新型コロナウイルスのワクチンも、医療従事者から高齢者、そして一般への普及が見えてきました。ワクチンについては様々な立場や考え方はあるでしょうけれども、過去記事(人類と感染症との戦い)でも書いた通り、人類が様々な感染症と対峙するにあたってワクチンが絶大な役割を果たしてきたことは全く異論の余地がありません。

 

今日は特にコロナのワクチンのことということではなく、ワクチンに対する基本的な考え方についてお話したいと思います。

 

 

先月開催された日本産科婦人科学会の「感染対策講習会」にて、ワクチンがどれほどの功績があったのかについて解説しておりました。それによれば、1950年代には、毎年、百日咳で1万~1万7,000人、ジフテリアで2,000~3,000人、破傷風で2,000人、はしかで数千~2万人、ポリオで数百~1,000人、合計約3~4万人(主に子供)が命を落としていました。毎年です。これが2014年には、これら全て合わせても子供の死亡はゼロ(大人も合わせても年間たった10人)まで激減しています。これがワクチンの効果です。反ワクチン的な考えの方がおられますが、まずはこうした現実を直視するべきです。

 

飛沫・接触・あるいは空気感染する感染症の予防において、ワクチンが社会において効果を発揮するためには、一定以上の接種率を保つ(=集団免疫を獲得する)必要があります。

 

仮にワクチンによる副反応が強かったとしても、上記の例でいえば毎年3~4万人も亡くなっていたのが10人になったのであれば、社会全体としてのワクチンの有効性が危険性を上回るのは明らかですが、自然の猛威の3~4万人の死は仕方がないがワクチンの副反応は少数でも許せないという方々もいて、その他宗教上の理由、何らかの主義信条、あるいは漠然とした不安等によりワクチンを忌避する方はいつの世にも必ず一定程度おられます。ワクチン接種は強制できませんので、こういう方々はワクチンは打たないことになります。また、何らかの医学的事情でワクチンを打てない方もおられます。

 

いつの世も色々な考えの方がおられるものであり、それは人間社会として普通のことですが、色々な考えや体質の方が混在している状況下であっても、ともかく社会全体としては「一定の接種率」を達成していくことが至上命題です。ワクチンを打てる方、打ってもよいと思う方々で積極的にワクチンを打って集団免疫を形成し、打てない方、打ちたくない方は、ワクチンを打った方々の集団免疫によって守っていくという構図になります。

 

飛沫・接触・あるいは空気感染する感染症の予防においては、自分の問題としてワクチンをどうするのか(感染症予防のメリット、あるいは副反応のデメリット)だけでなく、集団免疫への参加・不参加という観点も併せて考える必要があります。ワクチンに対する考え方を強制はできませんが、ワクチンの接種率が一定程度得られなければ、奇跡的な自然消失を除けばパンデミックによる集団免疫獲得という道をたどるしかなくなりますので、接種率増加は社会全体としては最重要課題なのです。

 

一方、子宮頚癌のワクチンのように、接触感染といえば接触感染だが、上記のワクチンとは毛色が違うワクチンもあります。子宮頚癌は、性交渉によるヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因です。子宮頚癌は、毎年1万人以上が罹患し、毎年3000人が死亡するものですが、最近の研究でも17歳未満でワクチンを打てば子宮頚癌の88%は予防できることが分かってきました。しかし、欧米では50~80%のワクチン接種率であるのにもかかわらず、日本では、2013年に副反応がセンセーショナルに報道された影響で、いまだ接種率が0.3%とほぼゼロに等しく、その結果、本来は防げるはずの子宮頚癌が予防できていません。2015年にWHOは日本を名指しで「若い女性をヒトパピローマウイルスによるがんの危険にさらしている」と批判し、いわゆるセンセーショナルな副反応報道は子宮頚癌ワクチンとの直接の因果関係は完全に否定されているにもかかわらず、接種率は横ばいです。しかし、今年大阪大学の研究チームが発表したところによれば、ワクチンを打たないことにより、毎年約1000人死亡が増えると言われています。全否定された副反応が仮に事実であったとしてもメリットは極めて大きいと言わざるを得ず、早期に子宮頚癌が発見され、子宮の入り口を削る手術(円錐切除)だけで済むなど命には別状がなかったとしても、それ自体、大きな不妊原因になり得ます。

 

子宮頚癌ワクチンは早期の接種がより効果的であり、特に17歳以下での接種が望ましいため、自分というよりも親の考え方に左右されてしまうという別の問題も生じます。社会への影響がない点で接種のモチベーションが一段下がる上、自分というよりもわが子への接種ということで副反応へのより大きな心配、性交渉が原因なのであれば性教育が先決なのではないかというご意見(それがワクチンを打てば防げる病気に対してワクチンを打たない理由になんてならないでしょうに。日本におけるピル解禁の遅れもこういうご意見が原因)、様々なことで遅々として子宮頚癌ワクチンの普及率が上がらないことに対して、産婦人科医としては忸怩たる思いです。

 

一方で、よほど奔放な性行動をする方がいたとしても、そういう方の絶対数は限られているほか、その時は一対一(とも限らないが)のため、飛沫・接触・空気感染のウイルスとは比べ物にならないほど社会への影響は低く、ひとえに自分自身の問題という点が飛沫・接触・空気感染のウイルスとは決定的に異なります。性交渉が原因なのであれば性教育が先決なのではないかというご意見も、全く的外れとまでは言えません。このように、一言にワクチンといっても、色々な問題点や考え方が存在するのです。

 

 

日本産科婦人科学会は、「COVID-19 ワクチン接種を考慮する妊婦さんならびに妊娠を希望する方へ」と題して、妊活中あるいは妊娠中の女性に対して、ワクチンを推奨する方向のお知らせを発表しました。高齢者、医療従事者のワクチン接種が始まりつつあり、数か月後には一般の方々にも受診機会が訪れます。最終的にはご夫婦でよくご相談になってお決めいただければと思いますが、今からいろいろと考える参考にしていただければと思います。