地球観光を楽しもう♡ ぼびおのブログ
無料アプリzoomを使った占星術のオンライン個人セッションを実施しています。
詳細はこちらをご覧ください。https://bobio8.com/horoscope-session
ご興味のある方はLine@に登録していただくか、以下のお申し込みページからどうぞ☺️

Line@ は http://nav.cx/6SoQeHe または @350annxbで検索
お申し込みページ https://bobio8.com/counselling_session
  • 16Jul
    • 単純な話

      最愛の人と出会ったときの自分最愛の人がはなれていったときの自分その違いは、自分のことが好きだったどうか。それまで最愛の人なんて会ったことなかったから、相手のことが好きになりすぎて、のめり込みすぎて、自分を見失って、自分を好きになれなくなってしばらくそのままだったから、強制終了❣したんだな。またいちから自分と二人きりでやっていく。あの頃みたいに、孤独で、楽しく、満ち足りた世界へ。それを思い出させてくれてありがとう。これがわかってないまま、本当のパートナーシップは築けなかった。おかげさまでそのことがわかって、良かったよかった。さぁ、今からまた新しいステージだ!

  • 15Jul
    • 人間関係の仮説

      人間関係はエネルギーの等価交換。バランスが崩れると破綻する。存在するだけで相手にエネルギーを与えられる人は、一見何もしてないのにお金や愛情、居場所というエネルギーを与えられたりする。もし「自分は何も与えられていないのに、もらってばかりいて申し訳ない」というエネルギーを発していたら、相手もそう思って流れるエネルギー量は減るだろう。「私は、存在するだけで相手にエネルギーを与えている」と信じられるように生きているなら、物質次元でもらっていても、バランスが取れている。存在給ってそういうことじゃないのかな。自分が相手にはもう与えられないと思うとき、関係の終わりを受け入れることができる。お互いがごく自然に与え合える関係こそ、理想のパートナーシップ。お金や子どもが絡まない恋人関係のほうがバランスを取りやすい。恋愛関係のはじめのうちは相手がいるだけで幸せだけど、お金の関係が発生したり、子供ができたりすると、途端に双方の感じ方に齟齬ができてバランスが崩れやすくなる。受け取る力と与える力のバランスが崩れるときにどうするか。

  • 12Jul
    • なんにもできない私でも愛されてた 心屋オープンカウンセリングに初参加

      ハロー!ぼびちゃんです。今日はなわあつこさんの大阪のオープンカウンセリングに参加してきました。初級セミナーには参加したことあるけど、オープンカウンセリングは初めて。お気持ち金制で、心屋カウンセラーさんが全国でボランティアでされている活動です。お気持ち金は全額寄付されるの。日程と場所で選んだご縁のある会。私も悩み相談させていただいたのですが、思いがけずしっかり泣いてしまいました6人の参加者のうち、私を含めて3人が悩みを相談。聞いているだけの方も、自分に当てはまることを色々考える機会となります。私もほかの方の相談にたくさんたくさんヒントをいただきました。私は最後に相談させていただきました。初めのお二人の話を聞いているときは「みんなそれぞれ精一杯人生を生きているなぁ〜」と余裕かましてましたが、いざ自分がお話させてもらうと、初っ端から感情があふれてすぐにグズグズ声に心屋さんに出会った2016年から講演会やライブ、書籍、ブログでさんざんパカンしてきて、両親との仲も良くなり、もう自分のことは分かってるし問題も出尽くしてる、魔法の言葉で引っかかるのはなさそうだと踏んでいたのに…私の悩みは「お金稼いでないこと」「養ってほしいのにそれを認められないこと」でした。(さらにその奥には、男性に対する強い心理的抵抗がありました。さらにその奥にはやっぱり母親ね…)自分ビジネス講座にも参加して、さぁ女性も稼いでいいんだよ!という風潮真っ盛りのときに「男の人に養ってほしい♡」って言える??絶対にダメでしょ。だって、大人は男女関係なく自分の足で立ち、自分の生計は自分で立てる「べき」だから。しかも婚活的には不利な年齢と高学歴、無収入、実家ぐらし。稼げないとか何なめたこと言ってんの?パートでもなんでもやれや!!っていう激しい自責を繰り返して、エネルギーを無駄遣いしてました。さらには「こうやって自分責めして悲劇のヒロインを気取ってるのも、行動を起こすのが恐いから。行動すべき!動け動け!」ってずーーーっと自分を責めていました。そして行動しては疲弊して。「好きなことしかやってないはずなのになんでこんなに疲れてるんだ??」って頭ははてなマークでいっぱい。だからオープンカウンセリングに参加したんだよね。(終わってからやっとわかった)「働きたくない」っていう本心を自分自身がなかなか受け入れられなくて、なんとか稼ごうと頑張ろうとするけど頑張れない、アクセルとブレーキ同時に踏むやつやってました。そして、この「働きたくない」の影に、何があるのかもわかってきました。だって本当の本当は、働きたくないわけじゃないから。今日、カウンセラーのあつこさんに言ってもらった魔法の言葉は「私は働かなくていい」「私は優しい男性に養ってもらっていい。だって私だから」「ママみたいになってもいい」←これ魔法の言葉ってさ、自分ひとりなら淡々と言えても、人前で言えるかどうかはまた別なんだね。人前で言おうとすると、喉が詰まって言えないの。(私、これが言えないの??)ってアタマはびっくりしながら泣いてしまいました。ここからはさらに私が考えた私の魔法の言葉(抵抗があるから言いにくいけど、言えると癒える)です。ママみたいに稼げなくて、夫の収入でぬくぬく暮らして、家族みんなから愛されていい。なんにもできない私でいい。高い教育費をかけてくれたおかげの高学歴を全然生かせないまま、実家で暮らしていていい。だって私だもん。…やっぱりまだザワザワします。で、こう書いてて思ったのは、わたしにとって、一番こわかったのは、小さい頃の辛そうな母みたいに自分がなること。稼げなくて、離婚したくてもできない状態。でも母は全然離婚したくなんてなかったし、母は「あれで幸せだった」んだよね。小さい頃の私が勝手に「ママかわいそう」と思いこんでただけだった。で、その小さいときのトラウマのせいで、男性を敵視して生きてきた。男の人に全部委ねる。全部明け渡して、おまかせすること。無力な状態になって、男性を信頼すること。それをしたくなくて、ママをいじめるパパの代わりをしなくちゃと思いこんで、なんとか自分で男役をやろうとがんばってきた。だから母とふたりでいると、いつもムリしてしんどくなってた。本当はそんなことしたくないから、がんばってもすぐにだめになって落ち込んで。そうやって独り相撲してきたんたなぁっていうのが見えてきた。私はずっと「私が稼いでママを海外旅行に連れてってあげる」とか、「お金を稼いでパートナーと対等!に付き合えるうにならなくちゃ。パパとママみたいな結婚じゃなくて!」と思ってた。でも実は、パパとママは対等だった。お金を稼いでなくても、ママはちゃんとパパの対等なパートナーやっていた。そのことが最近、やっとわかってきた。パパもママのことをとても大事にしていて、ママにお金稼いでほしいなんてまったく思ってない。それどころかママがお金を使って幸せそうにしてると、うれしそう。パパは、ママがパートナーとしてただ居てくれることだけで満足なんだ。子どもの時の思い込みは、勝手な思い込みだった。何だったんだ〜って感じ。河合隼雄さんが「現代女性が自分の女性性を受け入れるのは難しくなってきている」って言ってたけど、それが自分のことだったなんてね。女性性を受け入れるには、男性への怒りを手放さなくてはならない。それから今日こうしてオープンカウンセリングに出かけていったことで、新しい人と出会うことによって、自分ひとりでは見えなかった自分の姿が見えるんだ、ってこともよくわかりました。家で本やブログ読んでるだけじゃ分からなかった。人と会うって、大きなエネルギーが働くんだね。今日のところはひとまず行動できた自分を褒めて、眠りにつきます。みなさまおやすみなさい。帰りにご褒美に頂いたワッフルセット〜

  • 10Jul
    • 罪悪感の核を手放す -5

      前回の続きです。お金について悩んでいたときに出会った心屋さんの本。心屋さんは、あらゆる問題の根っこには母親に対する罪悪感がある、と言い続けています。 一生お金に困らない生き方 827円 Amazon 本を読んで衝撃を受け、頭で理解して実践してきたつもりでも、私のなかにはまだまだ罪悪感が残っているというのがここ最近、ようやくわかってきました。結局、「ママ、かわいそう」から抜けられてなかったんですよね。小さいときに、お母さん、かわいそうと思って育っていると、どうしても「私のせい」という罪悪感を抱えたままになります。(詳しくは心屋さんのブログなどをどうぞ)いまだに、「ママ、かわいそう」と思っている。いい娘でいたいと思っている。母親に、「クソババァ」って言えない。いつまでも母親の価値観の中で生きているのです。そして「ママはひとりでがんぱっていてかわいそう」→「私のせいで」という思考回路が発動し続けていました。もうそこは抜けてると思ってたし、ここ数年、意識的に変えてきたはずだったのに。自分の核のところで「私が存在していて申し訳ない」「私なんかのためにお金を使ってもらって申し訳ない」っていう思いが残っていたのでした。元パートナーとお金に関する価値観の違いが別れの背景にあったというお話に戻ります。元パートナー →自分の生活を支えるお金は自分で稼ぐべき。私  →家族、パートナーが十分にお金を稼いでいて、自分が働きたいわけでもないのなら、働かなくてもいいじゃん。一緒にお金使えばいいじゃん。私は働きたくない(雇用されたくない)〜〜〜!自分研究とか占星術とか好きなことだけしていたい〜!!!(でもやっぱそれはマズイよね〜〜〜!!!)簡単に言えばこんな感じ。ていうか、私のフィルターを通してみた現実です。(パートナーは私を全面的に理解して応援してくれていましたが、私が恐怖のあまり受け取り拒否していたため)一見、彼女と私の意見は対立しているようですが、結局は同じこと言ってるんだよね。 「お金を稼げるのに稼がない人、役に立たないでいる人は、恥ずべき。堂々としていてはいけない」っていう価値観。これ、そのまんま私の中の母親の価値観です。ついでに言うと、ぼびおの月星座ーやぎ座のネガティブな表現そのものです。月は自分の中の母親像を表します。そしてもし私が「自分で働いて食っている」をできてしまうと、母親の価値観そのままを生きていることになるわけです。それは母親から離れてほしい潜在意識の思惑とは真逆の事態です。「だって私、働いてるもん」「だから存在していい」「だから生きていていい」「堂々としていていい」「働かない奴は肩身狭く生きていくべき」ってなる。この価値観通りの行動、頑張って成果を出す、認められる、という行動は、すでに幼少期から散々してきました。その結果、ウツになったわけです。もうこの罪悪感と価値観を手放したいから、私の潜在意識がウツという形で気づかせてくれたのに、まだ同じところをぐるぐるしてる。で、その裏返しとして、「どうせ私はお金稼ぐ能力ないから」っていうのも発動していました。これは「罪悪感に向き合うことなく」お金を受け取ることを正当化するための言い訳としてでっち上げたものです。私の罪悪感の根元にある価値観が「お金を稼げるのに稼がない人は、存在する資格なし」だとしたら、そこから抜け出すには?「お金を稼げるのに稼がない人は、存在給バリ高」「自分でもお金を稼いでもいいし、好きなことだけしてお金もらってひらひら生きてもいい」って、今書いただけでもヒィ〜〜ってなった。こわ〜〜い。でも多分これを受け入れないと、私、自分で稼ぐことに許可を出せない。自分のなかのオカンを殺さないと。もっというと、「好きなことだけしてお金もらってひらひら生きるのが、自分を生かしてお金を稼ぐということ」ってことだ。好きなことだけしてお金もらって、ひらひら生きていい、生きていい、ていうかすでにそうやって生きてるし。そのことに罪悪感を感じないでいい。堂々としていていい。自分を責めない。←これが一番難しい…でも実を言うと、東京で働いていた頃は、まさにこれをやっていました。好きなことだけして、いいお給料もらってた。やりたくないこと(満員電車の通勤)はしなくていいように交渉したりして。でも、あまりにも順調で、飽きたんだよね〜〜〜(笑)もっと学びが欲しい〜!って思った。もっと苦しい思いをして、魂を成長させた〜〜い!って思った。変態なんです。もっと実現するのが難しそうなレベルで、「好きなことひらひら」をやりたいと思ったんだ。そういう風に見ると、人生思った通りに楽しんでるな〜。で、次は以前のように労働とお金を結び付けないでやってみたい。これは占星術の先生も言ってること。お金も現実もエネルギーだというのをもっと腑に落としたい!しばらく反芻しながら過ごしてみます。---------☆--------------------------★☆----------------------------★-------------------------ぼびおの占星術個人セッション♪ただいま無料オンライン会議アプリzoomを使った個人セッションの受付中です。7月15日受付分まで自由料金でご利用いただけます。■セッションのご感想 ぼびおさんのセッションで太陽の活かし方がとてもしっくりきて、我慢をしたり無理に自分を抑えようとせず、もっとありのままに振る舞っていいんだよと背中を押してもらっているような気分になりました。自分は初対面の人や変わった人が大好きだということもホロスコープに出ていたようで いい意味で開き直れました。ぼびおさんのセッション後、初めて家族に自分の意見を言えました。怖かったけど一歩踏み出せた自分に感動しました。自分のことがよくわからない人や、葛藤がある人、幅広い方々におすすめしたいです。(やすさま)「占星術的にもいまはそういう時期だよ」というのは現状の追認でしかないようで、曖昧な自分の内面を他者の口からも語ってもらうことの安心感は現状確認以上の意味があるなと思った。あーやっぱりそうなんだ、じゃあどうしようと、それだけだけど前向きな気持ちになれる。話を聞いてもらうのが好きな人、科学以外ののものにも真理があるんじゃないかと思う人におすすめ。(ササミチーズフライさん)ご興味のある方はLine@に登録していただくか、セッション案内ページからお申し込みくださいませ☺️☆セッション案内ページはこちら★Line@ はhttp://nav.cx/6SoQeHeまたは @350annxbで検索ブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています。

  • 08Jul
    • お金のブロック外しをしてもしつこく残る罪悪感 -4

      シリーズ4本目です。 一生お金に困らない生き方 Amazon 心屋さんのお金の本に出会い、やりたくないのに無理してやってきた翻訳の勉強と仕事をやめて、彼女に経済的に依存し始めたところからです。それまでの「何としても自活しなくちゃ」という強迫観念から解放され、心がものすごく楽になりました。そして引き続き、心屋さんの本をたくさん読み、ブログも読み目からウロコがたくさん落ちました。今まで必死にやっていたことは、ことごとく「自分には価値がない」という考えがベースになっていて、びっくりすると同時に、そりゃあうまくいかないよなぁ、と納得。そこから前提をひっくり返すためにできることを手当たり次第に始めました。今のアメブロはその当時に始めた、というかそれまでのアメブロを捨てて、新たに作ったブログです。ぼびおはブログを2006年ごろから書いてるのに、その時々で脱皮させたくなるから昔のが残ってないんだよね。もったいな〜い当時の記事を読み返していたら、占星術を習い始める前の記事が出てきて面白かったからリプログしてみました。当時はまさか仕事にするほど占星術にハマるとは露ほども思っていなかったです。2016年のブログを読み返していると、やっぱり3年間でも全然考え方や感じ方が違うし、でも同じところは同じだし。面白いね。で本題に戻ると、とにかく2016年からは、それまでやりたくないけど(心の中の)親や世間的にやるべきだと思い込んでいたからイヤイヤやっていたことを手放して、本当はやりたかったけど恐くてやっていなかったことに挑戦し始めました。まず服を買うというところから。それまで自分で服を買う、ということもほとんどなく、いつも母に買ってもらったものか、パートナーのお母さんがくれたものばかり着ていました。それが当たり前で疑う事すらしていなかったけど、今思えば自分で服を買うって母親離れの超初期段階だよね。で、山本あきこさんという、うちの母の好み(フリフリのピンク)ではないけど私はいいな、と思うスタイリストさんの本を読んで洋服を買い替えたり。高いけどカットの超うまい美容室に思い切って行くことにしたり。ずっと行ってみたかったフィンランドに行ったり。細かーくつけていた家計簿をやめたら、なぜか一気に家計が楽になる体験をしてみたり。どんどん知らない世界がひらけていくような感覚でした。それもこれも、パートナーが経済的、精神的に応援してくれたからです。本当にありがとう。パートナーは当初から心屋さんに対していい感じを持っていなくて、「やりたくないことをやらないでお金もらえるならいいけど、そうはいかないでしょ」とよく言っていました。当時の私は、直感的に心屋さんの言っていることは正しいとわかるけど、パートナーに論理的に説明できないし、彼女の言っていることは正論だし、というので平行線。今ふりかえると、結局、養ってもらう罪悪感を感じたくて、パートナーにそう言わせていたんだと思っています(実際、パートナーは別れたとき、お金のことは本当の問題ではなかったと言っていました)。罪悪感。毒親育ちがたっぷり持っているやつです。私は散々自分で稼がなきゃ、と思ってやってきてうまくいかなかったから、人に頼る、という挑戦をしてみたんだけど、心のどこかで「本当はイケないことだ」という信念を手放せないでいたんだよね。つまり、「自分には価値がないから、働かないと捨てられる」という信念を、最後の最後で手放せていなかったんだなぁと思う。実際、パートナーの収入に頼るのは、はじめはすごく怖いことでした。だから自分の貯金が底をついて、とうとう彼女の口座からお金を引き落とす時の罪悪感といったらなかった。彼女からは「一体いつになったら働き始めるの」ってずっと言われていて、その度に別れ話をしていました。お金をもらって生活するのはとても幸せだったけど、心のどこかにずっと罪悪感がありました。この罪悪感がどうしても消えない。原因が幼少期、母親に対して「勝手に感じた」罪悪感にあるのはわかっていました。(つづく)一度、noteに生育歴を連載したことがあったんですが、こうしてなんども書いてみると、自分をちょっと上から眺められますね。bobio8.comでは占星術や日々の気づきを濃度高めで発信中。占星術をベースにお話を聞くオンラインセッションもそちらで募集しています。7月15日までのお申し込みにかぎり自由料金で受け付けています■セッションのご感想 ぼびおさんのセッションで太陽の活かし方がとてもしっくりきて、我慢をしたり無理に自分を抑えようとせず、もっとありのままに振る舞っていいんだよと背中を押してもらっているような気分になりました。自分は初対面の人や変わった人が大好きだということもホロスコープに出ていたようで いい意味で開き直れました。ぼびおさんのセッション後、初めて家族に自分の意見を言えました。怖かったけど一歩踏み出せた自分に感動しました。自分のことがよくわからない人や、葛藤がある人、幅広い方々におすすめしたいです。(やすさま)「占星術的にもいまはそういう時期だよ」というのは現状の追認でしかないようで、曖昧な自分の内面を他者の口からも語ってもらうことの安心感は現状確認以上の意味があるなと思った。あーやっぱりそうなんだ、じゃあどうしようと、それだけだけど前向きな気持ちになれる。話を聞いてもらうのが好きな人、科学以外ののものにも真理があるんじゃないかと思う人におすすめ。(ササミチーズフライさん)

  • 05Jul
    • 生き方とお金のことと -3

      またまたつづきです。ブログの更新が止まっていました。書かないでいると体の調子が悪いです前回は心屋さんの本に出会ったところまで書きました。一生お金に困らない生き方827円Amazonこの心屋さんのお金の本を初めて読んだとき、今まで考えたこともなかった視点に心底驚きました。がんばらないほうが上手くいくやりたくないことはやめて、やりたいことだけやる「そんなバカな」って思う人はまだまだたくさんいると思います。私もそのひとりでした。そして元パートナーも。でも、当時の何度も鬱になり、どれだけがんばってもうまく行かなくてもがいていた私にとっては、「え〜〜〜っ!!そうだったの??!」と衝撃を受けるとともに、心底、納得できる言葉でした。がんばる方向を間違えてたり、やりたくないことを無理やりがんばれてしまう人、それも親や社会の価値観に合わせて自分のことを完全に見失ってる人にとっては、的を得たアドバイス。でもそうじゃない人にとっては、「いや、違うでしょ。何言っちゃってんの??」ってことになる。私にはピッタリくるアドバイスだったけど、元パートナーにとっては受け入れがたい言葉だったのです。そんなことはつゆしらず、ともかく私はピンときたので、即実行へ乗り出しました。…とはいえ何年もかけて勉強してきて、キャリアもある翻訳の勉強と仕事をやめるのは、かなり抵抗がありました。それでも、やめるしかないと思った。まずは翻訳の先生に伝え、彼女にも翻訳をやめる、と打ち明けました。そんな急に全部やめなくても、段階的にやめれば良いのに、と思うかもしれませんが、当時の私は「なぜやりたくないことをやめるといいのか」の本当の意味がわかっていなかったし、とにかく世間的にいいとされることにのみ重点を置いて生きていたので、一旦全部手放す荒療治が必要でした。彼女は話を聞いてもったいないと言ったものの、受け入れてくれて、パートナーのお母さんのお口添えもあって、当面パートナーの収入に頼ることになりました。パートナーは優しい(月も水星もかに座)ので、違和感を感じながらも飲み込んでいたようです。しかしこのときから元パートナーとのすれちがいが始まっていました。つづく(ちょっと今は調子悪いので、細切れの更新になります)

  • 04Jul
    • 親のこととお金のこと -2

      昨日の続きです。東日本大震災のときは東京の新聞社の高層階で勤務してました。新聞社だから次々に津波の映像が入ってきて、ビルはすごい揺れ方をして、本当に死ぬんだと思いました。そのあと放射能の話が出て、すぐに関西に帰省。2週間ほどして帰った東京は、節電でどこもかしこも暗くて、テレビでは悲惨な状況が流れ続けて、上司の助言で精神安定剤を飲み始めてようやく少しまともになってきました。そのときに、「もう東京にいる時期は終わり。関西に帰らなくてはいけない」という強烈なメッセージが入ってきました。放射能うんぬんではなく、ただ「ここは私のいるべき場所ではない」という感覚。ちょうど転職を検討していたパートナーが関西の会社に転職することに決まり、2012年初頭に翻訳者としてのぬるま湯の会社員生活に終止符を打ってふたりで京都へ引っ越したのでした。大学入学で上京して以来、東京には10年間暮らしました。会社員生活をやめてしばらくは京都の職安に行ったりしたんだけど、その頃どうしてもアート系の仕事がしたくて、でもそんな仕事どうやって始めればいいのかわからず。今思えば、その頃から翻訳以外の仕事がしたかったんだよね。そうこうしているうちにパートナーのベトナム赴任が決まり、私も一緒に行くことにしました。でも収入がないので、夏の帰国時に、今まで勤めていた東京の新聞社へ翻訳の仕事をもらいに新幹線で上京。この時も衝動的で、すごい行動力だったな。その後、なんとかベトナムで個人事業主として翻訳の仕事をしながら過ごすも、本当に細々とした収入でした。月に2万円みたいな。でも他にどうやってお仕事をもらえばいいのか、当時の私は全然わかりませんでした。(今なら翻訳の仕事の営業の仕方とかわかるんだけど、当時は知らない会社にコンタクトを取るのが怖かった。怖くてやらないことだらけだった)ベトナムの地方都市では外国人として色々な経験をしました。同居するベトナム人大家さんにNoが言えなくて辛い思いをしたり。でも基本的には彼女とふたりでお出かけしたりして楽しかったですね。1年ほど経った2013年の春に弟の結納があるから帰国してほしい、と言われて帰国。そのまま、心の調子を崩して、ベトナムに戻ることなく実家から心理カウンセリングに通い始めました。その時も、彼女との付き合いを親に言えないことが悩みでした。それはダミーで親からの自立の問題だったんだけど、当時はそんなことはわかってなかった。カウンセリング中は心の大手術で大変でしたが、ベトナムでひとりの彼女もブラックな環境で大変だったみたい。でも当時はまだ別れる、という気はお互い微塵もなかった。カウンセリングには3ヶ月通っただけで、ほぼ無理矢理社会復帰して、やっぱり定期的に給料をもらえる方がいいと、派遣の医薬系翻訳の仕事を始めました。実家から出るために3ヶ月間勤務したあとは、彼女が帰国しても会社に通える場所にひとりで部屋を探して借りて。今思うとすごい行動力だ。(こうやって思い出してみると、行動力が半端ないときと、鬱の時の差が激しいな)翌年、やっとのことで彼女がブラック環境の仕事を辞めることを決意して、大阪のお部屋でまたふたりで暮らし始めました。彼女は数ヶ月してから今度は和歌山の会社に転職。一方私は派遣先の仕事に嫌気がさして1年ほどで2014年末にまた退職。今思えば本当に未熟だったなぁと思いますが、当時は本当にプライドが高くて、どうして私がこんな仕事をこんな給料でしなきゃいけないんだ、と本気で思ってました。休みも取りやすいし、ものすごいホワイト企業だったんですけどね。東京の会社が無駄に給料が良かった分、自分の立ち位置をちゃんとつかめてなかったんですね。一方、ブラック企業を辞めて転職した彼女は転職先の会社の全てが最高、という状態だったので、もちろん仕事もうまくいきました。転職先でもまたベトナムに駐在することになった彼女と一緒に、私は再びベトナム、今度は都心部で暮らしながら、フリーの翻訳家になるべく派遣社員の時から続けていた勉強をガチガチにやりつつ、新聞社の仕事をもらってやりくりしていました。で、あまりにも「早く独立したい」という思いでくそまじめに勉強していたせいで、割と早いスピードで医薬翻訳家としてプロデビューできそうになったんだけど、また吐き気と鬱に。いい加減、わかれや!と今の私なら突っ込みますが、当時の私は「こんなに頑張ってんのになんでうまくいかないんだろう」とわからないことだらけ。その間ずっと、どうしてお金とうまくいかないんだろう、と疑問でいろいろお金の本を読んでいたのですが、2016年秋に心屋仁之助さんの『一生お金に困らない生き方』に出会ってどーーーーーーーんと衝撃を受けました。 一生お金に困らない生き方 Amazon つづくブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

  • 03Jul
    • お金と親との関係をふりかえる-1

      今日は〜夜の九時から学生時代の友人が占星術セッションを受けてくれました!ありがとうございます❣ずーっと前から企画してたけど怖くて出したり引っ込めたり、なかなかできなかったzoomのオンライン対面セッション。これをもっと前にやってたら、彼女と別れなくて済んだのかもしれない…と思ってしまう。いや、それはないか。それはないな。とはいえ、やっとのことでやり始めたら、難なくできるどころか、とても楽しいのです。あの葛藤は一体何だったのか。私が彼女から別れられるようになるための自作自演?だったのかもねー。話が飛ぶようで飛ばないのですが、私はずっと結婚が怖かったんです。男女の結婚ね。結婚してパパとママみたいに毎日修羅場の生活は嫌だ、と小学生の頃から思ってました。だから東京で翻訳の仕事を初めて家賃を払えるようになったときは、勝ち誇った気持ちでした。「パパのお金で暮らしたくない!」ってすごく思ってた。だって、そしたらパパの言いなりにならなきゃいけないんでしょ?従わなきゃいけないんでしょ?言う事聞かなきゃいけないんでしょ?って思ってました。結婚は人生の墓場。結婚したという友人たちを本気で気の毒だと思ってた。そして、自分で稼げさえすれば、結婚なんてしなくて済むのに、と思ってました。結婚せずに、会社勤めして、同性パートナーと同居する日々は最終形態だと思ってたしね。でも、日本中の人が「人生の転機」に挙げる2011年3月の東日本大震災。今思えば、わたしにとっても、あの地震は大きな転機でした。つづくブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

    • あたま・むね・はら

      自分ビジネスの取っ掛かりとして始めた占星術セッション。実際にお申し込みいただいて、やってみてわかったことが色々ありました。・対面でお話しするのは全然できる!めちゃ怖かったけど、むしろ楽しい。・ホロスコープの情報を完璧に読み込まなくちゃ、という完璧主義が苦しさにつながっている。だからとにかくセッション準備に気乗りしない。・クライアントさんの助けになりたい、という思いはやっぱりゼロ。(オイ!!)だって絶対大丈夫だから。・この星をこの人はこんな風に生きているんだ〜〜へぇ〜〜〜おもしろーーい♡ が一番のモチベーション。オレ、やっぱ人の役に立つために生まれてきたんじゃねーわ。ということが腑に落ちてきた。月と水星がやぎ座のぼびお。どうしても「周りの人に役に立たなきゃ生きてる意味ない!成果出さないと生きてる意味ない!」ってなりがち。でももうそこ、いいかな。人の役に立つ必要なんて、ないんじゃないか。だってこっちが「役に立つだろう」と思って頑張ってやってることが空回りして、頑張ってないところが愛されて。こっちの相手に対する期待と相手の要求に食い違いがありすぎる。相手はこういうのを求めてるだろうと期待して、意に沿わないことやってもエネルギー値下がるだけなんだもん。やりたいことやってたら、勝手に役に立てててくれる人はいるし、役に立とうと思ってやっても空回りするだけだし。今朝、ずーーーーっと前に書いたブログ記事をツイッターで紹介してくれた人がいたの。「この記事、今頃になってこうやって読んでくれて、役に立ったりするんだ」ってびっくりした。ブログって基本、自己満足のために書いてきたし、今もやっぱりただ書きたいから、自己満足のために書いてる。ちょっと前までは誰かの役に立つために書こうとしていたんだけど、どうしてもうまくいかない。しっくりこない。でも、本気で「この本面白い!!!」と思って書いたときの記事は自然と読んでくれている人に「伝えたい!」という気持ちで書いている。アタマで「これは役に立つやろ」って考えた記事は、自分にも読者さんにも多分あんまり響かない。そして、そういう記事ほど反響が気になる。でも肚で「これ!!!」って書いたやつは、書いてスッキリするし、反響とか気にならない。もっともっとそっちの方向へ突き進もう。小学校の理科の時間に、昆虫のカラダのつくりは「あたま、むね、はら」って習ったんだけど、最近よくそのフレーズを思うんだよね。あたま、むね、はら。それが全部つながっていないと、どんどんずれていく。不幸になる。絶望する。がんばってる時って、私の場合はあたまが暴走している。デトックスで落ち込んでいるときは、むねの感情が暴走している。そしてどちらの時も、おいてけぼりの肚(はら)に怒りという名のエネルギーが溜まっていく。自分を大事にする、って時、どうしても「むね(感情)」で動いてしまいがちなんだけど、感情は感じるものであって、原動力にするものではない。ってやっとわかり始めた。肚で決めるんだ。自分ビジネスも、完全にあたま暴走状態だったので、肚で設計し直していきます。Thank you〜!!ブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

    • 人の役に立たないと生きてる意味ないと思ってた。ここにはいられないと思ってた。居場所...

      この投稿をInstagramで見る 人の役に立たないと生きてる意味ないと思ってた。 ここにはいられないと思ってた。 居場所がないと思いこんでた。 誰の役にも立たなくも、 なんにもできない私のままでも、 ダイジョブ。 責めてくる人は、 自分のなかにある罪悪感を映してくれてるだけ。 そのままでちゃんと、使命を果たせている。 あとはやりたいようにやろう。 心理占星術カウンセラーぼびおさん(@bobio8_8)がシェアした投稿 - 2019年Jul月2日pm5時48分PDTブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

  • 02Jul
    • 思考と感情が支配する世界

      またやってた〜〜!!思考と感情に支配されて、丹田、肚の声が聞こえなくなってた。もちろん悲しみを出し切ろうとしてたんだから、いいんだけど。とはいえ、思考と感情だけに支配されていると、どんどん追い込まれていくのがよくわかった。絶望する。とことん行き詰まる。で、本当はどうしたいの?っていうのがそこから抜け出すための呪文。本当は私はどうしたいんだろう?今、ここで、私は何をしたいのか。ぼーっとしたい。何も考えずに。明日のこととか、将来のこととか、お金や仕事、次のセッションの準備のこととか、パートナーが新しい恋人とさぞ楽しくしてるんだうとか、何にも考えずに。今はもう思考も感情もいらない。ただ自分と一緒にいる。明日は待望の日食新月。それまでぼーっと私と過ごそう。ブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

  • 01Jul
    • 誤解を解こうとしない

      確実に学びは進んでいる。私が道に迷っているのを知り、叔母が読み古した本をくれた。 愛することは許されること 聖書からの贈りもの (PHP文庫) 583円 Amazon 心に突き刺さる箇所ばかりで、また今の状況に対して新しい見方をすることができるようになり、心が格段に楽になった。深い苦しみを経験してきた人の言葉は、力強い励みになる。見えなかったものが見えるようになり、自分の愚かさと犯してきた過ち、周りの人の深い思いやり、その人たちの経験してきたであろう痛みがわかるようになる。死の苦しみは必ず、生まれ変わりをもたらす。私はキリスト教徒ではないけれど、何の罪もなかったキリストが十字架につき、人の裁きを受け入れたことを思うと、数多くの誤りを犯した私が裁きを受けるのは当然だという気持ちになった。以前の私なら、こんな風には考えられなかった。「自分を大事にする」という言葉を履き違えていた。「どうしてこんな目にあうのだろう」そんなこの世界の不条理を受け入れ、許すこと。自分が過ちを犯したことを受け入れ、それに対して言い訳をしないこと。人から受ける誤解を解こうとしないこと。自分を大事にするとは、本当はそういうことなのかもしれない。ブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

  • 30Jun
    • 期待は信頼ではない

      一生、何があっても一緒に乗り越えていけると期待していた。何があっても私とともに生きていこうとしてくれるんだと期待していた。わたしが仕事を確立できるまで、待ってくれているのだと期待していた。今はそれぞれ別の場所にいるけど、いつかは一緒に住むことを目指してくれているのだと期待していた。私だけを見ていてくれるのだと期待していた。ゆくゆくは家族にも祝福してもらえるようになる、という展望を共有してくれていると期待していた。何でも話し合って乗り越えていこうとしてくれるのだと期待していた。当然のように期待していた。私以外の人に恋などしないと。期待は勝手な思い込みだった。わたしたちはお互いの考えや感情を理解できないようにつくられている。恋しているときに感じられる相手との一体感は、幻想なのだと知った。その幻想を求め続けて生きる人もいる。学びを乗り越えてまた新しい関係を作っていける人もいる。ブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

  • 28Jun
    • 少しずつ浮上中、まだ痛いけど

      やっと浮上してきました〜ぼびおです。ここんとこ全然ブログを更新できないくらい落ち込んでて、がっつり落ちきるのに専念してました。まぁ相変わらず元パートナーとのことです。悲しくて涙が止まらなくて、でもブログも書かなきゃ、と変な焦りにかられてたんですが、相談役のミドリさんに「今は悲しみに、魂に寄り添うときですよ!」と言ってもらい存分に休むことにしました。言ってもらわないと堂々と休めないこともまるまるオッケーして。そうは言いながらも昨日は占星術の研究会で大阪までお出かけ。行く前は大雨だしG20で交通規制あるし、なんと言っても絶望気分だし、行くのやめよーかなーと思っていたんですが、やっぱり行ってよかったです。初参加だったので知らない方にたくさんお会いして、占星術の世界にどっぷり浸かり、いけだ笑み先生の行きつけのファミレスでみなさんとお話できて、元パートナーとのことでどうしたら心が安定するか、というホラリーチャートもみなさんで読んでいただき、とてもありがたかった。乾ききっていた心が少し癒されました。この日の朝、実はいけだ先生になぜか私のブログを大体的に紹介していただくという夢を見たのですが、研究会のあと、ツイッターでアカウントを拡散していただいて、まさかの正夢となりました。(近鉄阿倍野にある専門店のカツサンドとコーヒーおいしかったです)…それでもぽっかりと空いた心の空洞は埋まらない。で今日は今日で、初の占星術個人セッション!落ち込んでばかりいたらクライアントさんのホロスコープを読めないので、必死に準備して。オンラインとはいえ対面鑑定は初めてだったので、ものすごく緊張していました。神様とエンジェルと自分とクライアントさんのご先祖様にお祈りして、主の祈りも唱えて待機。いざ始めてみたら、とても落ち着いてお話しできました。あっという間に1時間、楽しかったです。クライアントさんにも喜んでいただけて、何か新しい感覚をつかんだ感じがしました。でもまだ胸は痛い。ほッとしてたった今、元カノとの共有アルバムを思い切って全部削除したところです。ふたりで行った旅行や日常の写真ばかり。全部捨てました。一体あの日々は何だったんだろうな。現実は幻だね。自分で自分を幸せにする、って覚悟を決めよう。自分をハッピーで豊かな世界に住ませてあげる、と腹をくくろう。外側は関係ない。全部、心の風景だもんね。■ オンラインの個人占星術セッション無料オンライン会議アプリzoomを使った個人セッションの受付中です。事前にホロスコープを拝見して、60分間お話しを伺います。7月初旬までは自由料金です。ご興味のある方はLine@に登録していただくか、お申し込みページからお申し込みくださいませ☺️Line@ はhttp://nav.cx/6SoQeHe または @350annxbで検索お申し込みページはこちら

  • 25Jun
    • 祖母にカミングアウト&女子トーク

      落ち込んでいた今日の禅タロットは「存在」。あなたはかけがえのない存在であり、存在しているだけでいい、というカード。パートナーとの別れを受け入れきれなくてどうしても落ち込んでしまい、でもブログを書いたりセッションの準備をしたり、やることはいっぱいあるのに、いや「やらなきゃいけない」のにできない自分に焦る…「やらなきゃいけない」の裏側には、結婚もしてない。ろくに稼いでもいない。両親に負担ばかりかけて申し訳ない…彼女と付き合っていない私なんて価値がない…という思い込みがありました。今冷静になってからだと、それがわかりますが、落ち込んでいるときはそこまではわからないんだよね。で、悪循環だとわかっていても、瞑想にも集中できない、どうしたらいいの…そんなときに引いたカード。あ、いいんだ、と思えた。頑張らなくて、いいんだ、と。そして、私は自分に対して極端に批判的なんだな、と改めて認識しました。禅タロットは必ずそのときに必要なメッセージを届けてくれます。で、タロットに元気づけられて、午後は近くに住む祖母のところへ。祖父が夕方からお出かけだから、ゆっくり話そうとのこと。というのも昨日、「お見合いするから周りに声をかけておいて」と電話したからです。今までは同性の恋人がいたのでお見合いはことごとく退けてきた私。一変して驚いたのだと思います。祖母に泣きながら同性の恋人と別れた話をすると、母のときよりも「で、なんで別れたんや」とかなりスムーズに受け止めてくれました。やっぱりわかってたんだ。というのも元彼女は祖母が入院したときにもお見舞いに来てくれたし、ずっと一緒に住んでいたからね。普通わかるわな。母親は認めたくないから見ないふりをしていた、という感じだったんだけど。で、祖母は「○○さんはほんまにええ人やったからなぁ」と言ってくれました。スーパーでお寿司を買ってきて、人生の先輩と女子トーク。ぼびおは実家やルーツを示すIC にさそり座の土星と冥王星があって、親族の結束が強い分、実家に対してずっと息苦しさと愛着と責任感の入り混じった重さを感じてきました。でもこうやって自分個人の枠がメタメタに壊れたときは、ものすごく深い包容力で受け止めてくれるんだ、と実感。しかも祖母は冥王星がアイデンティティを示すアセンダントの近くにあり、人生で何度も大変な目に会いながらもたくましく生きてきた人です。まさに私のICの土星・冥王星はこの祖母と祖父、父に投影されてきました。途中で叔母からの電話もあり、ちゃんとカミングアウトしていなかった叔母にも「彼女と別れた〜〜」と泣きついて、「だから何よ?!あんたもっとハッチャケなあかんで〜〜」と大阪弁でまくし立てられて面白かったです。おばあちゃんに思う存分、10年以上言えなかった話を聞いてもらって、すごく気持ちが楽になりました。やっぱり人に話すって確実に癒しの効果があります。気持ちを共有することでホッとする。ブログもまた、気負いなく書いていこうと思います。自分ビジネスもね、「もう彼女がいないからがんぱって稼がなくちゃ!!!!」と思ってけど、それじゃまた元の木阿弥。頑張り教に舞い戻りです。仕事を「誰かのために」恐怖からやるのではなく、愛からやる。本田健さんのいうところの「Happy Money」を循環させる。それが私のやりたいことです。だから、私の深く物事を考えすぎる分析力、心の深い部分を聞き出す傾聴力、集合意識のつながりにワクワクする資質、ヒーラーとしての資質を生かして占星術セッションをする。この原点を忘れないでいようと思います。■zoom 個人セッションのご案内無料オンライン会議アプリzoomを使った個人セッションを7月初旬まで自由料金にて受け付けています。その後は料金を設定してメニュー内容も改定する予定です。ぜひこの機会にお気軽に試してみてね。事前に占星術ホロスコープを拝見して、60分間お話しを伺います。占星術なしのお話しオンリーでもOKです。ご興味のある方はLine@に登録していただくか、お申し込みページからお申し込みください☺️Line@ は http://nav.cx/6SoQeHe または @350annxbで検索お申し込みページはこちらブログbobio8.comではもっとマニアックな記事を書いています

  • 23Jun
    • 愛ある人は愛を求めない 断愛

      はろー、ぼびおです。昨日、ポッドキャストで「痩せられない」「食べたいし痩せたい」という方のお悩み相談を聞いて、パカンしました。私も「愛がほしい」「でも楽になりたい」って思ってた。いつでもお腹いっぱい愛がほしかった。愛情を食べても食べても満足できなくて、愛情肥満になっていました。そこで、断食ならぬ、断愛。食べない(愛を求めない)死ぬ気で食欲(愛がほしいよ欲)を干上がらせる。自分のなかにたっぷりと脂肪(愛情)の蓄えがあることに「気づく」まで…求めてたわ。いつも求めてた。確かに愛されてるよね!?っていう証拠を。もともと「ある」と思っている人は、わざわざ求めない。健康的に痩せてる人と望まないほどの肥満の人、バートナーとうまくいってる人といってない人の違いは、「ある」と思っているかどうかだけ何じゃまいか。んなことを思いました。断愛して、愛スリムになります。

    • ”人生ゲームのルールは自分を愛すること”

      自分のカケラをまわりの人に見ている、という話の続きです。このことに気づいてからも、また気分が落ち込んできたので、場所を変えようと外出しました。気の向くままに運転してたどり着いたのがふだんは行ったりしない場所にあるカフェ付きのツタヤ。ちょうど探していた本が見つかり、楽しく読んで気分もよくなり、ふと目を上げたとき、「まわりにいる人たち、みんな私なんだっけ」と思って、あらためて観察してみた。別に好きでも嫌いでもない知らない人たちだけど、何かしらの印象を受ける。この人はこんな人なのかな〜若くてエネルギーにあふれていていいなぁ〜あの人は一人の時間が好きそうだなぁまだ付き合い始めのカップルのエネルギーを感じるなぁ〜色々感じるわけ。そしてその勝手に受け取った印象がすべからく自分の見たいもの。うまくいえないけど、タロットカードを引いてる気分。たまたま目に入った人から受け取る印象が、そのまま自分へのメッセージだと感じる。そうやって見ていると、人を見るのって楽しいなぁ〜って感じた。どんどん自分の心が目の前に現れる感じがする。色んな場所に行ったり、色んな人に会うのって、こういう楽しさがあるねぇって初めて思った。経験すればするほど、自分が見えてくるおもしろさ。そんなことを感じました。

  • 22Jun
    • 人生ゲームのルールは自分を愛すること

      ぼびおです。朝起きてすぐの時って、どうしてもネガティブな感情に圧倒されそうになります。昨日まで、いや今朝まで、パートナーとの別れによる傷心で胸が痛くて痛くて、「やっぱり彼女に連絡取ったほうがいいのでは…」「いやでも、それは根本的解決にはならないし…」とぐるぐるしていました。で、とりあえず瞑想しました。不思議なんだけど、やっぱり瞑想すると落ち着くんですよね。そしたら急に腑に落ちた。「あ、そうか。私が恋い焦がれているあの人の素敵なところって、全部私の中にあるわ」彼女に新しい恋人がいると知ってから、ずっと彼女のことを考えて苦しかったんですが、そういう苦しいときに私を取り巻いていたのは、彼女と過ごす時間に感じていたあの一体感は、もう二度と味わえないんじゃないかという絶望でした。自分の大好きな見た目、セクシーさ。優しさ。一緒にいて心から幸せな気持ちになれること。バイクで一緒にお出かけするワクワクした気持ち。社会的に活躍しながらもマイペースに生きている彼女の生き方。。でも、これ全部私のなかにある!!って気づいたら、びっくりして、もう彼女に求めなくてもいいのか、ってわかったの。うまく言えないけど、瞑想しているときにすっと肚に落ちたのです。で、彼女と二人でひとつ、みたいな「最強のふたり」みたいな一体感って、自分とつながっていたら、自分とふたりで最強になれる。今思考している表面意識の自分と、私が隠し持っている潜在意識の自分のふたり。私は、潜在意識の自分を彼女に投影して、その彼女と一緒にいることによって一体感を感じていた。恋心の原理ってこれだよね。自分に「ない」と思っているものを持っていそうな人に恋する。でも本当のところはみんな、「自分には見えていない自分のカケラとの合体」を狂おしいほど求めているだけ。そのカケラを誰かに映し出しては、「素敵〜〜」と思っているだけ。私が見ている彼女、執着している彼女は、彼女の本来の姿ではない。私が見たいものを、彼女に映して見ているだけ。そして、それは私には「ない」と思い込んでいるから、フラれて悲しい、となる。でも、私がそれを彼女に投影して見ているということは、それが私の中にすでにあるからであって、もともと自分にないものは投影することさえできない。彼女の新しい恋人も、私が彼女に対して見ている魅力とは違う印象を彼女に映して見ているのでしょう。結局、「いいな」とか「好き」「愛してる」「一生一緒にいたい!」と思う相手って、自分のなかにあるのに、自分では認められていない魅力を映し出してくれている鏡でしかない。私、鏡に憧れて、苦しくなって、死にたくなってたんか〜〜〜〜〜!!!!って思って、そしたらアホらしくなってん。でもそれは、13年間彼女ととことん付き合ってきたから。これから愛を育むふたりは、相手との付き合いのなかで、今まで見えていなかった自分の魅力を相手のなかに見て取るんだろう。そうして自分を知っていくんだろうな。でさ、この執着心の源である自分のカケラを自分で拾って取り込めたら、相手とはもっとフラットな、自由な関係でいられる気がする。もっと純粋な愛と尊敬で接することができると思う。嫌いな人も同じことだろうな。例えば、まぁ嫌いではないにせよ、面白くないと感じていたその「彼女の新しい恋人」に対して。「ステディな相手がいる人とデートするってどういう神経」くらいのことは思っていたわけです。でも、それって私が昔ずっとやっていたこと。そして、「その新しい恋人」に対する思いを通して、私が当時の自分の行動を「良くない」と責めていた自分がいたことに気づいた。こないだの記事でも「自業自得だ」とか書いてたけど。彼女がいる人とセックスしまくったから、今こうして同じようにフラれたんだ、っていうやつ。ちょっと違ったな。当時の自分に罪悪感を抱いていて、その罪悪感を解放していなかったから、だ。自分を嫌ったままでいたからこんな目にあった、という意味では自業自得なんだけど、自業自得と思った時点でまだ罪悪感が残っているということだよね。自業自得と感じた時点で自分を許す、というのをしないと、また同じ事態を招き寄せる。ややこしいけど、自分を責めていることに気づかせてくれるために、「思わしくない人」「嫌な出来事」が目の前に現れてくれるんだ。というわけで、昨日の記事と同じだけど、全部、自分ごと。好きな人も嫌いな人も、執着も嫌悪も、全部自分を統合して、自己に近づいていく人生ゲームのサイン。ゲームのルールは、「自分のピースを拾い集めて、心にはめ込んでいく」だけ。これを淡々とやっていく。誰かの信奉者になって、でも自分で同じことやるのは怖いから、その人にお金も時間もエネルギーもつぎ込むのか。「いいな!!」と思う人がいたら、自分にも「ある」サインだと受け取って、自分でそれを表現していくことにお金と時間とエネルギーをつぎ込むのか。恐れを選ぶか、愛を選ぶか。どっちでもいいけど、人生というゲームを進めるのは、愛なんだろう。

  • 21Jun
    • 友達なんかいらないと思ってた

      10年以上付き合っていた彼女に知らない間に海外の駐在先で新しい恋人ができていて、別れを告げられたことを facebook で全員にお知らせした話を前に書きました。ちょうど自分ビジネスのためにfacebookの投稿設定を全員に公開したところだったから、知らない人にもたくさん「いいね」をいただきました。一番大きかったのは、友人たちが個別にメッセージをくれて、なぐさめて、応援してくれたこと。実は私は、友達ってなんのためにいるんだろうってずっと思ってたんだよね。彼女といるだけで全て完璧に満たされていたから、全ての時間を彼女と過ごしたかったし、友達と会うことはほとんどなかった。彼女が恋人であり、パートナーであり、親友であり、家族だったし、何をするにも、どこに行くにも一緒だった。だからわざわざほかの友達との関係を大事にしよう、と思わないままに生きてきました。でも、その彼女が私の人生から突然いなくなって、その代わりに支えてくれたのが友人と家族だった。私は友達というのがこんなにもありがたいものだと知りませんでした。だって寝起きを共にするわけでもないし、お金の融通をするようなこともないし、そんなに深入りして話をすることもないし、普段は全然連絡もしてないのに。友人たちの「大丈夫だよ」「応援しているよ」っていう言葉がこれほど痛い心を癒してくれるというのが本当に驚きで、ありがたくて、感謝でいっぱいで、また泣きました。最愛の人と閉じた関係を作ってそこに閉じこもっていた私にとって、この経験は本当に大きな気づきでした。今まで知らなかった愛を教えてもらいました。愛っていつでもそばにいて、濃い関係の人としかやり取りできないと思っていた。でも今、同じ時代に生きていて、同じ言語を話し、縁がある人たち。違う時代に生きていて、違う言語を話し、縁がないように見える人たちも。そこになんらかのエネルギーが流れていて、地球全体で繋がっているというのを信じられるようになった。心から楽しく、幸せで、最高にハッピーなパートナーとの関係が思いもしないかたちでなくなり、耐え難いほどの悲しみとともに、私の目を大きくひらいてくれた。まだまだ胸は痛み、涙がこぼれるけれど、この流れを演出してくれた魂に「やってくれるね」と言いたいです。

    • 自分のことだけ観察していればいいのだ

      今朝もinstagramに投稿して、瞑想して、お庭でスケッチして、いい感じにスタートできたわん、と思っていたんですが、カフェでブログでも書こうと思い、いざ出かけようとするもカラダが重くていうこときかない。階段に座ってじっと観察してみると、また悲しみが出てきたので泣くことにしました。10年以上付き合った相手に恋人がいたことが発覚、なんて交通事故にあったようなものなのだから、そんなすぐにテキパキ動けないよね、と思いつつ。なぐさめてくれる友人のメッセージに気づいて愛を感じて、そのままベッドで横になりました。カラダの重みのままに寝転んで、背中の凝りや胸の痛み、背骨を流れるエネルギーに意識を向けながら、半覚醒状態で八木さやさんのinsta radio 聴いていて、途中で意識が何度も途切れながら、40分くらいかな、ふと流れてきた「他人に意識を向けすぎ」という言葉に「あ〜〜〜〜!!!」と目が醒めました。何回めやねん、って感じやけど、気付くたびに深くなってるみたい。そう、苦しくなるのは決まって「彼女は私のことをどう思っているんだろう?」とか「もうあの頃の純粋な気持ちはふたりには戻ってこないんだよな」とか、今の私から目をそらしているとき。それでも魂は私という自我を見捨てることなく、こうやってカラダを重くして、ふとラジオを聴かせたりして、メッセージを送り続けてくれているんですね。連鎖的に、ブログも占星術セッションも、もっと自分と深くつながるためだけに使っていいんだ、と気がつきました。たとえば占星術ブログを書いている人は、新月とか日食とかの節目にホロスコープを読んで、解釈やアドバイスを書いてくれていますよね。私はああいうの、なんか書く気がしなくて、でも読者の人はやっぱそういうの読みたいのかなぁと思って書いてみても、イマイチピンとこなかったんです。自分の出生図と重ね合わせて、自分が今どんなエネルギーの下にあるを読むことに「しか」興味なくて。だから、自分の出生図と空の経過図を重ね合わせた2重円ばかり読んでいた時もありました。「でもいざ占星術を仕事にするとなったら、それではいけないんじゃないか??」「クライアントさんに合わせて、その人の身になって考えなくちゃいけないよね…」と思い込んで、苦しくなっていた。でもたとえば、「人に対して、自分の与えられるものを与える体験をする自分を見てみたい」という目線で書くなら、苦しくはならないと思うの。「あの人が喜びそうだから、好かれたいから、本当はやりたくないけどやるか」っていうエネルギーは、消耗でしかないし、愛は伝わらない。「私のことをもっと深く知りたいから、本当はやりたくないけどやるか」の方がいい。これはやっていて楽しくなってくるやつ。もっと言えば、「私は今、自分がそうしたいからそうしてるだけ。受け取る人は自由に受け取ってね」っていうエネルギーはもっと軽やかで、正直で、まっすぐ。自由だ。誰であれ、目の前に現れた相手は自分のかけらであり、自分を深く知るために現れてくれた存在であり、自分の身の回りに起きた出来事は自分を深く知るために起きてくれたんだ、ということが改めてズーーーーーーんと納得できたのでした。それがわかって、ホッと安心した。だって「誰かのためにやりたくないことやる」のはすごくしんどいし、全然力が出ないもん。無理やもん。「読者の人はそういうの読みたいのかなぁと思って」ってどんだけ筋違いだったんだ。そう思ったら、クライアントさんとのセッションも、クライアントさんがより良い状態になるためにやる、という視線ではなく、私が自分を深く知るチャンス、という視点でやるということになる。語弊があるけど、完全に自分を軸にした目線でいうと、そういうこと。つまり、「クライアントさんのためを思って」あれこれアタマで考えて、いまいちピンとこないことをやるのではなく、カラダの声に従って、準備をする。常に自分の肚に意識を向けておく。そして、クライアントさんというのは、実は自分だ、とわきまえる。その人との関わりを通して感じたことは、全部自分へのメッセージだから。目の前の相手がこれからどうするのかはその人が決めることだし、その人のなかにちゃんと答えがある。私が私自身でいなければ、クライアントさんも自分にまっすぐ集中できない。起こることに対して私がどう感じるのか。どうしたいのか。どうやってそれをやるのか。そこにだけ意識を集中させる。身勝手なようだけど、本当は自分が自分を見ていないことが一番身勝手なのだ。ヴィパッサナー瞑想合宿の講話にも、同じような話があった。深く愛し合う王とお妃がともに日課の瞑想を終えたあと、王がお妃に「そなたがもっとも愛しているのは誰か」と問いかける。すると、瞑想から覚めたばかりのお妃は、「はい、私は私を一番深く愛しています」と答える。やはり瞑想から覚めたばかりの王も「わしも自分を一番大事に思っている」と答える。このやりとりをブッダに話したところ、ブッダは「人間は自分のことを一番大事に思っていて、そのことに気付くことが大切だ」と答えるの。自分が誰かを愛していて、その人のために尽くそう、役に立とうというのはとんだお門違い。全部、自分を深く知り、自分と向き合うために用意された小道具であり、役回り。もっと言えば、全員が全体性のなかで見た自分のかけらたち。…とはいってもなかなかこの現実世界の幻想から目を覚ますのは難しいけどね。毎朝、instagramで本来の自分に帰るための言葉を発信しているのも、本来は私自身のためなんだ。私は私ともっと深い仲になるためにだけ、ブログを書く。仕事をする。発信する。そして自分と一緒に決めたことなら、別にどんな仕事でもいい。一番大切なのは、体験を通して、自分を知ろうとし続けること。今、何を感じていて、どうしたいと思っていて、それをどうやるのかだけに集中する。そうやって自分の中に潜っていけばいい。もうなんの遠慮もなく、誰に気遣うこともなく。だって周りも全員、自分だから。