人は誰でも、一つや二つの心の傷(トラウマ)を抱えていると思います。

 

 

私自身も子供の頃に親しい人から言われたある言葉が、私の人生をかなり長い間縛っていたことをやっと最近自覚できるようになったのは、ここ数年のことです。

 

「貴方は友達の出来ない子だ」というその言葉は深く私の胸に突き刺さり、ものすごいショックを受けましたが、そこで泣くことも反発することも出来ず、妙に納得して「ああ、そうなんだ」と思ったことは今でも鮮明に覚えています。

 

その後、そのレッテルを貼られたせいか、私は友達を作ることが出来ない子になり、その埋め合わせをするようにペットの動物たちとの交流で、孤独で穴の空いた心の隙間を埋めようとしていました。

 

中学に進学しても、人付きあいが下手だと思い込み、全てのことに対して自己評価はずっと低いままでした。

 

 

また、逆に私がある人に対して、不用意な発言をしてしまったことで相手を長い間、傷つけてしまっていたという体験もあります。

 

たった一言でも、またたった1回でも相手の言葉の受け取り方によっては、それは言葉の暴力となり、その影響力の強さを認識したとき愕然となりました。

そのような行為が日常的に繰り返されたときは、破壊的な影響力を持つことは想像に難くないと思います。

 

 

日常診療で患者さんの病気と対峙している時、病気は多因子で起こってきていると考え、根本原因を探し、根本治療を目指して色々なアプローチをしても中々症状が改善しないことがあります。

そんな時、最後に残ってくる原因がこの生育歴にも関係してくるトラウマであることが非常に多い、ということにやはり最近気付きました。

 

今後、トラウマとどの様に私は関わっていくか、模索しているとき、ハーバード大学と共同で研究された友田明美先生の「被虐待児の脳科学研究」という論文を読みました。

 

その論文の主旨は「小児期のマルトリートメント;maltreatment(不適切な養育)経験は、高い確率で精神疾患の発症を招き、脳の器質的・機能的な変化を伴う」というものです。

 

小児期のいわゆる児童虐待経験者は大人になっても精神疾患(衝動抑制障害、薬物・アルコール乱用、非社会性パーソナリティーなど)を起こすことが多く、自分の子供が出来たとき、その子供を虐待することが多いと言うことは承知していましたが、脳に器質的な変化を起こすことまでは、私は把握していませんでした。

 

マルトリートメントには

1.身体的虐待(殴る、蹴る)

2.性的虐待(ポルノ写真などを見せることも含む)

3.ネグレクト(食事を与えない、ハグしない*、アッタチメントなし*)

4.心理的虐待(暴言、家庭内暴力;domestic violence;DVを目撃させる)

 

があり、それぞれのマルトリートメントで傷害される脳の部位が違ってくると友田先生は述べていらっしゃいます。

(*は私が付け加えました)

 

傷害される脳の部位

1.性的虐待  

脳の後頭葉にある「視覚野」、特に顔の認知に関わる「紡錘状回」更に左側が影響を受け、対照群より容積が18%も低かったとのこと。詳細な画像や映像を見ないですむように無意識下の適応が起こった可能性。

 

2.暴言虐待  

脳の側頭葉にある「聴覚野」、特に左脳の上側頭回灰白質の容積が14.1%増加していたとのこと。神経繊維のネット網の刈り込み(Pruning)が傷害され、不必要な神経細胞の繋がりを消去することが出来ない雑木林のようになっている可能性。

 

3.両親のDV目撃による影響  

やはり「聴覚野」(ブロードマン18野;舌状回;夢や単語の認知に関与)の容積が16%減少していたとのこと。<言葉によるDVの目撃>の方が<身体的DV>を目撃した人より脳のダメージが大きく19.8%;3.2%の減少とのこと。

 

これらの脳の容積の減少あるいは増加と言う現象は脳の可塑性という性質が深く関わってきます。

 

 

また、マルトリートメントによる脳の感受性期は局所によって違いがあり、外部からのストレスに耐えられるように情報量を減らすための脳の防衛反応と考えられているそうです。

例えば

海馬; 記憶と情動に関わり、3-5歳のマルトリートメントで重大な影響を受ける

脳梁; 脳の情報をつなぐ、9-10歳でマルトリートメントの影響が大きい

前頭野; 意思決定を行う、14-15歳でのマルトリートメントの影響が目立つ

 

事が分かってきているそうです。

 

事ほど左様にマルトリートメントによるトラウマ(心の傷と言うより脳の傷と考えた方が分かりやすいかもしれません)が人の人生を左右すると言うことが、脳科学研究から分かってきました。

 

友田先生はこのような患者さんの一つのケアとしてEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)という治療法を用いていらっしゃるようです。

 

EMDRとはどの様な治療法か調べてみました。

(文末に参考にしたサイトを示しています。)

 

専門医、あるいは心理療法士の指示の元に、あるいは自分で、眼球を動かしてトラウマを再処理する治療法です。

 

眼球運動はレム睡眠(REM;Rapid Eye Movement;高速眼球運動)の時にする動きと同じようにする必要があるようで、トラウマ記憶を再処理するあまり負担のかからない方法だそうです。

自動的な記憶の関連づけ、条件付けが、不適切な行動パターンを作ってしまうとき、自分ではどうしようも出来ない不合理な症状を引き起こす、それがトラウマです。

不適切な記憶の結びつきを再処理する機能が、その記憶の再処理メカニズムこそが夜の睡眠、とりわけレム睡眠、そしてそれに伴う夢だと考えられているからだそうです。

 

EDMRのやり方が以下の動画で見ることが出来ます。

 

 

 

EMDRを応用した方法として、バタフライハグと呼ばれるものがあります。

胸の前面で自分の両手で交互に胸をタッピングをする方法です。

非常に簡単にできる方法で、子供にとても有効だと言うことです。

 

レム睡眠において記憶の再処理に必要なのは、眼球運動そのものではなく、左右の交互刺激だと考えられるそうで、寝ている間に手を効率よく左右交互に動かす事が出来ないので、眼球運動によって記憶が整理されるようになっているとも考えられるそうです。

本来の眼球運動よりは効果は劣るかもしれませんが、タッピングの左右の交互刺激でも、脳の左右両半球の連携を促して、記憶や感情の処理を助ける効果があるのかもしれないと言うことで、大災害時にPTSD(Post Traumatic Stress Disorder)を予防する方法として効果が認められたと言うことです。

 

バタフライハグのやり方は以下の動画を参照して下さい。

 

 

 

 

 

私は今、肘井博行先生の催眠療法NLPのマスタープラクティッショナー、廿日出庸治先生の「催眠的日常会話」(廿日出先生の造語です)を研修中です。

 

この療法は、脳をトランス状態に持って行くことにより、いつもの思い込み、洗脳状態を外す方法の一つと考えられていますが、この施術法とEMDR、バタフライハグは共通点があるように感じています。

 

また、最近メタ・ヘルスという治療法を知りました。 

このアプローチもトラウマ治療に非常に効果的であると考えています。

 

患者さんに負担のかからない、そして人によっては効果の認められる安全な治療法を色々な角度から導入して、脳の傷?、トラウマの治療も今後取り入れていく予定です。

 

 

EMDRについて教えてくれるサイト

https://s-office-k.com/technique/emdr

https://susumu-akashi.com/2018/02/emdr-3/ (長文です😆)

http://kurushimanaiko.blog.jp/archives/1058498998.html

 

バタフライハグについて教えてくれるサイト

http://hypno.e-and-a.org/2013/08/01/787

http://hypno.e-and-a.org/2011/07/20/436

 

 

 

追記

バタフライハグは自分でしても害はないと考えられますが、EMDRは指導者の下で最初はした方が良さそうです。

いずれにしても上記2種類の治療法に関しては、あくまでもご紹介させて頂いたまでで、この方法を試すときはご自身の責任のもとに行うようになさってください。

 

 

 

ゆいクリニック院長          由井郁子(ゆい・いくこ)

 

 

 

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