アンドレ・ジッドを始めとするフランス文学に精通し、それらを徹底して研究したアントニオーニは、小説的な技巧をフィルムで表現しようと試みた監督と言っていいだろう。従って彼の作品は「観る」のではなく「読む」とする方が適切に思える

 

数年前に目にしたばかりの本作については、まだ記憶自体は割と鮮明なのだが、最近になってようやくアントニオーニの良さがわかりかけてきた折、たまたま無料配信されていたので、タイトルの意味などを考えつつ改めて鑑賞した

 

" La Notte "  (伊・仏合作 122分)

監督: ミケランジェロ・アントニオーニ

脚本: ミケランジェロ・アントニオーニ

    トニーノ・グエッラ

    エンニオ・フライアーノ

撮影: ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ

音楽: ジョルジオ・ガスリーニ

出演: ジャンヌ・モロー

    マルチェッロ・マストロイァンニ

    モニカ・ヴィッティ

 

人気作家の夫ジョヴァンニと資産家令嬢の妻リディアは、ある日末期がんを患っている友人トンマーゾの見舞いのため病院を訪れる。実はかつてトンマーゾはリディアのことを深く愛していたが、彼女はジョヴァンニを選んだのだった。トンマーゾに回復の見込みがないことを知った2人は、いつしかパートナーに対する愛を見失っていたことに気づく (by ザ・シネマ)

 

お互いへの情熱や関心が希薄になり、倦怠期を迎えた夫婦を描く秀作だ。高層ビルの外側をカメラが上から下へと降りていく冒頭のタイトルバックは、主人公ジョヴァンニとリディアの関係が冷めつつあること、そして友人トンマーゾの命が尽きかけていることの示唆にも受け取れる。「情事」「太陽はひとりぼっち」「赤い砂漠」。いわゆる四部作と呼ばれるなかでは、土曜の午後から翌日の明け方までの限られた時間で展開される、この「夜」が最もシンプルな物語かもしれず、そこには同様のテーマを扱ったロッセリーニの「イタリア旅行」への意識も窺える

 

入浴中のリディアがジョヴァンニに身体を洗うスポンジを取ってと頼むシーン。背中を流そうか、の一言があるわけでもなく、ただポイっとスポンジだけ置く夫。裸の妻を前にしながら指一本触れもせず、まるでそこに誰もいないかのごとく淡々としている夫。その時のリディアの寂し気な表情が何とも切ない。ジョヴァンニに同行したサイン会場を抜け出して、周りを散歩する途中で偶然立ち寄った廃墟の壁に手をやる場面での彼女の胸中は、私もこのまま単なる「人気作家の妻」として老いていき、いずれ見向きもされない日がやってくる、に近いものではなかったか

 

以前、「ローマ人の物語」などの著作で知られる塩野七生が「男で繊細な女ごころを書くのが上手いのはトルストイ」と語る記述を読んだ覚えがあるが、その点ではアントニオーニもまた、女ごころを撮るのが上手い監督と呼べそうだ

 
基本の話とは一見繋がりのないエピソードを挿入するのがアントニオーニ作品の特長に挙げられるが、本作においては、トンマーゾの入院する病棟で情緒不安定な女の患者がジョヴァンニを個室に引き込み抱擁をする件やサイン会場を離れたリディアが若者同士の喧嘩を目撃し仲裁する件などがそれに該当するだろう。ただし、前者はジョヴァンニに「性的欲求」そのものが失われてはいないこと、後者は見栄や体裁を抜きにオスの本能のままに取っ組み合いをする「若さ」にリディアが惹きつけられたことをほのめかしたとも判断できるので、あながち無意味な描写とは言い切れないかもしれない
 
タイトルの「夜」については色々と解釈が出来そうだ。私にはジョヴァンニとリディアの台詞から考えて、ふたりの今後の生活を指しているように思われた。特に夫への愛情を失くし「死にたい」と漏らすリディアにとっては、命を絶つことでしか夜明けはこないという点で(当時イタリアでは法律で離婚が禁じられていた)、旧い結婚制度に縛られた女性の痛切な哀しみが、この題名からは感じられもする
 
ラスト近くでリディアの読み上げる彼女宛の情熱的なラヴレターを書いたのが他ならぬ自分であることをジョヴァンニはすっかり忘れてしまっているのだが、皮肉にもその文末はこう結ばれるのだった
 
僕は揺るぎない愛を確信した。年月や倦怠にも屈せず、輝く日々を共に生きていくのだと
 
リディアの才能を認め、自分のことにはあまり触れずに彼女のことばかり話すトンマーゾ(トンマーゾは文芸評論家なので、あるいはリディアには文才が備わっていたのかもしれない)が鬱陶しく思え、それとは逆に積極的に自分をアピールするジョヴァンニがやたら新鮮に感じられて、彼に恋をしたリディア。恐らくその頃の若いジョヴァンニは夢や希望に満ちていたと想像されるが、時間の流れはふたりの気持ちと関係性を大きく変えてしまった
 
ブルジョワの富豪が主催のパーティーで若い女(富豪の娘)の尻を追いかけ口説こうとしていたその舌の根も乾かぬうちに、今度は半ば強引にリディアを抱き寄せ「やり直そう」と口にするジョヴァンニとそれを強く拒むリディア。ふたりの姿からゆっくりとフレームアウトするエンディングが印象深い
 
やはりアントニオーニの映画は文学だ
 
【1961年ベルリン国際映画祭金熊賞】
 
〈演出〉★★★
〈脚本〉★★★
〈撮影〉★★☆
〈音楽〉★★★
〈配役〉★★☆
〈総合〉A +
【 ※ 評価は A +、A −、B +、B −、C +、C − の 6段階 】
 
(2023 - No.19) GYAO にて鑑賞