福島のみんな、ありがとう! | 宗慶二オフィシャルブログ~とある現代文講師の日常

宗慶二オフィシャルブログ~とある現代文講師の日常

ブログ始めました。

東進および河合塾の宗です。


こんなところでそんなことを、とか、
そんなふうにあんなことを、とか、

鬱屈した日常を、少しだけ斜に視ることで、風を吹かせられたら…

と思います。


受験勉強の箸休めに、どうぞ。



小雨降る線路ぎわの紫陽花に送られて

行ってきました福島へ





ずっと楽しみにしていました。

ついに新幹線やまびこ号に乗車し、東京から福島まで約1時間半の旅




















触れないわけにはいかないと思います。

むしろ禁忌にしてはいけない思います。



もうかれこれ8年も前になりますね。あの未曾有の災害当時、僕は東京のホテルを転々としていて都内各所での公開授業に控えていました。震災直後の混乱を、繁く続く強い余震がひたあおる中、誰もが戦々恐々としていて、都心全体が暗い不安に沈み込んでいました。東電がやられて電力規制がかかっていたため、街の照明も駅舎の電灯も随所で消され、実際に普段より暗かったのもあります。公共交通機関は常時混乱し、都会の機能的な脆弱性がむきだしに露呈していました。そのような折です。やむなく移動はタクシーでしたが、講師である僕がそのように動き回れたとしても、講演会場に集う生徒たちに行き帰りあるいは講演中どんな危険が降りかかるか分からず、公開授業の開催そのものが危ぶまれる中、僕は実は何度も中止を呼びかけていました。結局すべて予定通りに決行され、さしあたって問題にはならず無事終えられてホッとしたのを鮮明に憶えています。もし、という議論はキリがないものですが、あれが本当に適切な判断であったのかは未だに僕にはわかりません。ただ大事なものを賭けて全力で何かを伝えようとした、必死の時間だったのは間違いのない事実です。





フクシマ



いつ片仮名で表記するようになったのか定かではありませんが、ここは紛れもなくこの国です。勇壮な磐梯山のふもとからは、在りし日の野口英世がここから巣立ったように、あまた英傑が育まれた日本の原風景です。



僕には元来判官贔屓なところがあるので、あんな酷いことにならないならこれほど福島を思うこともなかったのかもしれません。











それでもずっと思い続けた福島での公開授業が、時を経てこのような形で実現したことに胸がいっぱいでした。




やっと会えた

元気いっぱいの生徒たち

みんなありがとう!!!


実行委員のみんな

最後の最後までありがとう

塾長の車が講演会場を出るところまで、雨の中出てきて見送ってくれてたよね。

車窓が暗かったからキミたちからは中がよく見えなかっただろうけど、僕からはみんなちゃんと見えていました。11人の笑顔を僕はずっと忘れないと思います。







また会おう福島さくらゼミのみんな!

僕はいつでもずっとキミたちの味方です!


佐藤先生、大舘先生、斉藤先生、ありがとうございました。




公開授業後も本当に最高の夜でした。

あんなに楽しい気持ちになれるなんて。

色んな縁があるものですね。

それぞれに越えてきた曲折があって、それでもこうして出会えたことを光栄に感じます。

きっと生徒たちも先生方のお人柄に触れて、優しく温かい11人の「さくら」の花を咲かせるはずです。











僕、翌日は二日酔いに苦しみました。

先生方、西武ライオンズのパブリックビューイング、飲み過ぎないようにね(⌒▽⌒)



福島の地酒、聞きしに勝るとはこのこと
まじ飲み過ぎた〜!