「チッ・・・・」
舌打ちが聞こえたが、特に僕は気にしない。
我先にと、一段飛ばしで階段を駆け上がってくる学生と肩がぶつかったが僕が歩いているのは下り優先の階段だ
だから、謝るつもりもない。むしろ、こっちが舌打ちしたいくらいだ。
僕が歩きスマホでもしていたなら、こちらにも非があるだろうが、
いきなり手すりの隙間から反対側に出てきて
ぶつかられても謝る気にならない。
それに朝の通勤ラッシュで気にしていても仕方ない。
僕はそのまま改札まで向かった。
改札を出ると同期のニシヤマと出くわした。
「おはよう。今日寒くない?」
「急に寒くなったよな」
そんなどこにでもあるような会話をしながらオフィスまで歩く。
「そういえば、昨日ハシダと飲みに行ったんだろう?大丈夫だったか?」
ニシヤマが聞いてくる。
「まぁ、いつもの感じだね。この仕事は自分に向いてないとか、店長と合わないから異動させてほしいとか」
「やっぱりか。で、どうすんの?」
「あいつの思ってることはわかったから、まずは店長との間に入ってみる感じかな。あいつ自身も見てる視野が狭いからな」
僕がそういうと、ニシヤマが顔を覗き込む。
「相変わらず、よく体力もつよな。俺は無理だわ」
「体力は持つよ。もたないのは金のほうだな。全額ごちそうしてるわけではないけど、回数や人数が多いと結構な出費だから」
僕が笑って答えると、ニシヤマが続けた。
「それ、経費で落とせないのかよ。別にただ飲んでるだけじゃないんだし。そういう所がうちの会社融通きかないんだよ」
確かにそれは僕も同感だ。しかし、それを言っても仕方ないので僕自身はあまり表だって言うつもりもない。
「まぁ、飲みに行かなくても話は聞けると言われたらそれまでだし。自分なりにコントロールしてやるしかないよ」
「どこまで、いいやつなんだよ。部下に慕われてるのはいいけど、あんま無理するなよ」
ニシヤマはちょっと呆れたような顔をしていたが僕は気にしなかった。
そうしているうちにオフィスについた僕らはそれぞれのデスクで仕事を始める。
社会人になって10年。
自分で言うのもなんだが、それなりの人生だと思う。
周りの人にも恵まれているし、職場でも一応同期の中で、一番早く出世している。大手の大企業のように何百人、何千人と社員がいる会社ではないのでそれがステータスになるとも思っていない。数字に関しては決して強い人間ではなかったが人望はそれなりにあった。
部下からの誘いも多く、それがあって出世したような部分もある。
だから人生や人付き合いを偽ってきた「つもり」はなかった。
幸か不幸かなんて、誰と比べるかで変わってきてしまうのだから一概に言い切れない。
ただ、10段階評価で言えば5よりは上であると思う。
そう思っていた・・・
そんな僕だから「本当の僕」を知った時、一気に崩れ落ちてしまったのだと思う。
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※人物名は適当です