幼きあの日。

我が身に振りかかった災厄は、私の将来を閉ざすという意味では、十分過ぎるほどに残酷なものだった。

まるで台風の目のように、私の周りの魂を奪い去ったソレは、幼き私をたった一人にした。
震える私に差し出されるのは、悪しき思惑を秘めた手ばかり。
真っ黒に汚れた手がいくつも伸ばされ、そのうちの一つに絡め捕られて鳥籠に入れられた。


それ以来、私の意思は、存在しない。


彼らにとって、私は「全ての中心に座す」という「黄龍」のイレモノにすぎない。


私の母が大陸からの民であったからと、大陸風の女の着物を着せられた。
そして祈りの舞を舞う私を、彼らは「山梔子の姫」と呼ぶ。





今日もどこかの大名の花見の宴に連れてこられ、大陸風の祈りの舞を舞う。
舞っているときだけは、私は全てから解放されるから、薄紅の花びらがヒラヒラと舞う中で、それらと刹那の言葉を交わし、それらの歌に合わせて舞う。

あぁ、気持ちいい。
ずっとこのときが続けばいいのに。

そんなことを思いながら、ふと目をやった宴会場の隅。

トクンっ

胸が大きく高鳴る。

じっと私を見つめる眼差し。それに訳もなく惹き付けられる。
青き陽炎を纏わせたその人。
舞を舞いながらも、気になって仕方がない。

何故…………
これほどにまで、かの人に惹かれるのか。
分からぬままに、舞は終わり、私はお辞儀をして舞台を降りた。

姫、部屋に

そう促す世話役という名の見張りの男が、私に手を差し出すが、それを取ることが出来ない。

少し気分が優れないから、と男から離れ、宴会場からも少し離れた桜の老木の元にゆく。
どうせ見張りの男は、私から見えぬところで見ているのだろうが、側にいられるよりましだ。

木の幹に手をおいて、ゆっくりゆっくり呼吸をする。わずかな桜の薫りが、私の心を落ち着かせる。

が、つかの間。

青き陽炎を感じて振り返ると、先程の人が立っていた。

深い深い青を感じさせるその瞳を見つめて、私はようやく腑に落ちた。



あぁ、この人は「青龍」だ、と。



私は魂で知っている。
この世の理を律するモノの存在を。
鳥籠に入れられたあの日、突如として甦った「黄龍の記憶」。
その記憶が彼の存在を知らせる。
黄龍の傍らに常に立ち、世の中の秩序を護る四神が一つ、「青龍」。

その「青龍」の魂をもつ青年は、清流の清らかさで周囲の空気を浄化している。

けれど、彼は「目覚めて」はいない。
ならば、「目覚め」させないほうがいいだろう。私と同じような思いをする人を、これ以上増やしたくないから。


私が思いに耽り黙り込んでいたら、彼は言葉が通じないのかと身ぶり手振りでなにかを伝えてくる。

舞?舞が素晴らしかった、と?

興奮した様子の彼の思いが、真っ直ぐに私の心に届く。

あぁ、あぁ、………。
心が震えるほど、嬉しい。
私は貴方の心の琴線に触れることが出来たのですね。
それだけで、もう………。


これ以上の接触は、彼の中の「青龍」を目覚めさせかねない。だから、立ち去らなければ。

そう思い、その場を辞しようとした、その時。

━━━━ぞくり。
背筋に走る、熱い気配。

そちらにそっと視線をやれば。
静かに燃える焔を纏う男。

「朱雀」!

かの者までもが…………。

四神がうち二つの魂が、まさかこんなところで集うとは。

いけない……。力を有するものが集い過ぎては、この世の均衡が崩れてしまう。

しびれを切らした監視の呼ぶ声にはっとする。
とにかくこの場を離れなければ。
けれど、「青龍」。貴方に会えた喜びが私の今生の宝。それを形にしたくて、髪にさしていた簪を貴方の手に落とす。

そして、まとわりつく「朱雀」の視線を立ちきるように、監視のもとへと急いだ。