ある冬の日のこと。
「ここ、パ〇チラスポットって、知ってました?」
二人で1円パチンコを打った帰り、新宿南口の某デパートのエスカレーターに乗ったおーたにさんはニヤニヤしながら僕に突然こう言った。
「いや、知らないです。」
「…見えるらしいですよ。」
まあ、確かに言われてみればそんな雰囲気はないでもないが、当然、やはり完全に防止されている。
「全然見えないですよ!」
「おかしいな。ネットに書いてあったんですけど。」
どうやら、おーたにさんは、このデパートのエスカレーターが、「パ〇チラスポット」だと書かれたネット情報を鵜呑みにしてるらしい。
もちろん、これはネットに蔓延っていた根も葉もないデマ情報だ。
「そんなことよりR-1のエントリー用紙、取りにいきましょうよ。」
僕らは、そのデパートの最上階にある、ル〇ネTHEよしもとの劇場に置いてあるエントリー用紙を取りに向かっていたのだった。
「僕ね、昔、R-1に一回戦で落ちたのが周りにバレるのがイヤで『亀の餌』って名前でエントリーしたことあるんですよ。」
おーたにさんは突然、昔の話をしだした。続けて、
「でね、一回戦本番になってスタッフに『亀の餌さん、こちらにお並びください』って言われた瞬間、我に帰って急に恥ずかしくなって、それで本番スベって落ちたんです。」
「そうなんですか…。」
僕はそう返すしかなった。
「にしても、ここ、やっぱり全然パ〇チラスポットじゃないみたいですね。」
最上階の劇場にてR-1エントリー用紙を受け取り、僕らは「お互い頑張りましょう。」とか言いながら、その日は別れた。
結局、僕はR-1にエントリーはしなかったのだが、おーたにさんは何とその年、三回戦まで駒を進めた。おーたにさん自身、初の快挙だという。
そして、三回戦の会場は、ここル〇ネTHEよしもと。
当時インディーズ芸人がこの舞台に立つ機会は基本的にはなく、賞レース三回戦がこの舞台に立てる唯一の手段だった。インディーズの王、おーたにさんがついにル〇ネデビューする日がきたのだ。
三回戦本番の日、僕は会場に向かうおーたにさんに途中まで付き添った。
エスカレーターに乗ると、僕はおーたにさんにニヤニヤしながらこう言った。
「おーたにさん、ここ、パ〇チラスポットらしいですよ。」
「……。」
おーたにさんからの返事はなかった。
その表情はとても強張っていて、戦地へ赴く兵隊のようだった。
勇ましく、三回戦へと向かって行ったのだった。