現代は、知りたいことがあれば何でもネットで調べられる時代です。

 

例えば、人工授精ってどういうものなのかとか、体外受精ってどういうものなのか、くらいならネットに丁寧な解説が星の数ほどあるし、各クリニックが詳しい説明会動画を作っていますので、自分で調べればある程度理解することはできるでしょう。

 

しかし、生殖医療は他の病気ほど単純ではなく、患者さんは素人ですので(と敢えて書きますが)、自分で調べた知識はどうしても断片的になりがちであり、それが自分にどの程度あてはまるかどうか、正確に判断することは非常に困難です。

 

 

何事にも二面性があります。例えば、「人間にとって塩分を取ることは大切である」というのは、本当でしょうか、間違いでしょうか。確かに人間は塩分を取らなければ生きていくことはできず、熱中症の時も失われた塩分をしっかり補給することは不可欠です。でも、長期にわたり習慣的に取りすぎれば高血圧になって健康を害します。例えば、熱中症のサイトを見て、「塩って大事!」と思って濃い目の塩分を心がけてしまった患者さんが、内科で「塩分の取りすぎはよくありませんよ」と怒られてしまったとします。こういったことがあると、医師によって説明が違うといった苦情に発展しがちですが、実際にはどちらも間違ったことは言ってない(どちらも正しいがシチュエーションによって言ってる内容が違う)みたいなことは、生殖医療においてもよく起こります。私たち医師はこうした行き違いに注意しながら説明する必要がありますが、なかなか難しい。

 

別の例では、女性のFSHの数値は高すぎないほうがよいのですが、採卵周期開始の月経中でFSHが多少高くてもE2が30以上あればクロミッド始めちゃっても卵胞育つかなとか、E2がすごく低ければ少し待とうかとか、採卵周期中(D8以降)の場合、FSHが多少高くても卵胞がちゃんと育ってればFSHの高さはスルーでよいが、FSHが高く、卵胞が期待通り育っていない場合はFSHの高さを問題にして何らかの対処をしたほうが良いこともあり得ます。

 

この場合、「FSHが高いのはよくない」といった断片的・一面的な知識だけでは治療方針を立てることは不可能であり、全く同じFSHの数値であっても、その周辺の状況によってFSHの高さが問題になる場合とならない場合があるので、総合的・多面的な判断が必要になってきます。

 

もう少し分かりやすい例では、精液所見や男性因子はとても大切なので、早めに精液検査をして必要な対策を積極的に行いましょう、というようなことはよく言われます。もちろん、それ自体は完全に正しいです。卵巣機能にある程度余裕があり、また実際に精索静脈瘤があったり精子のDNA損傷率が高かったりした場合は、まずは男性因子の治療をしっかりと行って、精液所見が改善がみられた頃に採卵等の治療に入ることも多いですが、年齢が高い等、卵巣機能にあまり余裕がない場合は、精液所見の改善を待つ間の数カ月のさらなる卵巣期低下や治療チャンスロス等も無視できず、男性因子の治療と並行して採卵等の治療も積極的に進めていった方がいい場合があります。ここでも総合的・多面的判断が求められることになります。

 

初期胚と胚盤胞はどっちがいいかとか、1個移植か複数個移植かとか、体外受精か顕微授精かとか、そういったことも、様々な状況を総合的に勘案して、自分にとってどちらがよいと判断することが大切であり、生殖医療は、こうした総合的な判断の連続です。

 

というわけで、今日は「断片的に考えるということ、総合的に考えるということ」についてご説明しました。今日はこの辺で。

 

 

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