俯瞰していた私は、(この人は、私の氣持ちなど考えていない)と、早々と察知して、もう、親に好かれる行動が意味を成さないことを悟りました。どんなに氣に入る行動をしたとしても、離婚のことを持ち出され、私を罵るのは変わらないからです。私は、それまでの私を捨てました。ある意味、それまでの自分が死んだ瞬間でした。.親からの理解を諦め、私は、自分が好きなものを追求して生きるようになります。親に黙って…というやつです。成人した、いい大人なんですが(笑)そして、それまで、おどおどして隠れて泣いていた私は居なくなり、男性と肩を並べて、一人で立って歩く私が居ました。そこは自由で、何でも自分の好きにして良くて、やりたい仕事だけに集中出来たのです。お金も、一人暮らししながら、趣味も出来るくらい稼いでいたので、興味のあることは、出来るタイミングがあればチャレンジしました。毎日、充実していたし、最終的に就いた仕事場は、退職してからも、十分、一人で生活出来る手当てが用意されていて、老後も安心だと、考えていたほどでした。しかし、それは、私の魂が望んでる人生ではありませんでした。私は、うつ病を発症します。過多な仕事のストレス、恋愛関係の問題、等々、それまでに積み重なって来たものが溢れた瞬間でした。休職期間を経ても社会復帰出来るほどの回復は難しく、会社を辞めざるを得なくなりました。焦りはありましたが、それまでの転職経験から、どうにか出来ると信じていました。が、この病氣は、産まれ変わった私の生き方の根本を見直せとばかりに、私の全てを奪っていきます。・社会人としての誇り・貯蓄・友人・社会的地位・勤勉で約束は守るという人としての信頼etc...過去の自分が本当の私か今の自分が本来の私か今でもわかりません。どちらも私なのは、間違いないでしょうけど。.それでも、病氣になってでも魂が私を止めたのは、偽物の幸せ(一般常識的な仕事の充実と金銭的な安定)をとり『パートナーシップ と 家族』の問題を放置していたから。生活の安定があれば生きていける、という考えで生きていました。それを自分で掴んで実現させていたけれど心の中は空っぽで虚しく、いつも泣きたいような感情に支配されていました。生き方は自分らしくなってたものの私が私らしくあるために その①にも書いてますが、何のために生きているのか?何故、自分は、ここにいるのか?という思いは消えることはなく強くなっていました。「いい子」の仮面をとっても、また別の仮面を被り続けていたのです。私のそのときの心からの願いは、本当の自分を誰かに              『ありのままでいいよ』と、許可してほしい、というものでした。私が、子供のときから、真に求めていたもの。始めに諦めてしまっていたもの。無理!絶対、手に入らない!と、傷付きたくないから、求めていながら、中途半端にしてきたこと。親からの無償の肯定や愛情。パートナーとお互いの存在を必要とし、共に生きること。つまり、『パートナーシップ と 家族』の問題が解決しないことには幸せを感じられないと氣付いたのです。関係を良くしようと、被った仮面は自分自身を苦しめていました。その③へ続く次でこのシリーズは終わりです。

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    • 私が私らしくあるために その①

      山羊座 A型 長女この単語を見たら、あー、なんか頑固そうで、四角紙面で、融通効かなさそう、と思うのでは?あと、大人しくて、子供の頃は、いい子を演じてて、自分を押さえ込んできたのかな?とか…日本人によくあるパターンかもしれません。(山羊座 A型 長女の方すみませんあくまでイメージですが、私が典型的なこのタイプだったので)私は子供の頃、授業中、大きな声で本を朗読したり、歌を歌ってました。それを褒めてくれる人がいたので。けど、自分の氣持ちを話すことは苦手で、会話の声は小さく、いつも、聞き取って貰えなかったり、聞き取れずスルーされることが多かったです。何故か?      『怒られるから』      『嫌われるから』自分を表現すると、怒られてました。特に親から。自分のままでいると、イジメられました。これは、大人になってからも。社会人のイジメ、エグいです(笑)その話は置いといて。。。.そういう環境にいると、自分の心の声はどんどん小さく、それを表現すること事態、押さえ込んでいき、感情を殺すようになりました。そして、自分の感情を感じなくなり、いつも一歩下がって眺めてる自分を、自分を含めた世界を、俯瞰していました。凄く冷めた子供でした。友人に対しても、凄く冷めた目で見ていて、仲良くなっても、何かあれば相手は離れて行くのだから、と、心を全部許すことはしなかったです。かなり、相手を観察します。それは、防衛のためなのだけれど。その態度が、また、相手を逆撫でするようです。『しーさん(昔のあだな)は、自分を出さないよね。私を信頼してくれないの?』と、私からの親密さを求められることもありました。が、その頃には、自分がどんな人なのか、わからなくなっていて、自分が相手をどう思っているのか、というより、自分が何かを感じるということ自体がわからなくなってました。表面的には人付き合いを上手くこなしていて、人当たりもいい方でした。いわゆる「いい子」を演じてる感じです。仮面を被っている自覚はあるので、表面的な自分は、自分でないことを知っていて、でも、自分の感情を追求したことがなく、『自分』という形すら、曖昧で無いもののように思えていました。なので、先程の問いにも答えられるわけもなく。自分という存在が希薄で.何のために生きているのか?何故、自分は、ここにいるのか?と、常に考えていたように思います。..そんな私でも、やはり、膨らんだ風船が破裂することはあって、それをぶつけていたのが、始めは音楽でした。エレクトーンを習っていたので、曲に感情をのせることを覚えた私は、エレクトーンに感情をぶつけていました。その後、合唱をやり、歌うことで感情を出すことを覚えました。カラオケBOX が出来ると、流行りの曲で、自分の心情に近い歌詞に親近感を持ち、それにのせて氣持ちを発散させ、自分を保っていました。アニメや漫画が好きなヲタクだったので、声優の真似事をして、共感するキャラのセリフを、自分の感情の発散として、叫んだこともあります←アフレコごっこですw危ない人ではありませんw いや、危ないか(笑)でも、自分の言葉として表現出来なかったんですよね。いつも、誰かの語る言葉や、紡いだメロディを借りて、自分を表現していました。.その②へ続く

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  • 18Oct
    • 伽月りえ プロフィール

      アルケミスト 伽月 りえ (Kazuki Rie)<自己紹介>警察官の父と箱入り娘の母のあいだに長女として誕生。第一子のため厳しく育てられる。内向的な性格を歌と絵を描くことでバランスを取っていた。高卒で就職。22歳で結婚し、翌年に離婚。家族に対しての感覚が崩壊。他人の人生を生きるのをやめ、自分生きする決意をし、好奇心の向くまま、様々なことに挑戦。女一人での快適生活のために手に職をつけ、6年間CADインストラクターとして全国で活躍。ご縁で某自動車メーカーに設計者として転職。勤務1年半でうつ病と診断され、無職に。13年弱のうつとの闘いの中、2015年にヒーリングに出会い、1年3ヶ月でうつ病寛解。ヒーリングや形而上学などを学びながら、魂で生きることに奮闘中。伽月りえの現在までの物語はこちら<保有資格>Modern Mystery School認定ヒーラーMAXメディテーション講師チャネラー (チャネリングコントラクト:迦陵頻伽)社団法人日本フラワー風水協会 花曼荼羅認定セラピスト 花曼荼羅カード認定セラピストビオハーツ・アカデミー ビオルミクス・アドバンス講座受講 ネイチャーエッセンス講座受講臼井式 直傳靈氣療法士 ソウルトーン・アルケミスト◆ ◆ ◆<現在の職業>あるときはカメラマンあるときはヒーラー&チャネラーあるときはデザイナー(Web、DTP他)あるときは写真教室のモデルあるときはPC&スマホの先生過去の経験から得たスキル全てでお仕事してます。私の中のスキルがアルケミー(化学変化)を起こして組み合わさって出来ることを提供してます。<過去の職業>レタッチ工員、営業事務、一般事務、食品検査技師補助、二次元・三次元CADオペレーター、CADインストラクター、機械設計士、自動車ボディ設計士、Webサイト運営スタッフ、DTPオペレーター etc.<趣味など>学生時代は漫画家になりたかったほどのヲタクで、現在もアニメ、漫画、ゲームを好む。アートや音楽、映画などもジャンルにこだわらず鑑賞。写真撮影、撮る方も撮られる方もワクワク。フラメンコにハマリ中。基本、好奇心旺盛。  

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