高刺激での卵巣刺激に対する心配としてよくあるのが、卵子がなくなってしまわないか、ということです。果たしてそういうことはあるのでしょうか。

 

HMG製剤で閉経が早まるといったデータは存在しません。もともと、出生児には70~200万程度、初経時には30万程度ある原始卵胞(卵子が入っているおおもとの袋。原始卵胞数=卵子数だと思っておおむねOK)数は、1か月1000個程度減り、卵子がほとんどなくなると閉経します。日本人の場合平均閉経年齢は50歳です。

 

ところで、排卵がなくなることと閉経することは、だいたいイコールなのですが、少し概念が違います。排卵がなくなってもしばらくは無排卵月経あるいは不正出血が定期的に起こり、それがなくなると閉経ですので、まずこの2つにはタイムラグが存在します。

 

次に、そもそも閉経の定義は、「月経が来ない状態が12カ月以上続いたときに、1年前に遡って閉経とする」ということであり、事実上、不妊治療やホルモン剤の使用などを行っておらず、自然に徐々に月経がなくなっていく場合の概念です。誤解があるようですが、卵子が全くなくても、排卵が全くなくても、子宮が完全に萎縮してしまっていない限り、薬を使えば月経は簡単に起こすことができます。不妊治療を行っていればホルモン剤も使用し、また月経を起こすこともありますので、不妊治療を行っている間は事実上、閉経にはならないということです。逆に言えば、原始卵胞が全くゼロになっても月経は起こせば来るということです。このあたりに少しギャップがありますのでご注意ください。

 

 

話を戻します。ある程度の卵巣機能の場合、何もしなくても1か月1000個の原始卵胞が減っていきます。排卵は1か月1個ですので、残りの999個の原始卵胞はアポトーシスとなり消失していきます。排卵誘発剤を使って、(こんなことは起こり得ませんが例えば)1か月100個卵胞が育っても、900個の原始卵胞は育たないまま消失することになります。計算上は、医原性の閉経を生じさせるためには、何千個もの原始卵胞を消失させるようなとんでもない刺激を、しかも何か月、あるいは何年もにわたって行わないと起こり得ませんが、普通はどんなにたくさん取れても卵子はいいところ20~30個です。排卵誘発剤が数千個の卵子を消失させるとの仮説は無理がありすぎます。


なお、採卵数が50個を超えるような場合が極めてまれにありますが、その場合の多くは使い切れないほど大量の良好胚盤胞ができてすぐ妊娠してしまいますので採卵は1回ですんでしまいます。こうした方は多のう胞性卵巣なので、少しくらいAMHが減ってくれた方が月経が順調になり都合がよい側面もあるのですが、意外と減りません。

 

AMHが低い場合はどうでしょうか。この場合は、そもそも刺激をしても育つ卵胞が少ないので、強すぎる刺激により卵巣の反応が一時的に弱まる可能性がなくはありませんが、これは可逆的(元に戻り得る)なものです。卵巣刺激中のFSH値を常にモニターしてHMG注射量を増減させ、適正に卵巣刺激をすれば、反応を悪くすることなく取れる卵子の数は確保できます。


中には刺激をしてもあまり卵子が採れない場合もありますが、その場合は、翌周期から方針変更をすることになります。数か月の影響で恒久的な影響が残ることはまずありません。


とんでもない無茶な刺激を、あり得ないような期間、安全も卵巣の反応も全く無視して延々続けて行えば分かりませんが、基本的には医原性・薬剤性の閉経となるハードルがいかに高いか、お分かりいただけるかと思います。


 

「閉経逃げ込み療法」というのがあります。子宮筋腫や子宮腺筋症が大きく毎月月経量が非常に多い40代後半の方に対して、リュープリン等で偽閉経療法をして半年生理を止めてしまい、そのまま閉経になることを期待するものです。しかし、ほとんどの場合、結局生理が来てしまいます。閉経に逃げ込もうとして生理を止めても来てしまうわけです。あえて閉経させようとしてもうまく行かないものなのです。

 

もちろん、なんでも高刺激をすればよいいうわけではありません。当院の卵巣刺激については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、よろしければ、ぜひご覧ください。過去記事でも、もし読んでみて良い記事があれば、ぜひ「いいね」をよろしくお願いします。

 

【卵巣刺激について】

採卵周期中の出血

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HMG製剤とFSH製剤

☆☆☆卵巣刺激に使うHMGの量はどのように決めるのか

☆☆卵巣刺激法とその薬剤 前編

☆☆卵巣刺激法とその薬剤 後編

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FSH調節法 後編

☆☆黄体フィードバック法(PPOS)について

排卵してしまったのでしょうか

排卵抑制は諸刃の剣

「点と線」(ホルモン値の読み方)前編

「点と線」(ホルモン値の読み方) 後編1「FSH」

「点と線」(ホルモン値の読み方) 後編2「E2」

「点と線」(ホルモン値の読み方) 後編3「ホルモンが変」 

☆☆当院の卵巣刺激

高刺激、中刺激、低刺激、自然周期に定義はない

遅延スタート法(月経中に"遺残卵胞"がある場合、月経中に卵胞が少ない場合)

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