14年前の8月6日

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8月6日は私にとって忘れられない日です。

広島原爆の日でもあり、自分の命を再認識した日でもあります。

 

14年前、私は高千穂の従妹の家に娘と1泊で遊びに行っていました。

朝、天岩戸神社へお参りして阿蘇まで足を運び、宮崎に帰る途中の出来事でした。

信号待ちで停車していたら、バックミラーごしに後ろからものすごいスピードで車が走ってくるのが見えました。

次女は遊び疲れて助手席でウトウトzzz

長女は2番目の座席にいました。

バックミラーでスピードが落ちない車を確認して

「あ~!!!来る!!!!!」

と思ったとき、ものすごい衝撃で追突されました。

「え? 何がおこったの?」

気がついたら後ろのガラスが割れて前の座席まで飛び散っていました。

急いで娘たちに

「大丈夫!?怪我は?」

と聞くと二人とも意識は大丈夫。出血もなくて怪我はありませんでした。

しかしパニックになって泣いています。

私も何が起きたのか自分でも状況がわかりませんでした。

幸い私も外見的な怪我はなく、どこも打っていませんでした。

後ろをみると、追突してきた車はゆっくりと走り去りました。。。

とっさに

「あの車のナンバー覚えて!!!」

と娘に言ってその場で警察に電話しました。

「今どこにいますか?」

など警察の方が対応しているのですが、私は

「ここ、わかりません!すぐに来てください!!!子どもも乗ってます!車が逃げました!」

とナンバーを伝えました。

さすが警察の方は大体の場所を確認してすぐに来てくださいました。

その後、よく覚えていません。

車の後ろがつぶれて、もし長女が3列目のシートに乗っていたらと思うとぞっとしました。

たぶん警察署でいろいろ聞かれたりしたと思うのですが、どうやって警察に行ったのか覚えていません。

警察まで従妹が迎えに来てくれて、私たちを自宅に送り届けてくれました。

次の日から私はものすごい吐き気や首の痛み、無意識に力がはいっていた手首の痛みなどが出てきて仕事ができなくなりました。

病院でむち打ちと診断され、しばらく休職しなければならなくなりました。

しかし、あの事故で私は死んでいてもおかしくないと思います。

生きていてよかったと心から思った14年前の今日。

 

毎年8月6日の黙祷の時間になると、平和の祈りとともに今ある命を大切にしようと誓います。