耳の奥に棲む、あのひと



耳の奥に、秘密をひとつ抱えています。


もう、二十年になるでしょうか。

外耳炎。そんな名前の、しつこくて、ちょっとおしゃべりな病。


はじめは軽い気持ちだったんです。

ほんの少し、ムズムズしただけ。

指を入れてかいて、快感に似たあの感触に酔ってしまって……それが、いけなかった。


まるで、ダメだとわかっている男に

「ちょっとだけなら」と寄り添ってしまった時のように。


それからです。

耳の奥に、なにかが居座るようになったのは。


薬を入れても、先生に洗浄していただいても、

すこしよくなって、またぶり返す。


まるで、“去る”ことを知らない愛人のように、

この炎は、わたしの中でじっと居座っているのです。


一度だけ、突発的に耳が腫れ上がって、

聴こえる音がまるで、水中のようになったことがありました。

静かで、やさしくて、少しだけ、こわかった。


「ああ、このまま聴こえなくなれば、ずっと耳に閉じこもっていられるのかしら」

そんなことを思った自分がいて、思わず笑ってしまいました。


今ではもう、共に暮らす覚悟ができています。

この外耳炎は、わたしの“飼いならせないペット”のようなもの。


いつもそこにいて、気まぐれに暴れて、

でも、誰にも渡せない。


耳の奥にいる“あのひと”と、

わたしは今日も静かに、生きているのです。




🍷✨

「不自由に慣れると、それが自由になることもあるのよ」