仏道は勧善懲悪の教え | 人として生きる上で大切なこと 「こころのものさし」
2018-08-09 00:27:37

仏道は勧善懲悪の教え

テーマ:御法門

          御 教 歌
     
   こころみに おもひのままを かきたれば
        
     わろきをのぞけ よきをおぎなへ



 仏道を一言でいうなら「悪きを除き善きを補っていく」ことであると仰せの御教歌です。

仏道は勧善懲悪の教えです。

「勧善懲悪」とは善を勧め悪を懲らしめることで、正しいこと・善の道を尊び重んじ、悪いこと・悪の道を忌み嫌い排他していこうとする立場を貫くことです。

正しいことは正しい。悪いことは悪い。とはっきり物を言い、行動に移すことです。

それは決して一時の感情ですることではなく、理路整然と行うことです。

事の善悪の判断というのは、何も殊更難しく考えることではなく、日々の生活のなかで起こってくる出来事に対してです。

たとえば、
・人を大事にする
・人の立場で物事を考える
・人に思いやりを持って接していく
などは、人として身に付けておきたい大事な事柄でしょうし、逆に
・人を落し入れる
・人を傷つける
・人に嘘をつく
等は人の道から外れた行動で、誰もが分かっていることです。

ところが集団の中で、曖昧な態度をとりやすいのが私たちのようです。

大勢の中で善悪の是非論を述べるより「多勢に無勢」で、長い物には巻かれ、事の正邪より自己保身に走りやすいのも確かなことです。

それを「協調性」とも呼べますが、真の「協調性」は、物事の善悪を正しく見つめ判断していくことに議論をかさね、物事が正しい方向へ進んでいくように協力していくことです。

そこには、自分がどう思われ、どういう扱いを受けようが、物事を正しく判断していこうとする「心の強さ」が必要となってきます。

その「強い心」を培っていくために仏道修行があるといえます。

現代においては「易きに流れやすい」のが、お互いの置かれている立場なのかもしれません。

だからこそ「強い心」を培っていき、物事の善悪をはっきりと指し示せる人になっていくことが、まことに大事・大切なことだと仰せの御教歌です。

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