パドリーノとマドリーナ | ラテンなおやじのぐうたらニカラグア生活
2008-02-08 12:47:41

パドリーノとマドリーナ

テーマ:ラテンアメリカ

 以前、「必殺、仕置き人 」の項で、ラテンアメリカ文化の特徴のひとつは「制度」というものを信用しないことだと書いたことがあります。ではそれなら何を信用しているのかについては、またいずれ書きますとも述べました。

 今日は、そのお話です。


 ラテン世界の人々が信用するのは、「家族」(ファミリア)とその血縁のネットワークなのです。「家族」を信用するというのは自然なことですから理解できますね。やはり血縁なのですから、これが信用できないとどうしようもない。ただ、ラテンアメリカでは、「家族」といえばもっと大きな範囲に広がっているのです。

 ラテンアメリカに住む日本人はきっと経験があると思うのですが、往々にして辟易するのが、この家族のネットワークです。誰か一人と親しくなると、必ず、親兄弟はもとより、いとこ、はとこ、叔父(伯父)、叔母(伯母)、甥、姪などがゾロゾロ出てきて、紹介されてしまいます。別に気にしない人はいいのですが、リカルドおじさんなど、これが煩わしくて仕方がありません。要するに、大家族制なのですね。

 ラテンアメリカの人々は植民地時代から、「制度」とは騙すもの、頼りにならないもの、自分とは無縁のもの、権力者・金持ちだけに都合のよいもの、ということが身にしみついています。その分、家族の絆を保って、自分たちの身を守ろうとし、「制度」を通じては解決できない問題を家族の絆で解決していこうとする側面があります。


 ところが、ラテンアメリカでは「家族」というのは、実は血縁家族だけではないのです。ラテンアメリカ文化の背骨を成すカトリックに基づく「擬制親族制」が、今も重要な人間関係上の要素であることを知っておく必要があります。

 ラテンアメリカに住んでいると、「パドリーノ」(padrino)、「マドリーナ」(madrina)という言葉を聞かれることがあると思います。ある夫婦に子供が生まれ、その子供が洗礼を受けるとします。その時、その夫婦は必ず、洗礼の

「名付け親」、即ち、「代父(代母)」というものを立てます。洗礼を受ける子供の立場からは、この名付けけ親(代父、代母)のことを「パドリーノ」、「マドリーナ」といいます。この子供の両親夫婦の立場からは、この名づけ親は「コンパードレ」(compadre)、「コマードレ」(comadre)というのです。洗礼の時だけではなく、結婚においてもパドリーノ、マドリーナを立てるのです。

 このような実際の血縁によるものではない「親子」関係をパドリナスゴ(padrinazgo)といい、子供を巡る実父母と代父母の「親戚」関係をコンパドラスゴ(compadrazgo)といって、この擬制親族制のネットワークは実に重要な意味を持っているのです。子供のパドリーノとなった人物は、その子供の後見役として、その成長を見守り、必要な庇護を与え、場合によっては経済的に支える道義的、社会的義務が生じるのです。子供の方は、自分のパドリーノに対して、尊敬し、場合によっては服従する道義的義務が生じます。子供の両親にとっては、可愛い子供を保護してくれる存在として、頼りになる有力者などをパドリーノとして望むのは当然ですし、パドリーノにしてみれば、子供は、将来、自分の色々な面での支持者、子分になってくれる存在として期待します。ここに、ラテンアメリカの人間関係の中でよく見られる、ひとりの親分肌の人物を中心に勢力が形成される派閥、親分=子分関係の基礎があるのです。


 カウディージョ(caudillo)という言葉があります。「親分」、「ボス」、「頭領」というような意味ですが、ラテンアメリカの文化を理解する上でのキーワードのひとつですね。親分肌で太っ腹、親しみやすくて頼れる存在、当然、金も権力も持っている、こうした人の周りには子分になりたい人やシンパが集まってきます。人間社会である以上当然じゃないかと思われるでしょうが、ラテンアメリカの場合には、このような人にパドリーノになってもらい、擬制親族のネットワークが形成され、その人の庇護を受け、その人に忠誠を尽くし服従するという人間関係が形成されます。例えば、政治の世界でも、政党が思想で形成されるのではなく、ひとりのカウディージョの周りに集まる人々で形成されることもあります。従って、その中心人物がいなくなると政党が瓦解することもよく生じます。


 ラテンアメリカはご承知の通りスペインの植民地でした。スペイン王権やその統治制度はもちろん公的なものとして存在したのですが、現実には、人々はスペイン本国はおろか、その新大陸における植民地統治の中心部からさえも隔絶した僻遠の地に住んでいました。征服者は一応王権に服属しているのが建前ですが、実際は遠隔地の所領は一種の自己完結的な小王国で、この所領をアシエンダ(hacienda)といいます。まぁ、「荘園」のようなものですね。因みに、アシエンダとは本来、「財産」という意味です。ですから、お役所で財産を持っている役所、即ち、大蔵省をMinisterio de Haciendaと言ったりするのです。

 アシエンダでは領主が事実上、全てを差配していました。そこに住む農民、農奴は多くの場合、先住民インディヘナでしたが、彼らにとって領主が行政の長であり、裁判官であり、法律であったわけです。ラテンアメリカの人々は、公的制度であるスペイン王国の環境の中というより、地方領主の私的空間の中に生活してきたのです。領主と農民・農奴の関係は、もちろん「支配=被支配」の関係ではあったけれど、それだけではなく、「庇護=忠誠」の関係でもあったのです。

 公的制度を信頼せず、「支配=被支配」、「庇護=忠誠」という極めてウエットな人間関係が展開される歴史の中で、擬制親族制がカトリックの習慣として根付いてきたのではないかと思います。


 まぁ、リカルドおじさんには無縁のことなのでどうでもいいけれど、もし、ラテンアメリカ人と結婚でも考えている方は、どうぞお気を付け下さい。家族関係が結構、煩わしいですよ。

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