料理教室&BistrotRIANTのメールマガジンです。
料理人・川名克典の料理セミナーでは伝えきれない
技術の裏に隠されているものを書いています。
それは、料理と人生をおいしくする秘密そのもの・・・。
おはようございます。
人生で、一番勉強していた日は、いつですか?
高校・大学入試の前?
卒論制作の日々?
僕の多摩美受験の学科勉強は・・・・・。
国、英語はしなくて、数学は3日前から(笑)
お茶美(お茶の水美術学園)の建築コースで、
毎日デッサンと、平面、立体構成の日々を、
過ごしてました。
これらは勉強と思ったことが無いです。
何名か芸大の建築を目指す人がいて、彼らは、
学力優秀で、近くにある駿台予備校と掛け持ち
してました。
その中の一人にとても仲の良かった友人がいて、
彼に3日間、数学の山を張ってもらってそれだけ
覚えました。
だから、受験勉強をした記憶がありません。(爆)
そして、結局受かった多摩美も、3日坊主で
止めてしまって、卒業制作というものを経験
してません。
仏蘭西へ行く前に、仕事をしながらアテネフランセ
へ通った日々は・・・・・。
仕事中以外は、フランス語を勉強していたように
思います。
ただ、これも勉強という意識があまりないのです。
調理用語の延長でフランス語を覚えた様な感覚です。
ここ、りあんを始めてから・・・。
毎日が勉強になりました(笑)
やっぱり、若い頃勉強不足だったのでしょう。
今は、「今日が一番勉強した。」という感じです。
だから、一番勉強した日は、いつも一番新しい
今日なのです。
ようやっと、人生の階段を意識して登っている
ような気がします。
殆ど何も無い(一般的な物理的意味合いです)
ところから始めたからだと思います。
初めてこの場所を見に来た日。
誰もいない空き家でした。
条件は・・・・・。
三軒茶屋の国立小児病院まで、車で20分以内。
駅から、5分程度。
飲食店営業のできる20坪ほどの一軒家。
条件に合う物件は無し。
ところが、ある不動産屋さんの営業の方を
ご紹介いただいたとたん、いきなり浮上しました。
「シンクロニシティ」
実は、後から大家さんにお聞きしたら、
大家さんの方も、前の不動産屋さんで借り手が
みつからなかったので、不動産屋さんを変えたとたん
と言うお話でした。
その日から毎日、生まれて初めてのことを経験する
ようになりました。
料理を作ったことはあっても、それを販売することを
知らずに飲食店を始めたのですから(笑)
資本金も無く、本当にどうしてやってこれたのだろう。
と、今思うと不思議です。
飯坂も僕も蓄えが無かったので、お店さえ持てば、
なんとかなると思ったのでしょうし、それしか、
方法が無いように思ってました。
13年前のこの場所は、築70年の家屋に覆われて、
あちこちに布団が干されていたりして、
実に所帯じみた場所でした。
その為、金融公庫の担当者が現地調査にきて、
「融資不可」としたそうですから(笑)
現地調査では融資不可となったのですが、
その時の、担当官が僕たちの履歴を念入りに調べ、
僕と飯坂が、共に飲食業に10年以上(1995年当時)
たずさわっていると言うことで、審査を通して
下さったそうです。
最初の融資を返済し終わった後、色々ご相談したくて
尋ねていったのですが、銀行と同じく2年ほどで
移転されてしまうのですね。
また移転先も秘密だそうです。
完済したとき、御礼を言いたかったな。
あの日に、(数百万円ですが)借りられなければ、
この店は始められませんでしたから。
テーブルは、予算が足りずに作ったものもあります。
鍋は、飯坂が1人暮らしで使っていたものや、
僕がパリのホテル暮らしで、使っていたものも。
冷蔵庫とテーブルは、叔母から譲ってもらったのです。(笑)
「もし、ぜいたくな環境に生まれていたら、
君は自分の努力で自分を強くしたり、
色々なことを工夫するという素晴らしい
機会に巡り会わなかっただろう。
必死になることが、自分の能力を発揮する、
たった一つの方法なんだよ。」
=オグ・マンディーノ=
今日も、新しいインスピレーションを
迎える、そして、迎えにゆく
1日でありますように。 (^ー^)v
そして・・・
いつも 「ありがとう」
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