こんにちは。

魂響書占 たまゆらしょせん 恵理子です。

 

 

最近DVDで観た映画で

共通して気になったことがあってね

今日はその話を。

 

 

映画は次の2本です。

 

 

 

『マイ・インターン』

 

 

 

『ザ・サークル』

 

 

 

以下 ネタバレ含みますのでご注意を。

 

 

 

どちらの映画も

人物以外の主なる存在として

「SNS」が全面に渡り出てきます。

 

 

「マイ・インターン」の舞台は

アパレル通販サイトで成功した会社。

 

 

「ザ・サークル」の舞台は

世界最大手の”サークル”というSNS企業。

 

 

主人公と登場人物のほとんどが

SNS中心の職場で働く人たち。

 

 

どちらも第三者目線でさらっと観ていると

主人公たちのやりとりが軽快でテンポも良い。

 

 

…んだけど どうも違和感がある。

 

 

 

「メールで送ってあるから見て」

 

「用がある時はメールするわ」

 

「あとでメールする」

 

 

映画前半は特にそんなセリフが溢れていて

人と人が今 顔を合わせているのに

伝達内容がほぼ「メールで」なの。

 

 

そんな中

私の違和感を(やっぱりそうだよね)

と思わせてくれるような

 

 

「用事は私が聞きに来ましょうか?」

 

「会ってるんだから 今言えば?」

 

 

と投げかける人物もいるんだけど

メールでのやりとりがもう当然の人たちには

 

「はぁ?」

 

って感じで届かない。

 

 

 

その後「メールで」と言った回答をしてなくて

その状態もなあなあな感じで流されたり

 

対応したとしても

とりあえずメールで送っておけばOKという態度。

 

 

言葉としても 

約束としても 

 

心情や気持ちは置き去りになっている感じで

とにかく”軽い”のね。

 

 

 

映画なので

誇張している部分はあると思うけれど

 

人 < SNS 

 

人との直接対応よりも 

SNSでの間接対応重視

 

という関係性が見て取れる場面が

それはそれは多々あった。

 

 

 

「マイ・インターン」では

 

歩いて数十歩 

少し歩み寄れば充分声が届く所にいるのに

誰かを呼ぶ時は メール。

 

 

相手に気持ちを伝えようと言葉を工夫しながら

何度も何度もメールで送信し続け 

でも気持ちが相手に届くことはなく。

 

(届くはずがないことを

 本人もうっすらわかっていたりする。)

 

 

9カ月秘書をして顔を合わせているのに

話すことは業務についてだけで

本人がどんな人物かに興味がない。

 

 

1年以上同じ職場で働いていたけれど

画面上でのやりとりが多いからでしょう

顔も名前もその人がはっきりわからない。

 

 

確かに交流はしているけれど

心が通い合っているか?と言ったら

主人公の母子問題が象徴しているように

まるで通い合っていない。

 

 

 

SNSが直接交流を避けられて

効率の良い伝達手段になっているのと同時に

 

SNSが必ず間に入ることで

心の交流は”遮られている”感じ。

 

 

とても便利だけれど 

心的関係性は離れている感が否めない。

 

 

 

「ザ・サークル」では

 

鹿の角のシャンデリアを作っている友達のマーサーが

主人公メイの勝手な投稿のせいで

(シャンデリアの写真をSNSにアップした)

 

SNSで「鹿殺し」といわれのない非難をされ

脅迫メールまで送られてきたと伝えに来た時

 

メイはすぐさま携帯を操作して

何とか対処しようとするのね。

 

 

「マーサーに悪いことをしてしまった。

 ごめんなさい。」

 

と言う気持ちがあるのは本当だろうけれど

 

「聞いてるのか?!」

と叫ぶマーサーと一緒に

 

「いやいや 今その対応違うでしょ!」

 

と画面の外から

私もメイに向かって言っていた。

 

 

この時 

2人の周りにいた4,5人の人たちは

 

「コレはいいネタ!」

 

的に2人を撮影し続け

マーサーにもひどい言葉を

これまた軽くぶつけ…

 

 

 

マーサーのセリフにあった 

「SNSのフィルター越し」の世界。

 

 

異常と言えるこの状態が

サークル社内では普通というか

当然にまでなっているのね。

 

 

 

サークルの経営トップの2人は

言葉ではうまいこと言うけれど

親切な言葉の裏には利益向上の想いがあり

 

人の気持ちに寄り添ったり心情を慮るといった

人間的な温かみがどうも感じられない。

 

 

職場で社員は皆

パソコン画面に張り付いていて

 

1人で何台もの画面と向き合い

 

歩いている時でさえ

SNS端末を皆何かしら携帯している。

 

 

 

「より良い管理」という名の

「プライバシーのない監視」

 

 

これらがこの映画の中では当たり前で当然の

大喝采を浴びるネット社会として称賛されている。

 

 

メイは所々で疑問を感じるのだけど

ネット社会の大きな渦にはかなわず

自分の思いはかき消されてしまうのね。

 

 

 

そんな状況の中 

どちらの映画も

 

「面と向かって話そうよ」

 

と一貫した姿勢で

人と人との直接交流を支持し続けた人物が

キーパーソンとなって物語が動いて行きます。

 

 

 

「マイ・インターン」では

SNSに疎い

70歳でインターン(見習い)になった老紳士。

 

 

古典や伝統を愛する

彼の抜群の包容力と安心感は

関わる若者たちの顔を

携帯やパソコンの画面から上げさせ

人対人で目を見て接するように

自然と変化させていく。

 

 

 

「ザ・サークル」は

マーサーの事故という悲劇的な出来事が

メイに衝撃を与えて目を覚まさせ

周囲の人々の意識を変えるキッカケになっていく。

 

 

最後の結末はハッキリ描かれていないのだけど

 

「さぁ あなたならどう考える?」

 

という問いかけのラストシーンとも思える。

 

 

 

SNSは私もこうして便利に使わせてもらい

とてもお世話になっているし

もうなくてはならない有難いものだから 

悪いものだとは思わないし 批判もしない。

 

 

2つの映画の劇中でも

SNSの利便性が

人々の日常生活を大いにサポートしていたし

これも現実的に同感。

 

 

大事なのは 

使い方と 使う人の人間性 

でしょうね。

 

 

映画のような

SNSの当たり前の中に入っていると

 

評価するされる面白さや

心地良さがあり

 

どっぷりハマってしまうと

「大切なこと」を見失う可能性は

現実でも大いにある。

 

 

映画ではわかりやすく

家族 親友といった

1番身近な大切な人たちが

失われていった。

 

 

 

SNSの恩恵を受けながらも

 

「人と面と向かって話してる?」

 

と問い続ける自分を持っていよう

 

 

そう思った映画でした。

 

 

自戒をこめて。

 

 

 

 

(赤)ジプシーカード 5 Conversation 対話

 

会話する 心をこめて話す 

 

伝えたい想いがあったり 

相手の心の内を聴きたい時は

こちらから歩み寄りましょう

 

その時 大切なのは 信じること

心を開いて 信じて 話しましょう 聴きましょう

 

心をこめたまっすぐな言葉はちゃんと伝わります

 

一方的にではなく 

しっかり受け止めて 投げる

 

そんなキャッチボールのような対話を心がけましょう

 

 

たまゆら占いより~

 

 

 

 

 


 

 

魂響書占 たまゆらしょせん 恵理子