私たちの日常は、人と同じように、私たちが使う「モノ」と「システム」によっても形作られています。

 

私は、一人一人に個性があるように、これらにも独自の個性があると考えます。

 

あなたは日々使用しているスマートフォンやコンピュータの機能を、どれくらい理解していますか?

 

多くの人は、自分にとって使いやすい部分だけを利用していますが、それはそのツールの真の価値を見落としているかもしれません。

 

新しいモノを選ぶ時やシステムを変更する時、我々はしばしば自分の利便性だけを考慮します。

 

しかし、それらには独自の背景、機能、そして「個性」があります。

 

それを完全に理解し、活かすことこそが、真に有効な利用法です。

 

初めは使いづらく感じるかもしれませんが、機能を十分に活用することで、日常生活は確実に豊かになります。

 

人との関係と同じように、モノやシステムとの関係にも時間をかけて、その特性を理解していきましょう。

 

この発見のプロセスは、ただの効率化以上のものをもたらします。

 

それは、私たちの生活をより豊かで、より有意義なものに変えてくれるでしょう。

 

私たちが使う「モノ」や「システム」に潜む個性を見つめ、それを最大限に活かすことで、私たち自身も成長できるのです。

正月の風物詩、箱根駅伝。

 

私は幼い頃から、このイベントを毎年心待ちにしています。

 

以前は、単純に好きな大学を応援し、素晴らしいパフォーマンスを見せる選手に拍手を送っていました。

 

しかし、最近は箱根駅伝を通して、もっと深い何かを感じるようになりました。

 

それは選手たちの「人間性」と「個々の能力」です。

 

箱根駅伝は、各選手の能力を見極める絶好の機会です。

 

10000m、5000m、ハーフマラソンといった持ちタイムでは測れない、レース中の様々な状況での対応力が問われます。

 

特に山の上り下りは、選手の適性が明らかになります。

 

持ちタイムが特別速くなくても、レースで信じられないほどの力を発揮する選手の姿は、まさに感動的です。

 

監督たちは、選手一人ひとりの適性を見極め、どのコースが向いているか、追いかける方が得意か、逃げる方が得意かなどを判断します。

 

走り方や実際の走る姿から、選手の体質、性格、負けん気、底力といった多様な要素を読み取るのです。

 

これは、指導や教育においても同じ。

 

一つの方法が全員に適用できるわけではありません。

 

兄弟でも、同じ教育を受けても、結果は人それぞれ異なります。

 

箱根駅伝を見るたびに、私はこれを強く感じます。

 

個々の能力をどう見出し、伸ばしていくか。それぞれの選手が持つユニークな才能をどう活かすか。

 

これらは、私たち自身の生活においても大いに参考になることでしょう。

 

箱根駅伝は、ただのレースではありません。それは、若者たちの夢と努力、個性の輝きを見る機会なのです。

私たちは日々の出来事や経験を振り返り、自分自身を反省する機会がよくあります。

 

そんな時、何が上手く行ったのか、何が行き届かなかったのかを考えることは、これからの成長に非常に役立ちます。

 

しかし、重要なのは「自分がコントロールできること」に焦点を当てることです。

 

最近の環境は目まぐるしく変化しています。物価高騰、コロナ、不景気、インボイス制度...。これらは私たちの手の届かないところで起こっていることばかり。

 

「もっと景気が良ければ…」「運がなかったから…」このような考えは、実は反省にはなりません。なぜなら、それらは私たちの手に負えないからです。

 

私の経験から言うと、起こった出来事はすべて「必然」。

 

私たちの周りで起こることは、すべて何らかの理由があって起こっています。

 

大切なのは、その状況で自分に何ができるか、そして次に同じことが起こった時にどう対処するかを考えること。

 

自分で何かを変えることができれば、そこには必ずやりようがあります。

 

そして、自分の力の及ばないことに時間を費やすのは、もったいないことです。

 

反省するとき、振り返る時は、自分の行動や考え方、コントロールできる範囲に目を向けましょう。

 

そこから、自分の行動を改め、より良い結果を生み出す方法を見つけることができます。

「今の若い子はスマホばかり…」なんてよく言われます。

でも、この一般化された見方は、実際のところとてももったいないと私は思います。

 

確かに、若い世代はテクノロジーと密接に生活しています。

 

でも、それが全てではありません。彼らの中には、スマホを有効に活用し、新しいツールとして最大限に使っている人もたくさんいます。

 

ネットは情報収集の手段に過ぎず、実際の人との出会いや経験には代えられません。

 

多くの若者たちは、オンラインとオフラインのバランスを上手に取り、実世界での経験も大切にしています。

 

車の所有についても同じです。持たない選択をする人もいれば、カーシェアリングなど新しい移動手段を取り入れている人もいます。

 

それぞれに合ったライフスタイルを追求しているのです。

 

「今どきの若い子」と一口に言えるほど、彼らは単純ではありません。一人ひとりが持つ独自の個性と価値観にこそ、私たちが注目すべきです。

 

若い世代から学ぶことは多いです。

彼らの行動や選択を通じて、新しい可能性を見出し、自分自身の視野を広げることができるのです。

 

私は年齢を問わず、個人が何ができるか、何を得意としているか、何に情熱を注いでいるかに注目しています。

 

似ているようでいて、人はそれぞれ違います。

 

その「違い」こそが個性であり、私たちが真に価値を置くべき点なのです。

一つの考え方として、「目的が同じであれば、方法は人それぞれ」ということがあります。

 

これは、スポーツの世界だけでなく、ビジネスや日常生活においても、大いに意味を持つ考え方です。

 

例えばスポーツでは、ライバルがいることでお互いを高め合います。

 

目的は勝利かもしれませんが、そのための方法や練習は人それぞれ異なります。

 

結果、目的が達成された時、お互いの違いを讃え合うことができるのです。

 

会社の組織ではどうでしょうか。

 

理想は、全員が会社の目的に向かって一致団結することです。

 

しかし実際は、個人の目的が地位や評価、報酬、スキルアップなどと異なるために、その統一感が失われがちです。

 

これらが会社の目的を達成するための手段、過程となっていれば良いが、なっていない場合、目的が違うのだからまとまりができなくなってしまう。

 

趣味や嗜好においても同じです。

 

私たちの趣味や嗜好は、人生を豊かにし、リラックスさせるものです。

 

これらは人それぞれ異なるかもしれませんが、楽しむという目的は同じです。

 

私たちはしばしば、他人の趣味ややり方に意見をしてしまいがちですが、重要なのはその人が楽しんでいるかどうかです。

 

異なる趣味や考え方を持つことは、何も恥ずかしいことではありません。

 

目的を見失わないようにしたい。人の趣味・嗜好に意見を言うことが目的ではないはず。

 

私たちはそれぞれ異なる方法で同じ目的を追求しています。

 

その違いを認め合うことで、私たちは互いに成長し、より豊かな経験を共有できるのです。