私は


励ましやアドバイスが
苦手です。


受けるのも
する側になるのも。



だから

あまり自分から悩みを打ち明けたりも
しないです。



逆に

誰かが
辛い胸のうちを話してくれた時

私は気の利いたアドバイスや
励ましを
してあげる事ができません。


ただただ聴いてあげるしかできません。



なんて言ってあげていいのか
わからないっていうのもあるけど


その人が望んでもいないことを
もしも軽々しく言ってしまったら
よりいっそう
相手が辛くなるかもしれないし
傷ついてしまうかも…
と思ってしまうからです。





だけど
もちろん

自分が何か

”答えが欲しかったり”

”ヒントが欲しい時”

”背中を押してほしい”

”大丈夫だよ”

相手に言ってほしくて
それを求め望んでいるときは

自ら話してみたりもします。

自分から
話せる場を探して
積極的に行ってみることもあります。

話すことで
心が軽くなる事もあるから。





でも

ほんとに辛いときこそ
言いません、誰にも。
言えないのです…


多分


ただただ

ただただ

”そうだよね”
”辛かったね”
って
聴いてもらえた経験がないのです。


寄り添ってもらうという経験。






めちゃくちゃ辛いときに
誰かに話して



”大丈夫だよ”

”気にしない方がいい”

”みんなもそうだから”

”あなただけじゃないから”

”考えすぎだよ”

”仕方ないじゃん”

”どうにでもなるって”



もしそんな言葉が
返ってきたら

多分、絶望的になるし
全否定されたような気持ちになるから

だったら

誰にも言わない方が

傷つかずに済みます。






話すも話さないも


ほんとに自分の気持ち次第です。





いつかの
心理学の勉強の時に



望んでもいないのに
アドバイスされたり
励まされたりするのは

自分のパーソナルスペースに
勝手に侵入され
言葉の暴力を受けているのと同じこと


っていうようなことを
確か先生が言っていました。


もちろん
逆もあります。


相手が望んでもいないのに
良かれと思い
こうしてみたら?
あーしてみたら?

相手が求めてもいないのに

”大丈夫”
”大したことないよ”

などと言ってしまうのも


相手の心の境界線を越え
ズカズカと勝手に入りこみ
言葉の暴力
心理的な暴力を
与えてることと同じ。





この時の授業は

ほんとある意味衝撃を受けました。




この事を
授業で教えてもらって


”ただ聴いてほしくて話したのに…
わかってもらえない”
と傷ついた事を思い出し
今まで
違和感でいっぱいになったり
怒りが湧いたりしてきたことは


ある意味当然のことだったんだ!

妙に腑に落ちて

なんだか
安堵すら覚えました。


話してしまった”自分”が悪かったんだ
とか
つい自虐的に捉えがちだったけど

そうじゃなくて


そりゃ

言っても欲しくない言葉が
返ってきたりしたら

傷ついたり
怒りが湧いても
当たり前だった。








”境界線”

心理セラピストを目指す者として

これはとても重要なものです。


心理セラピストを目指さずとも

人として生きてく上で

他人と共存してく上で



相手のことを尊重し関係を築こうとする時は

いつも相手の境界線を
こちらも意識しなければいけないし


また

自分を大切にするためには
自分のスペースに
相手に侵入させないように
自分の境界線を守ることも

とても大切です。




境界線を知らなければ
気づかないうちに

越えたり越えられたり

そんなことは
どこででも
日常茶飯事的に起きてます。




一緒に心理学を学んでいる仲間は
境界線を学んだので

自分の境界線と
相手の境界線を
いつも意識しています。


ただ、
いっても
まだ心理セラピストの卵なので


時々、

境界線のことで

他者との関係にとても悩んだりもします。




そんな悩みをお互いに
シェアしあいながら

人間関係の構築の仕方について
真剣に考えたりできる仲間ができて

私はとても幸せだなぁと
感じています。



みんなが
境界線のことを知り
意識できれば

お互いを
もっともっと
尊重し合えるだろうなぁ

と思います。








ちなみに

私は



他人の境界線に
ズカズカと入りこんでしまうことは
少ないものの


自分の境界線を
なかなか守れず
ズカズカ入られる傾向にありますアセアセ


まさに

NOと言えない日本人

そのもの笑い泣き



相手のためにも
自分のためにも


必要な時には
NOが言える人になりたいです。



訓練ですね。