11月末に行った富士登山0合目~五合目まで編の記録。
いつものニート株式会社探検部、なかさま(仲 陽介)・Outerkey・ノナカシの3人で行ってきました。
我々探検部は8月に富士山登頂を果たしました。
しかしこのとき自力で歩いて登ったのは五合目からだったので、バスで移動した区間を今度は歩きで登ってみることにしたのです。
冬季は五合目から先は閉鎖されているので今回登るのは五合目まで。
前日の夜から車で出発し、御殿場のネットカフェで宿泊。
いつもながら資金面の問題であまりお金をかけることはできません。
翌朝に富士登山の開始地点である北口浅間神社まで向かいます。
遠くから見る富士山は既に雪で真っ白に染まっている。
山頂まで行くわけじゃないけど、ちょうど最近ニコ生主が富士山での配信中に滑落し、死亡事故に至るという事件がありました。
安全に気をつけて登る必要があります。
そしてスタート地点である北口浅間神社に到着。
大昔からこの神社が富士登山の玄関口であったといいます。今では五合目まではバスで行くことができるので、登山者たちは通常五合目から歩き始めることになる場合が多いと思われます。
しかし今でもこうして麓から登り始める人も結構いるらしい。
中には静岡側で海にタッチして海抜0mから山頂まで登るという上級者たちの文化もあるそうな。(ルート3776というらしい)
神社の右手奥方向に鳥居を発見。
どうやらここが富士登山の0合目からのスタート地点のようです。
富士登山という文化は江戸時代ぐらいから庶民に根付いたという。
大昔の人たちもここから登ったのかな。
「吉田口遊歩道」を通っていきます。
11月末なので他に歩いてる人をほとんど見かけないが、夏には登山者たちがたくさん通りそうです。
ちょっとずつ雪が見え始めます。
笹とか松の木が生えてる中に雪が積もる様子は、いかにも日本らしい風景だと感じる。
夏に五合目から上を登ったときはヨーロッパの高山地域みたいな景色だと思えたので、全然違った印象ですね。
この位置では山頂がかなり遠くの方に見える。
勾配もゆるやかで、まだ富士山に登り始めているという実感が全然ない。
実は0合目から一合目までの区間というのが結構長く、8kmぐらいあるのです。麓から五合目までの登山をする場合、結構な時間を占めます。
スタートから1時間、中ノ茶屋に到着。
0合目から一合目までの中間地点。ここも大昔からの富士登山におけるチェックポイントで、300年前から代々続いて営業しているそうな。
夏場には現在でも利用できるはずです。
まだ一合目までも到着してないのに登山道は完全に雪に覆われる。これはまだ12月入ってないからといってかなり甘く見ていた。
そしてスタートから2時間。
ほぼ一合目、馬返バス停までやってきました。
このバス停で降りて登山を始めるルートも人気のようです。
正直、登山っぽくない区間がかなり長いので、「富士登山の歴史をたどる」とかそういうこだわりのない場合はここからスタートしたほうがいいと思う。
その後すぐに一合目到着。
この既に使われていないボロ小屋が一合目の目印であると事前に調べて知っていたので、ここへたどり着きちょっと感動しました。
ここまでがまず長かった。
ちょっと休憩をはさんでから進みます。
一合目から先は2、30分おきにチェックポイントがあるので、疲れはたまってくるけど迷うことはありません。
二合目
三合目
四合目
そして五合目。
ここもまた廃屋となったボロ小屋があるのみ。
ゴールか!?と思ったけど
我々が目指すのは五合目のうち現在も営業する「佐藤小屋」であり、さにその先スバルライン五合目駐車場まで行く予定です。
ここから先はまだ結構ありました。
ぜんぜん五合目じゃなかった。
「旧五合目」みたいなものですかね。
その後いくつかの廃屋を通り過ぎ、やっと五合目佐藤小屋の坂道前まで到着する。
そのまま横へ回り込む形で30分ほど移動しました。
「五合目」と「スバルライン五合目」までの間をちょっと歩くわけですが、この区間がかなりの危険地帯で、正直なめていたなと感じることになります。
登山道はもっと幅があるはずなんだけど、柵となるワイヤーギリギリまで雪が積もってて、バランスを崩すと柵を乗り越えて落ちる危険がありました。
柵の先は急斜面。これはシャレにならん。
風で固まったのか、積もった雪が波打って砂漠の砂みたいになってる。
危険地帯を抜け、六合目へと続く道への分岐地点まで到着。
夏に登っていったのがこの先。
今は冬季閉鎖中です。でもやっぱりこの時期にも特殊な届け出をして山頂まで登る人が結構いるらしく、柵の奥には足跡がありました。
さっき五合目手前では某大学の山岳部がこの雪山でテントを張ってキャンプしていたし、物好きな人たちがいるものです。
ようやくスバルライン五合目にたどり着きました。
(画像にある柵の奥から出てきた形)
いやはや思ったよりも過酷だった。
着く前は「帰りも歩いて下ろうか」なんてことを言ってたけど、これは余裕がなさそうなのでスバルライン五合目からはバスで下山しようと途中で決めていました。
しかし・・・
スバルライン五合目に着いてみるとお店はシャッター閉まってるし誰もいない。
これちゃんとバス運行してるのか?
11月までの運行ダイヤを確認しておいたものの、不安になりバス会社に電話をしてみると・・・
なんと積雪により運休しているという。
路面状況によって変わる運行状況は毎日HPで確認する必要があるということだった。
おい、やばくねーか?
スバルライン自体の閉鎖なのでタクシー呼ぼうとしても道が通れないから来れない。
これはもう歩いて下山するしかない。
それも暗くなって気温が下がる前に可能な限り標高の低いところまで行かないと命に関わる問題になりそうだ。
そう思いすぐに歩いての下山を決断したのでした。
それに、もと来た道を戻るのはさっきの危険地帯をもう一度通ることになるのでやめた方がいい。
スバルラインだ。車道を歩いて行くしかない。
たまたまもう1人、同じ状況に立たされてバス待ちをしていたと思われる白人男性がいたので状況をなんとか英語で説明。
先を急ぐとのことで足早に去っていきました。
こうして我々は延々と続くスバルラインを歩いて下山することになったのだった。
「ハハッ、まいったな・・・」
「しかしこんな道路を歩いて下るなんて貴重な体験かも」
と、追い詰められよくわからない気分になる我々。
歩いて下山する可能性は多少考えた時間配分だったので、日が沈むまではあと1時間半ぐらいはある。
どう考えても下りきるまでには暗くなるが、なるべく早いうちに距離をかせいでおかないとまずい。
こんな状況でもまずはタバコを吸い落ち着くノナカシ。
自分も念のためキャンプ用バーナーとコッヘルを持ってきている。いざとなれば車道の真ん中に座ってみんなでお茶沸かして飲んで休憩しよう。
(繰り返すが車道は閉鎖されてるので車が通ることはありません)
でもやっぱり貴重な体験だなと思いましたね。
写真をたくさん撮ったり、元気のあるうちにと思ってニコ生の放送をしたりしました。
影になる部分は路面が凍ってる場所が多かったので、転ばないよう足元に気をつけながら進みます。
アウターさんはハイペースでスイスイ歩く。
僕は置いていかれつつありました。
一時間ぐらい歩きやっと四合目、大沢駐車場に到着。
これだけ歩いてもまだ標高がたいして下がらない。依然として遠くの雲が目線と同じ高さにある。
しかしここでの夕日が見事なものでした。
標高はいまだ2000m以上あり、今日はとてもよく晴れていたのでここの展望台からの夕日は強く印象に残りました。
歩いて下ることになったけど、この状況でなかなか貴重な体験ができた。
しかしその後はもう真っ暗です。
それぞれライトを持ってきてはいるが、他の明かりは全然ない。
おかげで星空がとてもよく見え、これもまた強く印象に残りました。
ライトで照らす路面の雪もキラキラ輝いてきれい。
疲れすぎてそれぐらいしか変化がなく、変な気分になっている。
車止めフェンスの三角形部分をすり抜け、料金所にたどり着いたのは午後8時前。下山を始めてから4時間半かかりました。
後で調べてみるとスバルラインのこの区間は23.5kmあるらしい。
結局このあとも車を停めてある場所までは5kmぐらいあったのでさらに1時間ぐらい歩く。
登山したあとにさらに30km近く歩いてしまった。
リュックも飲み物も凍っている。
休まず歩いてきたが、寒いわけだ。
こうして我々探検部は富士スバルライン踏破という偉業を意図せず成し遂げ、生還したのでした。
登山開始した神社に戻りおみくじを引いたら大吉だった。
富士山に触れている時間が長かったおかげで充分にエネルギーを吸収できたようです。
夏場の富士登山を補完する程度のつもりだったのが、
帰りが本番となる富士登山五合目まで編でした。
結局この日だけで合計45kmぐらい歩いたことになる。
命の危険を感じると人は行動できるものです。
前に富士山登ってから「ヤマノススメ」を見たので、五合目に到着したときに倉上ひなたリスペクトで仲間2人にようかんを配りました。
バスが来ないという状況が発覚した中、文句を言わずすぐに歩き始めてくれた2人に感謝。
今後も探検部の活躍にご期待ください。
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