今年を終えて考えたこと

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もうそろそろ今年が終わるから一年総まとめと来年の抱負などを書こうとしたのが12月中旬でした。何度か下書きをしたのですが、それぞれ内容こそ違えど一旦寝かせてからまた読み返すと「なんか違うな…」となってしまう文章ばかりで、書いてはやめて書いてはやめてを繰り返していたらもう28日です。年月の流れって笑っちゃうほど早いです。1年の振り返りと来年の抱負は当院のYouTube動画を撮ったことで私自身の中ではもう一区切りがつきました。なのでここのブログではできるだけ簡潔に終えたいと思います。

2017年を振り返って思うのは「やってみたいことはいつでもできるけどそれには背中を押されるきっかけが必要」ということです。きっかけは他者から与えられるものにせよ自分の中から湧き立つものにせよ、実際に動き出すためには何かが必要でした。それは私の場合だいたい「なんとなく今ならやれる気がする」という、なんとも頼りげがない…確証もなく…移り変わりやすく…まさに「気が向いたから」というような…その時の気分のようなものが原動力でした。もっともらしい理由をつけることはできますし考え話したとしてもどれも嘘ではありませんが、より本質に迫るのであればその答えはなんとなく、だと思うのです。

いつかやろうは馬鹿野郎なんて言葉もあるくらいですから行動を起こすのは早い方がいいのでしょうけれど、急いては事を仕損じると言うように来たるべきときに然るべき場所にあることも大切なように思えます。春に咲く花は春にだけ咲きますし、冬にだけ訪れる鳥は冬にならないと姿を見せないように、それはいわば自然の摂理かもしれません。ちょっと大きく捉えすぎでしょうか。いいえ、自然もかなり微妙なバランスで成り立っているのですから、自然の一部である人もそうであるに違いありません。不思議なタイミングで途端にことが進むのは良くも悪くも起きうることですから。

アマチュアゴルファー・中部銀次郎氏や作家・開高健氏は初代ローマ皇帝オクタウィアヌス・アウグストゥスの座右の銘「悠々として急げ」という言葉を好んだそうです。ふとしたきっかけでこの言葉を知り、かねてから感じていた生き急がなければならないほど人生は短くなく、無為に生きるほど1日は長くない感覚がやっとはっきりしました。

私の大好きな写真家、星野道夫さんは著書「旅をする木」の中でこのような文を書いています。
結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味を持つのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である」
毎日を大切にした方が良いことはわかっていても凡人たる私にとって毎日それをすることは容易いものではありません。諭されたり巷に溢れる自己啓発本や名文・格言・美辞麗句それら全て耳にしたり目にすればハッとしても、日々を過ごす中でそううまくもいかないなぁと諦めに近い気持ちも抱きます。そんな私が良い話をしたところで大言壮語に終わることは自明です。それに、今日何を得て何を失ったのか毎日をポイント制のように見ていくのはオクタウィアヌスが遺した訓示の本意でもないでしょう。
だからこそ他者の言葉や思想に依存することなく自ら考え行動してきた星野さんの言葉はとても説得力があり、事あるごとにこの一文を思い出しては人生を長い目で見ていこうと努める気持ちの励みにしています。

この一度きりしかない自分の人生をいかに幸せなものとして生きていくか…不平不満を抱えたままそういうもんだと諦めてしまうのでなく、やりたいことがあり、果たしたい想いを抱えてそれに夢中になる1年を送れるように、来年は悠々と急ぎ、生きていきたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました。皆さまどうぞ良い年をお迎えください。
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