男尊女子 酒井順子 男女平等とジェンダーフリー | [ridiaの書評]こんな本を読んだ。[読書感想文]

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酒井順子の本を読むのはうん年ぶりだけど、文章がシツコクなったなぁ。
昔はもっと軽妙だった気がするんだけども。

ともあれ、コピーライトの才能は高いと思う。

「負け犬の遠吠え」の負け犬につづき、「男尊女子」(だんそんじょし)も流行語になってもおかしくないくらいキャッチーでわかりやすい。そして上手い。

それなのにあんまり流行らなかったのは、著者の立ち位置があやふやだったからではないかな。

「負け犬」のときはやぶれかぶれの潔さがあった。
嫉妬や諦念を隠さず、結婚しない?結婚できない?独身女としてはっきりモノを言っていた。


ところが、今回は違う。


男尊女卑ー男尊女子ーと男女平等の間で、著者も揺れている。


男尊女子は、女を卑しむわけではないけれど男をちょっぴり上に立たせることをよしとする女性をいう。

男並みに勉強して男なみに働いて男なみに責任を背負って生きるのはしんどい。
片意地張ってもモテないし、キャリアを積んでも「負け犬」になってしまうなら、はじめから男との勝負の場には立たない、ということ。

それならテキトーに男を褒めてじょうずに操った方がいい。

別に男の影をふまないように後ろをついて歩いていくっていうんじゃない。
風当たりの強い先頭は男に歩かせた方が合理的ではないか。

男女平等の理想より実利をとるのが「男尊女子」だ。


わたしも、はっきり言って「男尊女子」だ。
専業主婦やってる女はたいていそうかもしれない。


著者は「負け犬」である。
自分で稼ぎ自分を食わせている、その矜持を「負け犬の遠吠え」と言い換えた、働く女。
男にぶら下がって生きている女を「いいなー」と言いながら軽蔑している。

そういうのもアリだよね、と言いながら。

愛されて、いいわね。
甘えられて、いいわね。
守られて、いいわね。

(でも、わたしはそういう生き方は選ばない)

結婚してもバリバリ働いて家事も育児もいい女業もこなすスーパーウーマンのことすら、(立派だけどご苦労なことだ)と思っているのではないか。

おひとり様の孤独と自由と自立。
それはやはり誇りなのだと思う。

だからこそ、自分の中にも存在する「男尊女子」的部分を感知しながら嫌悪しているように思える。


男には男らしくあって欲しいと願ってしまう自分。
ひとりで家庭を維持できるだけの収入があっても、男を養っていきたいとは思えない自分。

男女平等だとしたら、女が大黒柱になって可愛いだけの男を愛でるというカタチがあってもいいはずなのに、違和感が拭えない。

野獣にも矢玉に襲われない平和な日本で実際には男性に身をもって守られる場面などめったにないけれど、そういう時は雄々しくあってほしい。

壁ドンする積極性はあってほしい。



しかしながら、雄々しさは勝手に育まれるものではないのが現実で。

繊細な男性は(精神的に)立てられなければ、(肉体的にも)立たない。

おそろしい女に立ち向かうくらいなら、仮想現実や2次元の美少女や趣味に没頭することを選ぶ。

さほど可愛くもなく愛嬌もなく要求ばかり多いうるさい女なんてウンザリなのだ。

冗談を言っても「サムい」と無表情、着る服は「ダサい」と嘲笑し、仕事だって「女のわたしもしてる」とけんもほろろ。
「家事もするよね?」「育児を手伝う?自分の子どもでしょ。主体的にやって当然」

何もワガママを言っているわけじゃない。
つまらない冗談に愛想笑いなんかしない。キャバ嬢じゃないんだから。
ダサ男を否定するのだって、情報収集してオシャレしてる女の半分でも頑張れってことよ。
仕事もそう、家事もそう、女のわたしもやってることよ。
育児なんて、妊娠出産が無いだけ男の方がずっとラクなんだから。
男女平等でしょ。
おごれとは言わないから、やることやってよ。


男「……じゃあ、いいです」


そんな頼りない男はこっちからお断り?

言い切れるならいいけれど、壁ドンされたり結婚式で友だちにトリセツ(西野カナ)歌ってもらったり休日のイオンで満載のカートをひいて子どものオモチャを選んだりしたい!という願望は、どうしたってある。


先進国の中で男女平等がまったく進んでいないと言われる日本で、何をどうしたらいいのか。

対決して敵対したって幸せにはなれない。
片方を見下げて馬鹿にしたって何にもならない。


フリだけでも男が気持ちよく男を演じてくれるのなら……と、男尊女子は女装する。
か弱いフリ、守られているフリ、楽しいフリ。

寒風に晒されたらたちまち枯れてしまう花を育てるように、「さすが!男(あなた)は素晴らしい!」と讃える。


それは女性の人権がなかった時代、選挙権もなければ財産権なかった頃、職業選択の自由どころか就業の自由も就学の自由もなかった頃に逆行する行いなのだろうか?


先人が必死で勝ち取った権利を放棄する行いだろうか?




男女平等とジェンダーフリーは、わたしはイコールでは無いと思う。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 




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