私は生まれ変わりについては否定しません。

 

でも、自分の前世探しはリスクを伴う行為だと思います。また前世の行いや罪を償う事も間違っていると私は思います。

 

このことは、特に自分の前世が「神仏に関わった人間」だったと言う人にあてはまります。

 

たとえば、巫女だったり神主、僧侶、神官だった前世の持ち主にはまず前世記憶は甦りません。

 

神仏がその人の過去の人生の記憶を消しているからです。

 

どうしてだと思いますか。

 

神仏に関わっていたというなら、その時代に起こった出来事を知っているはずですし、その時代に活躍した人物の具体的なこと、今では失われた、あるいは隠された<真実>を知っているはずだからです。

 

宗教者が歴史に深く関わっていることは、別に日本に限ったことではありません。

 

古今東西、宗教と政治、宗教と国家が深い関わりを持っていることは世界中で見られる現象ではありませんか。

 

日本史や世界史を学んだ人なら、宗教が歴史を作ってきたことくらいは分かります。

 

宗教者の前世記憶を持っている人なら、今では「歴史の謎」になっていることについて、詳しく語れるはずです。

 

考古学者や歴史学者が今でも色んな説を唱えているけど、どんなに研究してもいまだに解明されていない謎がたくさんあります。

 

文字が存在した時代ならともかく、日本では文字の普及していない時代が漢字が導入されるまで続いていました。それに、文字を持たなかった文明も世界中に存在します。

 

たとえ文字のない時代で神に仕えていた人でも、その当時のことを細かく「覚えている」はずです。

 

昔は戦いや国造り、城などを築くために神仏に頼るのが当たり前の時代もありました。そこで、宗教者が時の権力者の「秘密」に関わる立場にあったのです。

 

前世の記憶が甦る事はあります。ですが、そのケースは「一般人」としての記憶です。

 

もし前世が巫女だった、私は○○神社を知っている、ここの寺を守っていたなどと言う記憶が事実なら、その時代のその神社・寺院の歴史的事実について、どのような本にも書いていないような出来事を教えてほしいと思います。そして、研究者にも協力できるはずです。

 

「それは秘密だ」と言うなら私には言い訳にしか聞こえません。

 

私の言うことを信じる信じないは、みなさんにお任せします。

 

前世記憶は神仏に縁深い人ほど宗教的な事物に肉体と感情が反応するだけです。決して「言葉」を発するようなことはありません。

 

「私は昔、ここにこの神社に仕えていた」とか「私は○○の仏様に仕えていた」などと言う言葉は出ないはずです。

 

まして昔はお寺なら女人禁制。神社なら巫女になれるのは処女でした。

 

そのような前世を持つ人は、現世でも結婚は勿論の事、子を産むなどはできません。事情があり子を産めなくなったというなら話の筋は通ります。

 

もう1つは結婚したとしたとしても子供はいない。

 

神はその時代の穢れや争い、歴史などを口に出せなくするために記憶を消しています。

 

もしあなたが前世で神に支える巫女だと思うなら、そう思うのは自由ですが「自分探し」と「前世探し」を間違えないようにする事です。

 

過去にばかり目を向け、遡ると言う事は自分の未来を消滅させるのと同じ行いです。

 

このようなことを書いているのも、最近、私のところに相談に来る方で自分の前世を知りたいと言う人が多いからなのです。

 

自分の前世は武士、家老、武将、武将の娘・息子では、と思い込んでいる人が大勢いらっしゃいます。

 

でも、よく考えてみてください。昔の時代には身分制度がありました。

 

王族、貴族など高貴な身分の人が全人口に占める割合は非常に少なかったはずです。

 

同様に宗教者として一生を過ごした人の割合もわずかでした。

 

私の所に相談に訪れる方で、特に若い女性ほど口を揃えて「前世で私は巫女ではありませんでしたか?」と尋ねます。

 

私に「そうですよ」と言ってほしいようで、本人は確信を持っていたりもします。

 

自分は神様に仕えていたから現世でもう一度霊的な世界を学びたい。そうしないと前進できないと訴えます。

 

でも、前世は過去の事です。過去に縛られてばかりいては、前進できなくなってしまいます。

 

もし私が「あなたの前世は10人きょうだいの末っ子でした。寒村の中でも一番貧しい家に生まれ育ち、飢えて亡くなりました。」と言えば相手は怒って、そのような「前世」を信用しません。

 

むしろ、信じたくないのです。

 

高貴な身分、あるいは神仏に仕えて「選ばれた人」だったと言えば嬉しくなり、その気になって神社・寺院を巡る旅を始める。どんどん前世探しをしてしまう。危険な事だとも知らずにです。

 

前世でもし大きな罪があると思うなら、逆に「今」をしっかり生きていく。

 

今、ここで生きていく中で慈悲や優しさ、いたわりの気持ちを持つことの方が大切です。

 

ただし、前世にこだわらない人なら神社巡りも前世の罪を消滅させる事と同じ意味になります。

 

今のあなたの生き方や状況は大丈夫ですか。今の生活に満足していますか。どうして神社やお寺に行っているのですか。

 

孤独な想いが今のあなたを支配しているのなら、私のような者でも少しはお役に立てるかもしれません。

 

蓮鬼

 

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